京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

飛梅伝説

2017年02月22日 05時23分43秒 | 風景・和菓子
昨日は、小雪が降ったり止んだりしたお天気だった。
寒いけど、一昨日に比べたら寒くなかった。
なんだろう、一昨日はよほど体調が悪かったのかな?



小雪混じりの中、またデパートに用事ができた。
展示しているモノを見に行った。
その時、写真のように小雪が舞っていた。
本来なら傘を持って行くのだろうけど、なぜか雪なら傘を使わない。
何でやろ・・・面白い。



これは、京女の誕生日用に買いましたケーキ。
京女は、これが好きなんです。バタークリームのケーキで美味しいのは、なかなかないですよ。このフランクフルタークランツは、昔からの定番です。
本来、我が家の誕生日ケーキは、ハーゲンダッツのアイスクリームケーキだった。でも直営店舗が無くなって、作れなくなった。あれよかったのに・・・。


↑ユーハイム「フランクフルタークランツ」

バウムクーヘンもユーハイムのが好きですね。最近流行りのお店のは、フワフワし過ぎで頼りない。ユーハイムの量り売りが常店であったらいいのに。
結婚式のケーキで、バウムクーヘン1本を二人で丸かじりしたら面白いかもと、実際に1本の値段を聞きに行ったことがあります。あの時、25,000円だったかな。


↑千本玉寿軒「飛梅」

この「飛梅」は、飛梅伝説からイメージされた生菓子。
梅と言えば、誰でしょう?
梅沢富美男・・・じゃなくて菅原さんね。でも菅原洋一さんのことではありません。
菅原道真さんの話。

菅原道真さんは、平安京朝廷内での藤原時平との政争に敗れて遠く大宰府へ左遷されることとなった延喜元年(901年)、屋敷内の庭木のうち、日頃からとりわけ愛でてきた梅の木・桜の木・松の木との別れを惜しんだ。
この3木が菅原さんを慕って九州の方に飛んで行こうとした。



桜の木は、主人が遠い所へ去ってしまうことを知ってからというもの、悲しみのあまり、みるみるうちに葉を落とし、ついには枯れてしまったそうです。なんか桜らしいエピソードですね。

残った松と梅は、菅原さんのいる九州へ飛んで行くことになった。
飛んでいて、力尽きたのが松だった。「梅ちゃん、どうか桜とオレ(松)の心を持って行ってくれ」と叫びながら地上に落ちていった。
落ちた場所が、摂津国八部郡板宿(現・兵庫県神戸市須磨区板宿町)近くの後世「飛松岡」と呼びならわされる丘に降り立ち、この地に根を下ろした(これを飛松伝説と言う)。


↑外郎、白こしあん

ひとり残った梅だけは、見事その日一夜のうちに主人の暮らす大宰府まで飛んでゆき、その地に降り立ったという。
梅ががんばれたのは、以下の歌のお陰だった。

「東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅花(うめのはな) 主なしとて 春を忘るな」
現代語訳:東風が吹いたら(春が来たら)芳しい花を咲かせておくれ、梅の木よ。大宰府に行ってしまった主人(私)がもう都にはいないからといって、春の到来を忘れてはならないよ。

それと梅を影で支えた植物の存在も忘れてはならない。
取りあえず列挙しておく。
藤・菖蒲・牡丹・萩・芒・菊・紅葉・柳・桐
◆カメオ出演/鶴・鴬・蝶・不如帰・猪・鹿・燕・鳳凰
◆友情出演/蛙&小野道風さん、朝吉&モートルの貞

和菓子
中村 肇
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↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

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寒い・・・

2017年02月21日 04時34分03秒 | 甘味・喫茶・その他


昨日は、やたら寒かった。
部屋に暖房をいれないからかな?
現在も手袋着用でキーボードをてたいている。
それでも手先が凍える。
じっと座って居るから仕方ない。
上着は安物のダウンジャケット・・・そうか鶏の羽毛だからあまり温かくないのかも。
ひょっとして外に出ると案外温かいのかも。
この部屋心霊現象でも起こっているのかなぁ・・・。
「霊さん、ここに来てもいいけど、夏に来てくれへんかなぁ」と念う。



部屋で服を取っ替え引っ替えしている。
室内ファッションショーや。
思い当たるのは、一昨日散髪に行ったからかも。
首筋が冷える。しかも散髪のオヤジが髭を刈りすぎたのが原因かも。
どうも身体の力がでないのは、髭のせいかも。
ひょっとして、暗い夜道は髭が短くなったから真っ直ぐ歩けないかも。


↑御菓子司 河藤「松魚節糖」

そうか!
いま、帳簿の整理をしている。
これが一番苦手な作業なんです。
通帳の転記をしている。
小さい数字と半角カタカナとの闘いなんです。
自営業の皆さんは、いまぐらいの時期にこんなことをやっているのでしょうね。
「私だけではない!」と思うけど、やっぱり厳しい。


↑昔から鰹の切り口は年輪のような模様に見えるので、松魚(かつお)とも書くそうです。「勝男武士」という字を宛て、縁起が良いものとして、引き出物なんかに使われるのだそうです。そうなんだ。大阪のおばちゃんが持っていたら渋いかも。

そこで気付いた!!
何に?
通帳の数字を見ているとやたら寒くなるのです。
そうか!
今年から真夏にやろう!
暑い間にできるだけやっておくのだ!
暑さと帳簿、両方処理できる。
とてもいいアイデアや!


↑味は、黒糖と肉桂の懐かしい味。

なんてアホなことを考え、地味な作業をしております。
頭の中にある床の間に「愚公、山を移す」という掛け軸をかけました。
さて作業に戻ろう!
日頃、寒いのが好きといいながら、情けない記事を書いてしまった。
「ジッと数字の転記とかしなければ」という条件付だと気付きました。

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同じ形でも場所が違えば神様にもなる

2017年02月20日 04時15分39秒 | 風景・和菓子

↑車折神社の清めの社(きよめのやしろ)

どうも最近、食べ物の写真が続いた。
京男としては、一応気にはしている。
でもどうも景色をゆっくり撮影させてもらえない。


↑京大病院の駐車場入り口の巨大三角ポール。これに注連縄をつけると絶大な効果があるかもね。

このブログをはじめた2005年7月と今では、京都も随分変わったものです。
一番大きな事は、海外の観光客が異常増殖したことかな。
どこへ行ってもヘンテコな着物モドキが闊歩している。
もっともあの着物モドキは中国原産なんです。
「?」と思うでしょ。これ以外と知られていない。
中国の歴史で三国時代(184〜280)ってわかりますか?
魏・呉・蜀が中国統一に向けて、群雄たちが凌ぎを削る。
「呉服」という言い方がありますね。呉の服から来ているらしい。
そう考えると中国の人が、これは本来われわれの服なのだ!と言われてもしかたないのかも。
だから、日本のご婦人が来てあるかれているのは「和服」で、レンタルして来ているのは「呉服」と定義していいのかも。


↑自動お神籤売りの人形。「鏡」ってなんやろ。「あんなさんの心を映しまっせ」という意味なんかな?

本日の写真は、先週末車折神社に京女と行った時のものです。
四条大宮から嵐電に乗り行きました。
週末だから観光の人ばかりでした。
この沿線に住んで移動している人は大変だろうな。
しかも嵐電の駅は、高齢者に優しくない構造だしね。


↑春の雰囲気

時間がなかったので、あまり写真を撮れなかった。
でも最近、食べ物ばかりで自分でもいささか飽きてきました。
おそらく、ご覧になっている方も「あんたはいいね」と思っておられることでしょう。画像しかおすそ分けできないのが残念です。


↑芸能神社、芸能人の名前がいっぱいあります。トイレの横に空きがありましたよ。いかが?

今週ぐらいから平常通りにもどれるかな・・・。
ここ二週間、会食が多かった。
やたら誕生日が多いのが2月なんです。


↑この木、えらい絡まれていますね。芸能神社だけにプロダクションに養分を吸われている感じね。

ちょっとでも京都の風景を・・・と思うけど、こうやって見ると不思議な画像が多い。なんだろう?
もっといっぱい撮りたいけど、次のお座敷の合間だから気分に余裕がない。
そういう時もあるのかも。
3月中旬になったら、余裕もでるかも。


↑本家玉寿軒「下萌え」


↑黄味しぐれ、こしあん

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イカ天・・・中国料理の日3

2017年02月19日 04時45分30秒 | 洛外・食



↑民生 萱島「イカ天ぷら」さすがにサイズは小にしてあります。

この記事は、「中華料理の日」と同じ日の夜に食べたものです。
病院関係でランチタイムが遅れ、あれだけのモノを食べたので、お腹は全く減っていなかった。
でも京男Jr.2に味あわせるために、萱島の民生に連れて行ったのです。
彼の会社の本部が横浜の中華街近くにあるらしい。だからこのクラスのモノが食べられるのかも知れない。
でも横浜の中華街をテレビなんかで見る限り、なさそうなんです。
神戸の南京街だって、最近だめだと思う。
本日の民生は、神戸の南京街にあるお店。
大阪の梅田のヒルトンプラザ ウエストにも民生はあります。
でもお店の前に椅子がズラッと並んでいるのを見るとゾッとするのですよ。
味は同じなのかもしれませんが・・・私のイメージではない。
神戸南京街のお店もいまの建物の前は好きだけど、いまは好きでないかも。
しかも観光客がいっぱいだしね。


↑青菜炒め、これも素晴らしい一品だと思います。

1981年神戸ポートアイランド博覧会が開催された。南京街の南楼門ができたのが1982年。それぐらいの時、民生も建て替えられたと思います。
お店の存在は、当時いっしょに仕事をしていた建築家から聞いていました。昔のバラック時代によく行きました。当時、お店に入ると広東語かな?の元気な声が飛び交っていた。客も中国人が多かったと思う。その頃、憶えたのが「イカ天ぷら」。


↑豚アバラ甘酢

当時は、花時計の向かいぐらいの地下にあったインド料理の「ゲイロード」によく行っていた。そうそうあの通りに「キングス アームス」がありました。ローストビーフが名物のお店。この2軒は、震災で無くなった。「ゲイロード」は、場所を変えていまでも営業しているけど、変貌が怖くて行けません。いまならインド料理なんて珍しくないですからね。私がロンドンの「ゲイロード」でインド料理に目覚めたのです。日本では、神戸しかなかった。



民生がバラックみたいな建物だったのを取り壊し、新しいお店に変わるという最後の日に偶然であったのです。
その日、いま書いていた。ゲイロードでいっぱいインド料理を食べた帰りにです。
なんかお店に入らないといけないと、思ったのです。お腹なんて減っていません。
でもお店に入り「イカ天ぷら」を注文した。
食べながら店内を見回しておりました。なんか涙が出て来た。この風景が無くなる・・・。
予想通り、次ぎに行くと、南京街に門が出来て、とても綺麗になっていた。
しかも神戸ポートアイランド博覧会で観光客がドッと押しかけた。
店内に入るととても綺麗になっていた。でも・・・あの怪しげな雰囲気が無くなった。神戸の魅力は港町の胡散臭さみたいなものだと思う。
船員が買う中古の服や電気製品が所狭しと並んでいたガード下。
その周辺の飲み屋街の怪しさ。
あれが味わいだった。
それがおばさまのグループがウロウロして・・・。


↑カレーライス、なんで?と思うでしょ。中国風のカレーライスというのは、いいんですよ。家でも簡単に時間をかけずに作れると思います。さっぱりして美味しい。

好きだった「ギリシャ・ビレッジ」だって地上げでなくなった。
ムサカやアラモサラダが美味しかったのに。
京都でいうと「第一楼」、今の大丸の駐車場のところにね。
いかんいかん、昔の話をしてもしかたない。


↑ゴマ団子、これは黒胡麻餡。昨日のモノより確実に上です。



この萱島にある民生は、当時の民生と同じような匂いがするのです。
ここは、京阪の特急に乗ると見えていた。でも実際に行ったのは4、5年かかったかも。
この日も四条から京阪に乗って夕方行ったのです。
京男Jr.2に「イカ天」を食べさすためにね。
もちろん、京男プロトタイプ糖尿1号は、買い物を済ませ、タクシーに乗せました。
京阪の萱島へ行くのは結構邪魔くさい。
特急で枚方まで行き、各駅停車で萱島まで行くのです。
萱島の駅に着く前に電車の窓からお店が開いているか確認するのですよ。
(電話で聞いてもいいのですが)行って店が閉まっていたら、ダメージがキツすぎます。


↑杏仁豆腐

お腹が減っていないかったけど、本日の写真ぐらいは食べました。
京男Jr.2も美味しいと食べていた。
しっかり味を覚えるように。
やっぱりデザートはカレーライスね。(笑)
昼に食べた、ごま団子と比べるとレベルが違うというのも京男Jr.2は理解したと思う。しかも写真を撮って、長女、次女、次女の婿にLINEで画像を送って悔しがらせたのは言うまでもない。

めでたしめでたし。
※どうも最近、京都の風景や生菓子がすくないですね。ちょっと弱い反省。

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中国料理の日2

2017年02月18日 04時18分26秒 | 




さて、写真的には、昨日の続きになります。
すごい品数のように見えますが、定食内容を個々に撮影しただけです。
したがって、量はそれほどではないです。
この青冥祗園店、前回父親と来た来た時、私の体調が悪く、あまり食べられなかったのです。父親の好きな酸辣湯麺といわれても、食べる自信がなかったので「ダメ!」と言ったのです。だから今回は助っ人を連れて来て再チャレンジ。
若い京男Jr.2がいるととても気が楽にです。


↑前回悔しかった「酸辣湯麺(辛口)」



昨日で関東方面に帰ったのですが、居る間、昔の感じに戻れました。
食品を買うのも、沢山買ってもきれいになくなった。
なんでも沢山買うのは楽しい作業なんですよ。ずっとそうでしたからね。
朝のトイレ争奪戦、食事の時のおかず争奪戦なんかも楽しいのです。
子供はできたら多い方が楽しい。
でも小さい時はいいけど、大きくなると学費とかが大変ですけど。


↑中華粥

食卓の上が食べ物でいっぱいの風景は、素晴らしいと思う。
誰も病気にもならず、元気に暮らすことの幸せ。
みんなが「美味しいね」と言いながら食べる幸せ。
このことが当たり前と思いがちなんだけど、すごいことなんです。
いろいろな経験をして、そう思うようになりました。
できれば、いろいろな経験しないで思えた方がいいと思う。


↑マンゴープリン


↑京男Jr.2の好きな「ゴマ団子」これは、餡がこし餡だった。ちょっとガッカリ。でもこれから数時間後、また再チャレンジしました。

美味しいモノを美味しく食べられるなんてすごいことなんです。
いつもじゃないけど、そう思った数日間でした。


↑四条大橋から南を見る。最近、東岸にもカップルが座るよういなった。怖いもの知らずやなぁ・・・。外国人観光客か?

昨日のランチは、京男Jr.1が代休だったので家に京男が三人でした。
病院から帰って、ランチは、パスタを作って食べました。
やっぱり自分で作るパスタが美味しい。
我が家にとって「くいをのこす」という言葉は、「悔いを残す」ではなく「食いを残す」と書くのだろう。
「あの時、お皿のパセリを食べて置いたらよかった」「あのエビの天ぷらの尻尾、残して勿体ない」「カラーハウスで食べ放題のらっきょ、もっと食べとくんやった」等々・・・小さいって?小さいことをバカにしてはいけません。

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中国料理の日

2017年02月17日 05時24分47秒 | 


先週からずっと会食みたいなことが続いています。
昨日は、父親の病院外来デーだった。
なんか時間がかかりました。
精算の時、30分ぐらい待っても、機会が計算できたと反応しない。
父親に「払わずに帰ろう!」と言い出した。
お腹が減ってくるとすごく機嫌が悪くなる京男。
父親がどうなっているのか聞きに行くと「機会の調子が悪いとのこと」なんかお粗末やね。


↑今日の料理は、青冥祗園店。これはクラゲの前菜。



院外薬局でも時間がかかった。
なぜ、時間がというと京女と京男Jr.2がお店近くで待機していたのでした。
父親は、そのことを知らない。
薬局で「遅い!」と噛みつく京男。
お腹が減るとドンドン凶暴になってくる。





薬局が終わりタクシーに乗り、今日と明日の写真の青冥へ急行。
タクシーの中から「お店に突入し、席を確保せよ」と京女に指示。
父親は、何が起こっているかわからなかっただろう。
タクシーの中で説明した。





祗園の青冥に着く。
席は、確保してありました。
さて、食事。
個々に頼んだので、内容はよくわからない。
まあ、写真を見たらわかりますよね。





実は、この日、父親を帰してからもう1軒中華料理を食べにいったのです。
それは、三日後の記事になるかな。
先週と今週は、食べ物と病院ばかりでした。
本日は、私の三ヶ月に一度の眼科の外来なんです。
PCの前にゆっくり座りたい・・・。
明日に続く。

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米寿

2017年02月16日 05時24分12秒 | 

↑本日の料理は、高島屋7階「本家たん熊」

一昨日は、京女のお母さんの米寿のお祝いをした。
今年は、お正月に義母のところに子供たちが集まれなかった。
各々介護もあり、自分の体調もあり、もちろん義母さんの体調もある。
集まると口が付いてきます。
お料理を用意するのも大変。


↑八寸(三度豆胡麻和え・枝豆・鯛ちまき寿司・流れ子・福沙焼き)

しかも、仕事上年末年始が忙しい人もいる。
義母さんは、お誕生日が節分。
私と同じ。その日は、我々の結婚記念日でもある。
国に国民の祝日にしてもらうと嬉しい。
小さい時、吉田神社の節分は京都でも露天がいっぱいでて盛大に行われる。
あれは、自分のためだと思っていた時期がある。


↑向附(鯛・鮪・烏賊)

20歳を越えると年齢なんて意識しなくなりませんか?
『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』というサム・ペキンパー監督の映画があった。
この映画を観ながら、ちょうど21歳でした。
あれ以来、いまだに心は21歳ですけど。
若くして亡くなった妹は、16歳だった。それでは、ちょっと若すぎる。
サム・ペキンパー監督といえば、『ワイルドバンチ』が好きでした。カメラワークが独特。時代から外れていく男たちの話。ひょうっとして、私も時代から外れつつあるかも・・・。なんて考える時もある。でもある人に聞かれたことがある。「あなたは時流に乗っていますか?」と。その時、答えたのは「人の作った時流には乗らない。天が作る時流なら乗るかも。でも普通いう時流は人間の流行のような意味あいかな。それなら自分で創ればいい」尖っていましたね。
きっと「不易流行」と当時の私は、その言葉を知らなかったのかも。


↑椀物(貝柱真蒸・椎茸・つる菜・柚子)

米寿から外れていった。
話しを元に戻します。
「米寿」の「米」は、文字を分解すると「八(ひっくり返して)」「十」「八」となる。末広がりの八が2つ重なる年は大変、おめでたいということでお祝いする。


↑油物(海老・烏賊・茄子・南瓜・青唐)

そうか我が父親は、もう越えてしまっている。
お祝いしてない・・・。
いまから5年前は、私が一回目の死んだ年。それどころじゃなかった。
次の年は、二回目に死んだ年。それどころやなかった。


↑蒸し物

ボーッして気付いたら「古希」や!となるかも。
なにをする?
芋や牛蒡をいっぱい食べて、屁を「こき」ますか。(笑)
それまでに『薫響集(くんきょうしゅう)』という本を手に入れて、理論と実践を身に付けないといけません。


↑ご飯・香の物

また、それ始めた!
「義母さんの誕生日と米寿を祝う会」をすることになった。
義母さんの希望は、和食なんだそうです。
三姉妹で場所を相談して、「たん熊」となった。
本店は、タクシーのアクセスや店内が狭いから高島屋の7階に決まった。
百貨店の正面までタクシーで行き、受付で車イスを借り、エレベーターで7階までいける。しかも店舗からトイレにスムーズに行ける。
みな小食なので、こんなコースとなったそうです。
肉食の京男Jr.1にとって辛い料理になるだろう。でも彼も一応社会人だから雅満して食べてもらう。


↑煮物(鯛あら煮)、京女の分も食べました。甘かった・・・。

我が家は、こういうタイプの会食は苦手かもしれません。
まあ、前日アラシのキッチンだったからいいでしょう。
私もこの日は、大阪に行っていたのです。
大阪でステーキを食べていたので余裕の参加でした。
子供にも何かを食べて来たらいいとアドバイス。
14日の高島屋7階だからチョコレートの試食をいっぱい食べるという手もありましたね。


↑水物(アイス・小倉)

お姉様方にチョコレートをたくさんいただきました。
重ねてご馳走様でした。

●参考/長寿祝いの種類
還暦…61歳(満60歳)
古希(古稀)…70歳
喜寿…77歳
傘寿…80歳
米寿…88歳
卒寿…90歳
白寿…99歳
紀寿または百寿…100歳
茶寿…108歳
皇寿…111歳
大還暦…120歳
台風寿…210歳
天寿…250歳
蓬莢寿…551歳
鶴寿…1000歳
亀寿…10000歳

天寿を全うしましたは、250歳は生きないと言えないのかなぁ・・・。
誰も知り合いが居なくなる可能性がありますね。
家系が途絶えてしまったりとかも有り得る。
孤独に耐える強固な精神が必要になる。
ひょっとして自分が死んだことがわかっていない可能性もあるかも。

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嗚呼男組

2017年02月15日 05時20分54秒 | 

↑本日の料理の写真はすべて「アラシのキッチン」。トルコのチーズ(牛乳のフェタチーズ)。


↑ドルメ(ぶどうの葉、米、玉ねぎ、ひまわり、油塩、砂糖)

お正月に帰省しなかった次男が休暇を取って里帰りしてきた。
一昨日は、京男の実家に挨拶に行った。
参加したのは、京男、京女、京男Jr.1、京男Jr.2。
長女、次女は、急だったから不参加。


↑チキンシークケバブ


↑サラダ

男組が久々に集合。
この日は、緊急で歯科に行ったので、実家でみんな集合。
父親に「介護弁当を食べないで一緒に食事をしましょう」と電話をしておいた。
父親は「???」だったけど、外食ができるので参加。
「どこに行くのか?」と言ったので「アラシのキッチン」と言った。
父親は、下のスーパーには、買い物に行くけど、2階は上がったことはない。
料理は、ペルシャ・インド料理というとちょっとビビッていた。
食べたことがないのです。
普通、ペルシャ料理と言って「ああ、あれね」という人は少ないでしょうね。


↑ミックス・ケバブ


↑骨付き子羊肉煮込み

私も双子君たちといっしょだと気持が楽になります。
どんなモノでもすべてお皿が綺麗になくなりますから。
そのように躾けてあります。
父親も私も、好きなおのを少々食べたらいいのです。
これは楽。
いつもだと父親と二人ですからね。
私の負担がキツイキツイ。


↑ナン


↑チキンサグ(ほうれん草とチキンのカレーソース)

しかも、実家から近くなので家まで送り届けられる。
メニューも殆ど食べた経験があるから、自在に注文できる。
取りあえず実家で集合し、仏壇に挨拶。
さっそくアラシのキッチンに行く。
食べたいモノを注文。
そうか、父親はアラシさんと面識なかった。
紹介する。


↑エスタンブリ・ポロ


↑タンドリー・エビ

父親、調子にのって生ビールを注文。
もう・・・まあ、今日は担いで帰れるので安心。
もうひとり娘(次女)婿がいたら、力仕事はお任せパターンになるんだけどな。
そういえば、京男Jr.2は、まだ義兄に合っていない!
まあ、その内、合うでしょう。


↑ケーキ


↑トルコアイス

昨日14日は、京女のお母さんの誕生日と米寿のお祝いで、また宴会でした。
京女は、四人兄姉の一番下なんです。つまり私は末娘の婿です。
でも一番上の姉さんと私は同い年。
「お姉さん、小遣い頂戴〜」と言っても無視ですわ。
昨日は、夥しい量のチャコレートを貰った。


↑怪しいでしょ。

最後の方になって、長男に「水パイプを吸ったことはないやろ。やれ!」といった。
悪い親やね。しかも禁煙した父親にも「経験ないでしょ。吸おう!これを機会に喫煙を復活したらいかが」となり、アラシさんに用意してもらった。
食後、物憂い感じで水パイプで煙草を吸う。
いいですよ。
一番最後の写真が証拠写真。明後日は、父親の糖尿外来の日だから、この写真を持っていったら医者は喜んでくれるかな。

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カカオ100%

2017年02月14日 03時32分42秒 | 甘味・喫茶・その他


本日は、バレンタインデーですね。
理由は、わからないけど「女性から男性へチョコレートをあげる」という日。
もっとも女性の動向をみていると、美味しく高価なモノは「自分にご褒美」と称して買っている。なら男性がどうの・・・なんていう必要なんてないのかも。
しかもお返しにチョコレート以上のモノを要求している。お返しは、アンマン、蓬莢の豚まん、王将のスペシャル餃子とかにすれば笑えるだろうな。

先日、京女とチョコレートの特設売場に行った。私一人とか、父親と二人では、目立ちすぎますからね。
目的は、カカオ100%のモノを探しに行ったのです。多分、いろいろ売っているのはわかっていますが、美味しくて100%というのが食べてみたかった。
へたなモノは、美味しくないのです。
ボケ防止のために食べはるの?と言われそうね。
健康のためにお菓子を食べるというのは、いかがなもんでしょうか?
女性が好きなコラーゲンなんかもそうやね。次の日、お肌がツルツル!なんてテレビにでている方々がいうけど、あれって脂が浮いているだけやん。顔をあらったら元どおりになりますよ。コラーゲンを食べてお顔が綺麗に・・・なんてありえません。食べたら、アミノ酸に分解され、腸から吸収されます。それが顔に行くか、膝に行くか、お尻に行くかは指定できません。なんでそんなことがわからないのかな・・・。しかも、どんな材料からできたコラーゲンかわからない。人には人のコラーゲンが一番なんやけどな・・・。


↑地味な包装なのがいい。

試食をいろいろして見つけたのが本日のモノ。
カカオ79%、82%、92%と食べて見た。
我が父親に持っていくなら79%ぐらいかな。
それ以上は勿体ないと思う。彼は甘味に反応するからね。


↑エクアドル カカオ100% なんて書いてあるけど、意味がわからない人も多いかも。

このカカオ100%は、甘味はないのです。
でも奥の奥に甘味がある。
香りはとてもいい。たくさん必要ない。ほんの少量、口の中で溶かす。
すると目の前に暖色系の色彩が広がる。芳醇な香りが鼻腔から脳の深くへ漂う。


↑食べてビックリ!全然甘く無い!びっくりする人が多いだろうな。

昔、一人暮らしをしていた時、神戸のコスモポリタン製菓のオディールやココアローマが好きだった。私が調合したコーヒーとよく合った。
2006年に廃業してしまった。
京都にあったケーキ屋さんのザッハトルテもはまったことがあります。
私がそんなモノを食べるのは珍しいと思います。
でも自分でチョコレートを使ったケーキは作らなかった。
そうそう本場ホテルザッハーのモノを食べたことがあります。あれは、そう美味しいと感じなかった。日本のモノの方が好き。
そういえば、しばらく『ウィーン菓子スペシャリテ』川北 末一著(文化出版局)という本のお菓子を作っていた時期があります。懐かしい。この本は、古本でしか手入らないです。


↑二條若狭屋「天満の梅」


↑きんとん、粒あん



これは、先日お誕生日にもらった皮製の小物入れ。
チャック部分がつかみにくいという話をしていました。
こんな風にしましたよ。
「記事をみています」と仰っていたので、ご報告まで。

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クロワッサンで・・・あぁ〜あ

2017年02月13日 05時05分07秒 | 

↑こういう風にガラスのケースにいれると高価なモノに見えますね。

一昨日から奥歯のあたりが変だった。
口内炎が酷い影響かな・・・と思っていた。
なんか噛み合わせが変だった。


↑美しいでしょ。歯の詰め物とは思えない。私だけかなぁ・・・そう感じるのは。

そして昨日の朝、いつものように機嫌良くエスプレッソを300㏄とクロワッサンを食べていた。
すると口の中でガサガサとなった。
最初、「クロワッサンかな?」と感じたのです。
ところがちょっと堅い。
手に取ると本日の写真のようなものが・・・奥歯の金属の詰め物がとれた!
これはちょっとショック。
前の晩、なんか変だったのはこれか。
そういえば起きる直前、いつもの歯科に電話をする夢を観た。
時間は、9時10分(夢の中で時計を見るのは珍しいでしょ)なんですよ。
夢の中で、あの医院は9時30分からだから、電話をしてもだめだ・・・。
という夢。
それで朝、この有様。


↑食欲がない状態で永正亭でランチ。これは永正亭の「衣笠丼」。

きっと詰めた金属の下で虫歯みたいなことが起こり、接着が弱ったのかもしれない。
古い箇所はそういう現象が起こる場合があります。
それともただ取れたのかな・・・。
干し芋の丸芋の影響かも。夜に食べた時、すごい粘着力で歯にくっついたからかな。
そうだあれに違いない。
取りあえず、今日電話をしないといけない。
この間、行ったところなのに、次回はゴールデンウィークが終わったあたりの予約だったのにな。


↑京都に衣笠山(きぬがさやま)があります。第59代宇多天皇が、真夏に雪景色が見たいと衣笠山に白絹をかけた故事があります。別名「きぬかけ山」ともいいます。その衣笠山に狐が住んでいたのでしょうね。そこからこの丼が登場した。甘辛く炊いた油揚げと青ねぎを卵で綴じたものがのっている丼。とても京都らしい丼。貧しい食べものやけど、名前は立派という実に京都らしいものなんですよ。でも私は好き。

でも、外れてなんかすっきり感じるのです。
これは問題かも。噛み合わせが違って来ていたのかも。
いまの感じをしっかり憶えておかないとね。
噛み合わせを調整してもらう時に大事なんです。
いま、はずれた状態の方が身体が滑らかに動く気がする。


↑永正亭「のっぺいうどん」京女好み。寒い時はこういうのに限ります。

昨日は、またまた実家行き。
まず京女と買い物。
チョコレートの売場をウロウロしていました。
昨日は、カカオ100%でしかも美味しいものを私は探していた。
ありました。100%でも美味しいものが。
口の中の余韻がとてもいいのです。
いまは、バレンタインデーがあるのでゆっくり探せないので、常店を聞きました。
そこなら年中売っている。
それと原産国の違いを極めてみたいと思っているのです。
20歳ぐらいの時、コーヒーの研究をしていました。
豆の種類によって味が違うのですが、それがすべてわかるようになるまで飲みました。そして次ぎに個性の違う豆をミックスして、自分好みのコーヒーにして飲んでいました。
23歳ぐらいだったかな、コーヒー豆の不作のような年があり、それを境に不味くなったのです。


↑永正亭「たまごとじうどん」

その頃、紅茶の専門家と出会った。で紅茶の方に走った。もちろん徹底的に色んな種類のお茶を飲みました。中国茶もその頃かなり研究しました。
その経験が後に役にたったのです。
返還前の香港に行った時、ガイドに「お茶の専門店につれて行け」と言っておまらせました。当時、観光客でお茶なんて誰も言わなかった。ブランドモノばかり。
本屋に飛び込んで、本も買った。あの時だ、インド料理の作り方の本を買い、辞書を片手に訳してインド料理を作った。当時、日本にインド料理の料理の本なんかなかったのですよ。
その頃の話は、山ほどある。
しっかり書いておかないといけません。
頭のどこかで「書け」と言っている。
なんだろう・・・。


↑このうどん、こしがないのが実に京都らしい。

今日もまた、話しがそれてしまった。
脳の違う部分が動いてしまうようですね。
歯の詰め物がとれて噛むという作業に制限があり、食欲があまりなかったのです。
歯の詰め物の写真の後、とりあえず食べ物の写真ということで永正亭の写真でした。
昔々の尿道結石の写真よりはいいでしょ。私的には全然問題ないのですが・・・。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
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