京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

神様と仏様は表裏?

2014年09月23日 04時27分47秒 | 社寺
ここは、八坂の塔の近くにある「東景寺」。
曹洞宗(そうとうしゅう)のお寺で本尊に「秋葉三尺坊大権現※(あきはさんじゃくぼうだいごんげん)」を祀っています。
※権現(ごんげん)は、日本の神の神号の一つ。日本の神々を仏教の仏が仮の姿で現れたものとする本地垂迹思想による神号である。


↑東景寺

信州で修行した「周国(かねくに)」という実在の修験者で、修行していたら突然翼が生えたらしい。でも飛べなかった。なーんや。
そうこうしている内に、どこからともなく現れた白狐に乗って遠州(現在の静岡県西部)にある秋葉山(あきはさん)にとどまったと言われています。
想像したら吹き出すような姿やね。


↑門を入ると鳥居が?

特技は、消火活動だったらしい。平安時代に御所が火に包まれそうになったとき
御所の屋根に姿を現して、火を伏せたという話が伝承として残っている。
以来、京都では愛宕神社(あたごじんじゃ)と並んで、火伏せ系の神様となったそうです。


↑八坂神社「南楼門」

八坂神社に南楼門から入る。
久しぶりだ。
平日だけど参拝の人が多い。


↑舞殿

こうやって舞殿を見ていると立派だと思った。
他の神社はここまで大きくない。
さすが八坂神社。

東の方から風が吹いてきた。
見ると扇風機があった。


↑南楼門を入った東側にこんなのがあった。

なんだろう?
扇風機に見えたのは、三つ巴紋でした。
厳密にいうとこの三つ巴紋は「左三つ巴紋」。


↑扇風機に見えた・・・

「三つ巴」というのは面白いと観じました。
三つの要素が回る、三つとは「分裂」「合成」「融合」。
右と左で陰陽を現す。
それが宇宙の法則なんだ。
三種の神器というのも同じ。
このオブジェはそれを表現しているように観じた。
我々も肉体・心・魂の三つの要素で成り立っている。
それが回転すると宇宙になる。
面白い!それで行こう・・・。

訳のわからない部分は制作ノートです。
無視してください。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (6)

カマキリ

2014年09月22日 05時06分06秒 | 
昨日、京女が「ちょっと・・・」と呼びに来た。
昆虫系が出没した感じの声。
ゴキブリでもない、カメムシでもない、クモでもない、ムカデでもない。
声の調子が高くない・・・。
ベランダを掃除しようとしていたらしい。
外に出ようとするとカマキリがいたらしい。
「メスやね」と京男。
「なんでそんなことがわかるの?」と京女。
「内股で歩いているしね(人間の女性は最近外股が多い)・・・・しかも身重だし」と京男。



捕まえてベランダから出して欲しいと依頼。
「十万ドン※でお願い」と京女。
「京女さんは、ケチね」と受け取り作業開始。
作業にかかる前に記念撮影。
捕まえるのは手で捕まえます。
ソッと傷つけないように。
京男の特技は殺気を発しないことです。
スッと捕まえます。
記念撮影をして、ベランダから飛ばしました。
ベランダ桜に無事移動しました。
目出度し目出度し。
※ドン/ベトナムの通貨。1ドン≒0.0049円



先週、京女がiPhone5を手に入れたので、小物を買いにヨドバシカメラに行くことになった。
休日なので、10時ぐらいに行く。
それぐらいの時間帯なら快適に買い物ができる。


↑なんと京女はこんなものを注文

さてちょっと早い目にランチを済ませようとなりました。
いつもの「和くら」へ。
注文したのが、逆のような感じ。


↑そえに引き替え京男は「サンマ定食」しかもライスは「小」疲れているのかな・・・。


↑でもなんとか完食。彼女の方が早く食べ終わっていた。

食事後、食料品などを買って、タクシーで帰った。
少し横になったと思ったら3時になっていた。
ちょっと疲れが溜まっているのかな・・・。
でも今日も父親を連れて区役所だ。
ヤレヤレ。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (8)

久しぶりの観光スポット

2014年09月21日 04時38分02秒 | 風景

↑八坂の塔(法観寺)


↑そういえば、法観寺に入ったことがない。最近中途半端な着物姿が目に付きます。チャンとした着物をレンタルしたらいいのに。日本人なんだろうか・・・。

昨日は、秋のお彼岸の入り、京女と二人でお墓参りでした。
母親の納骨の件をお寺に書類もらうのもあるので行く。
エライもんですね。もう涼しい。
暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものやね。
昔は、「暑さ寒さも胃癌まで」と言われた時代もありましたね。
私だけそう思っているのかな・・・。


↑真ん中のランプのマークは「州浜紋」。洲浜は三角洲など、浜辺にできる島形の洲。水の流れでいろんな恰好に変わる、それを柔軟なフォルムで捉えたまるみをおびたラインが特徴。関東に多い紋らしい。

墓地は混んでいるかと思ったけど、そうでもなかった。
年々、墓参りする人が減っているように感じます。
あまり若い年齢層はいなかった。
ということは、もうお墓に入った人が多くなったのかな?


↑ここは、高台寺近くの場所。小学校の時、よく親に連れられて来たお茶屋さんがここです。いまは、違うお店になっています。ここにあったお茶屋さんで食べていた広東料理や洋食弁当、京寿司が好きだったな。

無縁さんになるお墓が多くなったとお寺の人が言っていた。
これから墓地とかどうなっていくのだろう?
お寺も檀家が減少して経営(?)がやりにくくなったようだ。
「経営」とは、もともと仏教用語らしいです。
「お経を営む」と書きますからね。
そうそう「経済」というのも仏教用語なんです。
もっとも最近の経営者は、経は経でも拝金経になってしまっているかもね。
なさけないことです。


↑昼近くだったけど、打ち水がしてある。風情があるけど、杖をつく人もいるんだけどなぁ・・・。この道の狭さが京都的ですね。

こうやって東山の観光スポットを歩けるよういなったのが嬉しい。
歩くために3年もかかりました。
感無量です。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (6)

良い年を!

2014年09月20日 04時26分19秒 | 風景・和菓子


久しぶりに、京男関連の病院に行きました。
私の両親関係の病院ばかりだったのですごく久しぶりな感じがした。
特に整形外科の外来は久しぶりです。



この間から色々なことがありましたからね。
レントゲンの結果も問題なかったし、診察もクリアしました。
ちょうど人工股関節置換手術担当の先生の前の先生も見に来にこられた。
「久しぶり!」と京男。
「杖がずいぶん軽くなりましたね」と前の担当の先生。
「これは、女性除けステッキ」と京男。
本当は、その場の全員が笑って欲しかったのに・・・病院では受けませんね。
まあ、ちょっとうけたけど。(笑)



外科の先生たちは、明るいから好き。
内科はどうもいけません。
「ダッシュする方法」なんかを質問。
歩いていて、チャリンとボルトが落ちたりしたら、そうするのか?
なんてもの真顔で質問しました・・・笑って欲しかったな。
最後に介護の件でドクターにアドバイスして外来は終了。
次回の外来は、来年の3月!!



思わず診察室を出る時「本年は大変お世話になりました。どうぞよい年をお迎えください」と言いながら退散しました。
その後、脳神経外科の外来に移動。
またまた、雑談で薬を処方してもらいました。
こちらは、今年の12月でした。
「良い年を!」の台詞が言えませんでした。

※おまけ
いま、新しいカメラで生菓子を撮るというのをやっています。
より色っぽい画像が撮りたいのですよ。
まだ、だめです。
更なる研鑽が必要!


↑柔らかい感じがいいかもね→新型カメラ


↑京都鶴屋鶴壽庵「女郎花」


↑外郎、黒こしあん

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)

エキゾチックランチ

2014年09月19日 04時59分40秒 | 


久しぶりにトルコ料理を食べにいく。
お店は「イスタンブルール サライ」
いつもインド料理のケララからトルコの旗を見ながら、この店に行きたいと思っていた。ただ月〜金は、ランチをしていないので、なかなか行けないのです。
先日は土曜日だったので、実家の片付けの前に行きました。


↑水タバコ。アラシのより上等だ。

以前、四条寺町を北に行ったところに、お店があったのですが、ここだけになりました。なくなった方はウィークディのランチはやっていた。


↑豆のスープ

このお店は、ビルの三階にあり、外光が入るから嬉しい。
私は地下のお店とか、外光が入らない店はちょっと苦手。
なんか窒息しそうになる。
閉所恐怖症ではないけど。


↑前菜3種


↑パン、ナンよりこの方が好きかも

ここなら父親でも食べられるかな・・・。
そうそうこの間、伊勢丹の地下で「パクチー」が冷凍のカレーを売っていた。
顔見知りのお兄さんが売っていたので、売上に協力しました。
「パクチー」通販もやっているのだそうです。
激辛の「グリーンカレー」を買った。
お兄さんは、「これは辛いから、止めた方がいいですよ」と言った。
そう言われると余計買ってしまいました。
食べたけど、全然辛くなかった。
私がおかしいのかな・・・・。
でも京女も辛くないと言った。
二人ともおかしいのかな・・・。


↑シシケバブ(ラム肉の炭焼き)

写真、美味しそうでしょ。
私はカバブが好き。
やっぱり魚より肉が好きかも。

トルコと日本は、仲がいい。
以下にその関係を書いておきます。

◆エルトゥールル号遭難事件
ウィキペディアから引用します。
1887年、小松宮彰仁親王がヨーロッパ訪問の途中でイスタンブルに立ち寄った。それに応える形で1890年、オスマン帝国スルタンであったアブデュル・ハミト2世の使節としてフリゲート艦「エルトゥールル」が日本へ派遣された。使節は明治天皇へ親書などを手渡し帰国の途についたが、和歌山県沖で台風に巻き込まれ座礁沈没、特使オスマン・パシャを含め500名以上の乗組員が死亡した。しかし紀伊大島の住民が救援に駆けつけ69名が救出、報せを聞いた明治天皇は直ちに医者と看護婦を派遣、救援に全力をあげた。さらに生存者には日本全国から多くの義捐金・弔慰金が寄せられ、1891年、生存者は日本海軍の装甲コルベット「金剛」、「比叡」の2艦によりオスマン帝国に丁重に送還された。1892年には日本各地で講演を行い義捐金を集めた山田宗有がトルコに渡り、アブデュル・ハミト2世に謁見している。この事件はトルコ国内で大きく報道され、日本人に対する友好的感情もこの時より醸成された。その後日土間で国交樹立を目指す動きもあったが、不平等条約締結を求める日本と対等条約締結を求めるオスマン帝国とで交渉がまとまらなかった。


↑チキンカバブ

◆1905年日露戦争、日本海海戦で勝利したこと。
トルコは常にロシアからの圧力があり、そのロシアに勝った日本はすごいと思われている。

◆第一世界大戦後でトルコは連合国に負けた。革命後復興を明治維新に学び復興した。


↑デザート、ライスプディング?

◆第二次世界大戦の時、イギリスからの圧力で日本に戦線布告した。でも国内世論は反対だった。また実際に戦いには参加しなかった。

◆戦中に破棄された両国の国交はサンフランシスコ平和条約によって回復した。この際トルコは日本に対して賠償金その他の請求を一切行わなかった。戦後は経済大国へと発展した日本によるトルコへの政府開発援助での支援が積極的に行われており、特にイスタンブル市内のインフラの整備などに日本の多額の資金と技術が投入されている。1985年イラン・イラク戦争では、イラン在留邦人の救出にトルコ航空機が出動、200名以上が救出されたほか、1999年のトルコ大地震の際には日本からトルコへ捜索隊・救助隊の派遣、緊急円借款供与、緊急物資・無償援助、仮設住宅供与などが行われた。


↑チャイ(トルコの紅茶)

以上のことから、トルコは比較的日本に親近感を持ってくれているようです。
本日のお料理もスパイシーでなく、日本人が食べても問題ない味付けだと思います。
ギリシャ料理とペルシャ料理の間のような感じですね。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)

鮭の遡上と同じ?

2014年09月18日 04時38分55秒 | 風景
「鮭の遡上」と言っても、鴨川に鮭を呼び戻そうというプロジェクトの話しではありません。昔は鴨川の上流に鮭が産卵に来たものです。それを狙って熊がたくさん鴨川に来てたそうです。(嘘です)


↑ベランダ桜

ここ数年よくタクシーで移動します。
バスに乗るのは危険でしたから。
最近は、市バスその他のバスに乗れるようになった。
でも私が乗る東大路通を走るバスは、観光客が乗るから辛い。
荷物を持っていたりすると吊革にも掴まれないしね。
席を譲って貰える?そんなことはありません。観光の人たちは、普段は市バスに乗ることがないのでしょう。席を譲ったりする人は極めて少ない。

そんな事情もあり移動はタクシーが多い。
もう同じタクシーに乗り合わせることが多くなった。
「お客さん、もう5回目ですよ。家に帰るのですか?」というタクシーまである。
きっと同じ所で待機しておられるのでしょうね。


↑智積院

黙っていても面白くないので雑談をすることが多い。
どのような話題でも(スポーツ、芸能、ギャンブルは除く)対応するようにしている。新聞やテレビをあまり観ないけど、応対できるのが結構凄いと自分で思います。

そこで本日の記事のタイトル「鮭の遡上と同じ?」という話しを私がしました。
京都市は、スイカの種(修学旅行の生徒)が多い。
最近、タクシーで回る学校もあるそうです。
教師は、楽だろうな・・・責任はタクシーの運転手まかさだしね。
生徒の案内をすると「クタクタになる」そうです。好き勝手に動く生徒相手ですからね。
その話しを聞いて、京男は「あんな馬鹿みたいなガキでも大事にしなあかんよ。数十年後の京都市のためにね」と言った。



修学旅行のガキ(失礼)生徒さん学生さんは、青春真っ最中で一番楽しい時期。
その時期に都に上洛して観光する。彼等自身は、京都の社寺にまわっても面白いこともなんともない。ただただ騒ぐだけ。でも鬱陶しい親から離れ、いっしょに観光地を歩き回る。いろいろな馬鹿な思い出がいっぱい。
大人になり、面白くもない仕事や家庭を持ち日常を生活していると修学旅行をした小中学高校の時を思い出すのです。級友の顔、初恋の女の子や男の子を思い出す。
それと「京都」というキーワードを思い出す。
だから、修学旅行生をうまく案内することは、20年後30年後の観光客を育てていることになるのです。
地方でよく「京都に修学旅行で行きました」と懐かしい顔で話されるのは、こういう事情なんでしょう。
京都が魅力的というより、個々人の心の奥、懐かしい思い出が現実の京都より輝いて見せているのかもしれませんね。


↑もうすぐ、秋のお彼岸ですね

京都市内で生まれ、育つとどういう感じかわかりますか?
地方の方のように輝いて見えません。
観光地だってほとんど行かない人が多いかも。
行くのが恥ずかしい気分がするのです。
なら修学旅行に行った土地はどうかな?
どこか「京都の方がいい」と思っているところがあるかも。
例えば金沢あたりに行ったとしましょう。
宿の人から「どこから来られたのですか?」と聞かれますよね。
「京都市内から来ました」と言うと相手は「それはそれはこんな田舎までようこそ」と言うでしょうね。
あなたが「大阪市内から来ました」というと相手は勝ち誇ったように、自分の土地の良さを言う。みんながみんなとはいいませんが。



それぐらい「京都」というブランドイメージは強烈なんだと思う。
だから、他府県から一番いい青春の時期に来た京都のイメージは強烈なんです。
実際は、それほど綺麗じゃないのに「京都」がよく見えるのでしょうね。

鮭が自分が生まれた川に戻ってくるように、修学旅行に来た人は、帰ってくるように思います。一つの仮説ですけど。


↑わらじやの看板

京男が京都市内で思うことは、「もう少し普通の街並みが綺麗にならないのか」ということ。
ヨーロッパの都市をみていると普通の街並みが綺麗じゃないですか。
京都市内の観光地以外はとても醜い状態だと思いますね。
・電線と電信柱の多さ
・自動販売機やコンビニが多い
・英語、中国語、韓国語のアナウンスが五月蠅い
 他国でここまで親切に教えてくれる国は私の知る限りなかった
・繁華街のシャッターが目立つ
 京都でないとだめなお店が少ない
・車が多くて空気が悪い
・京都らしい食べ物がわんなのかわからない
 焼き肉、牛丼、讃岐うどん、ラーメン・・・京都らしいものなの?
・自家用車が多すぎる
・普通の町家がなくなり、コインパーキングばかりになってきた
・市電がなくなったのは、いまとなっては致命傷
もっといろいろあるかもしれませんが、普通の地方都市になりつつあるのがちょっと残念です。社寺は、それなりに形を保っているけど、つまらない行事をしたりするのもちょっと問題かも。観光客が来てくれないと困るのはわかりますが。


↑すっかり秋の空。

なんてことを話すことがありましたね。
個人の戯言だとお許しください。
おやかまっさんどした。

※本日の写真は、新型のカメラでのはじめてのテスト。おちろん性能は引き出せておりません。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)

昔、むかし・・・

2014年09月17日 03時53分52秒 | その他

↑アクションの時代

実家に行く度に整理を手伝わされる。
ホコリで喉がおかしくなりそうになります。


↑1日15時間ぐらい働いていた時代。会社でヒヨドリを放し飼いにしていたのはこの時代だ。席はここではないけど。

父親が「お前の写真が出て来た」と紙袋を渡された。
昔の写真を見だしたらだめですね。
でも怖いもの見たさもあるしみてしまう。


↑フォーク時代

結構、笑う写真が多い。
当時は、結構マジだったのがとても可愛い。
すべて二十歳代の写真。


↑マドロス(古!)の時代

写真は、退色していたので復元をしたら、余計古さが強調された。
総天然色という感じねっ!


↑刑事ドラマ風時代。バーバリのトレンチコートがまだ新しい!

その袋の中の写真を長男が見て、ため息をついた。
「どうした?」というと若い頃の京男の写真が自分に似ている写真があったらしい。
複雑な気持ちなんだろうな・・・。
「心配するな。大丈夫。お父さんのようにカッコ良くなるから」と慰めた。


↑カニ食べ放題時代。二杯分の殻が出た。カニをあれほど食べたのは初めてだった。カニはたくさん食べないと味が分からないと思いましたね。

横で京女が鼻で笑った。
そんな態度はよくないよ。京女さん。
結納の時の写真もほら出て来た。
いまの方がずっと美人になったよ。
よかったね。
いい人と出会えて。
ブツブツいわない!素直に喜びましょう!


↑カニを食べ過ぎてカニに変身した!

あの時代に戻りたくない。
いまが一番いい。
そう思う京男だった。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (8)

ぼたん鍋が食べたくなった

2014年09月16日 04時24分15秒 | 社寺

↑建仁寺塔頭禅居庵、本当は電線だらけなんですが消しました。

ここは、禅居庵(ぜんきゃあん)。
建仁寺の塔頭※。
※塔頭/本来、禅寺で、祖師や大寺・名刹の高僧の死後、その弟子が師の徳を慕って、塔(祖師や高僧の墓塔)の頭(ほとり)、または、その敷地内に建てた小院である。塔の中で首座にあるところから「塔頭」と呼ぶ説もある。



摩利支天が祀られています。
摩利支天とは、インドの神様で陽炎を神格化したもの。いっさいの災難を防いで身を隠す術が得られるといわれ、中世の武士の間で信仰が広まった。ここ一番というときに運を開き、その人の本来持っている能力を発揮させてくれる。



猪は、摩利支天のお使いなんです。
本堂に祀ってある仏像も7頭の猪に乗っているそうです。
その関係で境内にたくさんの猪像があります。



いつも書いているかもしれませんが「陽炎」の神格化というのは魅力的。
陽炎だから実体がない。
つまり、傷ついたり、マイナスの影響を受けない。
ただし、闇だけになったらどうすることもできない?
所詮、光と闇に影響受ける存在。
小細工しているだけの存在なのかも。
最近そう思うな。


↑かわいい。

そんなことを猪の狛犬(猪)を触りながら思った。
猪に乗っかっているというのも、あまりカッコ良くないしね。


↑でもこの絵馬(?)は、ちょっと凄いと思った。


↑西側の出口?

このままそっと秋になって欲しいですね。
今年は、京都のぼたん鍋が食べたいな。
他府県で食べるぼたん鍋は味噌が濃くてちょっといやなんです。
京都のぼたん鍋は、私の知る限り白味噌なんです。
白味噌で猪を煮て、紅葉おろし入りのポン酢で食べるんです。
我が家でぼ白味噌でつくります。あっさりしているからかな。残った白味噌の出汁にピーナッツや胡麻ペースト、豆瓣醤を入れ、蒟蒻やスジを入れて煮たりします。美味しいですよ。
豚でやっても十分美味しいですよ。
お試しあれ。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (2)

ショックだったこと

2014年09月15日 05時42分49秒 | 風景・和菓子
昨日は、いい天気。
湿度がなく清々しい感じだった。
京女がガラケーからiPhoneを機種変更するので、私も一緒に行った。
私の名義(涙)だからなんですぅ・・・。
「iPhone6なんでしょ」と言われそうだけど、現行のiPhone5なんです。
目的が明確であれば、新しいものに飛びつく必要はないのです。
初期不良も怖いしね。
安定して動く方がいいと選択。
悪いけど新しいiPhoneに目新しい機能はないですから。
動画もゲームもしなかったら必要ない。


↑長久堂「年祝(としのいわい)」

それからまた私の実家へ。
昨日は、敬老のお祝いを持って言った。
初歩的な補聴器を父親に用意した。
深刻じゃないけど、困っていたらしい。


↑こなし、赤ごしあん

でもね。
私の言うことを聞こえないというか、聞いても無視してくれるので補聴器なんていらないのかも。
京女と長男が聞いてくれていたから、私の方が正しいと証言してくれた。
もう・・・。



仏壇で何か違う雰囲気がしたのです。
なんだろう・・・??
仕掛けていたネズミ捕り器の扉が閉まっていたのです。
なんで仏壇の所に仕掛けていたかというと水とかお供えが倒れていたのです。
その時は、母親もまだ元気で別の場所でネズミを目撃したと報告がありました。
ピンクの象とかなら無視しますが、二人そろって目撃したから信憑性がある。
台所その他は、粘着タイプ。
仏壇の横には、金属のボックスタイプを仕掛けていたのです。
以来四ヶ月ぐらいそのままでした。



母が亡くなり、祭壇がちょっと大きくなっても隅に置いてあったのです。
フタが閉まっているということは、ネズミが入ったことになる!
恐る恐る窓から覗いた。
「???」ネズミではない?
よく観るとウロコがあるのです。
もっとよく観るとなんとヘビだった!!
ショックでしたよ。


↑ねずみ捕り器

座敷の奥になる仏壇の横に置いたねずみ捕りにヘビなんです。
ということは、ずっと家の中を移動していたことになる。
両親はそれに気付いていなかった。
なんか、ゾッとしました。


↑紫野源水「こぼれ萩」

私が見つけてよかった。
父ならペニックになる。
彼は動物に極めて弱いのです。
干支が子だしね。


↑きんとん製(白小豆粒あん入)

母が、二ヶ月前に廊下で仁王と出会ったと言っていたけど、ヘビは言ってなかった。
ということは、まだ仁王さんが徘徊しているのかなぁ・・・。
ねずみ捕りでは、ちょっと捕まえるのは無理かもね。

ヘビが入ったねずみ捕り器は、そのまま廃棄しました。
いま、新しいねずみ捕り器を通販で手配した。
仁王さんが捕まるかな・・・。

そんなことで、京男、京女、長男は、食欲が無くなり夕食は食べませんでした。
古い日本家屋、恐るべし。
そういえば、私がまだ小学校の時、ジュウシマツを飼っていた。
夜は、風呂敷を鳥籠にかけていた。
ある朝、風呂敷を置けるとジュウシマツが居なくて、ヘビが居た。もちろんお腹が膨れていたのはいうまでもない。だから籠から逃げられない状態でした。
あの時のショックを思い出した。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (8)

20世紀 VS. 21世紀

2014年09月14日 05時03分55秒 | カレー
三連休ですね。
京男は、敬老の日対応と実家の整理に追われています。
特に疲れるのは、父親との対話。
これがタイトルの「20世紀 VS. 21世紀」なんです。
時流の読み方が全く違うのです。
私が悪いのかもしれませんが、息子の言うことを信用しないのです。
話しが食い違う。


↑とりひき肉のバジルチリ炒め・ハーブ風味鶏唐揚げ・具だくさん揚げ春巻・生春巻、春雨サラダ(オプション)→京女

20世紀的な価値観を後生大事に生きている。
それでは、うまく行かないのが21世紀なのに・・・。
父親は、新聞とテレビが情報源にしている。
私は、専門家や現場、自分の直観から情報を得ている。
見ている世界が全然違うのには閉口する。


↑私ならライスを大盛りにするな

先週、取材で21世紀思考の方と話した。
私よりもっと専門家で実際に人を指導する立場の方でした。
いろいろ話していて「先生は、古いですよ。30世紀ぐらいから今をふり返るぐらいの考え方を持たないとだめ」と思わず言ってしまった。30世紀的思考ってなんだろう?
そこから、話しが面白い展開になりました。


↑春雨サラダ(オプション)

父親とは、かなりスケールの小さい目先のつまらない話し。
でも我が家にとっては大切な内容。
ただし、私は「大切」に発言しているようです。
「大切」って「大きく切る」ということですから。
遺品や遺産?も大きく切らないと未来に繋がらない。


↑鶏のトムヤムスープ

父親は、祖父が起こした会社で、ずっと経理一筋の人でした。
いい時代の会社。無借金で経費削減もなく、作ればドンドン売れた時代。
1ドル365円の時代に生きていた。


↑グリーンカレー

私は、企画・制作・情報部門みたいな仕事。
実際にいっしょに作業したら、話しが合う訳がない。
だいたい、仕事の進め方の基本を理解していないし、教えようとしても受け付けない。父親のやり方で処理しようとする。私が指摘しても無視。結果、私が指摘するような展開になってしまう。もし、父親のような人が幹部にいたら、リストラをします。「人材(財)」ではなく「人罪」だからです。
しかし、戦国時代じゃないから追い出す訳にもいかない。
おそらく日本の国中で同じような問題が起こっているだろうな。


↑カオソーイ/チェンマイをはじめとしてタイ北部で広く食べられている。ココナッツミルクをレッドカレーペーストを使用したカレーラーメン。もちろん辛く調整しました。

「国は正しい」「大きな会社は正しい」「マスコミも正しい」と純粋に思っているのですからね。
こういう国民、結構いるのでしょうね。
家畜状態の人は、自分が家畜だと気付いていない。
人に騙されている人は「自分が騙されているとは思っていない」
夢を見ている人は普通「これが夢だ」と思っていない。
覚めてから初めて「あれは夢だった」と思う。


↑服に汁が飛ばないように注意しながら食べる

そんなことを考えながら、やり方を説明したりする。
父親が電話で問い合わせをしているのを聞くとイライラします。
「○○の件は、ダメですよね・・・」などと最初からダメだと思って話す。
交渉にも何もない。
「お父さん、なんということをオヌカシなるのですか!」基本が全くできていない。未熟ものと叱ってしまう。電話をひったくって、相手と応対したりするのです。仕事でもないのに・・・。
父親から見たら、私は極悪非道な悪い奴となるのでしょうね。
こんな親に育てた覚えはないのに・・・。


↑タイ米がよく合う

同じ世代の人は、同じような問題に直面しているかも。
政治だって、会社だって。官僚や公務員はどうかな?
全体が古いかも。
区役所でボーッと仕事を見ていたら、殆ど仕事らしい仕事をしていないように見えるけどな。
もっと国民のために必死になって欲しいものです。
人数が多すぎるのかな・・・三分の一でも大丈夫そうに見える。


↑パクチー&ライチシャーベット、ここのパクチーはあまり癖がないのが不満

取りあえず自分の仕事ができないのが辛いですね。
辛いということで本日の写真は、昨日京女と食べた「パクチー」のお料理。
いつも同じような写真ですんません。
風景を撮る余裕がないのですよ。
新型のカメラが来たら、試しに写真を撮りに行きたいなぁ。

愚痴のような内容ですんませんなぁ。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (8)