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福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

観自在菩薩冥應集、連體。巻6/6・27/52

2025-08-14 | 先祖供養

観自在菩薩冥應集、連體。巻6/6・27/52

二十七得長寿院蓮華王院の観音の事

人王七十四代鳥羽院(11世紀前半)の御願得長寿院は今は絶て無し。大佛の近所其の旧跡なり。昔京都に疫癘流行て諸人病ける時に、鳥羽院平の忠盛に命じて三十三間の御堂を造り一千一體の十一面観音の像を安置し玉ひ長承元年(1132年)三月十三日に落慶供養あり。導師は天台座主忠尋僧正なり。夜は万灯を炬して供養し玉ふ。さて彼の寺を平念寺と号する事は、導師祈願の句に衆病悉除身心安楽と高らかに唱玉ふ聲洛中白川にひびきて斎宮の女御時節怪しき瘡を労はらせ玉ひけるが御限りと見奉りけるに衆病悉除と風(ほの)かに聞し召して則ち平癒し玉ふ。其の外一時の内に邊土洛陽に上下男女二万三千人の病癒へたりける故に平癒寺と号すとかや。平忠盛は奉行せし勧賞に刑部卿になされ内の昇殿をゆるされ

但馬の国を賜り、子息清盛に至って太政大臣に昇り日本半分は皆平家の領地となりしは此の忠盛の力といへり。然るに鳥羽院の御願如何ありけん、其の御堂は絶て旧跡を知り難し。今の三十三間堂は蓮華王院とて後白河法皇の御建立にて一千一體の千手観音を安置し玉ひ治承二年(1178年)十月二十七日に供養あり。新千手堂と号す。高倉院の承安二年(1172年)十一月十七日此の堂の尊像光明を放ち玉ふことあり。五十の寶塔もありとかや。又別に宝庫を置きて、書画器物等を納玉ふといへり。宝庫は程なく断ゆ。今に蓮華王院と云印を押せる書、ままに在りといふ。又後深草院寛治二年(1088年)に此の堂回禄せしを亀山院文永三年(1266年)四月に御再興あり。此の得長寿院蓮華王院の事、釈書に記せざるも寧ろ鹵莽(ろもう、粗略)にあらずや。後白河の法皇は千手観音の行者にて御坐す故に願力勇猛にて今の世まで傳りけるやらん。異国にも未だ聞かざる聖像なり。

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