京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

献盃、祝一周年!

2015年08月04日 04時07分06秒 | 

↑前菜

我が家の母親一周忌記念会食です。
写真が多いので明日と2日続きます。
一年なんて、あっと言う間でした。


↑フカヒレがちょっと入ったスープ。父親が「どれがフカヒレや?」と言っていた。

会食は、新・都ホテルの四川にしました。
なれているので、料理を選択する時、私が楽なので決めました。
会食メンバーは、我が家全員と父親です。
普通ならいろいろな人を呼んだ方がいいのでしょうが、声をかける人たちも高齢化で動けない人が多いこと。また、この猛暑続きで来て貰うのが辛すぎます。
なので家族だけでやりました。


↑海鮮の炒めもの

我が家の子供も、各々独り立ちした。
まだ、結婚はしていませんけど。
いずれ各々の家族も来るようなことになるのかな・・・。
そういう状態になったら、各々の連れ合いはうまく溶け込めるかな・・・。
食べるものがかなり特殊だしね。
我が家。私がそうさせてしまったかも。ちょっとだけ責任を感じます。


↑青椒肉絲、海鮮が苦手な長男のためのメニュー

父親は、一年経ってちょっと弱ってきたけど、新しい生活に慣れてきたかな。
淋しいのは、しかたないけど。
私なりに色々な刺激を与えているつもりです。
そのことは、感謝しているとスピーチしてくれた。
また「死ぬのは怖くない」とも言った。
それには、私も同感。
まだ、父親には、私が3回臨死体験したと話してない。
私の経験からすると全然怖くないですね。
できたら早く帰りたいぐらい。
でもね。生きている間は、最後の最後まで、この身体の中の体験を味わいます。
それに意味があるのでしょう。


↑鶏カシューナッツ辛し炒め、次女の好物

「早く向こうに行きたい」なんて言わないで欲しい。
年寄りというのは、そういうすねた言い方をしますね。
この世にでてきた目的もわからず、為すべきこともしなくて向こうへ行くのはちょっと悲しい。
「即身成仏」なんて理解していないだろうな。
まあ、私をこの世に出したという大仕事を2人でしたんだから、それでいいのかもね。でも、生きている間は、楽しもう!
母親もそういうメッセージを送っていた。


↑麻婆豆腐、父親が食べたかったらしい。

ここ数年、生身の身体の中に入って生きることの意味を実際体験させられた。
まだ、十分理解していないけど、もうすこしでちょっとわかるきがしてきた。
もっといろいろ学びたいけど、読字障害という壁がある。
制限があるから面白いのかも。読字障害でも方法は色々ある。
そうそう、次男が里帰りしてきているので、私の身体について診断してもらっているのです。ちょっと歩き方なんかも修正していかないといけないのがわかった。
強化用のメニューをつくってもらった。
知らなかったら、将来困ったことになるところだった。
御礼に、彼には知り得ない極めて高度な技術を教えた。
いままで我が家の子供を育てるに当たっての考え方と実践なんかも教えた。
わからなくなったら、この本を読めばわかるとか、偉大な師匠方の智慧のあり有り場所も教えておいた。
このブログでときどきわけのわからないことを書いているメモもヒントになると教えておいた。ここ三日間はかなりの作業をしました。

明日は続く

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

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鳥辺野へ

2015年08月03日 05時14分56秒 | 風景



↑大谷本廟、我が家はここではないです。

なんてタイトルですが、妹と母親の墓に行っただけです。
でも本日(3日)、ちょうど一年前に母親が亡くなった。
だから、我が家としては一周忌となります。


↑我が家はここです。

我が家のやり方で一周忌をしました。
墓地で全員集合。
昨日の京都市内の気温が39.1度だったそうです。
途中で頭が痛くなってきた。
でも決めた以上やらないとね。
父親を乗せて墓地に来てくれたタクシーにお参りの間、駐車場で待ってもらっていました。昨日は、39度ぐらいの気温だったので、できるだけ歩かせたくなかった。



高札に鳥辺野の説明が書いてあります。書き写しておきます。
鳥辺野(とりべの)は、鳥部野、鳥戸野などとも記された。その区域は時代により変化しているが、現在は阿弥陀ヶ峰(鳥辺山)北麓の丘陵地帯を占めている。京都の三大葬送地(ほかに蓮台野、化野)の一つになっている。
かつて鳥辺野は、愛宕郡鳥部郷阿弥陀ヶ峰麓、北、西、南に広がっていた。平安時代以来、無常所(葬送地)として拓かれた。『日本紀略』には、826年に淳和天皇皇太子恒世親王(805-826)の葬送が記され文献初例という。一条天皇皇后定子(977-1001)の鳥戸野御陵(今熊野泉山)があり、藤原詮子(962-1002)、藤原道長(966-1027)、親鸞(1173-1262)もこの地で荼毘に付されたという。10世紀(901-1000)末-11世紀(1000-1001)初頭、鳥辺野では僧による焚死(焼死)が行われた。安土・桃山時代、豊国廟造営の際に、鳥辺野一帯での火葬が禁じられる。さらに、大谷廟の創立により葬送地は北麓に移され、実報寺など各寺院の墓地が次々に造営されていった。



生田検校 江戸時代の箏曲家・生田検校(いくたけんぎょう、1656-1715)。詳細不明。生田流箏曲の始祖。1685年以前に勾当、1696年検校となり生田検校幾一を名乗る。1705年以前に七老。八橋検校門下の北島検校城春に箏曲を学ぶ。生田流を名乗り、角爪の創始、新しい調弦法を生んだともいう。
墓は2009年に立て替えられ、棹石正面に「妙法 興隆院信入日寶」と刻まれている。



お俊・伝兵衛 江戸時代、1738年(1734年とも)、釜座三条(釜座姉小路下ル)の呉服商・井筒屋伝兵衛(23歳)と、先斗町近江屋金七の抱え遊女・お俊(阿俊)(20歳)が、添えないために聖護院の森で心中したという。お俊の家は、東堀川通下立売下ル東にあったという。2人の墓は当初、要法寺にあった。聖護院の森はいまはなく、聖護院の東隣にある準堤堂に2人の墓(恋情塚)というものがある。
事件は、近松門左衛門の人形浄瑠璃「近頃河原達引(ちかごろかわらのたてびき)」の題材になる。
実家が聖護院なので、縁がありますね。



さて、お参りを開始。
暑いから短時間で済ませました。
今日は、簡単な紹介だけです。

和菓子
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お精霊さんとカレー

2015年08月02日 04時52分29秒 | 洛外・食
昼間、すごい日差しだった。
ブラインドを下ろし、クーラーを稼動させ、BGMは水琴窟をエンドレスで流して、デスクワークをしておりました。
一年中で一番暑い時期。
この暑さは、例年からすると五条坂の「陶器まつり」(毎年8月7日〜10日)ぐらいの時がピークなんです。
そうそう六道珍皇寺の「お精霊さん迎え」もあります。
タクシーの運転手さんがいうには、「京の七夕」(8月1日〜10日)もやっていると言っていた。堀川と鴨川で夜にあるそうです。
京都ってすごいですね。
あの手この手で観光客を呼ぼうとしている。
宗教色が弱まっているから、今風なんかな・・・。
盂蘭盆だけでいい感じもするけど。
そうもしていられないご時世なんかな。


↑大阪ピッコロ「ピッコロセット」いつもは、ビーフ単品なんですけど、この日は贅沢な機分になりたかった。何が違うか?ソースが別なんです。これだけで、回りのお客さんたちに「どうや上等やろ!」と威嚇できます。(笑)

でもお精霊さんらは、帰ってくる時、いろいろな光が多くて迷うかもね。
当家は、今年が初盆なんです。
母親が亡くなって四十九日なんで、「お精霊さん迎え」〜「送り火(8月16日」というのが今年になります。
なんか初盆と言われてもねぇ。
一昨日、父親に「お精霊さん迎えにいっしょに行く?」と言ったら、「オレはいい」と言った。確かに、行列で順番を待つのは辛いよね。
昼間、37度ぐらいの時間帯に迎えに行ったら、逆にお精霊さん側に行ったりする危険性があります。
お精霊さんだって、途中で熱中症で倒れてしまうかもね。


↑薬味も上等そうでしょ

お精霊さん(おしょらいさん)て、当たり前のように書いているけど、他府県の方はご存知なんでしょうか?
京都語(京都弁という人がいるけど、弁なんていうたら京都人からエライ目にあいまっせ)なんです。
お精霊さん/死者の霊魂。精霊の尊敬語。
京都で「お〜さん」を付けると最大限に尊敬していることを指します。
例/「おいもさん」「おいなりさん」「おあげさん」「だいまるさん」うんごの場合はちょっと格下で「うんこさん」等々
「おいなりさん」は「いなり寿司」のこと。油揚げ(おあげさん)に寿司飯をつめたもの。伏見稲荷大社のお使いのキツネの好物であるおあげさんを使った寿司ということで、伏見稲荷大社への尊敬を表しているのかも。


↑サラダの上にカリカリベーコンが乗っています。小さなフォークでこれは食べ難い。割り箸が欲しい。

「だいまるさん」は、京都の「大丸」を指します。大丸は、1717年(享保2年)京都伏見で「大文字屋」という古着商から始まった。だから京都人から一目おかれている。だから「大丸さん」となっている。「お」を付けるほどではない。
しかし、高島屋、藤井大丸、伊勢丹などは、呼び捨てなんです。私の小さい時は大丸の包み紙、紅白の紐はステイタスだったように思います。


↑この入れ物「グレイビーボート」「ソースポット」といいます。これに入っているだけで上等に見える。レトルトのカレーでもこれに入れればホテルっぽくなります。

その大丸、高島屋、藤井大丸からお年寄りの客が出していると数人のタクシー運転手さんから聞いた。例の四条通の車線を減らした影響です。百貨店から荷物を抱えてタクシーに乗りにくかったり、乗っても停滞してメーターばかり上がったりするのを嫌っているのだそうです。
私もそう多う。つい京都駅前に買い物に出てしまうことが多くなった。
若い貧乏な若者は増えるかもしれないけど、お金を使ってくれる年配のお客さんは減るだろう。そうでなくても不景気なんだから。爆買いの人たちもソロソロ姿を消していくだろうしね。潰れる薬局もきっと出てくるだろう。
百貨店という小売り業の恐竜はそろそろ滅ぶのかもしれませんね。


↑コロンとビーフの塊が入っています。このピッコロのカレーは、レトルトで売っています。味わいたい人は取り寄せ可能。

ヨドバシカメラみたいなところが栄えるかというとそうでもない。
ああいう大型店は、商品を見に行く場所で実際には、価格.comで値段を調べ、分析して一番安い所で買うんじゃないでしょうか。
大阪の梅田近辺を見ていると大丈夫?と思ってしまいます。
もう時代がどんどん変化してきている。
経営者もいつまでも過去に成功した事を夢見てはいけない。
政府だってそう。
東京オリンピック→新幹線(リニアモーターカー)→大阪万博→好景気
なんてバカなことを考えているように見えます。
東京オリンピックのゴタゴタは、「開催辞退も考えた方がいいかも」と言っているように思います。
エンブレムも1964年に使った故亀倉雄策氏のデザインの方が遙かに優れていると思う。あれを使わせてもらったらいいじゃん。問題になっているデザインは、ちょっと考えすぎたからああなった。もっと感性閃きで作らないとね。ポスターなんかもかなわないと思うな。施設も古いのをちょっとだけ手入れして使えばいい。
それができないなら、開催を辞退したらいい。
そうそう、F35ステルス戦闘機を4機分契約しららしい。値段は1機たった1億2000万ドル。4機買ってもなんにもならない。そうか映画に使うんかなぁ・・・。
日本の防衛でステルスなんて必要なんかな?
武器もあまり積めないし、燃料も積めない。遠い所に行けない。
抑止力なら潜水艦から発射できるトマホークミサイルを値切って買って方がいいかも。とりあえずF35をF22に変更して貰うように交渉しなはれ。

本日の記事、書きかけて外出し、帰って続きを書いたから、はじめと終わりが全然違う内容になってしもた。
ひょっとして熱中症なんかも。
すんませんなぁ・・・。
すんませんついでに、写真は先日大阪に行った時に食べたピッコロのカレーの写真にしてきます。なんやったら写真だけ眺めてもろても結構です。

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熱寒も雅なのか?

2015年08月01日 04時16分46秒 | 風景・和菓子
京都市内は連日35〜37度の気温。
盆地というのもあるのでしょう。
風があまり吹かず、熱がこもる。
その代わり湿度が高い。
せめて湿度が低いとええねんけどなぁ・・・。
京都市内に年間通して住めたら、日本の大抵の所に普通に住めるだろうな。
物価が高く、町内会費も高い、そして人がイケズ、鍛えられます。
でも京都人は、京都が好きなんです。
他府県に出て行こうとしない。
お墓を人質に取られているからかな?
いつか天皇さんが帰ってきやはると思っているからか。
謎です。Mなんかも。
※本日8月1日は、38.5度だったそうです。



街中を歩いていると建物を出入りします。
その寒暖がストレスになるのでしょうね。
一日外を歩くとグッタリ。
それでも身体は順応してくる。
もう今日から8月。
一番暑い時期に入ります。
朝起きてシャワー。
外出から帰ってシャワー。
夜はお風呂。
湯船に浸かると身体が凍えているのがわかります。
クーラーの影響ね。
24度ぐらいに設定しています。
省エネとはほど遠いですよね。
その代わりと言ってはなんですが、冬は暖房しておりません。
一年を通じると同じエネルギー。


↑和久傳「蓮のつゆ」

将来、京都市内が年間通じて24度ぐらいになっているかも。
それはそれでもいい。
冬服がいらないのはいいですよね。
沖縄の人を見ていてそう思う。
タンスが半分で済む。


↑「蓮のつゆ」というより両生類の卵っぽい

この時期って、私のアクが一番取れている時期かも。
アクって山菜のアクのことです。
湯船に浸かるとしゃぶしゃぶの時のようなアクが浮かびます・・・それはウソです。
いずれにしても清浄な身体になっております。
「それがどうしたというんや」と言われそう。
ただ言いたかっただけです。(笑)


↑蓮根ってすごい

今日も内容ないブログですね。
ユルシテオクレヤス。

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ラーメンとは珍しい

2015年07月31日 04時46分02秒 | 
今週は、なかなかジッデスクワークができない。
一昨日は、外部で作業をして貰わないといけないのがあり、ランチを兼ねて外出。
京男Jr.1が休暇でいたのでいっしょにタクシーで出た。
取りあえず、作業してもらわないといけないモノを発注。
出来上がるまでの間に、ランチとなった。


↑焼豚御飯?

悲しいかなラーメン横綱ぐらいしかなかった。
「もう一軒、うどん屋さんがあるけど、どちらがいい?」と聞くと「ラーメン」という返事。
ラーメン横綱に行く。
ラーメンは久しぶりかも。


↑味玉ラーメン、大らしい

メニューを見て、何を食べたらいいのかわからない。
この日は、調子が悪かったのか、メニューが読めなかった。
京男Jr.1に教えて貰いながら注文。
父親ならこのラーメン屋さんは、喜んだだろうな。
密かに行っているらしい。
最初、焼き豚とキムチだけにするつもりだったけど、取りあえずラーメンを注文してみた。


↑餃子

食べながら京男Jr.1と技術的な話しを聞いていた。
電波のこと、電磁波のこと、携帯電話のこと等々。
彼は理科系の会社に就職しているのです。
自分と違うことをやっているので、話しを聞いていると面白い。


↑野菜ラーメン、辛子味噌とかニンニクは入れなかった。業者のお姉さんやタクシーの運転手さんに悪いしね。

食べ終わり、再び依頼していたモノを取りに行き、タクシーで京男Jr.1を希望の場所で降ろし、私は家に帰った。
外部でやってもらったモノを完成させ、梱包・発送しなくてはいけなかったのです。
終わった時には、夕方になっていた。

私がラーメンを食べるのは、本当に珍しいのです。
いずれ父親も連れてこないといけないのかなぁ・・・。
私が食べるものがないのがちょっと辛い。
麺喰いじゃなく、おかず喰いなんですよ。
父親と正反対なんです。
煮豚より本式の焼豚がいい。
できたら東坡肉がいいんですよ。
なんか食べたくなってきた。

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渡らせてやりたかったなぁ

2015年07月30日 04時38分17秒 | 風景・和菓子


28日、狸谷山不動院で火渡り祭をやっていた。
父親を連れて行ってやりたかったけど、所用で大阪方面に行ってしまったのと、私一人で付き添って行くのはちょっと大変。
だから断念でした。





残念、きっと行ってないと思う。
きっとこういう系は、怖がるかも。
それとも、オレは戦争体験をしているからこんなものと言うか。
どうだろう。
反応を見たかった。



父親は、私がこういう世界が得意なのを知らないと思う。
滝行だってそう。
目の前で九字を切ったらビックリするかも。
所謂「臨」「兵」「闘」「者」「皆」「陣」「裂」「在」「前」とね。
迫力ある声だし・・・。(笑)
声なしで、手印だけでやってもビビルかも。



「ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン」という真言も言えるしね。
変な宗教に被れていると思うかも。
業務上でいろいろな技術を身に付けていますね。
不思議な人生だ。
父親の想像を遙かに超えている。
棒手裏剣を投げてネズミを捕まえたらどうするだろう。


↑本式の時の場合、この塩を足の指に挟み、ゆっくり歩くこと。これがコツ。

いっしょに火渡りしたかったな。
「熱っ!」と言ったら。
「心頭滅却すれば火もまた涼し。気にしない、熱いのは気のせい。こんなので熱いといっていたら火葬の時、困るよ」と言ってやりたい。


↑京都鶴屋鶴壽庵「朝顔」

狸谷山不動院の火渡りは、一般の人が来るので、正直いうと全然熱くない。
カレーでいうたらハウスバーモントカレーレベルねっ!
もう少し「ちょっとヤバイんじゃない」と思うぐらいでないと願いも叶わない。
でも火傷のリスクがあるから、だめなんでしょうね。
最近の日本社会は異様に過保護状態だから。


↑葛、紅こしあん

天気予報でも「35度、36度、熱中症」と狂ったように言っている。
「35度、36度、ちょっと温めの湯加減」か「本日は36度、全裸で外出しても大丈夫な気温。でも全裸で外出したら警察に捕まるので注意!」ぐらい言えばいいのに。

※本日の写真は、2008年7月28日のものです。この頃はまだ観光客も少なくて快適でした。

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盂蘭盆ねぇ

2015年07月29日 04時26分39秒 | 風景


もうそろそろ母親が亡くなり一年になってきました。
さて、当家ではどうするか考えておりました。
もう決定し、実行を待つだけの段階ですけどね。
下記のような会話も頭に浮かびました。
盂蘭盆の由来です。
意外としられていないことです。
知られるとおっさん(和尚さん)たちの営業上困ることになるかも。
だからあまり知られていないのかな。
ちょっと脚色しているけど、読んでみてください。



お盆は、木蓮尊者とその母親の話から始まっている。
木蓮尊者は、釈尊の弟子たちの中で大変神通力があった人らしい。
その神通力で母親を思うと、母親が火炎地獄に落ちているのを霊視した。
母親は、火炎地獄で逆さずりになり、お水を欲しがっているらしい。木蓮尊者がお水を与えようとしても、与えられないのです。
木蓮尊者は、困って釈尊に相談しやはった。
木蓮曰く「恥ずかしながら、私の母親は、地獄に落ちてしまっています。水を欲しがって苦しんでいるのです。でも私が水を与えようとしても与えられないのです。どうしたらいいのでしょう?」と質問した。
釈尊曰く「あんたさんのお母さんは、社会的に地位もあり、裕福だったにもかかわらず困っている人を助けなかった。だから地獄に落ちたのよ。地獄に落ちたことは自業自得となる」
木蓮曰く「確かにそうでした。でも私がこうやって肉体を得ているのは母親のお陰なんです。なんとかできませんか?」
釈尊曰く「できない。彼女が自分で切り開く意外に方法はない。彼女の邪魔をしたらあかん」
木蓮曰く「肉体を与えられたきっかけを作ったのは母親なんです。だから魂も繋がっているのと違いますか?」
釈尊曰く「必ずしもそうではない」
木蓮曰く「えぇぇ〜!でも肉体を与えたもらった恩義があるからなんとかしてやりたいんです」
釈尊曰く「お母さんは、ちょっとM傾向にあるんや。趣味でやったはる。それを邪魔するのは肉体の親子でもあかんのと違う?」
木蓮曰く「でも、水ぐらいちょっとやりたいです」
釈尊曰く「ならこうしなさい。一年の内、3日間ぐらい、母親がやらなかった恵まれない人へ布施や奉仕をしなさい。そういう姿を母親に見せてやること。それが母親の魂に自覚を促し、自らその地獄の状況から抜け出せることになる。わかった」
木蓮曰く「なるほど。わかりました」



これが盂蘭盆のはじまりなんです。
先祖供養というのも同じような意味合いになります。
供養とは、儀式や供え物、おっさんを呼んで仏壇に向かってお経を唱えて貰う必要はないのです。
残された人間が「日々健康で※明るく笑いのある毎日を過ごすこと」が先祖供養だと思います。
おっさん(和尚さん)に頼ってはいけないです。形じゃないのです。
※肉体の健康というのは、先祖を大切にすることに繋がる。なぜなら先祖は自分の身体の中にいるからなんです。ゲノムつまり遺伝子の中に全先祖がいる。居ないなんていう人は居ない筈。
あなた方のお子さんやお孫さんは、もっと最新鋭ですよ。
あなたがた夫婦も子供のゲノムに入っている。
孫ならもっとです。
孫・子を拝む必要があるのかも。
孫・子がいない、結婚していない人。安心してください。魂は、連続しませんからね。魂と肉体は、別だと思いますね。



清水寺で盂蘭盆法話が行われます。
森管長が、清水寺には檀家がありません。お墓もありません。お盆の時期にみなさんの家に行き、仏壇に向かってお経さんも唱えません。
大西良慶和尚が100年前に、「うらぼん法話」を始められたのは、本来の盂蘭盆(うらぼん)のやり方をしたかったからなんです。仏壇にお経を唱えるかわりに、早朝、みなさんにわかりやすく法話をお聞かせすることで、生き仏さんであるあなた方に、生きるための法をあたえることが大切と考えられたからなんです」というような意味合いのお話しをされていました。
それは、本来の釈尊の考えなんだと思います。



解釈が間違っていたらすんません。
この考え方で一周忌を実施する予定なんです。
子供や、まだいないけど孫・曾孫たち、この解約でいいですから、これを読んで各々のやり方で実行したらいいよ。
「各々が明るく、健康的で、自分が生まれてきた目的を知り、達成すること」それだけで十分供養になりますからね。悟ってもいないおっさんの営業でおっしゃることなど聞く必要なし。もちろん戒名や儀式も必要なし。お香の代わりにサンタマリアノヴェーラのパチューリをお願い。ハバナ産の葉巻「コイーバ」の煙でもいいけど。線香なら松栄堂「正覚」。松栄堂の店頭で香りを聞きたいとかなんとか言って、ちょっとだけもらってきたらそれでいい。
向こうに行ってからでもそこまでこだわるということは大したレベルに行ってないか・・・

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夏ですね

2015年07月28日 05時15分25秒 | 
昨日は、いろいろな方と話しました。
大抵「暑いですねぇ〜」からはじまります。
それで最後を「熱中症に気を付けましょう!」なら、天気予報といっしょだ。
テレビって壊れたレコード(古い!)のように同じフレーズばかり。
たまには、「暑いですねぇ〜でも、米国の50度に比べると鼻歌交じりの気温ですね」ぐらい台詞を言ったらいいのに・・・そんなことを言ったら、ネット等で苦情がくるのかも。



大先生と電話で話していました。
大先生が「日曜日東京でセミナーをしたのだけど、道路上の温度が42度もあったよ」と仰った。
そこで「先生好みのお風呂の温度からするとちょっとちょっと温度が低いですね〜」と話してみました。



気象庁の気温の発表はそろそろ新しい測定をしたらいいかも。
一番地価の高いあたりの道路上1メートル、1.7メートルの温度を測定し、発表するというのはどうだろう。
夏休みでお子さん連れのお母さんを見ていると、もうすこし気を付けた方がいいと思いますね。不用意に外出しない方がいいだろうな。乳母車に日除けで覆った状態に乗せられたら、子供はちょっと辛いと思います。
さすがにペットは、昼間散歩させている人は少なくなりました。
計算の仕方は、普通の気温にプラス5度と計算するそうですね。
例/36度なら道路上は41度となる


↑アマゾン「たまごサンド」アマゾンというてもネットで注文した訳ではありません。

気温だけど、時々華氏で表示したりすると面白いかも。
「本日の気温は、摂氏35度になります。熱中症にご注意ください」を
「本日の気温は、華氏95度になります。火事に気をつけましょう」なんてすると緊張感があるかも。
体温を華氏にしたらちょっと怖い。
でも冬の気温には、華氏はあたたかく感じるかもね。


↑アメリカン、京女曰く「アメリカンなら珈琲の量が多いからサンドにはピッタリ!」

この気温、空気が乾燥していたらいいけど、京都市内のように湿度が高かったら、もう笑うしかない。京都市内に沖縄の人が夏に観光に来たことがある。あまりの暑さにビックリしていた。逆に、夏に沖縄に行ったことがある。32度ぐらいしかなかった。しかも日陰にいるとそれほど暑くなかった。風もあるしね。京都市内は、湿度の高い暑さと無風状態で夜中も暑いのです。
床で食事をしても涼しくもなんともない。
まあ、支払いをする時、ちょっと財布が寒くなるけどね。



京女の職場に幽霊がいるんです。
仕事をしていると外から黒い影のような(たぶん女性)が覗いていたりするそうです。肩を触られたりするそうです。
昼間に出てくる。夜は出て来ないのかな?
夜は怖いからだろうな。
うまく結界をはって捕まえられへんかな・・・。
そうか京男の魅力で捕まえるとか。
「美人」という条件付だけど。
側にいててもろたら心霊現象で涼しくなるかもね。
そうか!雪女でもいいか!
我が家には、いないけど、ゴキブリが出て来たら凍らせて貰ったり便利。それってテレビのCMやね。
冬は里帰りして貰うけど。
なんや暑いて、妄想が次々と頭に浮かぶ。
熱中症かな・・・。

※文章と写真がシンクロしておりません。最近、こんなのが多い。
「生菓子が出て来ないぞ!」と怒っている人がおられるでしょうね。
このクソ暑いのに生菓子食べたいですか?
蓬莢のアイスキャンデーの方が美味しいと思いませんか。
夏場は乾燥して持って買えるのに時間がかかると色が褪せたりするのですよ。

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大阪にて

2015年07月27日 04時25分45秒 | 洛外・食

↑「海の幸三種入りおこげ(塩味)」テーブルでおこげの上から熱い餡をかけてくれます。ジュッという音が食欲をそそります。右上の父親の爪を見てやってください。ピカピカ!!(笑)

先週は、外出が多かった。
外出するとデスクワークが滞る。
京都は、夏休みの第一週やお祭りも多く、京都駅や数少ない繁華街も人が多い。
数年前は、ここまで観光の人が多くなかったように思う。
円安の影響?外国人も多いですね。
みなさん、京都に満足して帰っていかれるのかな?
ちょっと気になります。


↑私の定番「お粥定食」

本日の写真は、父を連れて大阪に行った時の写真。
父親にとっては、はじめてのネイルサロンだった。
手と足の爪を同時に手入れした。
男性の手の爪対応のお店が京都市内でないんですよ。
足はあるのですけど。
しかたなく大阪に父親を連れ出した。


↑優しい味の麻婆豆腐

父親は、梅田は久しぶりだったと思います。
父が知る梅田に比べるとかなり変化したと思う。
本日の写真は、三番街の青冥(ちんみん)でした。
ここは、インデアンカレーが行列状態の時、私が行くお店。
ここなら待たなくて座れます。
きっとお店が高そうな雰囲気がするから若い家族連れやカップルは、入って来ないでしょうね。


↑水餃子

父親は、「海の幸三種入りおこげ(塩味)」が食べたいとのこと。
私は、「お粥の定食」なんか逆でしょ。
私の計算では、シェアしたら丁度満足してくれると思ったのです。


↑焼きそば。私は辛子酢を少々かけていただきます。

計算は、見事に的中。
うまく完食し、満足してくればした。
計算外だったのは、中華粥を父親が食べなかったこと。
なんでやねん!


↑目玉焼きではありません。杏仁豆腐ねっ!

食後、阪急百貨店の地下食料品で買い物。
広いけど、京都の百貨店とかなり違う。京都人的には京都のデパ地下の方がいいかも。和風の総菜、漬物のバリエーションがあまりないしね。まあ、慣れてないというのもありますけど。
ちょっと買って、京都に帰り、高島屋で買い物をして、タクシーで実家に帰ってもらいました。歩数は8000歩ぐらい。父親にとってはいい運動だったと思います。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
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シタールを聴いたら食べたくなった

2015年07月26日 06時07分33秒 | 


最近、ひょんなことからシタール演奏を聴いている。
知らずに聴いてたのですが、ラヴィ・シャンカールにシタールの弾き方が似ているのです。弾いているのが女性なんです。珍しいと思っていた。
それが、ノラ・ジョーンズの異母妹のアヌーシュカ・シャンカールだった。


↑ベジタブル・サモサ





1970年だったと思う、ラヴィ・シャンカールが日本に来ていた時は、必ずコンサートにいっていた。演奏が始まる前に、お香が焚かれ香りがしてくるのですよ。
コンサート会場でお香がとても珍しかった。
インド料理も同じような時期だった。
ロンドンではじめて食べたインド料理屋さんが「ゲイロード」だった。
帰国しインド料理が食べられるお店を探した。
神戸に「ゲイロード」の支店があった。当時三ノ宮の花時計の前あたりのビルの地下にあった。そうとう通ったと思います。色々な食べ方を研究した。レシートが40万ぐらいあったと思います。あのレシートつい最近までありました。
父親がそれを捨ててしまった。書類のキャビネットにしまってあったのに。その件に関しては絶対許しません。母方の祖父からもらった馬の革のトランクも。
ラヴィ・シャンカールのアルバムをコレクションしてあります。それはまだ実家にあると思う。


↑ダール。ホワイトライズで食べました。最近、ナンをあまり食べなくなった。きっと手が汚れ、カメラも汚れるのが嫌なんでしょう。

あの頃の神戸は良かった。
バブルの時の地上げ、ポートピア、震災で見る影もなくなった。
新幹線の工事で水まで悪くなった。
経済の発展も良し悪いしやね。
ガード下の怪しげな感じもすっかり無くなった。
港町って怪しげなのがいいのに。
グルメ現象もとても悪い影響だと思う。
違うとおっしゃる人もおられるでしょうが。


↑ガジャハルワ


↑人参の摺りおろしたモノを牛乳で煮詰めて作ります。

シタールの音色を聴いているとあの頃の風景が鮮やかに頭の中に甦りました。
そして無性にインド料理が食べたくなり、本日のようなものを食べたのです。
とりわけ、ガジャハルワ(GAJUR HALWA)というニンジンのお菓子を。
これは、お祭りとかの時のお菓子らしい。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

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