神仏の縁日一覧
「一日は定光佛・熱田大明神・妙見様・天神と地神の日。定光佛は「三十日秘仏」による。
熱田大明神(本地は大日如来。「禁闕守護の三十番神三十番神」による。)
天神・地神は「我が国守護の三十番神」による。天神はあまつかみ、地神はくにつかみ。
「二日は灯明佛、諏訪大明神、日高見と太元の日
・灯明佛(「三十日秘仏」)。仏像図鑑に「定珍曰く、『日月燈明と云は、 雲自在燈王と云と同體異名也 、雲月一躰の貌これに合すべし。』」
( 日月燈明佛は過去世に出世して法華経をといた佛。仏の知恵の光明が日月のごとく一切衆生を照らすところからなずけられたものです。)
・ 諏訪大明神 (本地 普賢菩薩。「禁闕守護の三十番神」)。
・日高見と太元(「我が国守護の三十番神」)。日高見とは日が出る地、太元とは天之御中主神
「三日は多宝佛、広田大明神、元三大師、陰神と陽神の日。
・多宝佛(「三十日秘仏」)。仏像図鑑には「東方宝浄世界の多宝、高さ五百由旬、七寶の大塔に住して、諸仏法華経を説く前に霊鷲の大地より湧出したもう仏なりといい、法華経見宝塔品にいわく『その時、佛前に七宝塔あり。高さ五百由旬、地より湧出し、その時宝塔中に大音声を発し歎じていう、善哉、善哉、釈迦牟尼世尊よく平等大慧の教、菩薩佛所護念するところの妙法蓮華経をもって大衆のために説く、かくの如し、かくの如し、釈迦牟尼世尊所説の如きはみな真実、ないしその時、佛、大樂菩薩に告ぐ、この宝塔中に如来の全身あり、ないし東方無量千萬億阿僧祇世界に国あり、宝浄と名ずく、かの中に佛あり、号して多寶という、その仏本菩薩の道を行じ、時に大誓願をなし、もし我成仏して滅度の後、十方国土において法華経を説くところあらば、我の塔廟、この経を聴くがゆえに、其の前に湧現して、ために証明をなす、讃して善哉といわん』と。すなわちこれ多宝佛の由来なり。」
・広田大明神(西宮) (禁闕守護の三十番神による。本地は「二十二社并本地」では、「広田(一殿聖観音。二殿阿弥陀。三殿高貴徳王大菩薩。四殿阿弥陀。五殿薬師)」。)
・元三大師(元三大師良源は永観3年1月3日に遷化。角大師として霊験あり)
・陰神と陽神(「我が国守護の三十番神」)(女神と男神のこと)
「四日は阿閦如来、気比大明神、内宮源と外宮宗の日。
・阿閦如来(「三十日秘仏」)。阿閦如来は三十日秘仏の四日仏であるとともに十三仏の七回忌導師でもあります。左手で衣の端をにぎっておられるのが特徴です。東方妙喜國の教主。密教では金剛界五智如来の一つで大円鏡智を表すとされます。維摩経では維摩は阿閦如来の妙喜国からこの世を照らすために現れたとします。維摩経下に「是の時、仏、舎利弗に告げたまえり、「国有り、妙喜と名づく。仏を無動(阿閦)と号す。是の維摩詰、彼の国より没して、来たりて此に生まる」。舎利弗言く「未曾有なり。世尊よ、是の人、乃ち能く清浄土を捨てて、来たりて此の怒害多き処を楽うとは」。維摩詰舎利弗に語れり、「意に於いて云何。日光出づる時、冥と合するや」。答て曰く「不なり。日光出づる時、即ち衆冥無し」。維摩詰言く「夫れ日は何故に閻浮提に行くや」。答て曰く「明照を以て之を為し、冥を除かんと欲するなり」。維摩詰言く「菩薩も是の如し。不浄の仏土に生まると雖も、衆生を化せんが為の故にして、愚闇と共に合せざるなり。但だ衆生の煩悩の闇を滅せんのみ」。『阿閦仏国経』によると、過去に東方千仏刹のところにある阿比羅提界で、大目如来が菩薩のために六度無極の行を説いた時、一人の比丘が瞋恚と愛欲を断じて、正覚を成じようと誓った。この無瞋恚の願により会座の菩薩から阿閦と呼ばれた。後に東方阿比羅提世界で成仏して今現に説法するといいます。妙法蓮華経化城喩品第七では、阿閦如来は大通智勝仏の十六王子の一人とされています「彼の(大通智勝)仏の弟子の十六の沙弥は今皆阿耨多羅三藐三菩提を得、十方の国土に於て現在に法を説きたもう。無量百千万億の菩薩・声聞あって以て眷属とせり。其の二人の沙弥は東方にして作仏す。一を阿閦と名け歓喜国にいます、二を須弥頂と名く。東南方に二仏、一を師子音と名け、二を師子相と名く。南方に二仏、一を虚空住と名け、二を常滅と名く。西南方に二仏、一を帝相と名け、二を梵相と名く。西方に二仏、一を阿弥陀と名け、二を度一切世間苦悩と名く。西北方に二仏、一を多摩羅跋栴檀香神通と名け、二を須弥相と名く。北方に二仏、一を雲自在と名け、二を雲自在王と名く。東北方の仏を壊一切世間怖畏と名く。第十六は我釈迦牟尼仏なり。娑婆国土に於て阿耨多羅三藐三菩提を成ぜり。」
・気比大明神 (敦賀市にあり。御祭神は仲哀天皇。仏像図彙の場合本地は大日如来、禁闕守護の三十番神の場合本地は阿閃如来。渓嵐拾葉集には「日本国独胡形事。気比とは金剛界大日如来也。 故に男子をもって社官となす也云々。また気比縁起の事、 越州幸林峯に最初に影向の時、忽然として御前気に飯を入て現前す。 仍ち世をあげて気飯大明神と奉号す。此の幸林山に寺を建て幸林寺と号す。 ・・本地事。仲哀天皇示現大日如来也」とあり。)
・ 内宮源と外宮宗(我が国守護の三十番神)。(吉田神社の末社太元宮の外宮宗に伊勢外宮、内宮源に伊勢内宮を奉祭)
「五日は弥勒佛、気多大明神、狭槌と豊斟淳(とよむく)の日。
弥勒佛(「三十日秘仏」)。弥勒菩薩は十三仏の六七日導師でもあります。都率天におられ五十六億七千万年後にこの世に下生され衆生を導くとされます。弥勒菩薩は竜華樹の下で悟り三度説法されるとされます。これを竜華三会といい『弥勒下生経』には、初会に九六億人、二会に九四億人、三会に九二億人を救済するとあります。お大師様もこの弥勒の兜率天におら弥勒菩薩と共に下生されるとされます。
・気多大明神 (「本地弥陀 又異説正観音」(佛神霊像図彙)禁闕守護の三十番神。「神道集」巻第四には「越後国矢射子大明神事」として、「また北陸道には、道前・道後とて二つの社有り。 兄弟にて御在す。・・道後とは、気多大菩薩なり。 能登国に立ちたまへり。 御本地は地蔵菩薩なり。 この仏はこれ罪人に交じりて、抜苦の偈を教へたまふ」とあり)
・狭槌と豊斟淳(とよむく)(我が国守護の三十番神。日本書紀に天地開闢の時に生まれた神とあり。日本書紀巻一「・・天地之中生一物、狀如葦牙。便化爲神、號國常立尊。至貴曰尊、自餘曰命、並訓美舉等也。下皆效此。次國狹槌尊、次豐斟渟尊、凡三神矣。乾道獨化」)。
「六日は二万灯佛、鹿島大明神、埿土煮と沙土煮(ういじにとすいじに)の日。
・二万灯佛(「三十日秘仏」)。法華経序品に曰「この佛の光明、天に日月灯明佛あっては日月の如く、地にあっては灯の如し、よって名く。かって過去に二万の日月灯明佛あり、同名あいついで出世し法華経を説く。」(過去無量無辺不可思議阿僧祇劫に出世した日月灯明佛は、三乗の法を説き入滅した。以来同名の日月灯明佛が次々と出世して二万の日月灯明佛が現れたとされる。)
・鹿島大明神 (禁闕守護の三十番神。「本地十一面(佛神霊像図彙)」。「神道集」には「鹿嶋大明神事。そもそも鹿嶋大明神は天照大神の第四の御子である。 天津児屋根尊は金の鷲に駕して常陸国に天下り、古内山旧跡の鹿嶋の里に顕れた。本地は十一面観音である。この神の氏人である大仲臣鎌足連は、天津児屋根尊が金の鷲に駕して天下った時に銀の鶴に駕してお供をした者の末裔である。」)
・埿土煮と沙土煮(「我が国守護の三十番神」。神代七代の第三代又は第四代とされ、兄が埿土煮、妹が沙土煮。大地が泥や沙によってやや形を表した様子を表現したものとする説がある。)
「七日は三万灯佛、北野大明神、大戸道(おおとのじ)と大苫辺尊(おおとまべ)の日。
・三万灯佛(「三十日秘仏」)。仏像図鑑には「七日は三万灯明佛の日」とありますがそのあと「この仏は典拠つまびらかならず」とかかれています。
・北野大明神 (禁闕守護の三十番神。「本地十一面 右大臣菅原朝臣霊ナリ『佛神霊像図彙』」。神道集に「・・大江匡衡は種々の供物や御幣を北野天神に奉り、「右天満自在天神、或は天下に塩梅として、一人を輔導し、或は天上に日月として、万民を照臨したまふ。中に就きて文道の大祖、風月の本主なり。翰林の人、尤も夙夜に勤労すべし」と奏状を書いた。 その夜の匡衡の夢の中で、天神が御殿の扉を押し開いて奏状の文章を誉め、「我が本地は十一面観音である。極楽世界では無量寿と称され、娑婆では北野天神として示現する」と告げた。 こうして、北野天神は観音の垂迹である事が知られたのである。」)
・大戸道(おおとのじ)と大苫辺尊(おおとまべ)(我が国守護の三十番神。『古事記』において神世七代の第5代の神々とされ、大戸道が兄、大苫辺尊が妹。 神名は大地が完全に凝固した時を神格化したとする説あり。
「八日は、鬼子母神,薬師如来(「三十日秘仏」)、江文大明神 (「江州 本地辯才天」『佛神霊像図彙』禁闕守護の三十番神による)、面足尊 (おもだる) と惶根尊 (かしこね)尊(「我が国守護の三十番神「」)の縁日です。
お薬師様は特に霊験あらたかで都内だけでも多摩七薬師霊場 、狭山三十七薬師霊場 、東都七薬師霊場 、 御府内十二薬師霊場 等多くの薬師霊場があります。京都大原の江文大明神は「禁闕(宮中)守護 如法経(法華経)守護三十番神となって5月5日が大開帳日です。
「九日は大通智勝仏、貴船大明神、天忍穂耳と瓊瓊杵の日。
・大通智勝如来(「三十日秘仏」)。仏像図鑑には「大は空、通は仮、智は中道にして一心三観なり。(三千塵点の昔に出現して法華経を説いた仏で、法華経傾城喩品第七では、大相劫、好成世界に出現し、十六王子がいた。魔軍を破し終わった後、十小劫の間坐し続け、悟りを得たという。成道後、四諦や十二因縁を説いた。また八千劫の間法華経を説き続けた佛である。なお十六王子の十六番目は釈迦佛である。)」とあります。ご真言は「 おん まか びじゃに やじゃにゃ のうびぶう そわか」です。四国55番南光坊の御本尊でもあります。
・ 貴船大明神(「 山州愛宕郡 本地不動 男女夫婦中ヲ守ラセ玉フ御神ナリ」『佛神霊像図彙』禁闕守護の三十番神。「きふねの本地(室町時代物語集成)」に「・・くらまのびしゃもんとふかくやくそくのことおわしました、このひめみや ちうしょうのちきりをこめ 木船とあらはれ給ひけり このほんんちはくわしくたつぬればへんざいてんにておわします・・」
・天忍穂耳と瓊瓊杵(我が国守護の三十番神)。天忍穂耳は天照大神と素戔嗚尊との誓約のときに生まれた五男神の一神。葦原中国に天くだることになっていたが,子の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)にゆずった。
「十日は日月灯明佛、天照皇太神、金毘羅様、火火出見と鵜葺草葺不合の日。
・日月灯明佛(「三十日秘仏」)。「法華科注に曰く『日はこれ慧なり、月はこれ定なり、定慧はこれ自行の徳、灯明はこれ化他の徳なり。また日月灯は三智なり。』と(二万の最後)灯明佛には八人の王子があり、皆出家した。父の灯明佛が無量義経を説くのを聴いた後、妙光菩薩(文殊)に教えを受け八人とも成仏した。また八番目に成仏した仏を燃灯佛といい、釈迦に授記した仏という。」(仏像図鑑)
・天照皇太神 (「勢州度會郡鎮座 垂仁天皇二十五年内宮立 雄略天皇廾二年外宮立(佛神霊像図彙)」。禁闕守護の三十番神)。
・金毘羅様。(江戸時代から10日が縁日とされる)
・火火出見と鵜葺草葺不合(我が国守護の三十番神。鵜葺草葺不合(地神五代)の父が火火出見尊(地神四代・山幸彦)、鵜葺草葺不合と玉依姫命の間の子は神日本磐余彦火火出見尊(神武天皇))
「十一日は歓喜佛、八幡大菩薩、伊弉諾と伊弉冉の日。
・歓喜佛(「三十日秘仏」)。「経に曰『歓喜地に住し、よく衆生を度するが故に名ずく』と。」(仏像圖彙)(歓喜佛はおそらく古代インドにおける歓喜天(聖天)のこととおもわれる。歓喜天は印度古代神話でヴィナーヤカの王といわれ、魔性の代表であった。後に仏教にとりいれられてからは、逆に魔性を排除する重要な神とされる)聖天様は恐ろしい仏とされておりいい加減なおまいりはゆるされないといわれます。ご真言は「オン キリク ギャク ウン ソワカ」聖天様の縁日としては1日、3のつく日、15日、16日など寺により違います。私は弘明寺の聖天様に大変なお陰を頂いております。弘明寺は13日が縁日です。
・八幡大菩薩 (「禁闕守護の三十番神」。本地阿弥陀如来。「 山州鳩峯鎮座 本地弥陀或ハ釋釈 行教和尚築紫宇佐参篭ノ時御託宣ニヨリ今ノ八幡山ニ勧請シ玉フ應神天皇ノ霊『佛神霊像図彙』)
・伊弉諾と伊弉冉(「我が国守護の三十番神」)
「十二日は難勝佛、加茂大明神、日前と国懸の日。
・難勝佛(「三十日秘仏」)。佛像図鑑には「経に曰『智悲行徳の余尊に勝るが故に名ずく』と」とあります。
・加茂大明神 ( 「山州愛宕郡 本地正観音 別雷命 欽明天皇ノ御宇始テ上下神ヲ祭ル」『佛神霊像図彙』「禁闕守護の三十番神」)。
・日前と国懸(「我が国守護の三十番神」)和歌山県和歌山市に日前宮(にちぜんぐう)あるいは名草宮とも呼ばれる神社がありこの境内に日前神宮・國懸神宮の2つの神社がある。天照大神が岩戸隠れした際、石凝姥命が八咫鏡に先立って鋳造した鏡が日前宮に祀られているといわれ社伝によれば、神武東征の後の神武天皇2年、紀国造家(紀氏)の祖神である天道根命(あめのみちねのみこと)が日像鏡・日矛鏡を賜り、日像鏡を日前宮の、日矛鏡を國懸宮の神体としたとしている。
「十三日は虚空蔵菩薩、松尾大明神、淡路胞と淡路州の日。
・虚空蔵菩薩(「三十日秘仏」)。仏像図典には「維摩経に曰『実相の慧蔵虚空の如し』と。十王経に曰く『三十三歳の忌佛』と、経に曰く、『一切香集世界におわします。』と。」(福と智の二蔵が無量なことが虚空に等しく広大無辺ということから虚空蔵という。胎蔵曼荼羅虚空蔵院の中尊で、五智宝冠をいただき、右手に智慧の宝剣、左手に福徳の蓮華と如意宝珠を持つ)。ご真言は「ノウボウ アキャシヤ キャラバヤ オンアリキャ マリボリソワカ」
・ 松尾大明神 (「山州葛野郡 大寶元年社ヲ立ツ 奉山听神ト号ス 本地畏婆仏」『佛神霊像図彙』「禁闕守護の三十番神」)。
・淡路胞と淡路州(「我が国守護の三十番神」)日本書紀に『是に、陰陽始めて遘合して夫婦と為る。産む時に至るに及びて、
先づ淡路洲を以て胞とす。意に快びざる所なり。故、名けて淡路州と曰ふ。』『一書に曰はく、二(ふたはしら)の神、合為夫婦(みとのまぐはひ)して、先づ淡路洲・淡洲を以て胞として、大日本豊秋津洲を生む。』これらの記述からすると「淡路胞と淡路州」は秋津洲を産むための衣奈であったのかもしれません。
十四日は普賢菩薩、大原大明神、伊予二名と筑紫州の日。
・普賢菩薩(「三十日秘仏」)。仏像圖彙等に「大王経に曰く『普はこれ一切の義、賢はこれ最妙の義なり』と。十王経に曰く『四七日の忌佛なり』と。(佛の理・定・行の徳は普く賢固であるから普賢はこれらの徳を司るとする。六牙の白象に乗る像で知られるが、密教では胎蔵中台八葉院の東南にあって、左手は剣を立てた蓮華、右手は三業妙善の印。)ご真言は「オン サンマヤ サトバン」
・大原大明神 (「禁闕守護の三十番神」「山州(山城国のこと) 文徳天皇仁壽元年始テ大原野祭ヲシ玉フ 本地薬師」(佛神霊像図彙))。
・伊予二名と筑紫州(「我が国守護の三十番神」)日本書紀に「・・及至産時、先以淡路洲爲胞、意所不快、故名之曰淡路洲。廼生大日本日本、此云耶麻騰。下皆效此豐秋津洲。次生伊豫二名洲(四国)。次生筑紫洲(九州)。次雙生億岐洲與佐度洲、世人或有雙生者象此也。次生越洲。次生大洲。次生吉備子洲。由是、始起大八洲國之號焉、卽對馬嶋壹岐嶋及處處小嶋、皆是潮沫凝成者矣、亦曰水沫凝而成也。」
「十四日は普賢菩薩・大原大明神・伊予二名と筑紫州の日です。
普賢菩薩は「三十日秘仏」に依ります。
大王経に曰く「普はこれ一切の義、賢はこれ最妙の義なり」と。十王経に曰く「四七日の忌佛なり」と。(佛の理、定、行の徳は普く賢固であるから、普賢はこれらの徳を司るとする。六牙の白象に乗る像で知られるが、密教では胎蔵中台八葉院の東南にあって、左手は剣を立てた蓮華、右手は三業妙善の印。)ご真言は「オン サンマヤ サトバン」
大原大明神 (「山州 文徳天皇仁壽元年始テ大原野祭ヲシ玉フ 本地薬師」『佛神霊像図彙』「禁闕守護の三十番神」)。
伊予二名と筑紫州(「我が国守護の三十番神」)
「十五日は阿弥陀様・春日大明神・隠岐州と佐渡州・水天様・妙見様の日です。
三十日秘仏によると、「十五日、阿弥陀仏 称賛浄土経に曰く、「その中に尊います。無量壽および無量光となずく」と。(阿弥陀仏は西方極楽浄土の教主。Amitābha(無量光佛)Amitaayu(無量光佛)という、最初のAmita(阿弥陀)は無量の佛を意味している。過去久遠劫に法蔵比丘が四十八願を起し、仏のもとで修業し、願を成就させて阿弥陀仏となったもの。仏説無量寿経では有名な 「たとい我、仏を得んに、十方衆生、心を至し信楽して我が国に生まれんと欲うて、乃至十念せん。もし生まれずは、正覚を取らじ。唯五逆と正法を誹謗せんをば除く。 」というところがでてきます。ご真言は「オンアミリタテイセイカラウン」三尊形式のときは観音様と勢至菩薩が脇侍として左右にいらっしゃいます。)
・春日大明神(「和州 三笠山ニ在ス四所明神ト云 本地釋迦 第一鹿嶋 香取 天児屋命 天照大神也」『佛神霊像図彙』「禁闕守護の三十番神」)。
・ 隠岐州と佐渡州(「我が国守護の三十番神」)
・なおこのほか十五日は水天様(ご真言はオン バロダヤ ソワカ)や妙見様の日ともされます。 妙見菩薩は尊星王・妙見尊星王・北斗妙見菩薩ともよばれ、北極星を神格化したものです。真理を見通すとされるためこの名があります。このため眼病祈願のほか、航海の道標北極星の化身ということもあり、航海安全などを祈願します。さらに国土擁護、怨敵退散、福寿増長の菩薩とされ、妙見菩薩を本尊とする尊星王法は天台宗寺門派最大の秘法とされます。そのお姿は二臂や四臂のものの他、俗形束帯像、童子・童女形像などもあります。四臂像では筆と紀籍(紙)を持ちますが、これは人間の生死の籍を司ることをあらわすといわれています。ご真言は「オン・ソジリシュタ・ソワカ」です。
「十六日は陀羅尼菩薩、閻魔大王、平野大明神の日です。 十六日、陀羅尼菩薩(「三十日秘仏」)。「講演法儀にいわく「陀羅尼菩薩はすなわち観音なり」と。」
閻魔大王(古来日本では、正月16日と7月17日を閻魔の祭日で藪入りとして地獄の蓋が開くとしてきた)。
歓喜天(聖天様)。
平野大明神(禁闕守護の三十番神)。
越州と大州(我が国守護の三十番神)。
「十七日は竜樹菩薩、千手観音、大比叡権現、対馬・壱岐の日。
・竜樹菩薩(「三十日秘仏」)。佛祖統紀に曰「十三世龍樹菩薩は南天竺梵志の裔なり、佛世を去ってのち七百年に出ず、始生の日樹下にあり、龍宮に入り、はじめて成道を得る故に龍樹と号す」と。(『般若経』で強調された「空」を、無自性に基礎を置いた「空」であると論じて(「中論」)お釈迦様の「縁起」を説明し、後の大乗仏教に決定的影響を与え、八宗の祖師と称されます。また真言宗では「龍猛」とよばれ、真言八大祖師の第一祖であり、浄土真宗では七高僧の初祖とされ「龍樹菩薩」・「龍樹大士」と尊称されています。一説には六百年の長寿を保ったとされます。)
・また十七日は千手観音様の縁日とするところもあります。千手観音様のご真言は「オン・バザラ・タラマ・キリク」
・大比叡権現(禁闕守護の三十番神。「 江州(近江)山王七社大宮也 國常立尊也 本地釋迦『佛神霊像図彙』(大津市坂本の日吉大社のこと)、)
・対馬・壱岐(我が国守護の三十番神)。古事記に「次生伊豫之二名嶋、此嶋者、身一而有面四、毎面有名、故、伊豫國謂愛上比賣此三字以音、下效此也、讚岐國謂飯依比古、粟國謂大宜都比賣此四字以音、土左國謂建依別。次生隱伎之三子嶋、亦名天之忍許呂別。許呂二字以音。次生筑紫嶋、此嶋亦、身一而有面四、毎面有名、故、筑紫國謂白日別、豐國謂豐日別、肥國謂建日向日豐久士比泥別自久至泥、以音、熊曾國謂建日別。曾字以音。次生伊伎嶋、亦名謂天比登都柱。自比至都以音、訓天如天。次生津嶋、亦名謂天之狹手依比賣。次生佐度嶋。次生大倭豐秋津嶋、亦名謂天御虛空豐秋津根別。故、因此八嶋先所生、謂大八嶋國。」
つまり伊弉諾-伊弉冉の国生みで、伊伎島(別名は天比登都柱(あめひとつばしら)壱岐島)は五番目、津島(つしま別名は天之狭手依比売(あめのさでよりひめ・対馬)は六番目に生まれています。
「十八日は聖観世音菩薩、鬼子母神、小比叡権現、潮沫と野原の日。
・聖観世音菩薩(「三十日秘仏」)。観音経抄に曰「機感相と応の始と末を観察するを観と号し、観るところの境界を世音と称す」と。」(観音菩薩は衆生が救いを求めると直ちに救済する菩薩で、密教では胎蔵界の中台八葉院・蓮華院・釈迦院に位置する。
観音様は般若心経の最初に出てきますし、観音経もよく読まれます。このなかで「一心称名。観世音菩薩。即時観其音声。皆得解脱」とありますように観音様は衆生の苦悩を自在に見抜き救っていただけるので観自在ともいわれます。講でよく参拝する護国寺の本堂には観音様の三十三の変化のお姿があります。私も観音様を拝み続けてありがたいおかげを次々と頂きました。ほんとうにやさしい有り難い仏様です。)
・また8のつく日は鬼子母神様の縁日ともされます。鬼子母神は安産、子育ての神として祀られ、日本でも密教の盛行に伴い、小児の息災や福徳を求めて、鬼子母神を本尊とする訶梨帝母法が修せられたりしています。ご真言は「オン・ドドマリ・ギャキティ・ソワカ。」
・小比叡権現 (禁闕守護の三十番神「江州・山王七社第二宮 本地薬師。『佛神霊像図彙』)(神道集には「高座天王は近江国の鎮守で、比叡山守護の大霊験である。 この神は昔から比叡山に住していたが、伝教大師が比叡山で一乗円宗(天台宗)をお弘めになった時、山王権現として顕現した。・・二十一社の内、上七社は以下の通りである。一宮は大宮法宿権現(大比叡権現)、本地は大恩教主釈迦牟尼如来である。二宮は地主権現(小比叡権現)、今の高座天王である。本地は薬師如来である。・・」)
・潮沫と野原(我が国守護の三十番神)日本書紀に「・・即ち、対馬嶋、壹岐嶋及び処処の小嶋は、皆是れ潮の沫の凝りて成れる者矣。」「野原」については不明。
「十九日は日光菩薩、馬頭観音菩薩、聖真子権現、海原と野原の日。
・日光菩薩(「三十日秘仏」)。(曼荼羅図典によれば「胎蔵曼荼羅では地蔵院の一番西にあり、白肉色で左手に日輪をのせた蓮華を持ち、右手は与願印、赤蓮華に坐す。地蔵菩薩の徳の内で煩悩を除き普く衆生に光明を齎す働きをされる。それゆえに太陽に喩えられる。金剛界曼荼羅では金剛光と同体とされる。」「仏説薬師秘密神呪経」では毎日一遍お薬師様や日光月光菩薩・十二神将・七千夜叉にご寶号を唱えて拝めば衆病悉く除かれ身心安楽とされています。日光菩薩のご寶号は「おん、ろぼう、じゅた、そわか」とか「おん、そりや、はらばや、そわか」)
・馬頭観音菩薩(多くの寺で19日を縁日とするが根拠不明)
・聖真子権現(禁闕守護の三十番神、しょうしんしごんげん。「 或ハ八幡大菩薩 本地弥陀 江州志賀郡現『佛神霊像図彙』
、(山王権現の)三宮は聖真子権現、阿弥陀如来である。」(神道集)」
・海原と野原(我が国守護の三十番神)(日本書紀に「然後、洗左眼、因以生神、號曰天照大神。復洗右眼、因以生神、號曰月讀尊。復洗鼻、因以生神、號曰素戔嗚尊。凡三神矣。已而、伊弉諾尊、勅任三子曰「天照大神者、可以治高天原也。月讀尊者、可以治滄海原潮之八百重也。素戔嗚尊者、可以治天下也。」(月読尊に海原を治めさせたとするが他の記述もある)
「二十日は月光菩薩、十一面観音菩薩、客人大明神、川神と山神の日。
・月光菩薩(「三十日秘仏」)。「經に曰く「薬師佛の右脇侍なり、また月灯大士と号す。月天子なり。」と」曼荼羅図典に「尊形、黄色・左手には未開蓮華、右手には半月をのせた青蓮華、童子形、髪は三髷、赤蓮華に坐す。真言、のうまくさまんだぼだなん せんだらはらばや そわか。日光菩薩とともに薬師如来の脇侍にもなる。青蓮華上の半月は文殊菩薩の修行中の智慧を表す。すなわち現実に衆生を導く姿を月が次第に満ちていく様として示す。胎蔵曼荼羅では文殊院に、金剛界曼荼羅では降三世会等の西側に無尽意菩薩と並んで坐す。金剛界のご真言は「おん、せんだらはらばや ば そわか」。
・十一面観音菩薩。(以下に云う様に客人大明神の本地が十一面観世音様なので同様に20日を縁日としたと思われる)
・ 客人大明神 (まろうど・禁闕守護の三十番神 「伊弉尊 本地十一面 江州志賀郡。」『佛神霊像図彙』。日吉大社摂社白山姫神社のホームページには「霊峰比叡山の東麓に鎮座する日吉大社は、白山比咩神社と同じく崇神天皇7年の創祀でありますが、当社の白山姫神社は天安2年(858)に比叡山延暦寺の僧、相応和尚の感得によって勧請されたと伝わっています。以来、当社山王二十一社の中でも最も格が高い上七社の一社として位置づけられ、明治以前の神仏習合の時代には、客人宮(まろうどぐう)と称し、十一面観音が本地仏とされました。」)
・川神と山神(我が国守護の三十番神)日本書紀では伊弉諾伊弉冉が大八島を生んだ後「次生海、次生川、次生山、次生木祖句句廼馳、次生草祖草野姬、亦名野槌。既而伊弉諾尊・伊弉冉尊、共議曰「吾已生大八洲國及山川草木。何不生天下之主者歟。」とあり。
「二十一日は、お大師様、無尽意菩薩、准提観音菩薩、八王子権現、野槌と句々廼馳の日。
・無尽意菩薩(「三十日秘仏」)。三十日秘仏では21日は無尽意菩薩の日になっています。「大品にはすなわち無尽なりと明かす、大集経には八十無尽門を明かす。(無尽意は無量慧、無尽慧菩薩とも訳される。賢劫十六尊の一尊で、金剛界曼荼羅三摩耶会等の外壇北方五尊のうち西側に配される。娑婆世界にあって無尽無余の衆生を救うという誓願をたてたことにより、この名称がつけられた。)」
・ 准提観音菩薩(21日縁日の理由不明)
・弘法大師(承和二年三月二十一日に御入定)
・ 八王子権現 (禁闕守護の三十番神「本地千手観音 江州山王七社内」『佛神霊像図彙』八王子権現とは祇園牛頭天王の8人の王子のこと。日吉山王権現21社の一つ牛尾宮は、日吉大社の神(山王)の王子である8人の眷属神が八王子権現として祀られていて、千手観音菩薩を本地仏としたが廃仏毀釈で廃寺。)
・野槌と句々廼馳(我が国守護の三十番神。『古事記』では、伊邪那岐命・伊邪那美命による国生みの後の神生みの段で、 風神(志那都比古神)、木神(久久能智神、山神(大山津見神)などと共に生まれている。(次生風神・名志那都比古神此神名以音、次生木神・名久久能智神此神名以音、次生山神・名大山上津見神、次生野神・名鹿屋野比賣神、亦名謂野椎神。自志那都比古神至野椎、幷四神)。
「二十二日は施無畏菩薩、聖徳太子、如意輪観世音菩薩、脚摩乳と手摩乳の日。
・施無畏菩薩(「三十日秘仏」)。三十日秘仏では施無為菩薩の日です。胎蔵曼荼羅では南方除蓋障院に坐され施無畏の印を示しておられます。乃ち右手を挙げて五指を外に向けられています。左手は金剛拳で膝上、赤蓮華上に坐しておられます。密教図典では「ご真言は、のうまくさまんだぼだなん あらさなん あばえんだ そわか。・・未だ目覚めてない衆生に対し真実への畏怖心を除く菩薩。外に向けた五指のうち小指は信、無名指は精進、中指は思念、頭指は禅定、親指は智慧、この五種の力を衆生に得させて無畏を施し破悪趣へと向かわせる。」とあります)
・聖徳太子は推古天皇三十年622二月二十二日薨去されたとされます。そういう意味で二十二日は聖徳太子の日としてもいいと思います。御真言は「1、如意輪観世音菩薩御真言『オン・バラダ・ハンドメイ・ウン』(聖徳太子は如意輪観世音を本地とするため。オン・ハンドメイ・シンダマニ・ジンバラ・ウンも可。)に加えて 2、『南無帰命頂礼聖徳太子救世(ぐぜ)菩薩』」です。
・如意輪観世音菩薩(22日が如意輪観世音の日とされるのは聖徳太子の本地であるからでしょうか。)
・稲荷大明神 (禁闕守護の三十番神。『佛神霊像図彙』「本地如意輪観音 山州紀伊郡 東寺縁起見 和銅年中ニ弘法大師東寺御造立ノ時門前ニ来現シ玉フ」)。
・脚摩乳と手摩乳(あしなずち・てなずち、我が国守護の三十番神)二神はオオヤマツミの子でクシナダヒメの親、スサノオによって八岐大蛇から助けられた。出雲国の肥の川の上流に住んでいた。日本書紀に「對曰「吾是國神、號脚摩乳、我妻號手摩乳、此童女是吾兒也、號奇稻田姬。所以哭者、往時吾兒有八箇少女、毎年爲八岐大蛇所呑、今此少童且臨被呑、無由脱免。故以哀傷。」
「二十三日は勢至菩薩・不空羂索観世音菩薩・八幡大菩薩・住吉大明神・思兼と手力雄の日。
・勢至菩薩(「三十日秘仏」。密教辞典には「得大勢、大勢至、世志。観音とともに阿弥陀仏の脇侍とするのは、観無量寿経に「智慧の光を以て普く一切を照らし三途を離れ無上の力を得る」と説き、観音の慈悲に対して智慧の立場から救済するため」とする。曼荼羅図典でも「胎蔵曼荼羅でも蓮華部院(観音院)にあり、左手に未敷蓮華、右手は頭指以下の四指を屈して胸に当て赤蓮華に坐す・・ご真言は「のうまくさまんだ ぼだなん 。さんさくそわか」
・八幡大菩薩と不空羂索観世音菩薩は俗信、典拠不明。
・住吉大明神( 禁闕守護の三十番神。「攝州(大阪府)住吉ノ郡 本地正観音『佛神霊像図彙』」。「二十二社并本地」では「住吉(一神薬師。二神阿弥陀。三神大日。四神聖観音)」)
・思兼と手力雄(我が国守護の三十番神)。思兼は天の岩屋にこもった天照大御神を外に連れ出す知恵思慮分別を一身に兼ね備える神。手力雄は岩戸から天照を引き出した。日本書紀に「于時、八十萬神、會於天安河邊、計其可禱之方。故、思兼神、深謀遠慮、遂聚常世之長鳴鳥使互長鳴。亦、以手力雄神、立磐戸之側、而中臣連遠祖天兒屋命・忌部遠祖太玉命、掘天香山之五百箇眞坂樹、而上枝懸八坂瓊之五百箇御統、中枝懸八咫鏡一云、眞經津鏡、下枝懸靑和幣和幣、此云尼枳底・白和幣、相與致其祈禱焉。又、猨女君遠祖天鈿女命、則手持茅纒之矟、立於天石窟戸之前、巧作俳優。亦、以天香山之眞坂樹爲鬘、以蘿蘿、此云此舸礙爲手繦手繦、此云多須枳而火處燒、覆槽置覆槽、此云于該、顯神明之憑談顯神明之憑談、此云歌牟鵝可梨。
是時、天照大神、聞之而曰「吾比閉居石窟、謂當豐葦原中國必爲長夜。云何天鈿女命㖸樂如此者乎。」乃以御手、細開磐戸窺之。時、手力雄神、則奉承天照大神之手、引而奉出]
「二十四日は地蔵菩薩・愛宕大権現・祇園大明神・照日と月夜の日。
・地蔵菩薩(「三十日秘仏」)。 お地蔵様はお釈迦様が入滅されてから、弥勒菩薩が降臨されるまでの56億7000万年の無仏の時代の衆生をみちびいてくださいます。地蔵菩薩本願経にはお地蔵様の28種の功徳が説かれています。「「一者天龍護念、二者善果日増、三者集聖上因、四者菩提不退、五者衣食豊足、六者疾疫不臨、七者離水火災、八者無盗賊厄、九者人見欽敬、十者神鬼助持、十一者女転男身、十二者為王臣女、十三者端正相好、十四者多生天上、十五者或為帝王、十六者宿智命通、十七者有求皆従、十八者眷属歓楽、十九者諸横消滅、二十者業道永除、二十一者去処盡通、二十二者夜夢安楽、二十三者先亡離苦、二十四者宿福受生、二十五者諸聖讃歎、二十六者聰明利根、二十七者饒慈愍心、二十八者畢竟成仏 」とあります。
また六道の衆生を救済してくださるという六地蔵の信仰も生まれました。地獄道は宝珠、錫杖を持つ大定智悲地蔵(地蔵菩薩) 、 餓鬼道は宝珠与願印 の大徳清淨地蔵(宝手菩薩)、畜生道は如意宝珠 を持つ大光明地蔵(宝処菩薩)、 修羅道は宝珠、梵篋 を持つ清淨無垢地蔵(宝印手地蔵)、人間界は 宝珠 施無畏印 の大清淨地蔵(持地菩薩) 、天界は宝珠、経巻 を持つ大堅固地蔵(堅固意菩薩) が救ってくださるといわれます。
・祇園大明神 (禁闕守護の三十番神。「薬師如来 牛頭天王ト申ス素盞嗚尊ナリ 山州ハ坂ノ里ニ在ス一社ハ牛頭天王 一社ハ稲田姫少○井ト申ス 一社ハ八王子」『佛神霊像図彙』。神道集には「祇園大明神は・・即ち牛頭天王である。 牛頭天王は武答天神王等の部類の神で、天刑星・武答天神・牛頭天王として崇めている。 ・・祇園大明神は男体は薬師如来、女体は十一面観音である。牛頭天王は祇園精舎の守護神とされ、蘇民将来説話の武塔天神と同一視され薬師如来の垂迹であるとともにスサノオの本地ともされた。京都東山祇園や播磨国広峰山に鎮座して祇園信仰の神(祇園神)ともされ現在の八坂神社にあたる感神院祇園社から勧請されて全国の祇園社、天王社で祀られた。」
・照日と月夜(我が国守護の三十番神。天照と月読のことか)
「二十五日は文殊菩薩・天神様・赤山大明神・杵築と八重垣の日。
・文殊菩薩(「三十日秘仏」)。御大師様は「般若心経秘鍵」に文殊菩薩を以下のように書いておられます。「文殊の利剣は諸戯を絶つ、覚母の梵文は調御の師なり、チク・マン(梵字)の真言を種子とす、諸教を含蔵せる陀羅尼なり(文殊菩薩の三昧耶形である鋭い剣は、劇論(一か異か、断か常か、生か滅か、去か来か、という八不のどちらか一方に偏った考え)を断ち切る。般若菩薩の三昧耶形である梵字の経典は、煩悩をしずめる師である。般若菩薩は梵字の「チク」であらわされ、文殊菩薩は梵字の「マン」で象徴される。これらの種子はあらゆる教えを包含した陀羅尼である。(松長有慶「般若心経の秘密を読み解く」等による))」
・天神様(道真公は、承和12年6月25日生まれの延喜3年2月25日没。)
・赤山大明神 (禁闕守護の三十番神。「赤山ハ支邦太山府君神ト称ス今叡山ノ西麓アリ 本地地蔵」『佛神霊像図彙』赤山大明神は比叡山麓の赤山禅院の御本尊で唐の赤山にあった泰山府君を勧請した。赤山禅院は、平安京の東北にあり、表鬼門に当たることから、赤山大明神は、皇城の表鬼門の鎮守としてまつられ、千日回峰行の「赤山苦行」の寺でもあります。
・杵築と八重垣(我が国守護の三十番神。杵築とは大国主、八重垣とは櫛名田比売命(大国主の母)。)
「二十六日は薬上菩薩・愛染明王・建部大明神・児屋根と天種子の日。
・薬上菩薩(「三十日秘仏」)。『十往生阿弥陀仏国経』に「この経を信ずるものは二十五菩薩の護持を受ける」と説かれていてその中の一仏。観薬王薬上二菩薩経には、薬王・薬上は兄弟の長者で訶梨勒果や薬を日蔵比丘に供養したので衆生が讃嘆して薬王・薬上と称したとあり。
・建部大明神 (禁闕守護の三十番神、「江州滋賀郡 本地弥陀」『佛神霊像図彙』。大津市の建部大社にお祀りする。「弓座記録」
には「薬師・弥陀・観音、以此三大士建部之為御本地仏也、是行基菩薩之自作也」とある。
・児屋根と天種子(我が国守護の三十番神。天児屋命(あめのこやねのみこと)と天種子(あめのたねこのみこと・天児屋命の孫)神武天皇の東征に従軍。)
「二十七日は盧遮那仏・三上大明神・天御蔭と日御蔭の日。
・盧遮那仏(「三十日秘仏」。密教辞典では「旧訳華厳経如来名号品第三には佛号中に「盧遮那仏」がある。・・佛身観の展開に伴ってこの世に出生した釈迦は宇宙の意思者によってあらわれた本地実身であるとされ、宇宙に遍満して三世常恒に説法する仏身は報身であり、印度に生じた釈迦を応身・変化身と考え、報身の悟る法を法身と称するようになった。大乗仏教の仏身観では異説も生じ、毘盧遮那を法身佛、盧遮那仏を報身佛、釈迦牟尼を応身とも考えた。」
・三上大明神 (禁闕守護の三十番神「 江州 元正帝養老年中自天此所降ル日本第二ノ忌火ト云 本地千手」『佛神霊像図彙』。滋賀県野洲町の御上神社。「本地垂迹資料便覧・三上大明神事」には「一 三上大明神者、三十番神内二十七番、忌火第一の神、日本に二火一水の神と云也、一 御影向は仁王四十四代元正天皇の御宇、養老元年三月十五日と云也、一 御本地事、阿弥陀とも弥勒とも不動とも云也・・」
・天御蔭と日御蔭(我が国守護の三十番神)。神が籠もる宮殿のことか。延喜式祝詞・祈年祭に「・・皇神の敷き坐す下つ磐根に宮柱太知り立て 高天原に千木高知りて 皇御孫命の瑞の御舎を仕へ奉りて 天の御蔭・日の御蔭と隠り坐して 四方の國を安國と平らけく知ろし食すが故に・・」
「二十八日は大日如来・不動明王・鬼子母神・兵主大明神・八織津と秋津の日。
・大日如来(「三十日秘仏」)。
・兵主大明神 (禁闕守護の三十番神。「 江州野洲郡兵主ノ郷ニ在ス 本地不動又大日」『佛神霊像図彙』(滋賀県野津市の兵主大社の御祭神。「兵主大明神縁起」には「我は兜率天の主不動明王也。 衆生を済度せんが為に一百二十年前に矜迦羅使者を薬師如来と現し。 制多迦童子を愛染明王と変化してあま下ります。 則二大明神これなり。 われ今降臨して兵主大明神とあらはれんために。 二童子をかねてくだす所也。 ・・」)
・八織津と秋津(我が国守護の三十番神)。大祓詞に「・・遺る罪はあらじと祓へたまひ 清めたまふことを、高山の末 短山の末より佐久那太理(さくなだり)に落ちたぎつ、速川(はやかは)の瀬にます瀬織津(せおりつ)姫といふ神、大海原にも出(い)でなむ、かくも出で往(い)なば、荒潮(あらしほ)の 潮の八百道(やほぢ)の 八潮道(やしほぢ)の、潮の八百会(やほあひ)にます速開都(はやあきつ)姫 といふ神も加加呑(かかの)みてむ・・」
「二十九日は薬王菩薩・苗鹿大明神・気吹戸と速佐須良の日。
・薬王菩薩(「三十日秘仏」)。観薬王薬上二菩薩経には、薬王・薬上は兄弟の長者で訶梨勒果や薬を日蔵比丘に供養したので衆生が讃嘆して薬王・薬上と称したとあり。
・苗鹿大明神 (禁闕守護の三十番神。のうかだいみょうじん.「本地弥陀 江州」『佛神霊像図彙』)。滋賀県大津市にある那波加神社(なはかじんじゃ)の別称。
・気吹戸と速佐須良(我が国守護の三十番神。祓戸四神のうちの二体、「大祓詞」には気吹戸主神(いぶきどぬし)は速開都比売神がもろもろの禍事・罪・穢れを飲み込んだのを確認して根の国・底の国に息吹を放つ。速佐須良比売神(はやさすらひめ)は根の国・底の国に持ち込まれたもろもろの禍事・罪・穢れをさすらって失う、とされる。(大祓詞「此く加加呑みてば 気吹戸に坐す気吹戸主と言ふ神 根国 底国に息吹き放ちてむ 此く気吹放ちてば 根国 底国に坐す速佐須良比売と言ふ神 持ち佐須良ひ失ひてむ・・」)
「三十日は釈迦如来・吉備大明神・夜神と昼神の日。
・釈迦如来(「三十日秘仏」)。
・吉備大明神(禁闕守護の三十番神。「孝霊天皇ノ子吉備津彦命也 備中國賀夜郡 本地虚空蔵」『佛神霊像図彙』吉備津神社(岡山市北区吉備津)の御祭神。本地虚空蔵とされるので自分も求聞持行のまえにはお参りしましたが神官は本地は御存じない様子でした。)
・夜神と昼神(我が国守護の三十番神)。長野県の阿智村の阿智神社(昼神神社)は思兼命をお祀りする。思兼命は天の岩戸で天照を外に連れ出す采配をとったため、暗より昼に帰した功神として昼神であるといわれている。一方、「主夜神」という神が華厳経にあり、正式には婆珊婆演底主夜神(ばさんばえんていしゅやじん)といい、華厳経入法界品に、 「恐怖諸難を取り除き、衆生を救護し、光を以って諸法を照らし、悟りの道を開かせる」 と説かれる神様。この神が主夜は守夜と転じて、夜を守る神として崇められ、盗難や火災などを防いでくれる大変なご利益をもつ神様であるとされたのかもしれません。
「一日は定光佛・熱田大明神・妙見様・天神と地神の日。定光佛は「三十日秘仏」による。
熱田大明神(本地は大日如来。「禁闕守護の三十番神三十番神」による。)
天神・地神は「我が国守護の三十番神」による。天神はあまつかみ、地神はくにつかみ。
「二日は灯明佛、諏訪大明神、日高見と太元の日
・灯明佛(「三十日秘仏」)。仏像図鑑に「定珍曰く、『日月燈明と云は、 雲自在燈王と云と同體異名也 、雲月一躰の貌これに合すべし。』」
( 日月燈明佛は過去世に出世して法華経をといた佛。仏の知恵の光明が日月のごとく一切衆生を照らすところからなずけられたものです。)
・ 諏訪大明神 (本地 普賢菩薩。「禁闕守護の三十番神」)。
・日高見と太元(「我が国守護の三十番神」)。日高見とは日が出る地、太元とは天之御中主神
「三日は多宝佛、広田大明神、元三大師、陰神と陽神の日。
・多宝佛(「三十日秘仏」)。仏像図鑑には「東方宝浄世界の多宝、高さ五百由旬、七寶の大塔に住して、諸仏法華経を説く前に霊鷲の大地より湧出したもう仏なりといい、法華経見宝塔品にいわく『その時、佛前に七宝塔あり。高さ五百由旬、地より湧出し、その時宝塔中に大音声を発し歎じていう、善哉、善哉、釈迦牟尼世尊よく平等大慧の教、菩薩佛所護念するところの妙法蓮華経をもって大衆のために説く、かくの如し、かくの如し、釈迦牟尼世尊所説の如きはみな真実、ないしその時、佛、大樂菩薩に告ぐ、この宝塔中に如来の全身あり、ないし東方無量千萬億阿僧祇世界に国あり、宝浄と名ずく、かの中に佛あり、号して多寶という、その仏本菩薩の道を行じ、時に大誓願をなし、もし我成仏して滅度の後、十方国土において法華経を説くところあらば、我の塔廟、この経を聴くがゆえに、其の前に湧現して、ために証明をなす、讃して善哉といわん』と。すなわちこれ多宝佛の由来なり。」
・広田大明神(西宮) (禁闕守護の三十番神による。本地は「二十二社并本地」では、「広田(一殿聖観音。二殿阿弥陀。三殿高貴徳王大菩薩。四殿阿弥陀。五殿薬師)」。)
・元三大師(元三大師良源は永観3年1月3日に遷化。角大師として霊験あり)
・陰神と陽神(「我が国守護の三十番神」)(女神と男神のこと)
「四日は阿閦如来、気比大明神、内宮源と外宮宗の日。
・阿閦如来(「三十日秘仏」)。阿閦如来は三十日秘仏の四日仏であるとともに十三仏の七回忌導師でもあります。左手で衣の端をにぎっておられるのが特徴です。東方妙喜國の教主。密教では金剛界五智如来の一つで大円鏡智を表すとされます。維摩経では維摩は阿閦如来の妙喜国からこの世を照らすために現れたとします。維摩経下に「是の時、仏、舎利弗に告げたまえり、「国有り、妙喜と名づく。仏を無動(阿閦)と号す。是の維摩詰、彼の国より没して、来たりて此に生まる」。舎利弗言く「未曾有なり。世尊よ、是の人、乃ち能く清浄土を捨てて、来たりて此の怒害多き処を楽うとは」。維摩詰舎利弗に語れり、「意に於いて云何。日光出づる時、冥と合するや」。答て曰く「不なり。日光出づる時、即ち衆冥無し」。維摩詰言く「夫れ日は何故に閻浮提に行くや」。答て曰く「明照を以て之を為し、冥を除かんと欲するなり」。維摩詰言く「菩薩も是の如し。不浄の仏土に生まると雖も、衆生を化せんが為の故にして、愚闇と共に合せざるなり。但だ衆生の煩悩の闇を滅せんのみ」。『阿閦仏国経』によると、過去に東方千仏刹のところにある阿比羅提界で、大目如来が菩薩のために六度無極の行を説いた時、一人の比丘が瞋恚と愛欲を断じて、正覚を成じようと誓った。この無瞋恚の願により会座の菩薩から阿閦と呼ばれた。後に東方阿比羅提世界で成仏して今現に説法するといいます。妙法蓮華経化城喩品第七では、阿閦如来は大通智勝仏の十六王子の一人とされています「彼の(大通智勝)仏の弟子の十六の沙弥は今皆阿耨多羅三藐三菩提を得、十方の国土に於て現在に法を説きたもう。無量百千万億の菩薩・声聞あって以て眷属とせり。其の二人の沙弥は東方にして作仏す。一を阿閦と名け歓喜国にいます、二を須弥頂と名く。東南方に二仏、一を師子音と名け、二を師子相と名く。南方に二仏、一を虚空住と名け、二を常滅と名く。西南方に二仏、一を帝相と名け、二を梵相と名く。西方に二仏、一を阿弥陀と名け、二を度一切世間苦悩と名く。西北方に二仏、一を多摩羅跋栴檀香神通と名け、二を須弥相と名く。北方に二仏、一を雲自在と名け、二を雲自在王と名く。東北方の仏を壊一切世間怖畏と名く。第十六は我釈迦牟尼仏なり。娑婆国土に於て阿耨多羅三藐三菩提を成ぜり。」
・気比大明神 (敦賀市にあり。御祭神は仲哀天皇。仏像図彙の場合本地は大日如来、禁闕守護の三十番神の場合本地は阿閃如来。渓嵐拾葉集には「日本国独胡形事。気比とは金剛界大日如来也。 故に男子をもって社官となす也云々。また気比縁起の事、 越州幸林峯に最初に影向の時、忽然として御前気に飯を入て現前す。 仍ち世をあげて気飯大明神と奉号す。此の幸林山に寺を建て幸林寺と号す。 ・・本地事。仲哀天皇示現大日如来也」とあり。)
・ 内宮源と外宮宗(我が国守護の三十番神)。(吉田神社の末社太元宮の外宮宗に伊勢外宮、内宮源に伊勢内宮を奉祭)
「五日は弥勒佛、気多大明神、狭槌と豊斟淳(とよむく)の日。
弥勒佛(「三十日秘仏」)。弥勒菩薩は十三仏の六七日導師でもあります。都率天におられ五十六億七千万年後にこの世に下生され衆生を導くとされます。弥勒菩薩は竜華樹の下で悟り三度説法されるとされます。これを竜華三会といい『弥勒下生経』には、初会に九六億人、二会に九四億人、三会に九二億人を救済するとあります。お大師様もこの弥勒の兜率天におら弥勒菩薩と共に下生されるとされます。
・気多大明神 (「本地弥陀 又異説正観音」(佛神霊像図彙)禁闕守護の三十番神。「神道集」巻第四には「越後国矢射子大明神事」として、「また北陸道には、道前・道後とて二つの社有り。 兄弟にて御在す。・・道後とは、気多大菩薩なり。 能登国に立ちたまへり。 御本地は地蔵菩薩なり。 この仏はこれ罪人に交じりて、抜苦の偈を教へたまふ」とあり)
・狭槌と豊斟淳(とよむく)(我が国守護の三十番神。日本書紀に天地開闢の時に生まれた神とあり。日本書紀巻一「・・天地之中生一物、狀如葦牙。便化爲神、號國常立尊。至貴曰尊、自餘曰命、並訓美舉等也。下皆效此。次國狹槌尊、次豐斟渟尊、凡三神矣。乾道獨化」)。
「六日は二万灯佛、鹿島大明神、埿土煮と沙土煮(ういじにとすいじに)の日。
・二万灯佛(「三十日秘仏」)。法華経序品に曰「この佛の光明、天に日月灯明佛あっては日月の如く、地にあっては灯の如し、よって名く。かって過去に二万の日月灯明佛あり、同名あいついで出世し法華経を説く。」(過去無量無辺不可思議阿僧祇劫に出世した日月灯明佛は、三乗の法を説き入滅した。以来同名の日月灯明佛が次々と出世して二万の日月灯明佛が現れたとされる。)
・鹿島大明神 (禁闕守護の三十番神。「本地十一面(佛神霊像図彙)」。「神道集」には「鹿嶋大明神事。そもそも鹿嶋大明神は天照大神の第四の御子である。 天津児屋根尊は金の鷲に駕して常陸国に天下り、古内山旧跡の鹿嶋の里に顕れた。本地は十一面観音である。この神の氏人である大仲臣鎌足連は、天津児屋根尊が金の鷲に駕して天下った時に銀の鶴に駕してお供をした者の末裔である。」)
・埿土煮と沙土煮(「我が国守護の三十番神」。神代七代の第三代又は第四代とされ、兄が埿土煮、妹が沙土煮。大地が泥や沙によってやや形を表した様子を表現したものとする説がある。)
「七日は三万灯佛、北野大明神、大戸道(おおとのじ)と大苫辺尊(おおとまべ)の日。
・三万灯佛(「三十日秘仏」)。仏像図鑑には「七日は三万灯明佛の日」とありますがそのあと「この仏は典拠つまびらかならず」とかかれています。
・北野大明神 (禁闕守護の三十番神。「本地十一面 右大臣菅原朝臣霊ナリ『佛神霊像図彙』」。神道集に「・・大江匡衡は種々の供物や御幣を北野天神に奉り、「右天満自在天神、或は天下に塩梅として、一人を輔導し、或は天上に日月として、万民を照臨したまふ。中に就きて文道の大祖、風月の本主なり。翰林の人、尤も夙夜に勤労すべし」と奏状を書いた。 その夜の匡衡の夢の中で、天神が御殿の扉を押し開いて奏状の文章を誉め、「我が本地は十一面観音である。極楽世界では無量寿と称され、娑婆では北野天神として示現する」と告げた。 こうして、北野天神は観音の垂迹である事が知られたのである。」)
・大戸道(おおとのじ)と大苫辺尊(おおとまべ)(我が国守護の三十番神。『古事記』において神世七代の第5代の神々とされ、大戸道が兄、大苫辺尊が妹。 神名は大地が完全に凝固した時を神格化したとする説あり。
「八日は、鬼子母神,薬師如来(「三十日秘仏」)、江文大明神 (「江州 本地辯才天」『佛神霊像図彙』禁闕守護の三十番神による)、面足尊 (おもだる) と惶根尊 (かしこね)尊(「我が国守護の三十番神「」)の縁日です。
お薬師様は特に霊験あらたかで都内だけでも多摩七薬師霊場 、狭山三十七薬師霊場 、東都七薬師霊場 、 御府内十二薬師霊場 等多くの薬師霊場があります。京都大原の江文大明神は「禁闕(宮中)守護 如法経(法華経)守護三十番神となって5月5日が大開帳日です。
「九日は大通智勝仏、貴船大明神、天忍穂耳と瓊瓊杵の日。
・大通智勝如来(「三十日秘仏」)。仏像図鑑には「大は空、通は仮、智は中道にして一心三観なり。(三千塵点の昔に出現して法華経を説いた仏で、法華経傾城喩品第七では、大相劫、好成世界に出現し、十六王子がいた。魔軍を破し終わった後、十小劫の間坐し続け、悟りを得たという。成道後、四諦や十二因縁を説いた。また八千劫の間法華経を説き続けた佛である。なお十六王子の十六番目は釈迦佛である。)」とあります。ご真言は「 おん まか びじゃに やじゃにゃ のうびぶう そわか」です。四国55番南光坊の御本尊でもあります。
・ 貴船大明神(「 山州愛宕郡 本地不動 男女夫婦中ヲ守ラセ玉フ御神ナリ」『佛神霊像図彙』禁闕守護の三十番神。「きふねの本地(室町時代物語集成)」に「・・くらまのびしゃもんとふかくやくそくのことおわしました、このひめみや ちうしょうのちきりをこめ 木船とあらはれ給ひけり このほんんちはくわしくたつぬればへんざいてんにておわします・・」
・天忍穂耳と瓊瓊杵(我が国守護の三十番神)。天忍穂耳は天照大神と素戔嗚尊との誓約のときに生まれた五男神の一神。葦原中国に天くだることになっていたが,子の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)にゆずった。
「十日は日月灯明佛、天照皇太神、金毘羅様、火火出見と鵜葺草葺不合の日。
・日月灯明佛(「三十日秘仏」)。「法華科注に曰く『日はこれ慧なり、月はこれ定なり、定慧はこれ自行の徳、灯明はこれ化他の徳なり。また日月灯は三智なり。』と(二万の最後)灯明佛には八人の王子があり、皆出家した。父の灯明佛が無量義経を説くのを聴いた後、妙光菩薩(文殊)に教えを受け八人とも成仏した。また八番目に成仏した仏を燃灯佛といい、釈迦に授記した仏という。」(仏像図鑑)
・天照皇太神 (「勢州度會郡鎮座 垂仁天皇二十五年内宮立 雄略天皇廾二年外宮立(佛神霊像図彙)」。禁闕守護の三十番神)。
・金毘羅様。(江戸時代から10日が縁日とされる)
・火火出見と鵜葺草葺不合(我が国守護の三十番神。鵜葺草葺不合(地神五代)の父が火火出見尊(地神四代・山幸彦)、鵜葺草葺不合と玉依姫命の間の子は神日本磐余彦火火出見尊(神武天皇))
「十一日は歓喜佛、八幡大菩薩、伊弉諾と伊弉冉の日。
・歓喜佛(「三十日秘仏」)。「経に曰『歓喜地に住し、よく衆生を度するが故に名ずく』と。」(仏像圖彙)(歓喜佛はおそらく古代インドにおける歓喜天(聖天)のこととおもわれる。歓喜天は印度古代神話でヴィナーヤカの王といわれ、魔性の代表であった。後に仏教にとりいれられてからは、逆に魔性を排除する重要な神とされる)聖天様は恐ろしい仏とされておりいい加減なおまいりはゆるされないといわれます。ご真言は「オン キリク ギャク ウン ソワカ」聖天様の縁日としては1日、3のつく日、15日、16日など寺により違います。私は弘明寺の聖天様に大変なお陰を頂いております。弘明寺は13日が縁日です。
・八幡大菩薩 (「禁闕守護の三十番神」。本地阿弥陀如来。「 山州鳩峯鎮座 本地弥陀或ハ釋釈 行教和尚築紫宇佐参篭ノ時御託宣ニヨリ今ノ八幡山ニ勧請シ玉フ應神天皇ノ霊『佛神霊像図彙』)
・伊弉諾と伊弉冉(「我が国守護の三十番神」)
「十二日は難勝佛、加茂大明神、日前と国懸の日。
・難勝佛(「三十日秘仏」)。佛像図鑑には「経に曰『智悲行徳の余尊に勝るが故に名ずく』と」とあります。
・加茂大明神 ( 「山州愛宕郡 本地正観音 別雷命 欽明天皇ノ御宇始テ上下神ヲ祭ル」『佛神霊像図彙』「禁闕守護の三十番神」)。
・日前と国懸(「我が国守護の三十番神」)和歌山県和歌山市に日前宮(にちぜんぐう)あるいは名草宮とも呼ばれる神社がありこの境内に日前神宮・國懸神宮の2つの神社がある。天照大神が岩戸隠れした際、石凝姥命が八咫鏡に先立って鋳造した鏡が日前宮に祀られているといわれ社伝によれば、神武東征の後の神武天皇2年、紀国造家(紀氏)の祖神である天道根命(あめのみちねのみこと)が日像鏡・日矛鏡を賜り、日像鏡を日前宮の、日矛鏡を國懸宮の神体としたとしている。
「十三日は虚空蔵菩薩、松尾大明神、淡路胞と淡路州の日。
・虚空蔵菩薩(「三十日秘仏」)。仏像図典には「維摩経に曰『実相の慧蔵虚空の如し』と。十王経に曰く『三十三歳の忌佛』と、経に曰く、『一切香集世界におわします。』と。」(福と智の二蔵が無量なことが虚空に等しく広大無辺ということから虚空蔵という。胎蔵曼荼羅虚空蔵院の中尊で、五智宝冠をいただき、右手に智慧の宝剣、左手に福徳の蓮華と如意宝珠を持つ)。ご真言は「ノウボウ アキャシヤ キャラバヤ オンアリキャ マリボリソワカ」
・ 松尾大明神 (「山州葛野郡 大寶元年社ヲ立ツ 奉山听神ト号ス 本地畏婆仏」『佛神霊像図彙』「禁闕守護の三十番神」)。
・淡路胞と淡路州(「我が国守護の三十番神」)日本書紀に『是に、陰陽始めて遘合して夫婦と為る。産む時に至るに及びて、
先づ淡路洲を以て胞とす。意に快びざる所なり。故、名けて淡路州と曰ふ。』『一書に曰はく、二(ふたはしら)の神、合為夫婦(みとのまぐはひ)して、先づ淡路洲・淡洲を以て胞として、大日本豊秋津洲を生む。』これらの記述からすると「淡路胞と淡路州」は秋津洲を産むための衣奈であったのかもしれません。
十四日は普賢菩薩、大原大明神、伊予二名と筑紫州の日。
・普賢菩薩(「三十日秘仏」)。仏像圖彙等に「大王経に曰く『普はこれ一切の義、賢はこれ最妙の義なり』と。十王経に曰く『四七日の忌佛なり』と。(佛の理・定・行の徳は普く賢固であるから普賢はこれらの徳を司るとする。六牙の白象に乗る像で知られるが、密教では胎蔵中台八葉院の東南にあって、左手は剣を立てた蓮華、右手は三業妙善の印。)ご真言は「オン サンマヤ サトバン」
・大原大明神 (「禁闕守護の三十番神」「山州(山城国のこと) 文徳天皇仁壽元年始テ大原野祭ヲシ玉フ 本地薬師」(佛神霊像図彙))。
・伊予二名と筑紫州(「我が国守護の三十番神」)日本書紀に「・・及至産時、先以淡路洲爲胞、意所不快、故名之曰淡路洲。廼生大日本日本、此云耶麻騰。下皆效此豐秋津洲。次生伊豫二名洲(四国)。次生筑紫洲(九州)。次雙生億岐洲與佐度洲、世人或有雙生者象此也。次生越洲。次生大洲。次生吉備子洲。由是、始起大八洲國之號焉、卽對馬嶋壹岐嶋及處處小嶋、皆是潮沫凝成者矣、亦曰水沫凝而成也。」
「十四日は普賢菩薩・大原大明神・伊予二名と筑紫州の日です。
普賢菩薩は「三十日秘仏」に依ります。
大王経に曰く「普はこれ一切の義、賢はこれ最妙の義なり」と。十王経に曰く「四七日の忌佛なり」と。(佛の理、定、行の徳は普く賢固であるから、普賢はこれらの徳を司るとする。六牙の白象に乗る像で知られるが、密教では胎蔵中台八葉院の東南にあって、左手は剣を立てた蓮華、右手は三業妙善の印。)ご真言は「オン サンマヤ サトバン」
大原大明神 (「山州 文徳天皇仁壽元年始テ大原野祭ヲシ玉フ 本地薬師」『佛神霊像図彙』「禁闕守護の三十番神」)。
伊予二名と筑紫州(「我が国守護の三十番神」)
「十五日は阿弥陀様・春日大明神・隠岐州と佐渡州・水天様・妙見様の日です。
三十日秘仏によると、「十五日、阿弥陀仏 称賛浄土経に曰く、「その中に尊います。無量壽および無量光となずく」と。(阿弥陀仏は西方極楽浄土の教主。Amitābha(無量光佛)Amitaayu(無量光佛)という、最初のAmita(阿弥陀)は無量の佛を意味している。過去久遠劫に法蔵比丘が四十八願を起し、仏のもとで修業し、願を成就させて阿弥陀仏となったもの。仏説無量寿経では有名な 「たとい我、仏を得んに、十方衆生、心を至し信楽して我が国に生まれんと欲うて、乃至十念せん。もし生まれずは、正覚を取らじ。唯五逆と正法を誹謗せんをば除く。 」というところがでてきます。ご真言は「オンアミリタテイセイカラウン」三尊形式のときは観音様と勢至菩薩が脇侍として左右にいらっしゃいます。)
・春日大明神(「和州 三笠山ニ在ス四所明神ト云 本地釋迦 第一鹿嶋 香取 天児屋命 天照大神也」『佛神霊像図彙』「禁闕守護の三十番神」)。
・ 隠岐州と佐渡州(「我が国守護の三十番神」)
・なおこのほか十五日は水天様(ご真言はオン バロダヤ ソワカ)や妙見様の日ともされます。 妙見菩薩は尊星王・妙見尊星王・北斗妙見菩薩ともよばれ、北極星を神格化したものです。真理を見通すとされるためこの名があります。このため眼病祈願のほか、航海の道標北極星の化身ということもあり、航海安全などを祈願します。さらに国土擁護、怨敵退散、福寿増長の菩薩とされ、妙見菩薩を本尊とする尊星王法は天台宗寺門派最大の秘法とされます。そのお姿は二臂や四臂のものの他、俗形束帯像、童子・童女形像などもあります。四臂像では筆と紀籍(紙)を持ちますが、これは人間の生死の籍を司ることをあらわすといわれています。ご真言は「オン・ソジリシュタ・ソワカ」です。
「十六日は陀羅尼菩薩、閻魔大王、平野大明神の日です。 十六日、陀羅尼菩薩(「三十日秘仏」)。「講演法儀にいわく「陀羅尼菩薩はすなわち観音なり」と。」
閻魔大王(古来日本では、正月16日と7月17日を閻魔の祭日で藪入りとして地獄の蓋が開くとしてきた)。
歓喜天(聖天様)。
平野大明神(禁闕守護の三十番神)。
越州と大州(我が国守護の三十番神)。
「十七日は竜樹菩薩、千手観音、大比叡権現、対馬・壱岐の日。
・竜樹菩薩(「三十日秘仏」)。佛祖統紀に曰「十三世龍樹菩薩は南天竺梵志の裔なり、佛世を去ってのち七百年に出ず、始生の日樹下にあり、龍宮に入り、はじめて成道を得る故に龍樹と号す」と。(『般若経』で強調された「空」を、無自性に基礎を置いた「空」であると論じて(「中論」)お釈迦様の「縁起」を説明し、後の大乗仏教に決定的影響を与え、八宗の祖師と称されます。また真言宗では「龍猛」とよばれ、真言八大祖師の第一祖であり、浄土真宗では七高僧の初祖とされ「龍樹菩薩」・「龍樹大士」と尊称されています。一説には六百年の長寿を保ったとされます。)
・また十七日は千手観音様の縁日とするところもあります。千手観音様のご真言は「オン・バザラ・タラマ・キリク」
・大比叡権現(禁闕守護の三十番神。「 江州(近江)山王七社大宮也 國常立尊也 本地釋迦『佛神霊像図彙』(大津市坂本の日吉大社のこと)、)
・対馬・壱岐(我が国守護の三十番神)。古事記に「次生伊豫之二名嶋、此嶋者、身一而有面四、毎面有名、故、伊豫國謂愛上比賣此三字以音、下效此也、讚岐國謂飯依比古、粟國謂大宜都比賣此四字以音、土左國謂建依別。次生隱伎之三子嶋、亦名天之忍許呂別。許呂二字以音。次生筑紫嶋、此嶋亦、身一而有面四、毎面有名、故、筑紫國謂白日別、豐國謂豐日別、肥國謂建日向日豐久士比泥別自久至泥、以音、熊曾國謂建日別。曾字以音。次生伊伎嶋、亦名謂天比登都柱。自比至都以音、訓天如天。次生津嶋、亦名謂天之狹手依比賣。次生佐度嶋。次生大倭豐秋津嶋、亦名謂天御虛空豐秋津根別。故、因此八嶋先所生、謂大八嶋國。」
つまり伊弉諾-伊弉冉の国生みで、伊伎島(別名は天比登都柱(あめひとつばしら)壱岐島)は五番目、津島(つしま別名は天之狭手依比売(あめのさでよりひめ・対馬)は六番目に生まれています。
「十八日は聖観世音菩薩、鬼子母神、小比叡権現、潮沫と野原の日。
・聖観世音菩薩(「三十日秘仏」)。観音経抄に曰「機感相と応の始と末を観察するを観と号し、観るところの境界を世音と称す」と。」(観音菩薩は衆生が救いを求めると直ちに救済する菩薩で、密教では胎蔵界の中台八葉院・蓮華院・釈迦院に位置する。
観音様は般若心経の最初に出てきますし、観音経もよく読まれます。このなかで「一心称名。観世音菩薩。即時観其音声。皆得解脱」とありますように観音様は衆生の苦悩を自在に見抜き救っていただけるので観自在ともいわれます。講でよく参拝する護国寺の本堂には観音様の三十三の変化のお姿があります。私も観音様を拝み続けてありがたいおかげを次々と頂きました。ほんとうにやさしい有り難い仏様です。)
・また8のつく日は鬼子母神様の縁日ともされます。鬼子母神は安産、子育ての神として祀られ、日本でも密教の盛行に伴い、小児の息災や福徳を求めて、鬼子母神を本尊とする訶梨帝母法が修せられたりしています。ご真言は「オン・ドドマリ・ギャキティ・ソワカ。」
・小比叡権現 (禁闕守護の三十番神「江州・山王七社第二宮 本地薬師。『佛神霊像図彙』)(神道集には「高座天王は近江国の鎮守で、比叡山守護の大霊験である。 この神は昔から比叡山に住していたが、伝教大師が比叡山で一乗円宗(天台宗)をお弘めになった時、山王権現として顕現した。・・二十一社の内、上七社は以下の通りである。一宮は大宮法宿権現(大比叡権現)、本地は大恩教主釈迦牟尼如来である。二宮は地主権現(小比叡権現)、今の高座天王である。本地は薬師如来である。・・」)
・潮沫と野原(我が国守護の三十番神)日本書紀に「・・即ち、対馬嶋、壹岐嶋及び処処の小嶋は、皆是れ潮の沫の凝りて成れる者矣。」「野原」については不明。
「十九日は日光菩薩、馬頭観音菩薩、聖真子権現、海原と野原の日。
・日光菩薩(「三十日秘仏」)。(曼荼羅図典によれば「胎蔵曼荼羅では地蔵院の一番西にあり、白肉色で左手に日輪をのせた蓮華を持ち、右手は与願印、赤蓮華に坐す。地蔵菩薩の徳の内で煩悩を除き普く衆生に光明を齎す働きをされる。それゆえに太陽に喩えられる。金剛界曼荼羅では金剛光と同体とされる。」「仏説薬師秘密神呪経」では毎日一遍お薬師様や日光月光菩薩・十二神将・七千夜叉にご寶号を唱えて拝めば衆病悉く除かれ身心安楽とされています。日光菩薩のご寶号は「おん、ろぼう、じゅた、そわか」とか「おん、そりや、はらばや、そわか」)
・馬頭観音菩薩(多くの寺で19日を縁日とするが根拠不明)
・聖真子権現(禁闕守護の三十番神、しょうしんしごんげん。「 或ハ八幡大菩薩 本地弥陀 江州志賀郡現『佛神霊像図彙』
、(山王権現の)三宮は聖真子権現、阿弥陀如来である。」(神道集)」
・海原と野原(我が国守護の三十番神)(日本書紀に「然後、洗左眼、因以生神、號曰天照大神。復洗右眼、因以生神、號曰月讀尊。復洗鼻、因以生神、號曰素戔嗚尊。凡三神矣。已而、伊弉諾尊、勅任三子曰「天照大神者、可以治高天原也。月讀尊者、可以治滄海原潮之八百重也。素戔嗚尊者、可以治天下也。」(月読尊に海原を治めさせたとするが他の記述もある)
「二十日は月光菩薩、十一面観音菩薩、客人大明神、川神と山神の日。
・月光菩薩(「三十日秘仏」)。「經に曰く「薬師佛の右脇侍なり、また月灯大士と号す。月天子なり。」と」曼荼羅図典に「尊形、黄色・左手には未開蓮華、右手には半月をのせた青蓮華、童子形、髪は三髷、赤蓮華に坐す。真言、のうまくさまんだぼだなん せんだらはらばや そわか。日光菩薩とともに薬師如来の脇侍にもなる。青蓮華上の半月は文殊菩薩の修行中の智慧を表す。すなわち現実に衆生を導く姿を月が次第に満ちていく様として示す。胎蔵曼荼羅では文殊院に、金剛界曼荼羅では降三世会等の西側に無尽意菩薩と並んで坐す。金剛界のご真言は「おん、せんだらはらばや ば そわか」。
・十一面観音菩薩。(以下に云う様に客人大明神の本地が十一面観世音様なので同様に20日を縁日としたと思われる)
・ 客人大明神 (まろうど・禁闕守護の三十番神 「伊弉尊 本地十一面 江州志賀郡。」『佛神霊像図彙』。日吉大社摂社白山姫神社のホームページには「霊峰比叡山の東麓に鎮座する日吉大社は、白山比咩神社と同じく崇神天皇7年の創祀でありますが、当社の白山姫神社は天安2年(858)に比叡山延暦寺の僧、相応和尚の感得によって勧請されたと伝わっています。以来、当社山王二十一社の中でも最も格が高い上七社の一社として位置づけられ、明治以前の神仏習合の時代には、客人宮(まろうどぐう)と称し、十一面観音が本地仏とされました。」)
・川神と山神(我が国守護の三十番神)日本書紀では伊弉諾伊弉冉が大八島を生んだ後「次生海、次生川、次生山、次生木祖句句廼馳、次生草祖草野姬、亦名野槌。既而伊弉諾尊・伊弉冉尊、共議曰「吾已生大八洲國及山川草木。何不生天下之主者歟。」とあり。
「二十一日は、お大師様、無尽意菩薩、准提観音菩薩、八王子権現、野槌と句々廼馳の日。
・無尽意菩薩(「三十日秘仏」)。三十日秘仏では21日は無尽意菩薩の日になっています。「大品にはすなわち無尽なりと明かす、大集経には八十無尽門を明かす。(無尽意は無量慧、無尽慧菩薩とも訳される。賢劫十六尊の一尊で、金剛界曼荼羅三摩耶会等の外壇北方五尊のうち西側に配される。娑婆世界にあって無尽無余の衆生を救うという誓願をたてたことにより、この名称がつけられた。)」
・ 准提観音菩薩(21日縁日の理由不明)
・弘法大師(承和二年三月二十一日に御入定)
・ 八王子権現 (禁闕守護の三十番神「本地千手観音 江州山王七社内」『佛神霊像図彙』八王子権現とは祇園牛頭天王の8人の王子のこと。日吉山王権現21社の一つ牛尾宮は、日吉大社の神(山王)の王子である8人の眷属神が八王子権現として祀られていて、千手観音菩薩を本地仏としたが廃仏毀釈で廃寺。)
・野槌と句々廼馳(我が国守護の三十番神。『古事記』では、伊邪那岐命・伊邪那美命による国生みの後の神生みの段で、 風神(志那都比古神)、木神(久久能智神、山神(大山津見神)などと共に生まれている。(次生風神・名志那都比古神此神名以音、次生木神・名久久能智神此神名以音、次生山神・名大山上津見神、次生野神・名鹿屋野比賣神、亦名謂野椎神。自志那都比古神至野椎、幷四神)。
「二十二日は施無畏菩薩、聖徳太子、如意輪観世音菩薩、脚摩乳と手摩乳の日。
・施無畏菩薩(「三十日秘仏」)。三十日秘仏では施無為菩薩の日です。胎蔵曼荼羅では南方除蓋障院に坐され施無畏の印を示しておられます。乃ち右手を挙げて五指を外に向けられています。左手は金剛拳で膝上、赤蓮華上に坐しておられます。密教図典では「ご真言は、のうまくさまんだぼだなん あらさなん あばえんだ そわか。・・未だ目覚めてない衆生に対し真実への畏怖心を除く菩薩。外に向けた五指のうち小指は信、無名指は精進、中指は思念、頭指は禅定、親指は智慧、この五種の力を衆生に得させて無畏を施し破悪趣へと向かわせる。」とあります)
・聖徳太子は推古天皇三十年622二月二十二日薨去されたとされます。そういう意味で二十二日は聖徳太子の日としてもいいと思います。御真言は「1、如意輪観世音菩薩御真言『オン・バラダ・ハンドメイ・ウン』(聖徳太子は如意輪観世音を本地とするため。オン・ハンドメイ・シンダマニ・ジンバラ・ウンも可。)に加えて 2、『南無帰命頂礼聖徳太子救世(ぐぜ)菩薩』」です。
・如意輪観世音菩薩(22日が如意輪観世音の日とされるのは聖徳太子の本地であるからでしょうか。)
・稲荷大明神 (禁闕守護の三十番神。『佛神霊像図彙』「本地如意輪観音 山州紀伊郡 東寺縁起見 和銅年中ニ弘法大師東寺御造立ノ時門前ニ来現シ玉フ」)。
・脚摩乳と手摩乳(あしなずち・てなずち、我が国守護の三十番神)二神はオオヤマツミの子でクシナダヒメの親、スサノオによって八岐大蛇から助けられた。出雲国の肥の川の上流に住んでいた。日本書紀に「對曰「吾是國神、號脚摩乳、我妻號手摩乳、此童女是吾兒也、號奇稻田姬。所以哭者、往時吾兒有八箇少女、毎年爲八岐大蛇所呑、今此少童且臨被呑、無由脱免。故以哀傷。」
「二十三日は勢至菩薩・不空羂索観世音菩薩・八幡大菩薩・住吉大明神・思兼と手力雄の日。
・勢至菩薩(「三十日秘仏」。密教辞典には「得大勢、大勢至、世志。観音とともに阿弥陀仏の脇侍とするのは、観無量寿経に「智慧の光を以て普く一切を照らし三途を離れ無上の力を得る」と説き、観音の慈悲に対して智慧の立場から救済するため」とする。曼荼羅図典でも「胎蔵曼荼羅でも蓮華部院(観音院)にあり、左手に未敷蓮華、右手は頭指以下の四指を屈して胸に当て赤蓮華に坐す・・ご真言は「のうまくさまんだ ぼだなん 。さんさくそわか」
・八幡大菩薩と不空羂索観世音菩薩は俗信、典拠不明。
・住吉大明神( 禁闕守護の三十番神。「攝州(大阪府)住吉ノ郡 本地正観音『佛神霊像図彙』」。「二十二社并本地」では「住吉(一神薬師。二神阿弥陀。三神大日。四神聖観音)」)
・思兼と手力雄(我が国守護の三十番神)。思兼は天の岩屋にこもった天照大御神を外に連れ出す知恵思慮分別を一身に兼ね備える神。手力雄は岩戸から天照を引き出した。日本書紀に「于時、八十萬神、會於天安河邊、計其可禱之方。故、思兼神、深謀遠慮、遂聚常世之長鳴鳥使互長鳴。亦、以手力雄神、立磐戸之側、而中臣連遠祖天兒屋命・忌部遠祖太玉命、掘天香山之五百箇眞坂樹、而上枝懸八坂瓊之五百箇御統、中枝懸八咫鏡一云、眞經津鏡、下枝懸靑和幣和幣、此云尼枳底・白和幣、相與致其祈禱焉。又、猨女君遠祖天鈿女命、則手持茅纒之矟、立於天石窟戸之前、巧作俳優。亦、以天香山之眞坂樹爲鬘、以蘿蘿、此云此舸礙爲手繦手繦、此云多須枳而火處燒、覆槽置覆槽、此云于該、顯神明之憑談顯神明之憑談、此云歌牟鵝可梨。
是時、天照大神、聞之而曰「吾比閉居石窟、謂當豐葦原中國必爲長夜。云何天鈿女命㖸樂如此者乎。」乃以御手、細開磐戸窺之。時、手力雄神、則奉承天照大神之手、引而奉出]
「二十四日は地蔵菩薩・愛宕大権現・祇園大明神・照日と月夜の日。
・地蔵菩薩(「三十日秘仏」)。 お地蔵様はお釈迦様が入滅されてから、弥勒菩薩が降臨されるまでの56億7000万年の無仏の時代の衆生をみちびいてくださいます。地蔵菩薩本願経にはお地蔵様の28種の功徳が説かれています。「「一者天龍護念、二者善果日増、三者集聖上因、四者菩提不退、五者衣食豊足、六者疾疫不臨、七者離水火災、八者無盗賊厄、九者人見欽敬、十者神鬼助持、十一者女転男身、十二者為王臣女、十三者端正相好、十四者多生天上、十五者或為帝王、十六者宿智命通、十七者有求皆従、十八者眷属歓楽、十九者諸横消滅、二十者業道永除、二十一者去処盡通、二十二者夜夢安楽、二十三者先亡離苦、二十四者宿福受生、二十五者諸聖讃歎、二十六者聰明利根、二十七者饒慈愍心、二十八者畢竟成仏 」とあります。
また六道の衆生を救済してくださるという六地蔵の信仰も生まれました。地獄道は宝珠、錫杖を持つ大定智悲地蔵(地蔵菩薩) 、 餓鬼道は宝珠与願印 の大徳清淨地蔵(宝手菩薩)、畜生道は如意宝珠 を持つ大光明地蔵(宝処菩薩)、 修羅道は宝珠、梵篋 を持つ清淨無垢地蔵(宝印手地蔵)、人間界は 宝珠 施無畏印 の大清淨地蔵(持地菩薩) 、天界は宝珠、経巻 を持つ大堅固地蔵(堅固意菩薩) が救ってくださるといわれます。
・祇園大明神 (禁闕守護の三十番神。「薬師如来 牛頭天王ト申ス素盞嗚尊ナリ 山州ハ坂ノ里ニ在ス一社ハ牛頭天王 一社ハ稲田姫少○井ト申ス 一社ハ八王子」『佛神霊像図彙』。神道集には「祇園大明神は・・即ち牛頭天王である。 牛頭天王は武答天神王等の部類の神で、天刑星・武答天神・牛頭天王として崇めている。 ・・祇園大明神は男体は薬師如来、女体は十一面観音である。牛頭天王は祇園精舎の守護神とされ、蘇民将来説話の武塔天神と同一視され薬師如来の垂迹であるとともにスサノオの本地ともされた。京都東山祇園や播磨国広峰山に鎮座して祇園信仰の神(祇園神)ともされ現在の八坂神社にあたる感神院祇園社から勧請されて全国の祇園社、天王社で祀られた。」
・照日と月夜(我が国守護の三十番神。天照と月読のことか)
「二十五日は文殊菩薩・天神様・赤山大明神・杵築と八重垣の日。
・文殊菩薩(「三十日秘仏」)。御大師様は「般若心経秘鍵」に文殊菩薩を以下のように書いておられます。「文殊の利剣は諸戯を絶つ、覚母の梵文は調御の師なり、チク・マン(梵字)の真言を種子とす、諸教を含蔵せる陀羅尼なり(文殊菩薩の三昧耶形である鋭い剣は、劇論(一か異か、断か常か、生か滅か、去か来か、という八不のどちらか一方に偏った考え)を断ち切る。般若菩薩の三昧耶形である梵字の経典は、煩悩をしずめる師である。般若菩薩は梵字の「チク」であらわされ、文殊菩薩は梵字の「マン」で象徴される。これらの種子はあらゆる教えを包含した陀羅尼である。(松長有慶「般若心経の秘密を読み解く」等による))」
・天神様(道真公は、承和12年6月25日生まれの延喜3年2月25日没。)
・赤山大明神 (禁闕守護の三十番神。「赤山ハ支邦太山府君神ト称ス今叡山ノ西麓アリ 本地地蔵」『佛神霊像図彙』赤山大明神は比叡山麓の赤山禅院の御本尊で唐の赤山にあった泰山府君を勧請した。赤山禅院は、平安京の東北にあり、表鬼門に当たることから、赤山大明神は、皇城の表鬼門の鎮守としてまつられ、千日回峰行の「赤山苦行」の寺でもあります。
・杵築と八重垣(我が国守護の三十番神。杵築とは大国主、八重垣とは櫛名田比売命(大国主の母)。)
「二十六日は薬上菩薩・愛染明王・建部大明神・児屋根と天種子の日。
・薬上菩薩(「三十日秘仏」)。『十往生阿弥陀仏国経』に「この経を信ずるものは二十五菩薩の護持を受ける」と説かれていてその中の一仏。観薬王薬上二菩薩経には、薬王・薬上は兄弟の長者で訶梨勒果や薬を日蔵比丘に供養したので衆生が讃嘆して薬王・薬上と称したとあり。
・建部大明神 (禁闕守護の三十番神、「江州滋賀郡 本地弥陀」『佛神霊像図彙』。大津市の建部大社にお祀りする。「弓座記録」
には「薬師・弥陀・観音、以此三大士建部之為御本地仏也、是行基菩薩之自作也」とある。
・児屋根と天種子(我が国守護の三十番神。天児屋命(あめのこやねのみこと)と天種子(あめのたねこのみこと・天児屋命の孫)神武天皇の東征に従軍。)
「二十七日は盧遮那仏・三上大明神・天御蔭と日御蔭の日。
・盧遮那仏(「三十日秘仏」。密教辞典では「旧訳華厳経如来名号品第三には佛号中に「盧遮那仏」がある。・・佛身観の展開に伴ってこの世に出生した釈迦は宇宙の意思者によってあらわれた本地実身であるとされ、宇宙に遍満して三世常恒に説法する仏身は報身であり、印度に生じた釈迦を応身・変化身と考え、報身の悟る法を法身と称するようになった。大乗仏教の仏身観では異説も生じ、毘盧遮那を法身佛、盧遮那仏を報身佛、釈迦牟尼を応身とも考えた。」
・三上大明神 (禁闕守護の三十番神「 江州 元正帝養老年中自天此所降ル日本第二ノ忌火ト云 本地千手」『佛神霊像図彙』。滋賀県野洲町の御上神社。「本地垂迹資料便覧・三上大明神事」には「一 三上大明神者、三十番神内二十七番、忌火第一の神、日本に二火一水の神と云也、一 御影向は仁王四十四代元正天皇の御宇、養老元年三月十五日と云也、一 御本地事、阿弥陀とも弥勒とも不動とも云也・・」
・天御蔭と日御蔭(我が国守護の三十番神)。神が籠もる宮殿のことか。延喜式祝詞・祈年祭に「・・皇神の敷き坐す下つ磐根に宮柱太知り立て 高天原に千木高知りて 皇御孫命の瑞の御舎を仕へ奉りて 天の御蔭・日の御蔭と隠り坐して 四方の國を安國と平らけく知ろし食すが故に・・」
「二十八日は大日如来・不動明王・鬼子母神・兵主大明神・八織津と秋津の日。
・大日如来(「三十日秘仏」)。
・兵主大明神 (禁闕守護の三十番神。「 江州野洲郡兵主ノ郷ニ在ス 本地不動又大日」『佛神霊像図彙』(滋賀県野津市の兵主大社の御祭神。「兵主大明神縁起」には「我は兜率天の主不動明王也。 衆生を済度せんが為に一百二十年前に矜迦羅使者を薬師如来と現し。 制多迦童子を愛染明王と変化してあま下ります。 則二大明神これなり。 われ今降臨して兵主大明神とあらはれんために。 二童子をかねてくだす所也。 ・・」)
・八織津と秋津(我が国守護の三十番神)。大祓詞に「・・遺る罪はあらじと祓へたまひ 清めたまふことを、高山の末 短山の末より佐久那太理(さくなだり)に落ちたぎつ、速川(はやかは)の瀬にます瀬織津(せおりつ)姫といふ神、大海原にも出(い)でなむ、かくも出で往(い)なば、荒潮(あらしほ)の 潮の八百道(やほぢ)の 八潮道(やしほぢ)の、潮の八百会(やほあひ)にます速開都(はやあきつ)姫 といふ神も加加呑(かかの)みてむ・・」
「二十九日は薬王菩薩・苗鹿大明神・気吹戸と速佐須良の日。
・薬王菩薩(「三十日秘仏」)。観薬王薬上二菩薩経には、薬王・薬上は兄弟の長者で訶梨勒果や薬を日蔵比丘に供養したので衆生が讃嘆して薬王・薬上と称したとあり。
・苗鹿大明神 (禁闕守護の三十番神。のうかだいみょうじん.「本地弥陀 江州」『佛神霊像図彙』)。滋賀県大津市にある那波加神社(なはかじんじゃ)の別称。
・気吹戸と速佐須良(我が国守護の三十番神。祓戸四神のうちの二体、「大祓詞」には気吹戸主神(いぶきどぬし)は速開都比売神がもろもろの禍事・罪・穢れを飲み込んだのを確認して根の国・底の国に息吹を放つ。速佐須良比売神(はやさすらひめ)は根の国・底の国に持ち込まれたもろもろの禍事・罪・穢れをさすらって失う、とされる。(大祓詞「此く加加呑みてば 気吹戸に坐す気吹戸主と言ふ神 根国 底国に息吹き放ちてむ 此く気吹放ちてば 根国 底国に坐す速佐須良比売と言ふ神 持ち佐須良ひ失ひてむ・・」)
「三十日は釈迦如来・吉備大明神・夜神と昼神の日。
・釈迦如来(「三十日秘仏」)。
・吉備大明神(禁闕守護の三十番神。「孝霊天皇ノ子吉備津彦命也 備中國賀夜郡 本地虚空蔵」『佛神霊像図彙』吉備津神社(岡山市北区吉備津)の御祭神。本地虚空蔵とされるので自分も求聞持行のまえにはお参りしましたが神官は本地は御存じない様子でした。)
・夜神と昼神(我が国守護の三十番神)。長野県の阿智村の阿智神社(昼神神社)は思兼命をお祀りする。思兼命は天の岩戸で天照を外に連れ出す采配をとったため、暗より昼に帰した功神として昼神であるといわれている。一方、「主夜神」という神が華厳経にあり、正式には婆珊婆演底主夜神(ばさんばえんていしゅやじん)といい、華厳経入法界品に、 「恐怖諸難を取り除き、衆生を救護し、光を以って諸法を照らし、悟りの道を開かせる」 と説かれる神様。この神が主夜は守夜と転じて、夜を守る神として崇められ、盗難や火災などを防いでくれる大変なご利益をもつ神様であるとされたのかもしれません。