京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

献杯!

2015年05月23日 05時05分51秒 | 
過ぎし日を忘れ
来たるべき日を思わず
ただ今この一瞬を
あなたと共に生きている
すべての生命に
献杯!


↑献杯のビール。もちろん飲んでおりません。

本日の写真は、テストウォーク成功祝賀会の料理ではありません。
先週末に、参加した法事の食事。


↑今回は、たん熊北店のお料理でした。ひさしぶりにいい出汁に出会いました。

京女の伯父さんと伯母さんの法事でした。
彼岸に引っ越しする人が多くなってきた。
順番を違えていないので、よしとしないといけないのでしょう。
でも此岸に取り残された人間としては寂しいものです。





京女の婿として出席する訳ですが、当然のことながら知らない人ばかり。
どうも落ち着きません。
などといいながら、結構大きい顔をしているけどね。



今回は、小さなカメラを査定中だったので大きなカメラを持って行く。
料理ばっかり撮っているのも居心地が悪い。
そこで各テーブルを撮影しておりました。
こんな上等なカメラで写真を撮ってもらっているとは、理解していない人たちを撮影しておりました。





「やきまわしてね」とあるオッサンが言った。
カメラを持って回ったろかと思たけど、雅満雅満。
後日、その写真を最新のMacでPhotoshopでトリミングしたデータをUSBメモリでヨドバシカメラに持って行き、自分でプリントアウトした。
家でプリントアウトしたらインク代が高くつくんですよ。



家のプリンターより早く綺麗にプリントできるのには、ちょっとびっくりした。
しかも安い。
フイルムカメラが無くなる筈だ。
できあがった写真を違う日に、京女に実家に届けて置きました。



宴会場で小さな女の子が近づいてきて「杖どうしたの?」と不思議そうに聞いてきた。
「もういらんようになったんや。すごいやろ。脚の中にモーターが入っている。はずしてみせたろか?」と言うと、驚いていた。
きっと彼女の頭の中で「モーター脚のおっちゃん」と記憶されただろうな。

※献杯/法事の時の宴会の乾杯の時、相手に敬意を表して杯を差し出すことをさして献杯(けんぱい)と言います。ムチとロウソクを使う時は「変杯」。他にも頭に浮かんだけど、書くのを止めときます。
コメント

テストウォーク・・・終了

2015年05月22日 05時16分24秒 | 風景・和菓子
さてやっとテストウォークの最終回です。
記事が長くなってしまいましたね。
でも私にとっては、とても大切なイベントだったのです。


↑やっと降りてきた!

魔王殿で休息し、いよいよ貴船までの厳しい行程。
杖を登場させました。
本当は無しで行きたかったけど、危険過ぎるので投入。
それは想定していたので、伸縮式の登山用のものをデイパックにつけておいたのです。初めての行程じゃないので予想はできますからね。その予想を無視して何が何でも「根性でやるんだ!」ということはやらない。もしものことがあると元も子もなくなりますからね。
別に他者と競争している訳でない。あくまで自分自身だけの問題ですから。
自分の奥の奥の存在との約束。


↑川のパワーをもらいました

細くて厳しい下りを慎重にいきました。
後ろから来る人、登ってくる人に道を譲りました。
「こんにちは。お先にどうぞ」と言いながら。


↑奥ノ院橋。こちら側から行くと右の建物で料金を払います。降りる時はとられませんけど。「ここから出るのには1,000円必要です。嫌なら戻ってください!」と僧兵のカッコをした人に言われたら、払ってしまうだろうな・・・。「未来くん※」みたいなユルキャラなら蹴倒して通るけど。
※未来くん/昭和の終わりに開催された「京都国体」の牛若丸のマスコットのこと。植物園に行くとまだ見ることができます。不気味な雰囲気がするキャラ。「たわわちゃん」に比べるとマシかな・・・。

貴船の川の音が微かに聞こえ、水の匂いがして来た時、二人のカップルとすれ違った。女性は、なんと街中を歩くような服装と靴だった。
きっと男性がデートに誘ったんだろうな。
女性がブツブツ文句を言いかけていた。
まだ、こんなところで言っていたら魔王殿や本殿に行き、鞍馬の駅に降りることなんかできない。この男性は、この女性を背負って歩けるだろうか?
「無理だから引き返しなさい」と言いそうになったけど、余計な干渉は不要と内なる声が言った。きっと彼等はこれが元で別れるかもしれないけど、それも人生。局面局面で良し悪しを判断するのはいけないしね。
デートなら車で貴船神社に行き、川床料理を満喫レベルにしておいた方がいいでしょう。


↑叡山電車「貴船駅」、出町柳方面から電車が入ってきました。

なんて考えている間に、やっと貴船川の奥ノ院橋のところに来た。
ほっとしました。
普通なら、100メートル先の貴船神社に行くところですが、叡山電車「貴船駅」まで2キロメートル歩かないと行けないからです。


↑一瞬ですが、新緑トンネルがあります。

だから駅の方に向かって歩き出す。
途中で道路沿いのところでストックを洗い短くしてデイパックに収納。
もう杖は入りませんからね。
するとまもなくバス亭らしきものが見えてきた。
ひょっとしてと思い、時刻表を見ると、すぐにバスが来そうだった。
ほどなくバスが来た。これは、ご褒美だと思いましたね。
バスに乗り貴船駅まで行く。
乗っていると結構な距離があった!


↑亀屋良長「つつじ」

後は、ホームに立っていると鞍馬方面行きの電車が来た。
このあたりは単線なんですよ。
ということはすぐに戻ってくるということ。
後は座って出町柳駅まで行けた。
途中、新緑のトンネルが綺麗でした。
写真の席に座れたけど、西日が暑そうなので反対側に座っていた。


↑きんとん(つくね芋入り)、粒あん

出町柳駅から京阪電車に乗り換え、三条京阪駅で降り、時間は、もう2時を過ぎていた。
朝、パンと珈琲だけだったので、やっと飲み物と食べ物です。
食べたのは、篠田屋の「皿盛」。


↑篠田屋「皿盛」、やっぱり普通のカレーライスにしたらよかった。

色んなことを身体を通じて学んだ気がします。
次回は余裕をもって行きたいな。
当分、遠慮しますけどね。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (3)

テスト・ウォーク6

2015年05月21日 04時10分00秒 | 風景

↑ツルツル状態が痛々しい

正直いうと本殿前で悩みました。
「進むか」「撤退か」と。
本殿から貴船までの道は、いままでの道とは違う。
整備はされているが、いままでの道とあきらかに違うからです。
頭の中で「進む派」と「撤退派」が議論している。
最後にどっからともなく「どうせ行くじゃない。行ったら」と聞こえた。
もちろん、本殿方面から聞こえたのではなく、自分の心の奥の奥からです。



本殿から奥の院までの写真が極端に少ない。
まあ、風景が陰気なのと撮影する余裕がなかったのが原因。
しかも、カメラは、小さいサイバーショットDSC-RX100M2で撮影していた。
DSC-RX1Rは、結局デイパックの中に入れたまま帰宅することになった。



「進む」と決定したということは、無事歩いていけるとのことと確信。
「木の根道」を歩きだしました。
木の根道で気付いたことは、木の根が可哀想にすり減ってツルツルになっていたこと。それだけ人が多く通るようになったのでしょうね。
こうなる前に保全の処置をしたらよかったのかも。


↑奥の院魔王殿

かなり歩き、奥の院魔王殿に着いた。
懐かしい。やっとこれました。
急に思い付いて動いたから、魔王※さんに手土産を持ってきてない。
雰囲気がどうか気になっていたのですが、あまり変わっていなかったので安心しました。ここまで来るにはそれなりの道を歩かないといけませんからね。
※魔王尊/魔王というとなんだか悪い魔法使いの王さんみたいやけど違うんです。650万年前、金星から地球のここに降臨した霊王なんです。パワーが絶大で破壊と創造を司る存在。ヒンドゥー教のシヴァ神に似ている。



魔王殿では、結構休みました。
貴船までゆっくり休息を取る場所はないですからね。


↑デイパックにストックが装備してあるでしょ。この後、役に立ちました。

最初にここに来た時のことを思い出していた。
あの時は、セミナーの一環で来た。
なんとスーツを着て、ネクタイをしていたんですよ。
もちろん、靴は革靴!
主宰者の先生は、子供を連れて来ていた。
ここで、その子供に「柵をくぐって石を拾って来い」と言っていた。
それを呆れて見ておりました。
それから30年近く時は流れ、その先生は亡くなり(その件でバチが当たったのではありません)その時、柵をくぐった子供が後を継いでいるようです。本人は憶えてないだろうな。



そうそうここで怪しい行者風の人間が日本刀を抜いて何かしているのも目撃しましたよ。日本刀に魔王尊のエネルギーを入れようとしていたんだろう。ここは、変わった人が来ていますね。
「そういうあんたも変わっている」といわれればしかたないけど。



さて、ここまで来たらもう後戻りはできない。
貴船に向かって降りていきます。
ここで残念ながらストックを取り出し長さを調節して降りて行きました。
カッコをかまっている場合ではなかったのです。
貴船に降りるまで写真を撮る余裕はなかった。
次回に続く。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otokoテスト・ウォーク6
コメント (4)

テスト・ウォーク5

2015年05月20日 05時20分23秒 | 社寺
やっと本殿金堂のところに到着。
やった!
よくここまで来たと思う。



ここからの眺めはすばらしい。
しかも新緑シーズン。
空気も美味しい。



ケーブル休止効果もあり、本殿金堂の前は、人が少なかった。
昔なら、広場?前の三角形がパワースポットといい。
その上に立つ為に若い女性の行列ができていましたね。
△がパワースポットとして、若い女性はなにを望むんだろう?
地球と人類の調和?皆の幸せ?
なんだろう?


↑本殿金堂。実は中に入っていないのです。続行か中止か頭の中で大論争をしていた。いい風景もあまり見ていないんです。

本当のパワースポットがあるとして、それはなんだろう?
個人でいうなら、自分自信のパワーをアップしてくれるスポット?
昨日、書いた六根清浄でなかったら、清浄でないものがパワーによって顕在化する危険性もある。
パワーそのものに善悪はないと思う。
ここは、地球外から「尊天」が来たと由来が書いてあったように思う。


↑以前なら下の三角形のところに、女性がパワーをもらおうとして列をなしていた。そうか!あの三角形のところに立ったら、後半の行程が楽になったかも。でもそんなバカなことはできない。逆に立っていたら後半を歩けてなかったかも。

鞍馬寺は、最初毘沙門天をお祀りするのが始まりで、真言密教系から出発。
鑑真の高弟・鑑禎が宝亀元年(770年)に鞍馬山にお堂を建てたことから始まったそうです。
後に延暦15年(796年)、藤原南家の出身で造東寺長官を務めた藤原伊勢人は、自分の個人的に信仰する観音を祀る寺を建てたいと考えていた。夢を見て鞍馬山に来たら毘沙門天を祀ったお堂があった。「なんやこれは?」夢では観音を祀れとあったのにとクレームした。また夢で「伊勢人さん、違います。毘沙門天も観音も同じなんです」とのこと。それならということで伊勢人さんは、千手観音像をつくった。


↑本殿前の「阿形の虎」狛犬ならぬ狛虎。

時代は、過ぎて9世紀末の寛平年間(889〜897年)東寺の僧・峯延(ぶえん)が入寺したころから、鞍馬寺は真言宗寺院となるが、12世紀には天台宗に改宗し、以後の鞍馬寺は長く青蓮院の支配下にあった。
『新・平家物語』で青蓮院に義経や反平家の人が出入りするのは、そういうことなんです。


↑「呍形」の狛虎。ここの虎は、劇画っぽいね。

戦後(保元・平治の乱とか応仁の乱じゃなく、太平洋戦争)に天台宗から独立。独自の形態になったそうです。
その時に「魔王尊天」という概念が出て来たようです。間違っていたらすんません。
本殿金堂の中での仏像の配置が中央が毘沙門天、右に千手観世音、左に魔王尊を配置してあるそうです。この3体の像は、秘仏で60年に一度丙寅の年のみ開帳です。次回は、2046年!!ちょっと無理やな。
そうか2106年か2166年に残念ながら、またこの世に転生していたら行けるかな。
この3体を三位一体として「尊天」となっているようです。


↑どうしようか迷ったけど、いままでの行程を戻るもの辛いから、奥の院まで行くことにした。

ここまで書いて結構頭の中がアイデアでいっぱい閃いてきた。
書いたけど、記事とは関係なくなるので削除しました。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)

テスト・ウォーク4

2015年05月19日 04時46分17秒 | 風景・和菓子


さて2日休息し、テスト・ウォーク再開。
もう少しで本殿金堂という地点です。
この日は、真夏日でなかったからよかった。
もし暑かったら金堂から引き返していたと思う。



ふり返ると凄い階段。
ケーブルが動いてないから帰るにしても降りなければなりません。
下り坂の方が楽でない。
考えても仕方ないので、歩き出した。



懐かしい巽の辨財天。
久しぶりです。
手土産を持ってきたらよかった。
今回は、急に行くとなったので清浄歓喜団を用意できなかった。



ここの楽しみは、水琴窟なんです。
音を聴いていると涼やかになる。



やっと金堂付近まできました。
ひらけた景色を見ると気持がいい。
奥の院への道では、こういう陽的景色はないですからね。
鞍馬山の道は、陰陽を体験できる。
その中を歩き、意識を陰陽どちらでもない状態にするための道かも。
前半の陽的行程だけ行って、エネルギーをもらうだけではだめなのかも。
陰的行程でエネルギーを放出するのがいいのかも。
「阿吽」と同じ。
吸収と発散を繰り返し「六根※清浄(ろっこんしょうじょう)」に到るのかも。
※六根/1.眼根(視覚) 2.耳根(聴覚) 3.鼻根(嗅覚) 4.舌根(味覚) 5.身根(触覚) 6.意根(意識)



そんなことを感じながら歩いておりました。
一人で歩くと表面の自分と奥の自分の対話が容易にできます。


↑千本玉寿軒「藤浪」

藤棚がありました。
もうすぐ金堂だ。


↑外郎、白こしあん

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)

このレベルの辛さならどうやろ?

2015年05月18日 04時16分26秒 | 
昨日のついでに食べ物ネタ。
私としては、いまのような時期、スッパ辛いものが食べたくなる。
今日のようなタイやベトナム系の料理に父親を連れていけない。
原因は、ライスにある。


↑きれいやなぁ〜

タイ米やインディカ米には、抵抗ある世代なんですよ。
私は、全然OKなんですけど。
でも一度父をつれて行ってみたいな。
私が汗をかくレベルの辛さを体験させてみたい。
昨日の激辛麻婆豆腐が食べられたから問題ないと思う。


↑三条パクチー「グリーンカレー」御飯大盛り、春雨サラダはオプション。もちろん辛口にしてとリクエスト。

ただ、咳き込んだら文字通り辛いことになる。
何回もそういう目に遇っていますからね。
ライス的に抵抗あるなら、父が好きな麺系ならいいかも。
ラーメンが好きですから。
それも私が苦手な豚骨系のラーメンを好みます。
行きたいらしいけど、どうしても私がダメなんです。


↑春雨サラダ、ナンプラーをかけていただきます。

親子でも全然好みが違う。
今日のタイ系屋台料理は、京女と二人で行きました。
夫婦ですね。
同じ時期に食べたくなります。
家でもグリーンカレーを作ったりする。
京男&京女だから、おばんざいや京料理を食べているとは限らない。


↑京女注文「プーケットランチ」

朝食だってパンですからね。
京都市民は、日本全国で一番パンを消費するそうです。
朝からパンが多いんです。
パン屋さんも多ししね。
しかも京都市内の主婦は、手料理をあまり作らないと思う。
デパ地下に行くと主婦がサラダとかおかずをいっぱい買っています。
サラダぐらい家で作ったらいいのに・・・と思いながらも、買っている自分がいたりする。


↑鶏のトムヤムスープ、いい色しています

昔、錦市場が「京の台所」だった時も(いまは、観光スポット)、焼き魚やおかずをたくさん売っていた。
それを主婦が買っていました。
京都の主婦は、手作りをあまりしないかも。
特に年寄りといっしょに暮らしていない家庭ではね。
他府県に行くとその家の主婦がお漬物を漬けたり、手作りの料理でお客様をもてなしてくださるのにビックリしたものでした。
京都市内では、手料理をお客様に振る舞うのは失礼なことだと思っていた。
だから、昔、京都市内には、仕出し屋さん、お寿司屋さん、うどん屋さん、洋食屋さんがたくさんありました。
もてなす側の家族は、「いいなぁ〜」と思いながらお茶漬けを食べておりました。
「京のお茶漬け」の実体は、そうなんですよ。(笑)


↑美味しいなぁ〜

我が屋の場合は、子供が4人もいたので外でおかずを買うわけにいかなかった。
私が作っていたりすることもありました。
お客さんが来られた時は、パスタなんかが多かったかも。
ピザだって生地から作っていましたね。
包子も美味しかった。自分の包子が一番だといまでも思っています。
研究しましたからね。


↑タイ紅茶のゼリー

写真(本日の写真は三条パクチー)と記事があまりリンクしていませんね。
まあ、いいや。
明日は、鞍馬山テスト・ウォークにもどります。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (6)

この程度の辛さは大丈夫?

2015年05月17日 04時29分45秒 | 
テスト・ウォークシリーズ?はまだ続くのですが、絵的にちょっと飽きてきました。
食べ物ネタを少々。


↑四川麻婆豆腐ランチのスープ

先週の父親との外食&買い物です。
今回は、京都駅方面でした。
「麻婆豆腐でいい?」というと「いい」との返事」
ということで新・都ホテルの四川に行きました。
ここは、結構打合せで使うので様子がわかっているので安心。


↑ランチのおかず、あっさり海老炒め。野菜を食べさせていただきました。

父に聞くと「四川」は行ったことがないとのこと。
実家的にいうと蹴上の都ホテル(現・ウェスティン都ホテル京都)の方が近いから、そちらに行っていたかも。
父方の祖父母が健在だった時は、父の兄弟が多かったのでお正月は、都ホテルで新年会だった。
そんな関係で京男&京女の結婚式・披露宴は都ホテルでした。場所は葵殿。バブルの頃でした。
最近は、蹴上の都ホテルは、系列が代わり、オリジナルは新・都ホテルだと思います。


↑激辛陳麻婆豆腐、京豆腐使用。一口食べました。

実家の場所からすると京都駅は、とても遠く感じるのです。
京都駅に行くのは、年に1回ぐらいだったと思います。
どこかに旅行に行く時か、丸物(まるぶつ)※に小学校の夏休みの工作がいつも展示されていたので行くぐらいだった。小学校の時は、勉強は全然しなかったけど、図画工作と音楽(当時、声がウィーン少年合唱団みたいだった。いまは、ただ単に声が大きいだけですけど・・・。当時授業中によくみんなの前で歌わされるのがいやだった。あれで快感を感じていたら、その後の人生が変わっていたかもね)だけだった。
行くのは、もちろん市電に乗ってでした。遠く感じましたね。
※丸物/1920年京都物産館(いま考えるといい名前なのに)→1930年丸物と改名→1977年京都近鉄百貨店になる→2007年閉店→2010年京都ヨドバシカメラになる。近鉄の頃は、地下によく買い物に行ったものです。


↑担々麺、注文は京男。半分だけ食べました。

話しを元に戻します。
ホテル好き(?)の父は、お店を気に入ってくれました。
電話をして席を確保しておきましたかね。
悲しいのは、ア・ラ・カルトを注文できないことです。
父は、あまり食べられないから。


↑写真がなんとも美しい!杏仁豆腐。半分いただきました。

でもよほど気に入ったのか、麻婆豆腐や担々麺を食べました。
しかもビールと御飯も食べていた。
私は、二番目の写真の野菜(堅いから父は食べられない)と担々麺半分、搾菜、マーラーカオだけ。
子供を連れた母親の気持ちがなんとなくわかりましたよ。


↑マーラーカオ(中華風蒸しパン)、アツアツフワフワが好き、2切れいただきました。

その後、ズボンやマフラーが欲しいというので、買い物をし、最終的に食料品を買ってタクシーで帰りました。
でも半日が終わっていました。
鞍馬寺より違う意味で体力を消耗させていただきました。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)

テスト・ウォーク3

2015年05月16日 04時21分04秒 | 社寺

↑「たかすぎ〜たかすぎーぃぃぃいたかすぎ〜♪ 」
関西ローカルCMでおっさんが杉に登り、隣の木にロープでターザン状態で飛び移る画像でした。それを思い出した。(笑)あのおじさんを祀っているのかな・・・。
そういえば、二つ目の会社でアルバイトを使っていた高杉君があそこの息子だった。思わず、歌ってしまった。
こんなことを書いていても、わかってくれる人はごくわずかでしょうね。


↑冠者社


↑岩上社

今日の写真は、坂と階段がきびしく、撮影をする振りをして休んでおりました。
ベンチがあれば座ったりしました。
無理は禁物ですからね。
まあ、やることそのものが無理だと言われればそうだけど。


↑白長弁財天社


↑川上地蔵堂


↑義経公供養塔

小さな末社は、他にもありました。
でもゆっくり見る余裕がなかった。
一番、身体がキツかった時だったのでしょうね。



もうだめと思う瞬間もあった。
でもその都度、グリーンのパワーをもらい回復するのです。
鞍馬寺は、山全体がパワースポットなのだと改めて実感しました。
次回に続く。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)

テスト・ウォーク2

2015年05月15日 04時25分11秒 | 社寺


昨日の続き。
一応拝観料を支払い、仁王門をくぐりました。
ちなみに、山頂の本殿までケーブル2分と徒歩10分。ケーブル無しだと徒歩30分らしい。当然道は平坦ではないです。
このケーブル、行った日から改修工事に入り、完成は来年3月(!)までらしい。


↑町石

この「町石」の前で文字を読むふりをして、「続行」か「帰る」か考えていた。
これからの行程は、わかっているのですよ。
ケーブルに乗らないで歩いて頂上まで行ったら、残りの行程がかなりキツイ。
この時、思い付いたことがあります。
「飲み物がない!」もちろん「食べ物」も。
朝、5時半ぐらいにエスプレッソとパン一切れを食べただけだった。
ここまで来たら自動販売機やコンビニはない。
頭に「熱中症」と浮かんだ。
でも頭の奥から「あほか!」と返事が帰ってくる。
確かに「熱中症」なんかになる訳が無い。
最近テレビで騒ぎすぎる。ああいうマイナスの暗示はよくない。
不必要に不安を煽るのがマスゴミ。
自分の身体の声を聞くのが一番。
そういう意味の「あほか」だった。
それに水なら鞍馬山は湧いている。
義経が飲んだ水だってあるしね。




↑「虎ひしぎ」モードON

頭に「鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官(くろうほうがん)」「義経、義経」と来た。
それが「鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官義経」なら「……弁慶」で中止でした。
こんなの殆どの人は、絶対わからないだろうなぁ・・・。
青菜を読むとわかります。私は聴き直しましたけど。





なんてことを頭に浮かんだ。
魔王尊さんにもお願いしておこうっと。
魔王というても悪いお人と違いまっせ。


↑由岐神社(ゆきじんじゃ)



それから先月実際に学んだ「虎ひしぎ」のスイッチをONしました。
まだ、色々試さないとだめだけど、確実に有効だと思います。
脳の中にあるスイッチを入れるというのは面白い。
スタート!


↑由岐神社本殿、色んな張り紙が汚いかも。天狗みくじもない方がいい。立派な注連縄が台無しになる。

この後も途中で帰ろうという誘惑があったけど、同じ行程を帰るのも進むのも同じだしね。
新緑のパワーも応援してくれたように思います。
次回に続く。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)

テスト・ウォーク1

2015年05月14日 05時07分40秒 | 社寺

↑仁王門

5月のゴールデンウィークが終わり、予定通りテスト・ウォークをすることにした。
これは、昨年の春に入院している時の計画でした。
鞍馬寺から貴船まで歩けるか?というものでした。
杖無しで歩けたら、怪我をする前の状態に戻ったと見なします。
いままで使っていない折り畳み式のLEKIのポールをリュックに取り付けて置きました。実は、まだ1回も使っていないものなんです。
服装は、全身黒づくめだった。


↑出発は叡電鞍馬駅で山沿いに貴船駅まで行くだけ。とても簡単でしょ。(笑)

そのために、ひたすら自主トレをしてきた1年だった。
2011年8月26日自宅で意識がなくなり、舌を噛み、顎関節も骨折、骨盤が粉々になり、股関節がめり込んでいた。
一回目の手術は、16時間もかかった。骨盤を体内で拾い集め、ボルトで留める手術だった。当然、車椅子生活からの出発。次いで松葉杖生活。
主治医から「松葉杖で2年生活してください」と言われた。
それから2年とちょっと経った今年の3月再び手術。この時は、たった6時間ぐらいの手術。普通の人工股関節置換手術ならすぐに歩けるのですが、土台から骨セメントで作るので加重がすぐにかけられず、すぐに歩けなかった。




↑叡電鞍馬駅、クラシックな駅です。


↑この階段を見てちょっと「帰ろう」と思った。


↑でも折角ここまできたから仁王門ぐらいまで登ってみようとなりました。

昨年の手術後の入院で自分でリハビリ計画を立てた。
それに従いトレーニングをしてきた。
目標は「杖無しで以前と同じレベルで歩く」でした。
先日、東福寺三門は、その前の予行演習だった。


↑ここでアクシデント発生!なんとケーブルがメンテナンスで停止していた。(哀)

最終テストは、鞍馬寺に行くこと。
さて、歩けるかな?
成功の確率は60%ぐらいかな。
その時のことを数回に分けて記事にします。


↑思わず新緑を見てボーッとした。

いまの鞍馬寺は、新緑のシーズンで暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい気温。
登山用の靴はないので京都しないの服装のままでした。
最初、行った時なんかセミナーで行ったので、スーツでネクタイ、革靴で行ったのですよ。だからその程度でいい。何回も行っている工程だしね。
そこで、舐めているからゲームが難しくなるのね。
ケーブルがメンテナンス中で止まっていたのです。
2番目の図を見ると一目瞭然でしょ。
帰ろうか・・・。
次回に続く。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (6)