カッパのロードスター

幌を開ければFeelin`good。カッパーレッドの
路渡☆くんとの楽しいドライブ日誌。

花盛り須磨離宮

2012-05-29 19:56:32 | 花だより
神戸市立須磨離宮公園、今は薔薇の花が見頃のようですが
私が訪ねた5月5日にはまだぽつりぽつり。そんな薔薇が咲き出す前の
園内の花たちです。
噴水広場を中心にした本園には薔薇が、連絡橋を渡って行く植物園には
牡丹園や花菖蒲園、観賞温室などもあります。
6月になると園内はアジサイの花で彩られるとか・・・



春紫苑(はるじおん)with アオスジアゲハ



大手毬(おおでまり)=Japanese snowball


まだ牡丹園は花盛り、このあと薔薇園に主役をバトンタッチ。


牡丹 with ミツバチ



牡丹 with 蜂かな虻かな?



牡丹



牡丹

品種名を記録するのを忘れましたが、白花には白王獅子、五大州なんて名前が
黄色い品種はハイヌーンかな。


和庭園の方にはモッコウバラが見事に花を咲かせていました。


木香薔薇(もっこうばら)



大手毬と木香薔薇



木香薔薇





観賞温室に入ってみました。












花の名前は・・・憶えてません。ほとんどがカタカナ。(^_^ゞ



躑躅(つつじ)、平戸躑躅ですね。



クリスマスローズはもう実が成っている状態。



アリッサム






・・・あとは、コチラで






2012.5/5、須磨離宮公園にて。

噴水見ながら花離宮

2012-05-28 18:40:03 | ランチ/カフェ
須磨離宮公園、想定外の1時間半駐車場待ちで、入園したのは2時半でした。
園内は気持ちイイほど広々、その中で食事処が1軒。
『レストハウス 花離宮』に入ってみることに。
何たって噴水公園が一望できる見晴らしの良いところに建ってますから♪



和風レストランってことで、メインのメニューは○○御膳ってなもの。
実は、駐車場の車列に並ぶ前に、ムシ抑えにパンを買いに走りました。
つーか、用も足したかったもので。(^_^ゞ 
だって並んでるクルマ、ちーとも動いてなかったもん!
奥須磨公園の近くにある『天然酵母ぱん 味取(ミドリ)』って店に飛び込んで
でもここではトイレを借りられませんでした。向かいの神社に行く事に・・・
これがまた長い階段のある神社で『多井畑厄除八幡宮』
だんだん切羽詰まってきたがな。まぁ無事、ちびることも無く・・・(^_^ゞ

何か要らんこと書きましたが(笑)駐車場待ちの車内で、パン食べていたので
あまりお腹空いてません。あ、美味しかったですよ、味取(ミドリ)のパン♪
で、軽食メニューにしましたが、ここでも30分待ち・・・





待っている間、しゃぁないんで、土産もんコーナーを o[◎]_- )パチリ
神戸は今、平清盛で溢れてます。経済効果、あるやなしや?
サクマ式ドロップ、蛍の墓バージョン。そう言えば神戸が舞台でしたね。
フィルムも懐かしい、ASA400,27枚撮り600円か・・・
この日、もしフィルムで撮っていたら1万円以上はフィルム代になってるところ。

3時を過ぎてやっと席に付くことができました。料理を待っている内に
窓際の席が空いたので移動させてもらい・・・



こうでないとね♪






料理より何より、この開放感が美味しい・・・


食べ終って外に出たら、ここでも行列。かき氷かアイスを売ってたのかな。



暑い1日でした。



2012.5/5、須磨離宮公園内「花離宮」にて。


熱いといえば!次期ロードスター。楽しみですね♪
「アルファロメオと共作!」ってね。
ただし、共有するのは「アーキテクチャ」のみで、
両車は「それぞれのブランドごとに象徴的なスタイル」を持ち、
「独自のエンジンを搭載」することで「明確に差別化」されるそうだ。






Alfa Romeo 2uettottanta Pininfarina


はてさて?どうなるのか楽しみではありますが・・・

須磨離宮公園

2012-05-26 23:48:29 | 洛外うろうろ
もうとっくに済んでしまったゴールデンウィークの話ですが・・・
5月5日は良い天気に恵まれ、絶好の行楽日和、子供の日でしたね。
その陽気に誘われ、一度行ってみたいと思っていた
『須磨離宮公園』に向いました。ちょうどお昼頃に自宅を出ます。
GW、天気も良いとあって高速道路もさぞ渋滞・・・覚悟して出掛けたのですが
意外とスイスイ、1時間ちょっとで着いてしまいました。ラッキー♪

・・・と、思いきや、洗礼を受けたのは着いてから!



駐車場待ちの車列・・・駐車場に入るまで1時間半かかりましたw(T。T)
「駐車場はおよそ300台の駐車スペースがあるため、混雑することは
少ないでしょう」との事だったのに・・・GWはやはり特別なようで。

本園(面積58ヘクタール)、植物園(面積24ヘクタール)と広大な敷地なので
入ってしまえば、人混みを感じることは無かったです。









ただし、さすがに子供の日ってこともあり、親子連れがほとんど。
子供の森(フィールドアスレチック)などは順番待ちの列・・・
お弁当広場もまだ賑わってました(2時半)



水が恋しい汗ばむような陽気で、噴水も気持ちよかったです。

「離宮」と言うのですから皇室の別荘だったのでしょうね。調べてみると、
須磨離宮(正式名称・武庫離宮)
約100年前、皇室の別荘である「須磨離宮」が建造されました。総檜造り
二階建ての御殿は、大正天皇や皇后、昭和天皇、満州国皇帝の溥儀も
御利用されました。
「各所に離宮・御用邸ありといえども、武庫の如き風景佳絶なるは無し」と、
須磨離宮の庭園設計者・福羽逸人(ふくばはやと)は「回顧録」で述べています。
昭和20年の空襲で御殿は焼失、進駐軍射撃演習場を経て昭和42年、離宮公園が
正式開園します。(現地案内板より)




中門と白壁
「須磨離宮」建造の際に造られたもので、白漆喰の壁や瓦葺きが美しい。
木材は檜材、この広場東側には御殿に通じる玄関口の「車寄せ」が配置され、
正面から馬車道を経てこの広場に到着した御者の、車返しの場所となって
いました。(現地案内板より)



月見台と傘型四阿舎(あずまや)
現地案内板、文章長いので止めときます。



千年以上も昔から、月を愛でる場所として親しまれてきた須磨。
源氏物語「須磨の巻」にも描かれ、須磨は月の名所となり、
江戸時代には松尾芭蕉が名月を見に須磨を訪れます。
離宮建造時の月見台は六角形の竹穂葺きで作られておりましたが
ここもまた太平洋戦争の空襲で焼け落ちたそうです。




天皇の小径って書いてあったかな?
木立の中のつづら折り、不規則な石段を降りて行くと




花菖蒲園と睡蓮の池が・・・どちらも花はまだでしたが。




故意に濃い恋する鯉よ来い・・・一発変換できたらエライ!(^_^ゞ




離宮当時から残る隧道があります。これを抜けると児童遊園、
そこから連絡橋を渡って、植物園へと行けます。
もちろん行きましたが、そりゃまた今度・・・それより馬がエライことに!
「ロシナンテは転倒した」池田宗弘 作でした。


植物園の様子は飛ばして・・・っと、帰りにまた噴水広場を歩いてみます。






バラの植え込みやバラ園もあって、今ごろはちょうど見頃でしょうね♪
「春のローズフェスティバル2012 5月13日(日)~6月27日(水)」









4/29~8/31の土・日・祝日は午後8時まで夜間開園(本園のみ)を
実施いたします。夕暮れから夜にかけて、大阪湾の夜景や七色に輝く
噴水のライトアップをお楽しみください。(HPより)




上空を取材ヘリでしょうか、バタバタと、結構低空でホバリングしていたので



望遠で激写!・・・カンテ~レ、でした。
アグスタ AW139、KTV関西テレビ 報道取材機です。









2012.5/5、須磨離宮公園にて。

かぁさん寺

2012-05-24 23:17:10 | 京都徘徊記
ついでって訳じゃないのですが、元慶寺の隣りにある『華山寺』に寄りました。

このお寺がどうも引っかかるというか、よく分からないんです。
元慶寺の創建は平安時代。遍昭僧正が貞観11年(869)に「華山寺」を創建し、
その後元慶元年(877)に清和天皇の勅願寺となって名が変わり元慶寺となった
と言うものです。ネットで調べても元慶寺の創建時の寺名、さらには元慶寺の
別名とまで記載されているのですが・・・
実際にはどうも別の寺って気がして。
位置的には小路で隔たれているものの隣接した場所にあります。



ところが元慶寺は天台宗、この華山寺は臨済宗妙心寺派のお寺です。
改宗するということもよくある話で、事実この華山寺も創建当時は天台宗で
江戸時代に愚堂国師の佛心宗に感銘して、臨済宗妙心寺派に改宗したようです。
ただ現状、元慶寺とは別の寺。元慶寺の別名というと混乱を招きそうです。






この地域のランドマークにもなっているケヤキの大木。
高さは20m、幹周は3.6m、ニレ科の落葉高木です。



樹齢200年と言われていますが、後から張り巡らされた電線を避けるよう
剪定されて可哀相な姿に・・・








手作りっぽいお地藏さんが塀沿いや境内にもいっぱい。
これがどういうものなのかも知りません。ご近所なのに。(^_^ゞ

余談ですが、花山という地名、一般的には「かざん」と読むようですが
地元では「かさん」と濁りません。我が母校、花山中学校の校歌でも
♪我らの かぁ~さん中学校~♪って・・・最初聞いた時、わろた。
ちなみに 西に連なる東山・・・って歌詞。おかしいですよね、
東山が西にあるって。東山を越えて東側だからそうなるんですが・・・




これは?? 堂々と「花山院之墓」と書かれているが・・・宮内庁もビックリ?
花山天皇の御陵は西陣の方に紙屋上陵(かみやのほとりのみささぎ)が
正式なものとしてあるはず。
御陵から少し南へ歩くと、花山天皇が植えた桜で有名な平野神社があります。
石川県小松市粟津温泉の近くの山中にも花山天皇の墓があると言うのだが
ここのはちょっと・・・しょぼ過ぎないかな?




2012.5/3、華山寺にて。

花便り2012.5/3 元慶寺にて。


番外 元慶寺

2012-05-22 23:52:29 | 西国三十三所巡礼
西国三十三所観音霊場巡り、二つ目の番外寺です。
京都市山科区にある『華頂山 元慶寺(かちょうざん がんけいじ)』

番外札所とは西国巡礼の創始やその後の発展に関係のある特別な寺院で、
・奈良県桜井市。「法起院」西国三十三所観音巡礼を最初に始めた徳道上人が
 晩年を過ごし、上人の廟がある。
・京都市。「元慶寺」西国三十三所観音巡礼を中興した花山法皇が落飾した寺。
・兵庫県三田市。花山院菩提寺 花山法皇が隠棲し余生を送り、入寂した寺。
この三寺です。

元慶寺の創建は平安時代。桓武天皇の孫に当たる遍昭僧正が貞観11年(869)に
華山寺を創建し、その後元慶元年(877)に清和天皇の勅願寺となって名が変わり
元慶寺となりました。天台宗の寺で、年号を寺名とした年号寺でもあります。
当時はかなりの規模と権勢を誇っていたようですが、今は小さなお寺です。


「山門」は竜宮門になってまいます。

竜宮門は珍しく、京都では伏見の長建寺、深草の石峰寺、大原古知谷の
阿弥陀寺、東山の法住寺、宇治の興聖寺などで見られます。

実はこのお寺、自宅の二階から見えるくらいの距離にあります。(^_^ゞ
したがって、徒歩での参拝です。



こんな細道をちょろちょろと・・・


クルマならバス通り(と言っても狭いですが)からここ↓に入ります。
写真では広く見えてますが、とぉ~ても狭いです。左折では入れないかも。
よりによってプラドで来られた強者も居られたようですが。(^_^ゞ





左手に2台ほど停められる無料駐車場があります。
プラドだとさぞ汗かきものだったのでは?
霊場巡りバスツアーの団体さんも数多く来られる寺ですが、観光バスなんて
とても入れません。おそらく国道1号線沿いの駐車場に停めてそこから
歩いて来られるようです。いつもお遍路姿の団体さんをよく見かけますもん。




山門の中には梵天、帝釈天像が置かれていたようですが、今は
京都国立博物館に出張中。つーか、委託中。










境内には石碑が色々見られます。上のは僧正遍昭の歌碑。
開基の僧正遍昭は六歌仙の一人として知られており、百人一首のなかでも
特に有名な『天つ風 雲のかよひぢ 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ』の
作者でもあります。子供の頃、父親の影響で正月などによく小倉百人一首の
カルタで遊びました。田村将軍堂謹製だったかな、任天堂も今はゲーム会社
として有名ですが、もともとはカルタの会社で今でも作っているはずです。

「あまつかぜ~」と上の句を詠まれたら「おとめ!おとめ~!」って
概ね真っ先に覚える句のひとつじゃないかな?
気休めに坊主めくりをすると、この札には僧正遍昭の絵が描かれているので
「なんや、乙女やのに坊主かいな・・・」ってことになります。(^_^ゞ

話が逸れましたが、真ん中の石碑は元慶寺の沿革と再興の経緯を記したもの。
下のは・・・ん~、よく解りませんでした。
他にも「人皇六拾五代花山院法皇御落飾道塲」と彫られた石碑や
「遍昭僧正御墓」の石碑も。少し離れたところには宮内庁治定僧正遍照墓が
あるそうですが、見たことは無いです。



花山院法皇御落飾道塲とは、花山天皇がこの寺で出家し花山法皇となった
とされているしるしです。
花山天皇はこの寺で藤原兼家、道兼父子の策略により出家させられ、
皇位復帰の道を絶たれてしまう悲運の天皇。法皇となってから廃れかけていた
西国霊場を復活させた人で、西国霊場中興の祖として知られています。

山科でもこの辺りは「花山(かさん)」の地名が残っているし、東山将軍塚
近くにある京都大学花山天文台は有名。そして、花山中学校は我が母校です。







広くはないですが、お庭もキレイにされています。










2012.5/3、元慶寺にて。



○宗派:天台宗 ○開基:僧正遍昭
○御本尊: 薬師如来 ○創建:元慶元年(877年)

御詠歌「待てといわば いともかしこし花山(はなやま)に しばしと啼(な)かん 鳥の音もがな」

日食当番。

2012-05-21 09:13:29 | 今日のボソッ
2012.5/21、7:22.05。
我が家から観られた日食です。(京都市東南部)

写真はクロップ(トリミング)しただけの無修正生写真。(^_^ゞ
時間はカメラの時間表示からなので確かかどうか・・・


7:30:25

日食が始まった頃は、お日さま雲の中・・・あぁあ~でしたが。
準備万端、日頃の行いが良かったのか
観れました!世紀の天文ショー!!


7:31.37

自宅で金環日食が観察できるなんて、考えてもみなかったです。
私、高校生の頃、一時天文クラブに所属。数日間のみのクラブ活動の実績ですが。(^_^ゞ


7:37:25
我が家は金環日食が観られる北限ぎりぎり、予想外にあっと言う間でした。
数秒だったかも・・・


7:51:47
もう、黒点が見えてます。
保護フィルター越しに見る太陽は小さいですね!
あれほど小さいものだとは思ってませんでした。


7:38:56
木漏れ日に日食が反映されるのは面白いです。
できればリング状の時に撮りたかったな・・・


7:48:11
葉っぱの裏に写った日食木漏れ日。



やっぱり並べてみたくなりますね。

準備は、お~け~?

2012-05-19 18:25:42 | キャメラ
世紀の天体ショー?金環日食まであと2日。
2012.5.21、月曜日早朝、日本の大半の地域で観られる日食。
私の住む京都市でもギリギリ金環日食が見られます!『近畿地方』

日食(にっしょく、本来の用字は日蝕。solar eclipse)とは太陽が月によって
覆われる現象である。
月の地球周回軌道および地球の公転軌道は楕円であるため、地上から見た
太陽と月の視直径は常に変化する。月の視直径が太陽より大きく、
太陽の全体隠される場合を皆既日食(total eclipse)という。
逆の場合は月の外側に太陽はみ出して細い光輪状に見え、
これを金環日食(または金環食。annular eclipse)と言う。「wikipedeaより」


7時30分35秒・・・京都市でもいびつながら環状の太陽が見られるはず。
おそらく数分?いや1分程度だろうか・・・?
大阪や奈良に行けばもっと良い状態で見られるはず、もちろん和歌山県
串本あたりなら完璧なリング状の太陽が見られるはずだが・・・

金環日食については、このサイトが詳しい『AstoroArts』


私的には某M氏の情報の元、随分前から準備をしていた。準備と言っても
ネットで太陽観察用のフィルターシートを買って置いただけだが・・・



バーダープラネタリウム社からの究極の太陽観測フィルター
ASTRO SOLAR (アストロソーラー)ってA4サイズのフィルム状のモノで、
すでに完売寸前でした。
「眼視用」ですが、撮影用のフィルターにも使えるというので・・・

昨日、やっと準備を始めました。手作り、工作・・・(^_^ゞ



何だかんだ、いっぱい作って・・・





これが 70-300mmレンズ用の手作りフィルター♪ 幼稚園の工作レベル。

で、早速昨日、試し撮りしたのがトップ写真(トリミングしてます)
黒点も写ってるやん♪・・・撮影データはまだまだ試す必要がありそうだけど
日蝕に入った時のデータは行き当たりばったりになりそう。

そうそう、とっておきのフィルターが出来ました。





以前から持っていたレイノックスの接写コンバージョンレンズ
そのフリーサイズアダプターを使えば、私が持っているレンズならほとんどに
使えます。(52-67mm) ただし、ちょっとピンと張り過ぎ。
このシートの説明によると少したるんでいる程度が良いのだとか。



さて、最大の問題は当日のお天気。こればっかりは・・・??
もうひとつの問題は、朝起きられるかどうかです・・・6時起きなんてムリかも。


もし、見られなくても、これでOK?ナイショヤデ



昨日撮った太陽に、以前撮っていた満月の写真をシルエットにして
合成してみました。・・・アカンわなぁ。(^_^ゞ



ちなみに今回の天体ショーですが、
日本国内で見られる金環食は1987年の沖縄以来。本州だと実に1883年以来であり、次に見られる金環食は2030年(北海道)、その後は2041年(若狭湾~伊豆半島)と、非常に珍しい現象であることに変わりはありません。まして日本のこれほど広い地域で金環食になることは滅多になく、アメリカ・中国・台湾も合わせると、なんと約2億人もの人が金環食帯の中にいることになります。後世に語り継がれる歴史的天文ショーになることは間違いないでしょう。後で後悔しないように、しっかり楽しんでおきたいものです!
だそうです。「日食観測ガイド」より

白川でグッモーニン♪

2012-05-18 21:44:01 | ランチ/カフェ
先日、白川通り今出川をちょいっと上った『ワールドコーヒー白川本店』へ。
朝と言うより昼前でしたが・・・目的は、ここのモーニングセット。(^_^ゞ



京都の朝はイノダコーヒから・・・なんて合言葉がありますが。
このワールドコーヒーも小川珈琲などと並んで京都生れの珈琲会社。
京都ではお馴染のブランドです。ここが経営している
コロラドコーヒーって喫茶チェーン店も昔からよく見かけます。
・・・ま、京都限定な話ですけどね。

で、ここがそのワールドコーヒーの総本山。この地から出発して
半世紀が過ぎたとのこと。











社歴なんてどうでもいいんですけどね、ここのモーニングセットが
イイよって、小耳に挟んだもので・・・
満席のテーブル、右を見ても左を見ても、みぃ~んな同じモノを注文?
そう、どのテーブルもモーニングセットでした。(^_^ゞ






トースト+スクランブルエッグ+ベーコン+ソーセージ+サラダ
+コーヒー(紅茶他もあり)で、650円。ボリュームたっぷり♪
お洒落なテーブルウェアなんですが、見方によってはどんぶり鉢。(^_^ゞ

嬉しいのが、専門駐車場が3ヶ所にあり全部で21台停められるそうです。






2012.4/29、ワールドコーヒー白川本店にて。

寄り道、神社2。

2012-05-16 23:34:18 | 洛外うろうろ
三井寺、拝観順路通り行くと観音堂のあとにもまだ一つ二つ別所と言われる
お寺を廻ることになるのですが、順路を外れたところに境内が広大なせいか、
もう一つ出入り口が設けられているのを発見。
そちらから出てしまうことにしました。決して迷った訳では無いですよ(^_^ゞ
分岐点まで戻るには今降りてきた長い石段をまた登らないと・・・それが嫌で。



ここを出ると直ぐに『長等(ながら)神社』があります。
天智天皇が大津京へ遷都された際に都の鎮護のため、長等山岩倉に須佐之男神を
お祀りされたのが起源。その後、智証大師円珍が日吉大社を合祀し、
貞観2年(860)に園城寺(三井寺)の鎮守とされたとのことです。



楼門を入ったところに枝垂れ桜がまだ咲いていました。(4月28日)
今はすっかり桜の花を見ることは無いですが、わずか半月ほど前には
まだ見ることができた・・・サクラって人騒がせでせっかちですね。



ここの神紋はサクラらしい、それでかどうか知らないが
サクラの枝を神前に供え、疫病神や悪霊を鎮める
「花鎮祭(はなしずめのまつり)」が
今年4月15日に、ここで90年ぶりに復活したそうだ。








境内には樹齢300年といわれるカツラの木があり、御神木とされています。




こちらは末社になるのかな、馬神神社というのがありました。



もとは京都の札の辻の人馬会所敷地内にあったもので、明治43年(1910)に
現在地(長等神社境内)に移されたとのこと。やはり神紋はサクラ♪



あれ? 三井寺で遇った外人さん。親子かなぁ。それにしても真夏の格好!


実は、ここで電池切れ・・・予備を入れるも、充電できてなかったようで。
家に帰ってからはデータを誤削除してしまうし、この日は踏んだり蹴ったり。

ここの門前でちょっと気になる店が・・・



『そば処 ふじの木茶屋』、ちょっと入るのに勇気が要りそうです(笑)
察するところ年寄り夫婦できりもりされている感じ?
何となく力が抜けたところに魅力を感じます。意外と美味しいものを
出してくれそうな・・・藤棚に花が咲く頃に来てみようかな。
もう1軒は『大津絵民芸房』大津絵を売っているのかな?
ここも寄ってみるには少し勇気が。この日はどうも消極的な気分で・・・
こう言うのって、あとから悔いが残るんですよね。



ふじの木茶屋の庭(原っぱ?)に咲いていた蒲公英とアジュガ。

カメラのバッテリー、2個を交互に入れたり出したり騙し騙し使っていました。





これは琵琶湖疏水、取水口にあたるところです。ここから三井寺の地下を
通って、京都へと琵琶湖の水が流れて来ます。京都市民の命の源?
ところが去年、土地の権利をめぐり、三井寺が京都市を提訴したとか・・・
この先、大津港三保が崎には「琵琶湖周航の歌」で名高い旧制三高(京大)の
ボートクラブハウスがあって、歌碑も置かれているようです。
琵琶湖疏水に関しては、いずれじっくり探索したいテーマでもあります。




もうひとつ見つけた三井寺に接する神社は、ちょっとユニーク。
『三尾(みお)神社』。ウサギだらけの神社です。





ここの神紋は「真向きのうさぎ」。通りすがりの(関係者かな?)おじさんが
熱心に説明してくれて・・・この神社にはウサギの姿をしたものが60あるって
言われてたかな、探し出してごらんと言われたものの・・・w









うぅ~、確かにアチコチにいっぱいありそうだけど・・・(^_^ゞ



ま、干支絡みのスポットとしては、かなり徹底していますね。



もうバッテリーも完璧にダウン。この神社の写真は予備で持ち歩いている
カシオのコンデジでの撮影でしたッ。


さて、三井寺の駐車場に戻りましたが、何かやり残した気が・・・
そう、茶屋に入ってない。(^_^ゞ





駐車場の土産物センターみたいな建物の中にある「レストラン風月」に入り
ソフトが無かったのでクリームコーヒーで喉を潤し、美味しいと評判の
大津銘菓「三井寺力餅」をいただきました。





2012.4/28、長等神社にて。

第十四番札所 三井寺

2012-05-14 22:15:26 | 西国三十三所巡礼
西国三十三所観音霊場巡り、第十四番札所は滋賀県大津市にある
『三井寺(みいでら)』
正式には「長等山 園城寺(ながらさん おんじょうじ)」といい、
天台寺門宗の総本山です。

西国三十三所の第二番札所に和歌山の紀三井寺がありましたが、
あちらは救世観音宗の総本山で、寺名の由来は清浄水、吉祥水、楊柳水と
呼ばれる三つの湧水があったことからきています。
三井寺の方は、天智・天武・持統の三帝の産湯に用いられた霊泉
「御井(みい)」に由来するというものでした。


かなり広いお寺で、境内を回るのもハイキングなみ・・・ほぼ順路通り回りました。
駐車場から>仁王門>釈迦堂>鐘楼(三井の晩鐘)>金堂>閼伽井屋>
霊鐘堂(弁慶の引摺り鐘)>一切経蔵>唐院(三重塔・潅頂堂・長日護摩堂・大師堂)
>村雲橋>勧学院・・・ここまでは前記しましたが、
西国十四番札所、納経所にまだ辿り着きません。



どうやら観音堂まで行かないと御朱印はもらえないようです。

観音堂まで行く拝観順路には・・・


「微妙寺」(左)、「天台智者大師」像(右)

微妙寺(びみょうじ)は園城寺五別所のひとつで、湖国十一面観音霊場の
第一番札所。ご本尊は平安初期の十一面観音(重文)が安置されています。
ちなみに写真に写っているお二人は微妙な関係では無いと思われます。アシカラズ

天台智者大師とは、天台寺門宗の宗祖であり園城寺の初代長吏(管長・別当)
である円珍和尚のことです。落語家みたいな名前ですが、偉い人です。(^_^ゞ

弘法大師空海の姪の子として生れ、14歳で比叡山延暦寺に入山。
19歳から12年間籠山修行されます。唐にも渡り、入唐八家(最澄・空海・
常暁・円行・円仁・恵運・円珍・宗叡)の一人に数えられています。
第五世天台座主(てんだいざす)も務め、没後智証大師の諡号が与えらえました。
園城寺の秘仏・金色不動明王(黄不動尊)画像〔国宝〕は、籠山修行中
感得した金色不動明王の姿を描いたものとされています。



「衆宝観音」
この観音を信仰すれば財宝が貯まり、福徳を授けられ出世が叶うと書かれて
います。そんなありがた~い観音様なのに素通りする方がほとんど。


「南無童地蔵菩薩」、「童観音菩薩」像
こちらは結構、みんな見て行くのにね・・・


「毘沙門堂」(左)、「十八明神」(右)
十八明神は「ねずみの宮」と呼ばれています。その所以は→〔伝説〕


やっと観音堂への入口です・・・


石段は、珍しく急勾配ではありませんが、それまで随分歩いているので・・・


「鐘楼」
石段を登りつめた右手に鐘楼があり、童子鐘と呼ばれています。
かつては、「童子因縁之鐘」と呼ばれる鐘が釣られていました。→〔伝説〕


「百体堂」(左)、「観月舞台」(右)。
百体堂には、西国三十三所、秩父三十四ヶ所、坂東三十三ヶ所、合わせて
百体の観音さんがお祀りしてあります。




観月舞台、古来より観月の名所として知られてきた三井寺にふさわしい
優美な建物ですが・・・立入り禁止でしたw


やっとこさ、札所になっている「観音堂」です。



ご本尊は如意輪観世音菩薩。平安時代の作とされ、三十三年毎に開扉される
秘仏です。前回のご開帳は花山法皇一千年御忌を記念して2年前倒しの
平成22年、と言うことは今度は平成55年・・・平成じゃないだろうな。
2043年ってことに・・・私、生きて居ればちょうど90歳。



ここの「賓頭盧尊者」様。




なんじゃ?このタコ・・・(^_^ゞ




「手水舎」(左)、「絵馬堂」(右)。
手水舎の奥、観音堂の左には「世継地蔵堂」がありました。
絵馬堂は、参拝者の休憩所になっています。横には茶店も。




観音堂周辺だけでもざっとこんな感じ、百体堂・鐘楼・観月舞台、
絵馬堂、世継地蔵堂、手水舎が配置されています。


ここから一段登った所に展望台があるので行ってみます。



日本美術を広く世界に紹介したアメリカ人のフェロノサは琵琶湖の景観を
こよなく愛したとか、この三井寺で仏教に帰依、受戒されました。
のちにロンドンで亡くなりましたが遺言で遺骨は三井寺の境内に葬られ、
いまも静かに琵琶湖を眺めながら眠っているそうです。



展望台の特等席は、おばちゃんグループの井戸端会議の場に・・・w
突然現れた外人さんは、フェロノサのご親戚?ソンナワケナイネ (^_^ゞ



景色は良いのですが、琵琶湖競艇が真下に・・・うるさかったことッ!


「毘沙門堂」
こちらにも毘沙門堂がありました。ここらで順路を外れてしまい
別の出入口から出てしまいました。だから「水観寺」は見れてません。





2012.4/28、三井寺観音堂にて。




○宗派:天台寺門宗(総本山) ○開基:大友与多王
○御本尊:如意輪観世音菩薩 ○創建:朱鳥元(686)年

御詠歌「いで入るや 波間の月を 三井寺の 鐘のひびきに あくる湖」

新緑の三井寺。

2012-05-12 23:26:48 | 洛外うろうろ
ゴールデンウィーク初日の4月28日、西国三十三所巡礼で
滋賀県の『長等山 園城寺(ながらさん おんじょうじ)』
通称、三井寺(みいでら)に行きました。

天台寺門宗の総本山で、古くから日本四箇大寺*の一つに数えられています。
相当な大寺院、日本史における影響力を考えてもなかなか手強いお寺です。
*日本四箇大寺=東大寺・延暦寺・興福寺・園城寺(三井寺)

三井寺には、国宝10件(64点)・重要文化財42件(720点)の国指定文化財が
その数は実に多く、全国でも屈指のものです。

トップの写真は「大門(仁王門)」〔重文〕
白く塗られていたのかな、かなり老朽化しているようにも見えました。

さて、気合い込んで何枚もシャッターを切りまくったのですが・・・
最初の部分の撮影データを誤って削除してしまい、跡形もありませんw
デジタルの悲しいところですね、消すのは一瞬ですが、
消してしまうと何も残りません。

仁王門を抜けると直ぐに釈迦堂〔重文〕が右手にあり、隣接して弁財天社も。
参道を真っすぐ行くと階段の先に金堂(本堂)が現れます。
手水舎もありました、金堂を撮る前に、ここの見どころでもある鐘楼〔重文〕を。
三井(みい)の晩鐘といわれ、日本三名鐘のひとつと言われています。
「姿(形)の平等院」「音の三井寺(園城寺)」「勢の東大寺」「銘の神護寺」
・・・あれ?四つやん!イイカゲンナ。東大寺と神護寺が替わることがあります。
いっぱい写真に収めました。潜り戸を開けて中まで入って撮りました。
鐘を撞くのは一人一回300円也、鐘の音聞くのも金次第ってことやね・・・

国宝の金堂、現在の建物は豊臣秀吉の北政所によって慶長4年(1599)に
再建された物で桃山時代を代表する名建築とされています。
正面から見ると石灯籠が3基(堂前灯籠)立っています。
屋根は桧皮葺きで、見るからに風格があり優美でもある重厚な建物です。
拝観もでき、内陣は一段低い土間で、天台密教寺院の特徴を表している。
本尊の弥勒仏は天智天皇が信仰されていた霊像で、秘仏とされており、
見ることはできません。

・・・と、ここまでの写真が欠落しました。


この金堂の横には、閼伽井(あかい)屋〔重文〕があり、



おっと、金堂が写ってます。一部、それも裏側ですが…その奥が閼伽井屋です。


左が金堂(本堂)、右が閼伽井屋。

 閼伽井とは閼伽(閼伽水)を汲む井戸のことです。ここで汲まれた水は
 お供え用の水として使われます。閼伽の語源はサンスクリット語アルギャ。
 英語のアクアもこれを語源としているとか・・・





格子越しに中が覗けます。ゴボッゴボッって水が沸く音や、蛙の鳴き声も
聞こえますが、どうやら録音テープを流しているようです。

この霊泉には九頭竜神が棲んでいたとか。堂の正面上方には左甚五郎の作と
伝えられている龍の彫刻があるですが、この龍、夜な夜な琵琶湖に出て
暴れるので目玉に五寸釘が打たれているとのこと。
釘は確認できませんでしたが・・・

なお、この井戸水は天智、天武、持統の三天皇の産湯に使われたと伝えられ
御井(みい)の寺と呼ばれたのが、今の三井寺の名の由来です。



「熊野権現社」


「教待堂」



「霊鐘堂」
さてさて、ここには「弁慶の引摺り鐘」〔重文〕なるものが置かれています。



この梵鐘、奈良時代のもので俵藤太秀郷が三上山の百足退治のお礼に
竜宮から持ち帰ったと伝えられているもので(ま、伝説やから)
何故にこれが「弁慶の引摺り鐘」かと言うと、当時比叡山延暦寺の僧であった
武蔵坊弁慶、園城寺を襲いこの鐘を奪い、比叡山に引摺り上げ撞いてみたところ
”イノー・イノー”(関西弁で帰りたい)と響いたので、弁慶は「そんなに
三井寺に帰りたいのか!」と怒って鐘を谷底へ投げ捨ててしまったといいます。
鐘の傷跡はその時のものと言われていますが・・・ま、伝説ってことで。
ただしその当時、比叡山延暦寺との対立抗争が激化し、比叡山の僧兵によって
幾度となくこの三井寺が焼き討ちされたことは史実のようです。


何故か「弁慶の汁鍋」ってのが置かれています。グッズもね・・・(^_^ゞ




「一切経蔵」〔重文〕

写真は堂内にある高麗版一切経を納める回転式の八角輪蔵。



なかなか面白い建物です。この建物は国清寺の経蔵で、慶長七年(1602)に
毛利輝元によって移築されたものだそうです。


お寺などを撮っていると、たまにこんな写り込みのある写真が
突然撮れたりします。訳が分からない不思議な現象・・・大丈夫やろか?




「園城寺唐院四脚門」〔重文〕
ここから唐院と呼ばれるエリアに入って行きます。


「三重塔」〔重文〕
元は大和の比蘇寺の塔を、豊臣秀吉が伏見城に移築したものを
1600年、徳川家康が三井寺に寄進したものです。


「長日護摩堂」〔重文〕



「唐院潅頂堂(かんじょうどう)」〔重文〕
唐院にはもうひとつ「大師堂」があります。潅頂堂の奥だったので
見逃しましたが、その中には智証大師像〔国宝〕2体と黄不動尊立像〔重文〕
が安置されています。

三井寺には、金色不動明王画像(黄不動尊)が伝えられ、国宝なのですが
秘仏として見ることはできません。(20世紀後半に6回ほど公開されたそうですが)
この黄不動、高野山明王院の「赤不動」、青蓮院の「青不動」と共に
日本三不動の1つに数えられています。




唐院を出て、南に進むと


「村雲橋」
この石造りの橋にも伝説があります。智証大師がこの橋を渡っているとき、
中国の青龍寺が焼けているのを感知、大師が閼伽井の水を撒くと橋の下から
村雲が湧き上がり、中国の方向へ飛んでいったという。
翌年には青竜寺から鎮火のお礼の使者が来たと言うことです。



村雲橋の側にはまだ満開の枝垂れ桜が咲いていました。
城壁のような石積の壁は「勧学院」の塀です。


「勧学院」
中には勧学院客殿〔国宝〕がありますが、残念ながら非公開でした。


この後、札所のある観音堂まで行きますが、とにかく広い・・・




観音堂はまた次回ってことで、タイトルの三井寺の新緑をフォトアルバムで。


例によって右下のアイコンをクリックでフルスクリーン表示になります。




2012.4/28、三井寺にて。

グッドモーニング!

2012-05-08 22:02:10 | ランチ/カフェ
大型連休となった今年のゴールデンウィーク、
こういう時に限って何も予定を入れず・・・w。だらだら過ごすことに。
初日の4月28日は、取りあえず近場でもある滋賀県の三井寺に行こうかと・・・
その前に朝ごはん、見つけておいたモーニングセットの面白い喫茶店
『コーヒーハウス マキ』へ寄りました。



いつも行列が出来ている饅頭屋を尻目に・・・すぐ側です。



河原町通今出川を北に、葵橋西詰の手前東側にあります。
こちら側には駐車場が無いので、葵橋西詰の出町交番のところをぐるっと回って
鴨川側入り口に。



4台停められますが、前に停めるとお客さんが出る時には呼び出されて
移動しなければなりません。それでも駐車できるだけマシ。

注文したのはもちろんモーニングセット、600円。
モーニングといっても、朝ゆっくりしていたのでもう11時30分。
ここのモーニングサービスは、12時までやってくれてます。



厚切りのパンをくりぬいて、耳なしのバタートーストに。
耳の部分にはサラダやハム、ゆでタマゴが詰められています。
パンの耳は焼いてありません。私は焼いてある方が好きなんですが・・・
そこそこボリュームもあり、ブランチとしても充分♪
付いていたのはブレンドコーヒーですが、美味しい。
マグカップで欲しいくらいでした。


この後、新緑の白川通を走り、山中越えで三井寺に向いました。



・・・と、ここまで写真は全て家内が撮ったもの。
実は店内や料理の写真、私もいっぱい撮ったのですが誤ってデータを削除w
こんなこと初めてかも・・・意気消沈。



写真が少ないと頼りないので、以前に撮っていた庭マクロをついでに。


大甘菜(おおあまな):オーニソガラム〔ユリ科〕






カロライナジャスミン〔藤空木(ふじうつぎ)科〕




常磐屈曲花(ときわまがりばな):イベリス〔アブラナ科〕


この時は、TAMRON SP AF60mm F/2 Di II LD [IF] MACRO が
修理から返ってきて試し撮りをしたものです。
ちょっと比較もしてみました。


▲シャッター優先モード・f/4.5・1/640sec・ISO 100

▲絞り優先モード・f/11・1/80sec・ISO 100

▲プログラムオート・f/5・1/400sec・ISO 100

周辺のボケ具合はこれの方が分かりやすいかな、極端だけど。


▲シャッター優先モード・f/3.5・1/800sec・ISO 100

▲絞り優先モード・f/16・1/40sec・ISO 100


大きな画像で見た方がマクロの値打ちがある気がします。
できればぜひフルスクリーン表示で!(右下のアイコンをクリック)




雛菊(ひなぎく):デージー〔キク科〕




桜草 (さくらそう)〔サクラソウ科〕




紺屋カミツレ(コウヤカミツレ):ダイヤーズカモミール〔キク科〕




苧環 (おだまき)〔キンポウゲ科〕




これも 苧環 (おだまき)〔キンポウゲ科〕




バージニアストック〔アブラナ科〕


マクロ試し撮りのつもりが、庭の花図鑑になってしまった・・・



射干(しゃが)〔アヤメ科〕の花の上で獲物を捕らえたササグモくん。

平安京の御池。

2012-05-06 16:51:32 | 京都徘徊記
クルマで前を通っても駐車できそうにないので、いつも素通りしていた
『神泉苑』
先日、カフェに行くためコインパーキングに停めたついでに
雨が降っていましたが、寄ってみました。



今は「平八」という料亭が絡んでいて、料亭の庭のようになっていますが
本来はちゃんとした史跡です。(今も国の史跡に指定されています)
794年、平安京造営と同時に平安京(大内裏)の南東隣りに位置し、
禁苑として造られた庭で、当時は東西二町南北四町(東西250m南北500m)の
広大なものであったそうです。
※禁苑=皇居の庭園。特権階級だけが入ることを許された遊興の場。

平安京最古の庭園で、源義経と静御前が出会った場とも言われています。
なお、京都のメイン通りのひとつでもある「御池通」。京都では一番
広い道路でシンボルロードとして整備されたものですが、
その御池通の名称はこの神泉苑の苑池、法成就池に由来しているとか。





真言宗、東寺派の寺院でもあり、創建は弘法大師(空海)です。

池に架かる朱色の法成橋(ほうじょうばし)、願い事をひとつだけ
念じながら渡り、善女龍王社にお参りすると願い事が叶うといわれています。



池には空海ならぬ「くーちゃん」が居ります。アヒルですが・・・





来た来た、このコがくーちゃんかな?他にも数羽いるようですが、
見分けがつくのかな?この日、姿を見たのはこのコだけでした。
ちなみに池の端にはアヒルと鯉のえさの自動販売機が設置されています。







料亭、もちろん入ったことは無いですが、お庭を見ながらの食事、
良いでしょうね。池に浮ぶ龍王船での食事もできるようです。
ここの名物は日本一太いうどんを使った、元祖「うどんちり」。



お昼の会席が4,800円、天ぷらうどんセットが1,800円か・・・
他人の財布をアテにしようかナ。(^_^ゞ







弘法大師が雨乞いのため、この池畔にて祈り、北印度の無熱池の善女龍王を
勧請(呼び寄せられ)され日本中に雨を降らせたとか。
それ以降、善女龍王はこの池に住まれている・・・ことになっています。

意外と知られていないのが、祇園祭の発祥の地であること。
貞観5年に疫病が流行った際、神泉苑にて全国の国の数、66本の鉾を
立てて池の水で清め、厄払いをした。後世にこれが町衆の祭典として
鉾に車を付け、飾りを施して京の都を練り歩く、祇園祭へとなった。








境内には他にもいろいろ。それぞれに謂れがあるのでしょうが・・・
写真を撮り忘れましたが、境内には日本で唯一の恵方社があります。
「大歳神:歳徳神(としとくじん)」を祀る小さな祠ですが
回転するようになっており、大晦日の晩に恵方に祠の向きを変えます。
毎年向きが変わるんですね。

この神泉苑の存在はあまり知られていないかも、観光バスのルートからも
外れている?平安京の歴史を伝えるスポットではあるのですが・・・




2012.4/22、神泉苑にて。

しゃこネタ、ねこネタ。

2012-05-04 10:35:08 | 今日のボソッ
しばらく我が家のガレージに現れないなと思っていたら、今回はこんなバイクで・・・
1京都さま、毎回違うバイクで来られます。
今回はちょっとレストアに手間取ってられたのかな?期間があきました。(^_^ゞ



YAMAHA TDR80 1988年7月にTDR50と同時に登場。
水冷2サイクル単気筒エンジン搭載、10ps。
「TDR」の名前が示すとおり、あの鮮烈にして過激なデュアルパーパス車
TDR250のカタチを、チョロQ化したようなデザイン。
ライバルはカワサキKSR80でしょうか、これも以前弄られた経験のある1京都さま、
TDRの方がお気に入りだそうです。






何となく、プロポーションがピッタリと思うのは私だけでしょうか。(^_^ゞ



風のように去って行く後ろ姿も・・・



最近、選んで買うようになったドリンク。



フランスの国民的炭酸がやってくる。“フランス生まれ”の
果汁入り炭酸飲料「オランジーナ」新発売!・・・某ブログで知りました。
記事を読むなりコンビニへ直行。
ナチュラルな甘さ、あと口の良さにハマってます。




史上初!特保のコーラ「メッツ コーラ」です。
コーラ史上初めて特定保健用食品に指定された飲料。
糖類0、脂肪の吸収を抑えるってものです。
0カロリーコーラはどうも味が好きになれませんでしたが、これは結構イケる。
甘さも充分の強炭酸。(^_^ゞ
今、スーパーなどではこればかりが売れている(家内調べ)そうです。



ねこネタ・・・
我が家の飼い猫サラくんが窓ガラス越しに見つめる先には・・・






こねこ?の自由猫。結構可愛いコですにゃん♪

デザインオフィスのようなカフェ。

2012-05-02 19:44:08 | ランチ/カフェ
久しぶりにカフェらしいところに行ってきました。

二条城の南、堀川御池を西へ、神泉苑のすぐ西に御池通に面して
『CAFE HERON(カフェ ヘロン)』があります。
御池通りといっても堀川より西は歩道付きの2車線(堀川より東は8車線)で
まったりとした街並みが続いています。




地下鉄・JR二条駅より徒歩5分。
駐車場は無いので近くの100円パーキングへ。(裏技もあるかも)



コンクリート打ちっぱなしの建物に、見逃しそうな木の扉。
使い込んだ扉の先は路地(ろぉじと読んでもらいたい)を抜ける感覚。
なかなかニクイ演出のエントランスです。



古いチーク材の門扉を照らす照明は、50年代のフランスで使われていた
工業用ランプだそうです。

2階は禁煙、1階は平日でランチタイム以外なら喫煙も可のようです。
最近こういうパターンも見かけるようになりましたね。
この日は日曜なので、もちろん全館禁煙でした。
ちなみにお店の名前「ヘロン」はアオサギのことだと思うのですが違うかな?
間違っても「イ」抜きでお願いしますね。


1階はソファと大テーブルが2つあり、ゆったり過ごせる空間になっている
ようですが、私らは迷わず2階へ。






2階もモダンで落ち着いた大人の空間が・・・






家具は、60年代のオランダのインダストリアルデザイナーが
手がけたものが主だそうで、テーブルも製図用の机だったり
ここでもランプはドイツやフランスの工業用のもので、
良いアクセントになっています。






大きなガラス壁に面したカウンターに席をとります。
カウンターは使い込んで重厚なオールドチークの一枚板です。
これのお蔭か、温もりと癒しを感じる居心地のいいスペースでした。




そうそう肝心のランチは、
家内が「本日のパスタ」サーモンと青菜のグリーンソース。
私は「B.L.Tサンド」ベーコン、レタス、トマトのサンドね、
タマゴも入っていたけれど。



ごそごそと、いつものようにカッパちゃんも登場です♪









ランチもコーヒーも美味しかったです。
奇を衒った印象的なメニューでは無いですが、カフェメニューとしては
充分イケてるレベルです。

京都はカフェがとても多い街だと思います。かつては喫茶店がブームで
数多くの店がありました。今も生き残っている店は老舗だとか名店と言われ
愛されています。京都人ってこういう文化を創り育てるのが好きなのかも。
それに、本物を見抜き、淘汰する感性にも長けている気がします。

さてここは・・・私的には残って欲しいと感じました。
デザインカフェやぞ、おしゃれやろ!って気取った空間のようにも見えますが
意外と自然体で落ち着ける空間。何よりスタッフの対応も良い感じ。
放ったらかし加減が絶妙なのかな・・・(^_^ゞ
居心地の良い店でした。ま、写真パチパチ撮りまくる客が居なければねぃ。ハンセイ


余談ですが、一軒おいて隣りにこんな喫茶店も・・・



イイですね、昭和の香りが・・・気さくなおばちゃんが世間話しながら
ほかほかのオムライスを持ってきてくれそうで・・・♪


さぁ、最後はスイーツで。



実はこの日、二日遅れですが大切な人の60回目の・・・




2012.4/22、カフェ ヘロンにて。