京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

足考

2015年04月18日 04時05分32秒 | 風景

↑智積院にある仏足石。この日は、仏足石を見て、東洋医学のツボというより気功の湧泉(ゆうせん)の所にコインが置いてあるのが気にくわなかった。仏足石の外に弾き出したしまった。なぜ、どこにでもコインを置くのかなぁ・・・。いちばん酷いのは、屋久島の杉の幹にコインをねじ込んでいるのを見た時、腹が立ちました。寝ていたら鼻の穴に十円玉をはめ込まれたら、普通怒りますよね。千社札も汚いから止めて欲しいですね。

最近、足が気になっている。
母親の爪が爪水虫で変形しているのに、端を発しているのです。
足の指や足裏の魚の目やタコも注意。
ホクロ(黒子)なんかも気になる。
ちょっとしたことで歩けなくなりますからね。
爪から感染症が始まったりする。
父親に注意するのですが、とても軽く扱うのですよ。
糖尿病で血流が悪いのに。


↑仏足石って他人の足と思えない。まあ、こんな模様はないですが。

私自身も整形外科のドクターから爪は気を付けるように言われました。
歯もですよ。
歯→歯茎→顎の骨→人工股関節と些細な菌でも付着するといけないのです。
人口部分には、当然血管がなくて、付着してしまうと人口の箇所から離れない。
そうなると他の骨を溶かしたりする。
そうなると再度手術をして人工股関節を外して洗わないといけなくなる。
それは、ちょっと困ります。



この間「父親の足のホクロがメラノーマかも」とメンテナンスの方から聞いた。
無理矢理皮膚科につれて行きチャックをしてもらいました。
メラノーマは怖いですからね。
メラノーマとは「悪性黒色腫」のことです。
足の後ろ側とか背中だったら、本人が気付かないですからね。


↑こんなのを見つけました

皮膚科のドクターは、メラノーマではなく、老人性疣贅(ろうじんせいゆうぜい)と診断されました。
まあ、老人なんだからしかたないけどね。
アプリコットカーネルオイル(杏仁油)でも、手に入れ渡しておこうかな。
杏仁油は、オレイン酸(人間の皮脂に最も多く含まれている成分)が約65%と豊富に含まれ、肌にやさしい極上のスキンケアオイル。浸透性に優れ、肌を軟化し、しなやかさやハリを保ち、荒れたお肌を再生してくれるそうですから。
脂肪酸とアミグダリンが多く含まれていますからね。
皮膚科では、レーザーで焼くとか、切開して取るとなりますからね。


↑味は普通のマシュマロだけど

こんなことを父親に言うと「お前は神経質だ」と怒ります。
人が心配しているのに・・・。

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晴れ間

2015年04月17日 05時08分50秒 | 風景


一昨日は、猫の目のように天気が変化した。
気温も乱高下。
寒いけど、思い切り歩くと止まった途端に汗がでる。
扇子が必須の今日この頃。



タクシーに乗ったら、暑いの寒いのと季節の話題から会話が始まる。
でも、よく考えたら、自然は人間にとって都合良くなってくれないものです。
もうひとつ「時間の経つのが早いでんなぁ〜」というのもある。
私の機嫌が悪かったり、雰囲気の悪い雲助運転手(最近、乗る前からわかるので、最初から乗らない)なんかの時は、「そうですね。時間の経つのが早いですね。この分だとすぐに死にますね」とやることにしている。すると大抵、黙ってくれます。一度お試しください。(笑)


↑ベランダ桜も新芽がすくすく育ってきています

人間は、自然に対して貢献もしていない。
しかも、無料で身体を借りて、無料の光や空気を使わせてもらっても、感謝をしないで文句ばかりいっている。
景気だってそうだ。良くなったとか悪くなったとか「我良し」で判断する。
結局、自分さえ良かったらそれでいいと思う人の多いこと。
地球に意識があれば、表面の白癬菌のような存在が鬱陶しいだろう。
だから、人間にとって都合の悪い状態にしているのかも。


↑バス亭で舞っている時にタンポポ発見

そんなことを考えながら、つかの間の青空を眺めておりました。

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雨中の花見・・・

2015年04月16日 04時54分20秒 | 風景・和菓子

↑2011年4月20日原谷苑

14日、所用でタクシーで移動。
13〜14日と菜種梅雨なんて優しい雨ではなかった。
タクシーをマンションに呼ぶ。
ビックリしたのは、3分も経たないうちに到着したと電話があったこと。
山科方面から東山トンネルを京都側に出たところだったそうです。
そんなこともあるんだ。
ショボショボ雨が降っていたけど、傘は持って出ない。


↑2011年4月20日仁和寺

タクシーで移動中は小雨だった。
車中で運転手さんといろいろ話しをした。
「今日は、2回原谷に観光客を送って行きました」と話した。
「先ほどまで、結構は勢いの雨だったでしょ」と京男。
びっくりしました。
京都で桜のシーズンの時「原谷」というと原谷にある「原谷苑・青山荘・村岩農園」のことをいいます。
京都市内から2キロぐらいしかないのに、平家の落人伝説があるぐらい辺鄙な場所だったようです。
開発されたのは、戦後らしい。


↑仁和寺の桜は、このように背が低いので花もこのように低いのです。

「原谷苑・青山荘・村岩農園」は、名前の通り社寺ではなく、北山杉や苗を育て販売するのが本業です。その桜がすごいのです。以前は桜の開花が遅く(仁和寺と同時期)で穴場的な場所でした。しかも道が狭く、交通の便が悪いのです。
でも最近、穴場でなくなり、観光客が集まるスポットになったようです。
ここの入園料は、桜の開花に応じて価格が変わるのが有名?です。
でも、その原谷苑に雨が降ると当然足元は悪く、ぬかるみ滑りやすい筈です。
でも雨の日にたくさん、観光の人が行っている。
まあ、折角京都に来たのだから手ぶら?で帰れないのでしょう。
また、原谷苑では、食べるものが予約なので予約するとキャンセルできないというのもあるのでしょうね。
そうそう原谷苑のおっちゃんに話しを聞いたことがあります。
「あんなに桜の木の側に観光客を近づけて、桜は大丈夫?」と聞きました。
「桜のシーズン以外は、ひたすら土の修復をします」とのことです。


↑嘯月「御室の桜」

仁和寺の桜も原谷苑と同じ記事に見頃になると思います。
私は、いつも原谷苑から歩いて仁和寺に行ってました。
あまり真似をしない方がいいかもしれませんが。
仁和寺の桜は、あだなが「おたふく桜」といいます。
その意味は、「花低い」つまり人間の目と鼻の先に咲いてくれます。
背が高くならない土壌なんだそうです。
昔は、かなり近づけたのですが、最近、近づけなくなりました。
茶店がなくなったぐらいからかな。


↑上用、こしあん

京都で、「あんな御室の桜みたいやな」と言われると「花(鼻)が低い」と言われたのです。お多福さんは、転けても額とほっぺは打つけど鼻は打ちませじぇ〜ん。京都語でいう「はなべちゃ」やね。
最近は、3Dメイクのお陰で前から見るとわからない人が結構いたはりますけど、横から見たらそうなっている人がいるとかいないとか・・・。
京都の古手の京女さんたちがいうてはります。私がいうてるのとちゃいます。ねんのため。

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衣笠丼

2015年04月15日 04時20分48秒 | 

↑なぜかお気に入りの画像だった。机の上にカメラを置いた時にシャッターに触ったようです。メニューを選んでいる時の臨場感でている。そういえば、永正亭の二階は久しぶりかも。我が家における外食の歴史を飾るお店ですからね。いま、また京女と二人で来ている。不思議なものです。きっと子供がまた家族を連れてくるのかも。そうなら面白い。

こういうお店に行くようになったのは、京女と出会ったからなんです。
彼女は、おうどんが好きでした。
最初に食事をした時、当時の私のことですからフランス料理を食べに行った。
フォアグラのソテーを嬉しそうに食べない。
「嫌い?」と聞くと「好きでない」という答え。
「なにが好きなの?」と聞くと。
「おうどん」との答え。


↑ざるそば。私が、ざるそばとは珍しい!

それからです。
デートでうどん屋さんに行くようになった。
「権太呂」や「権兵衛」に行きましたね。
しかも、京女は車を持っていた。
京男はノーマイカー・・・。
自転車の外車は持っていたけど。
だからお店を私が選べない状態でした。(悲)
デートの帰りに家に送ってもらっていましたよ。
私は車を買おうと思ったことは、まったくなかった。
まったく興味がないのです。
いまもだけど。
京都市内ならタクシーを使う方が経費的に安く付きます。


↑田舎そば(温)

衣笠丼(きぬがさどん)は、京都らしい丼の一つ。甘辛く炊いたお揚げさんと青ネギを卵で綴じたもの。
衣笠とは京都市北区、鹿苑寺(ろくおんじ、俗にいう金閣寺)に臨む標高201mの山、衣笠山にちなむ。衣笠山には、真夏に雪景色を所望し、山に白絹を掛けて雪に見立てたという宇多天皇の伝承に因んで「きぬかけ山」とも呼ばれている。この「きぬかけ山」にちなんで、丼に盛った姿をそれに見立て、衣笠丼の名が付いた。


↑衣笠丼(小)

山椒の粉がかけてあるでしょ。
これがないとこの手の丼はなりたたない。
時々、山椒のかけてない店があったり、テーブルに山椒の粉がない場合がある。
あっても山椒の粉や七味が風邪引いている(古くなってバカになっている)場合がある。そういうお店は三流だと判断していいでしょうね。


↑こういう食べものは、飽きないです。

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法住寺

2015年04月14日 05時19分16秒 | 社寺

↑法住寺

ここは、法住寺(ほうじゅうじ)。
三十三間堂の東側にあります。
創建は、988年(永延2年)、藤原為光によって建てられた。
その後、後白河上皇の宮廷「法住寺殿」となっていた。
法住寺殿が木曾義仲によって焼き討ちされ、数年を経て後白河上皇も崩御すると、法住寺は後白河上皇の御陵をまもる寺として江戸時代末期まで存続、明治期に御陵と寺が分離され現在にいたる。


↑本堂


↑意味があるのでしょう

なんか日本史で一番盛り上がる時代ですね。
木曽義仲に焼き討ちされた時、寺内の「身代不動明王(みがわりふどうみょうおう)」像があり、後白河上皇の身代わりになったので、このような名前になったそうです。


↑百度石/百度参りの往復の標識として立てられている石。

西側の三十三間堂は、1168年(長寛2年)に法住寺殿の敷地内に、平清盛に命じてつくらさはった。
法住寺殿ってどれぐらい広かったんやろ?



豊臣秀吉の晩年に、北側に東山大仏(方広寺)造営をしています。
昔は、このあたり全然違う雰囲気だったのかも。
いま、フォーシーズンホテル京都を東山武田病院跡地に建てているけど、きっと掘ったら色んな遺跡が出て来たのでしょうね。
そういえば東山武田病院の前は、専売病院でその時代に入院しておりました。
暗い病院だったけど、庭が結構広かったな、池もあったし。
そうそう次女も入院したことがある。


↑竜宮門

このあたりを歩いているとフト不思議な感じがする時がありますね。
歴史が重層している感じがして。

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夜明け、寝床で聞くウグイスの声がいい

2015年04月13日 04時02分00秒 | 和菓子
あっと言う間に桜のシーズンが通り過ぎた感がある。
もっとも遅咲きの桜はこれから見頃になるでしょうが。
なんか行くのが億劫。
いけませんねぇ・・・。



いまの快感は、朝、寝床でウグイスの鳴く声を聞くこと。
至福の時間ですよ。
朝は、まだ寒くて布団の中の温もりがなんともいえません。


↑長久堂「たんぽぽ野」

起きて、机のところに座っていても、ウグイスの声が聞こえる。
いいですよ。
実家では、こういう快感はない。
山中ではないですからね。
代償として、コンビニ無し、スーパー無し、野菜を買いにデパ地下にタクシーで行くという生活。


↑きんとん、粒あん

一昨日夕方、大きなショッピングモールに京女と買い物に行った。
土曜日に行くのは初めてだった。
専門店を京女が行くままについて行く。
色んな人や売場が見られて面白かった。
ひとりでは入り難いですからね。


↑本家玉壽軒「若菜摘み」

生鮮食料品の売場もマジマジと見た。
全然食べたいと思わないようなものが多い。
身体が拒絶するのがよくわかる。
しかも、値段が上がっていた。
これには、びっくり。
でも買う人は案外普通に買っている。
食べない方がいいのに・・・。



買っている人は、日本語を話していない人も多い。
ここは日本なんだろうか?
レジを通ったところで東南アジア系の人が数人で立ちながら買った食品を食べていた。
不思議な風景。


↑団子製(よもぎ)、粒あん

フードコートも満席状態。
座っている人を観察。
なるほど、こういう人がこういう場所で食べているのね。
あまり楽しそうに食べている人がいないのがわかる。
なぜなんだろう?
こういう閉塞空間でブロイラーの餌のような食べものを食べている。
見ていると気持悪くなり、その場を逃げるように立ち去りました。
昨日は体調が悪かったのかな?

今日の生菓子は、早くだして置かないと季節に取り残されそう。
だから、文章と連動しておりません。
文章を読まずに写真を眺める方がいいかもね。

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父の悦楽

2015年04月12日 05時22分14秒 | 
父親は、週に一度外食と決めている。
「忙しかったら付き合わなくていいよ」と口では言う。
でも一人で行って転けでもしたら問題なのでいっしょにいくのです。
先週は、食事日に皮膚科につれて行きました。


↑季節のスープ「桜ポタージュ」父親はスープが好きなんです。お願いだから音を立てて飲まないで。

高齢車にとって、足の爪は重要ですからね。
爪のメンテナンスの人から、黒い黒子の件もチェックしてと言われていましたらか。
脚や足先は意外と人目にすれません。
だから足先のメンテナンスをプロにお願いしています。
メラノーマ(ほくろのがん)は、皮膚科のドクターに老人性のほくろと言ってもらいました。


↑ハンバーグとカニコロッケのゴールデンタッグ

爪の状態は、女医さんに誉められ、ちょっといい気持になった父。
高齢者になっても女性のしかもプロに誉められるのは嬉しいようです。
そういうことの積み重ねが高齢者にとって大切。
誉めて気分が悪くなる人はいませんからね。
「誉めて育てる」テクニック。
足の爪は、デイサービスに行っても若い女性スタッフから誉められているらしい。
そうなると元気になるんです。


↑私はフライが辛いので、チキン&ポークグリル

さて、皮膚科の検診後、Loftにつれて行きました。
雑貨や家庭用品の売場につれて行く。
父親が見たこともない不思議な家庭用品を見て歩いた。
セラミックの小さなペティナイフを買ってあげました。
これならいいかげんな洗い方でも錆びないだろう。
噛めないのもを刻みたいらしい。
それなら以前に買ってあるセラミックの挿みで刻めばいいのに・・・と言いました。
でもナイフの方がいいらしい。
問題は本人のやる気なので、意見は尊重するようにしています。


↑ホットケーキ♪

高齢者のやる気を引き出すのは難しいですよ。
妙に頑固ですから。
私のことを素人だと思っている。
先々週、家具のことで口論になった。
私を素人だと思っているらしい。
まだ理解していないのです。病院でのドクター達との会話とか、出入りの各業者さんたち、葬儀屋との折衝、坊主とのやり取りを聞いたいた筈なのに・・・もう・・・。
小中学の時の私のイメージしか頭にないのでしょうね。
それぐらいあまり接していなかったということなのかも。
子供に応対するより手間がかかります。


↑特製プリン♪昔のプリンの味がする!

もし私が30年ぐらい生きていて、息子と話をする時がきたらどうなるのだろう?
私の場合は、父親と違って定年で成長が止まったりしない。
ずっと現役だと思う。
進化(真化・深化)しているに決まっている。
だから、常に息子より先に進んでいる。
だから違った会話になるでしょう。
君たち、もしこの文章を読んだなら自分も父親に負けないように、進化(真化・深化)していきなさい。


↑珈琲

本日の写真は、Loftの後にスマート珈琲店の2階で食べたものです。
父親は、こういう食べ物が好きなんです。
ハンバーグとカニコロッケという夢のタッグ。
しかも、デザートがホットケーキ。オマケに手作りのプリンまである。
もう天国だったと思います。
スマート珈琲店の2階への急な階段。
ちょっと手助けが必要でした。
来週は、オムライス専門店にチャレンジしようかな。
なんか子供を連れて歩いているみたいですね。

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Amazonでサンドウィッチを食す

2015年04月11日 04時34分31秒 | 


なんて書くとamazon.co.jpでサンドウィッチを取り寄せて食べたみたいやね。
違います。



京都は、七条京阪から博物館に向かって歩くとあるAmazon(アマゾン)での話。
ここのサンドウィッチは、なかなかのものですよ。
京男は、小さい時からサンドウィッチが好きだった。
幼稚園のお弁当はいつもサンドウィッチ。
籐製のお弁当バッグに入れて持って通園したと思う。
中身はカレーロールサンドイッチだった。
挽肉をみじん切りの玉葱と炒め、カレー粉とウスターソースで味付けをして、バターを塗った食パンで巻き寿司のように巻いたものだった。
玉子は、好きだったけどジンマシンが出るから、具材としては使わなかったと思う。
おむすびは持って行った記憶がないかも。


↑こんな感じのバッグでした。結構お気に入りだった。

このアマゾンは創業が1972年だから、amazon.co.jpの1994年より古くからある。
二十歳代にスポンサーと打合せで使ったと思う。
京都は、こういうタイプの喫茶が結構あります。
外資系のカフェより、昔ながらの喫茶店の方がやっぱり好きかも。
セルフで訳のわからん注文しなくていいしね。
厚いカップで飲むのがやっぱりいい。



そういえば一人で住んでいた時、紅茶の研究をしていたことがある。
その時、キューカンバーサンドウィッチを作ったものです。
具がキュウリだけのサンドイッチ。
サンドイッチ用の食パンに辛子バターを塗り、薄切りのキュウリを薄い食塩水につけ、水分を切り、辛子バターを塗った上に乗せる。簡単。しかも低予算。



勿論、外で食べる場合は、こんなサンドウィッチもいいですね。
お寿司だって、一番好きなのがカッパ巻。
いいお寿司屋さんのガリも好き。
トロの握りは、正直言って苦手なんです。
そうそう私、パセリも好きなんです。
立食パーティーで、お皿いっぱいプチトマトとパセリをお皿に取ったりします。
まあ、知り合いのいないパーティーに限りますけど。
沖縄でのパーティーなら、モズクばかり食べていましたね。
沖縄のモズクは好き。

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よなきせん??

2015年04月10日 05時35分49秒 | 社寺

↑西側

三十三間堂の続き。
あまり時間がなかったので、お堂に入ったのですが駆け足状態だった。
勿体ないことをするでよ。
そういえば醍醐寺の時もそうだった。
お堂の中とか、展示物は、いつでも見学できますからね。
地元の人間ってそういうものなんです。


↑ここで通し矢をやるのです。距離があるでしょ。

このお堂は、いつもても大きいですね。
それには感心する。
『宮本武蔵』の映画で実際にここで撮影しました。
木の形でわかります。
そういうのも地元の人間的かも。





雨上がりの木々はもう若芽が元気よくでています。
桜もそうですよね。
花が散ったら、新芽があっと言う間にでてきます。
自然はすごいと思う。



これがタイトルの「夜泣泉(よねきせん)」
説明を書き写しておきます。
「夜泣泉」(よなきせん)は、三十三間堂創建の翌年(1165年(永万元年))6月7日、堂僧が夢のお告げにより発見したという泉。
『古今著聞集』には、「いつも冷たくて美味しく、お腹を痛めることのない極楽井で、汲んでも尽きず、汲まないときも余ることのない不思議な泉」と記されている。
夜の静かなときに、その湧き出す音が「すすり泣き」のように聞こえたことから「夜泣き」の泉と呼ばれるようになったという。
いつの頃からか、地蔵尊が置かれ、その前掛けを持ち帰って子供の枕に敷けば夜泣きが治ると伝えられてきた。
夜泣きだった。草津穴村の墨灸の方が効くと思うな。



なんだそうです。
説明には、なんで泣くのか書いてない。
しかも誰が泣いているのか?
お皿を数えても誰も怖がってくれないから悔し泣きとか・・・。



お地蔵さんを設置するということは、地獄関係なのかな・・・。
案外、六道珍皇寺の小野篁さんが地獄に通勤する井戸と繋がっているかもね。
京都ってそういうことがよくあります。

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花祭

2015年04月09日 04時35分42秒 | 社寺
昨日は、各お寺で「花祭」をやっていたでしょうね。
正式には、灌仏会(かんぶつえ)といいます。
お釈迦さんの誕生日を祝うお祭り。


↑ここは三十三間堂

普通、花御堂に誕生仏を置き、甘茶を柄杓で像にかけ祝います。
甘茶をかけるのは、釈迦の誕生時、産湯を使わせるために八大竜王が天から清浄の水を注いだとの伝説に由来するそうです。


↑灌仏会をやっていました

お釈迦さんは、生まれてすぐに七歩あるき、しかもその足跡に蓮が生えた!
そして、右手で天をさし、左手で地をさし「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげ・ゆいがどくそん)」と言わはった。


↑花御堂

天上――この天上に人間を支配するような神はいません
天下――この地上においても人間を堕落したり人間を誘惑したりする悪魔はいません
唯我――ただ私一人(いちにん)がここに存在しております
独尊――尊というのは、他のものに頼るのではなくて、私が私の心に向かって解決して行かなければいけない私一人がおります


↑誕生仏

この一人が、身口意の三業といいますますけれど、「何を行い、何を話し、何を思ってきたのか」このことだけが中心なのです。
ということを「天上天下唯我独尊」という言葉の中に凝縮されている。
色んな解釈があるかもしれへんけど、この解釈が一番好き。
もちろん、京男が考えた訳じゃないですよ。清水寺の森貫主からお聞きしました。


↑甘茶を誕生仏にかけました

やっぱりお釈迦さんぐらいになると違いますね。京男なんか生まれてしばらく泣かなかったらしい。真っ青で。産婆さんに逆さにされて、お尻を何回か叩かれ、しぶしぶ泣いたらしい。もちろんそのため、お尻に青あざが付いていたらしい。


↑甘茶をいただきました。甘茶は甘味成分としてフィロズルチンとイソフィロズルチンを含み、その甘さはショ糖の400あるいは600〜800倍、サッカリンの約2倍である。葉を乾燥させることにより甘味が出るそうです。残念ながらカフェインは含みません。これは、それほど甘くなかった。甘い汁の部分は、寺が吸った?

花祭でもう一つ印象的なエピソードがある。
それは、高校の入学式の話。
高校は私学で仏教系男子校だった。(京女も同じ仏教系女子校だった)
4月8日が入学式。
それまでずっと公立の小中で私服で通っていたのですが、急に学生服と制帽を着て、講堂で入学式だった。緊張はしていなかったけど、エライむさ苦しいと思っていた。
突然、「三帰依」が講堂に響き渡った。
「ブッダン・サラナン・ガッチャーミ
 ダンマン・サラナン・ガッチャーミ
 サンガン・サラナン・ガッチャーミ
 ドゥティヤン・ピ  ブッダン・サラナン・ガッチャーミ
 ドゥティヤン・ピ  ダンマン・サラナン・ガッチャーミ
 ドゥティヤン・ピ  サンガン・サラナン・ガッチャーミ
 タティヤン・ピ  ブッダン・サラナン・ガッチャーミ
 タティヤン・ピ  ダンマン・サラナン・ガッチャーミ
 タティヤン・ピ  サンガン・サラナン・ガッチャーミ」
やばい高校にきてしもた〜と思った。しかも男子校。もうすこし勉強したらこんな目に会わなかったのに・・・それから高校生活がはじまった。
でも、いま役に立っているのは「宗教」の授業だけかも。

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