書道家Syuunの忘れ物

趣味のパソコンやカメラの実機レビュー、書道展の情報発信、CyberLink MVPなのでYouTube配信をしています。

砂本杏花書作展

2006-10-06 21:23:19 | ちまたの噂・雑記事
砂本杏花書作展
いやぁ~~~今日は土砂降りだった。銀座も人数少ないかと思えばいつも通り。伊東屋では店員が店頭で傘のビニールを配る始末。だからランチタイムも1時を過ぎると閑古鳥だ。
銀座セントラル、東京銀座画廊美術館は書の展覧会が5つもあるから、平時の中日なのに結構人が訪れる。又、運営委員の当方としても「受付」の当番の先生が沢山来てくださると大変助かる。以前、受付をする人もいなくて「お客様の接待」に先生が行ってしまうと困ることがあった。



さて、「砂本杏花書作展」今回大作ばかりである。高さ1.8m長さ5.6mなんて作品が3点もある。
正直言って会場が広すぎて、こんな作品が沢山無いと会場が締まらない。
砂本先生も事前に会場を見て作品を作られたそうだが、ご苦労が忍ばれる。
正直言って小生ではこんな大作3点、4点もでは「ごめん被りたい」。いずれにしろ大した体力と気力に感服する。
大作も作品集を見る限り、本当の色が出ていないので何とも味気ないが実物はなかなかである。又ある先生の評として、「表具の色」が統一してあって「気持ちがよい」という意見もあった。
いずれにせよ全体の雰囲気は、淡墨、青墨であるので何やら「ほっとする」気持ちの展覧会である。
祝賀会(レセプション)の出席したら、若いころ「砂本先生は」大変な美人でとの紹介があった。
実際今でも「年齢不詳」の美女と言ったら失礼になるかも知れない。女性としては「得体の知れない」というのだろうか。又、書道の方も「ある大先生」が私が習いに行ったら既に大先輩だったとか、砂本先生の「教科書の揮毫の字」で勉強したと言われていた。
今部門は、近代詩文なのだか元々「漢字」の先生で日展で「特選」を取ったというから漢字を続けていたら日展会員になっていたかも知れない。
書は、「人なり」と言うとおり「砂本先生」の人物、性格そのものを表現している展覧会なんだろうと思う。
又、大作の外に小作品が沢山あってこれが非常に出来がよい。皆ちょいと部屋の隅に飾っておきたいものだ。やはりセンスの良さはどこにでも出ている。

川崎白雲・伊藤神谷遺作展

2006-10-06 00:10:12 | ちまたの噂・雑記事

川崎白雲・伊藤神谷遺作展
10月2日から4日まで‥‥展覧会を見に行ってきた。

展覧会‥‥会場とは、東京銀座・セントラル美術館と銀座画廊美術館である。
ここで8日まで4展覧会が開催されている。
(財)書道芸術院・秋季展、川崎白雲・伊藤神谷遺作展(玄遠社・主催)、砂本杏花書作展、馨香会展である。
(財)書道芸術院・秋季展と馨香会展は社中展の様なものだから置くとして、まず川崎白雲・伊藤神谷遺作展について考えてみたい。



川崎白雲とは、四国出身の書家で元高知師範学校の教師であった。戦後新制高知大学になるにあたり退職して、書家として大阪へ出たとのことである。書家というのは長命で川崎白雲翁(先生)も90歳(享年95歳)を超えて長生きをした。伊藤神谷先生(享年91歳)も、あの金子鴎亭先生も90歳以上の長生きだ。
さて、川崎白雲先生の作品を見てびっくりするのは、未だに「作品が新しい」。
はっきり言ってしまえば、今我々が悪戦苦闘して作品を作っているものを既に「みんな」やっしてまっている。‥‥やり終えているという事実である。
正直言って、我々は今頃何をやっているのか全く悶悶とする。
川崎白雲先生は、鈴木翠軒の系譜であり、伊藤神谷先生は、比田井天來の系譜であるという。比田井天來と言えば、金子鴎亭も大沢雅休もその弟子筋に当たる。即ち、明治以来の書家の第二世代だ。
‥‥まあ小生は、横堀艸風の弟子。即ち大沢雅休の孫弟子に当たるのであるが、この「大沢雅休の作」でさえ今でも新しい。

思うに、現代はあまりにも情報が多い。それだけでなくPCなど、学ばなくてはならないことが「書」より多い。中々書に専念できない時代になってしまったかと思うこの頃ではある。
その上、書に対して「冒険」が出来なくなってしまった時代でもある。「公募展」の制約、展覧会の制約‥‥このために戦後書壇は毎日書道展から読売が分裂したり、書道芸術院から書団院や現代書作家協会など‥‥‥‥が分裂したりそんなところであろう。

それにしてもである。
この第二世代の「書の巨人」たちの作品を、「遺作展」「生誕100周年展」などで見るたびに毎回圧倒される。
正直言って、自分の師匠を超えたと思えることを一つでも多く「作りたい」‥‥という夢。中々実現しそうにない。