京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

結納の神?

2016年02月14日 06時59分26秒 | 社寺

↑光琳の梅

下鴨神社の御手洗祭りをやる御手洗川(川だったんだ!)の側にある梅は、「光琳の梅」のモデルらしい。
尾形光琳が「紅白梅図屏風」(国宝)に描いた梅のモデルだと言われています。
ほんまかなぁ・・・。
それほど綺麗にじゃないけどなぁ。
皆さん、ブランドに弱いですよね。



この梅、花が小粒で写真が撮りにくい。
絵ならなんとかなるだろうけどね。


↑相生社

下鴨神社の楼門そばにある相生社(あいおいのやしろ)は、縁結び専門なんだそうです。だから若い女性がいつもうろうろされている。「相生」というのは、「めでたいこと」という意味らしい。
横にある「連理の賢木(れんりのさかき)」という2本の木が1本になっているという目出度い現象らしい。
植物って結構こういう現象はあるけど・・・なんて言うのは無粋か。
祀ってある神皇産霊神(かむむすびのかみ)という神さんは、「結納の守護神」らしい。でも「結納」って死語に近いですね。仲人なんかも。



参道を歩いていると気持ちいいですね。
立ち止まって上を眺めてしまう。
こういう森を拡張したらいいだろうな。
昔のようにとはいいませんが。


↑河合神社に行くまにある小川をフト見ると結構大きな鯉が泳いでいた。綺麗な水だから泥臭くないから美味しいかも・・・と不謹慎な事を考えておりました。鯉の丸揚げって久しく食べてないな。骨までパリパリ食べられる甘酢仕上げにする。
「鯉の子まぶし」というのもあったな。あれは好きじゃなかった。

「まな板の上の鯉」という言葉がありましたね。
まな板の上にのせられた鯉は、ジタバタしない・・・。
そんなことないですよ。あれは板前の腕です。中華料理だったかな包丁の背で「コン!」となぐり失神させて、手早くさばいていた。その「コン!」の時、鯉の白目を剥いたのを思えております。
日本料理では、鯉の側線器を包丁で撫でて失神させるらしい。
中華料理の講習の時は、「コン!」と殴ったはりました。
可哀想に・・・。でも美味しくいただきましたけど。



そういえば、私がまだ小学校の時、父の会社に出入りしていた業者さんが生きた鯉を持ってきてくれた。母親が困っていた。料理ができないのです。取りあえずお風呂に水を張り、泳がしてみた。でもそんな所で飼うとお風呂に入れなくなる。結局、母親が魚屋さんに持って行き、刺身にしてもらったと思う。
鮑がポストに入っていた事件も印象的だった。
ある日、家族で外出し、家に帰るとポストに異様なモノが入っていた。ビニールに濡れた石が入っている。今、思うと大きな鮑が2匹、足の方で引っ付いていた。生きた鮑なんか京都人は見たことがないから、一騒ぎ。下処理がわからず、家で飼う訳にもいかず、魚屋さんで処理してもらったと思う。



ある時、生きた車エビが届いた。オガ屑に入って。生きていた。母親が「可哀想」と言い、塩水を作って入れてやった。勿論、機嫌良く(かどうかわからんけど)生きていた車エビが全滅した。あ〜あでした。
京都人は、そんなモノ見たことがないのです。実家だけかもしれませんけど。

京女の実家は、お父さんが酒飲みで今ぐらいの季節は、毎日、蟹を食べていたらしい。だから義母さんは、蟹をうまくさばくらしい。でも鶏は触るのも嫌らしい。
各家庭いろいろですね。

和菓子
中村 肇
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↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

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雑煮

2016年02月13日 04時56分45秒 | 甘味・喫茶・その他


昨日の下見の続き。
「のらくろ」の後、加茂みたらし茶屋に行く。
さすがに、みたらし団子を食べたくなかったので、磯部の他に何かないかメニューを見ると「お雑煮」があった。



まもなく、「お雑煮」が出来上がりました。
なんとなく蓋を取るのが怖かった。



蓋をあけると海苔が見えた。
そっと海苔を食べて、下を見る。



ちょっと不思議な感じの雑煮でした。
どうやら「お正月の」というモノでないらしい。
単なる「雑煮」。
味は白味噌でした。
湯葉、麩、蒲鉾の下に焼いたお餅が沈んでいた。



お善哉かあんみつにした方が良かったかな・・・。
美味しいのですが、私の問題なのかも。
まあ、たくさんの量でなかったからよかった。
欲を言えば、練り辛子を少々入れて欲しかった。
この日は、甘味に無反応な京男であった。

和菓子
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チャップ!

2016年02月12日 05時06分00秒 | 

↑賀茂川、このまま上流に行くと上賀茂神社。

「のらくろ」に父親を連れて行くために、下見と称して食べにいく。
メニューを見て、御飯の固さなんかもチェックするのですよ。
洋食屋さんだから、一応父親の好みはあると思います。
ハンバーグ、エビフライ、クリームコロッケ、ポタージュスープ・・・等々。
なんかお子様モードですね。


↑食べ終わった時、休憩時間になったので表の入り口は閉鎖され、向かって左のところにある出入り口からでました。

いつも行こうと思うけど、時間が合わないのか、締まっている。
行く前は、電話して確かめた方がいいかも。
あの場所で次の洋食候補は「生研会館」になる。
前回はそうだった。


↑ポークチャップ



この日、私はポークチャップが食べたかった。
ポークソテーをトマトソースでちょっと煮るのかな。
これに辛子をつけて食べるのがいいんですよ。
最近、私はフライが苦手になってきているのです。


↑辛子をつけて食べるといい感じなんです

このお店じゃないけど、昔、府立大学あたりにあった洋食屋さんがありました。
ご夫婦で営業されていた小さなお店。
あそこの「レバーステーキ」が美味しかった。
レバーチャップというような状態。
御飯によく合いました。
その頃、宝ヶ池の「グリルじゅんさい」にもよく行っていた。
その時、あそこでは、いまと違って、カツ丼とじゅんさいの味噌汁が名物だった。
三十年ぐらい前は、いい店が結構ありましたね。
「グリルじゅんさい」は、まだあります。

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京都御所の形

2016年02月11日 04時11分09秒 | 風景


京都御所の建物は、さすがに細かい所まで素晴らしい。
前を通り過ぎて、何気なく見て行くと、どんどん引き込まれる。
きっと一つ一つの意匠に意味があるのでしょうね。



日光東照宮の凄さより、こういうさりげない凄さみたいなものが私は好きですね。
ちょっと押さえた美みたいなものが数多くある。
これから、春になりブラブラ歩くものいいですよ。
子供といっしょによく散歩しました。
その時、私は、裸足で歩きます。
御所の素晴らしい所は、掃除が行き届いていて、裸足で歩いても怪我をするようなものは落ちていないところです。



木々の枝振りも素晴らしいし、土もいい状態。
日光浴したりするといいですよ。
子供だって思い切り走らせることができるしね。
もちろん、怪しい人もいません。



ゆっくり散歩してみたいなぁ・・・。
最近、どうも気ぜわしい。
やってもやっても作業が減らない。
有り難いのですが・・・。
そうかよく考えたら、この時期はいつもそうか。
なれない帳簿整理とかも強いられるからかな?
昔からなんですが、数字を扱うのが辛いのです。
読字障害になってから、特に辛い作業になりました。
しかもわくわくしないですからね。
帳簿整理なんてのは。
でも私でないとわからない部分が多いしね。



ミスのなく転記する作業は緊張します。
あまりやると吐き気がしてくるのですよ。
老眼や乱視もあるしね。
でもその作業になかなか没頭できません。
日常の業務も結構この時期、あるのです。



父親が「外食の日」なんて決めてくれたりします。
この間、ちょっと切れそうになった。
「いつも閑でブラブラしている訳じゃないよ。仕事をしているのよ。外食に付き合うと半日潰れるのが辛いのよ」と言ってしまった。介護モードもかなりの負担要素ですね。まあ、まだいっしょに買い物をしたり、食事をしたり、病院に行ったりと比較的楽な作業なので贅沢言えませんけど。
ただし、ゆっくり歩くというのがとても疲れます。松葉杖の時なら同じようなスピードでしたけどね。

なんか口っぽくなった。
すんません。

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鬼門

2016年02月10日 05時23分13秒 | 風景


鬼門という考え方は、現在でも現役の考え方です。
家を建てる時は必ず出てくる。
鬼門という考え方は、中国からの輸入でなく、日本独特の考え方らしい。


↑京都御所「猿ヶ辻」鬼門の所なんです。わざと凹ませ「ここは、鬼門じゃないもんねぇ〜」と表現し、魔を惑わしている。

鬼門は、方角を示しています。
家の敷地の北東の方角に面している所を指す。
この方向から鬼がやって来る。



家の玄関が北東に向いているのは、最悪の事態になります。
「そんなこと迷信だ」と言われる人も多いと思う。
でも実際に不幸になるケースが多いのです。
ひょっとして、ドイツの心理学者カール・グスタフ・ユングの言う集合的無意識ということなのかもしれない。
神社でも、例えば稲荷神社は全国たくさんあります。でも御利益が多いのは、伏見稲荷大社が一番御利益が多いらしい。それも、人間が「やっぱり伏見稲荷大社にお参りすると願いが叶う」という集合的無意識のエネルギーがあるのかもしれません。


↑申(猿)が守っています。網は申が逃げ出さないようにしてある?

方角を昔風の十二支で表すと鬼門は丑寅。その反対の方角が未申となる。
だから本日の京都御所の写真の北東角に凹んだ角を作り、その名も「猿ヶ辻」と名付けられている。もちろん木彫りの申が鎮座している。



そうそうこの鬼門は、玄関の他に、便所、風呂、台所など水を扱う場所を置くのは避けないといけないとされています。
それと鬼門と準じる裏鬼門というのもある。裏鬼門の方角は南西。
もう済んだけど、恵方巻を食べる時、間違って南西を向いたらエライ事になるんだろうか?


↑清水谷家の椋(むく)

もっとややこしい話があります。
この鬼門方向にいるのは、艮の金神(うりとらのこんじん)、別の名前が国之常立神(くにのとこたちのかみ)。別の呼び方をすると造化(ぞうか)の三神(さんじん)の独神(ひとりがみ)で在る。天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)でもあり、伊勢神宮外宮の祭神である豊受大神(とようけのおおかみ)でもあります。
元々地球は、国之常立神が統治していたのですが、あまりにも厳しく統治したので他の神々からクレームがでたので、ならと国之常立神は、統治する立場から退位した。その瞬間、悪い神が閉じ込めて鬼門に閉じ込めた。そして呪いを掛けて出られなくしているのだろうです。
その呪いの影響で鬼門はよくないとなったらしい。
そうなら鬼門の奥には、強力な神がいることになる。
節分の行事で、いっぱん民衆に「鬼は外!」と豆をぶつけて、出て来ないようにしているのだそうです。
なら、国之常立神を眠りから覚めさせれば、地球はいい星になる?



でも現時点では、鬼門の方向に玄関やトイレを作ってはいけません。
エライ目にあいます。
商売なら会社が傾きます。


↑小学校ぐらいの時は、よくここでメダカを捕ったり、船を流したりして遊んでおりました。いまは、そんなことをしたら警報音とアナウンスが流れます。なんかいやな世の中になりました。

全然関係ないけど、「北枕はよくない」と言いますよね。
つまり、北に枕を置いて寝ては行けないと。
これは、逆なんです。
寝るのにいいのは、北側に枕を置き、右脇腹を下にして寝るのが一番いいのです。私はそういう風にして寝ています。
地球の回転と地場の影響らしい。

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レベル低く

2016年02月09日 05時18分20秒 | 風景・和菓子


投票率が35・68%で、過去(応仁の乱以降じゃないと思うけど)4番目の低さだったらしい。
市民の意識がとても低い。
皆が平等に選挙権を得ているにもかかわらず、参加しない市民が約64%いるということになる。先人達が苦労して得た選挙権を放棄している。



国政選挙でもそうなら問題かもしれない。
もっと真剣に自分達の市や国のことを考えた方がいいですね。
権力者には、とても楽な国民でしょうね。



これは権力者が悪いのではない。
国民が悪いのだと思う。
街を歩く多くの「ながら族」のように、自分の行く先を観ていない。
信じるものは「オカネ」だけ。
そのツケは、自分達に返ってくるだけでなく、子孫にも廻るだろう。
いまからでも遅くない、しっかり目覚めましょう。
寝ながら一生過ごしたらいけませんね。


↑千本玉寿軒「乙女心」

若い世代のみなさん、年齢だけ上の世代の真似をしてはいけませんよ。
彼等がやりたくないこと、できないことをやる方がいい。
しっかり学び、行動してください。
60歳より上は、自分達のやったことの結果を見ないで死にます。
だから結構無責任、しかも自らの成功体験をもう一度体験したいと画策している。
それは、無理な願望です。時流はもう変化しているのに。
老人の甘い言葉に惑わされないように。


↑名前の通り、バレンタインに対応している生菓子らしい。買うのが気恥ずかしかった。


↑きんとん、粒あん

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こういうランチもいただきます

2016年02月08日 05時23分56秒 | 
なにかバタバタしている。
時間が矢のように過ぎ去るように感じる。
「光陰矢の如し」という文字そのものの毎日。
「荒淫矢の如し」ならいいかもしれないですが・・・。



昼間そういう状態で日が暮れると疲れてしまう。
体力の復元力が低下している。
そんな時、こういう杉苔を見ると元気をもらえる。
よくみると綺麗です。



先日、外でいろいろ作業をして、気が付いたらランチタイムが終わっていた。
お腹がさほど減っていない状態が続いているので、気にならないけど、ちょっと水分とかを摂らないといけません。
そういう時、こういうハンバーガーなんかも食べる時がある。



私としては珍しいことなんです。
でも時間がないから仕方ない。
ここはモスバーガーです。



フライドオニオンが好きなんです。
天ぷらも玉ねぎが好き。
チャウダー系のスープなんかも飲みますね。



ハンバーガーは、滅多に食べないけど。
そうか!
フライドオニオンとチャウダーだけを注文して食べればいいんだ。
悲しいな、いま気付いた。



小学校ぐらいまであれだけ苦手だった玉ねぎやチャウダーが食べられるようになった。大人になったものです。
なんか大層やね。
長ネギなんかもそうです。
ニンニクは、中学三年ぐらいから食べるようになった。
変わっているでしょ。

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懲りました!

2016年02月07日 06時02分45秒 | 洛外・食

↑三番街のカンテグランデの店に入るのは久しぶりかも。結構混んでいた。

昨日、京女と話していて大阪に行く事になった。
大阪に行ったのだから梅田近辺の百貨店のバレンタインチョコ調達に付き合う。
行ってびっくりした。
広い会場に女性がごった返していた。




↑タンドリー・チャパティ

京女が欲しいメーカーのチョコレートが見つからなくて困った。
私が「スンマヘン、ちょっとモノをたんねます。○○の△△□□のチョコはどこで売っておりまっしゃろか?」と手人さんに質問。
黒づくめでオマケにサングラスをつけて聞きました。
ちょっと小指を立てたらよかったかなぁ・・・。
店員さんは、丁寧に教えてくれた。
「オオキニ、ありがとうさん」
そして京女に「姐さん、向こうにあると、このお姉さんが言うたはります」と言いそうになった。


↑カレーに付いているサラダ

ところがです。
人ゴミで向こうになかなか辿りつけない。
異常な人数です。
私は、そういう状態が辛い。
しかも、おばはんの群れ。しかも甘いチョコをもとめて並んでいたりする。
きっとこの人たちは、カカオ豆を採るため過酷な労働条件で働く幼い子供のことなんか考えないんだろうな。


↑チキンカレー、このカレー昔、インド料理がわからなくてスパイスをいろいろ入れてカレーを作っていた頃の味だ。

右手がグーになり、左手はステッキを振り回そうと力が入る。
手を押さえるに、精神力を総動員しておりました。
しかも暑いから汗が全身から出て来ます。
京女もかなり消耗したと思います。
やっぱり二人は京都人やね。
ああいうややこしい状態に極めて弱い。


↑京女発注「ココナッツ・カレー(グリーン)」

目的のモノを買ったので、速やかにその場を離れました。
京都の百貨店ならあんなに混まないと思う。
大阪恐るべし!


↑アニス・チャイ。ホッとのチャイをこういう感じで飲むのがいい。

本日の写真は、大阪梅田の三番街のカンテグランデ。
本店に行こうと思ったのですが、大阪に行った時点で気力が萎えてしまって三番街ですませました。
昔々、太融寺方面に行く地下街にあった頃は、よくお茶を飲みに行った。
茜屋珈琲店も久しく行ってない。まだあるだろうな。当時でも一杯500円だった。
40年前ですよ。凄いことです。ガード下の定食が120円で食べられた時代にです。

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大元宮

2016年02月06日 06時45分15秒 | 社寺


今日は、吉田神社の節分風景写真です。
行く予定じゃなかったけど、足慣らしのために坂をあがってきました。
よく考えたら、私の住んでいる辺りもこの程度の坂で、慣れているといえば慣れている。



この吉田神社の大元宮は、節分の時に入れるのだと思う。
ここが結構お気に入りの場所なんです。
本殿が八角形と後房が六角形になっている不思議な建物。
その周りに延喜式内社全3132座の天神地祇八百万神が祀ってあります。
いっしゅの場をつくっているのでしょう。


↑棒状のものが「厄塚」心の中の鬼を封じ込めてくれる。





いまは、どうか知らないけど、吉田神社は、憑物を落とす特殊祈祷をしていたそうです。
六角形の後房で行われていたと文献に書いてあります。
狐憑き、犬神憑き、蛇憑き、狸憑き等を落としていた。
落としたもは、塚に封じ「○○明神」というような神さんとして祀り、悪さをしないようにしていたかも。
ここは、そういうエネルギーを制御するようにつくってあるように思う。


↑方相氏像、こういう風にコインを置くのは止めてほしい。なんか汚らわしい。取り除こうと思ったけど、馬鹿らしくて止めた。


↑火炉祭(かろさい)の炉。古い御札をここで焼きます。去年、後の灰の問題で揉めました。結果、こんなに小さくなりました。




↑ここは、菓祖神社。お菓子関係の人はお参りしなくてはいけません。

本当は、吉田神道のことをゆっくり書きたいのですが、面白くないでしょうから止めておきます。普通の神道とはちょっと違うのですよ。
ここで幼稚園の時から遊んでいました。
あの頃、本物の鹿がいた。

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聖護院門跡の節分風景

2016年02月05日 04時03分14秒 | 社寺


先日、門のところの鬼だけ登場させましたが、境内の風景はまだでした。
2月2日の風景です。
午前中だったので、まだ行事もされていないくて静かでした。



梅の花もきれいに咲いていた。
この聖護院門跡は、実家の近くなんです。
だから、小さい時の遊び場所だった。
近くに吉田神社や金戒光明寺(黒谷さん)、浄土寺、京都大学、平安神宮、美術館、動物園、南禅寺、左大文字、銀閣寺、哲学の道・・・全部が遊び場所だった。
すごいでしょ。観光地ばかり。





昔は、いまと違ってもっと自由に遊べたのです。
市電も走っていたしね。
昔から比べると社寺が下品になってきたように思うな。
なんかやたら観光客に媚びている。
またやたら土産物があり、なんかガチャガチャしてきている。





観光客が多すぎるのもいけないのかも。
いま、敬老乗車証が問題になっているけど、市長に言いたい。
「東大路を走るバスに老人が乗れる状態でないじゃないか」とね。
来るバス、来るバス、満員状態なんですよ。
これなら敬老乗車場を発行しても、老人は乗らないだろうな。
高齢者には、タクシーの割引サービスをした方がいいように思う。



聖護院門跡に話しを戻します。
ここは、本山修験宗総本山で、京都の社寺で護摩焚きをする時、ここの修験者さんがくることが多いです。
この間の建仁寺塔頭「禅居庵」の護摩焚きの時、ここから修験者さんがきたはったけど、ウィークディだったから若い人がいなかった。
問答の時、台詞を忘れて・・・ひやりとさせてくれたなぁ。
修験者の世界も高齢化が深刻なのかもね。
後継者育成、顔晴ってください。

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