書道家Syuunの忘れ物

趣味のパソコンやカメラの実機レビュー、書道展の情報発信、CyberLink MVPなのでYouTube配信をしています。

綾瀬はるか・主演映画「僕の彼女はサイボーグ」

2008-12-31 23:43:49 | 映画鑑賞関係
綾瀬はるか主演映画「僕の彼女はサイボーグ」

この年末、綾瀬はるか主演映画の「僕の彼女はサイボーグ」のDVDを見た。
この映画に興味を持ったののは、紀伊國屋書店のDVDコーナーでデモを見ていたからなのだが、どうも初めのシーンしかなかったようだ。
ストーリーは韓国映画のリメイク版という事で、あまり期待せず事実見てみてると粗雑というか、日本人的な叙情が少ない直接的な部分が多いTV映画のようだ。
DVDの初めにやはり「綾瀬はるか」主演の「ICHI」という女座頭市(瞽女)の予告シーンがあった。
最近の座頭市の映画としては北野武監督の「座頭市」(2003年ヴェネチア国際映画祭・監督賞他多数)がまだ記憶に新しく、何やら設定が妙ながする。
「綾瀬はるか」主演の「ICHI」は「瞽女(ごぜ)を扱った物語」という事なのだが、映画公開中という事で見ていない。
さて、「僕の彼女はサイボーグ」では、綾瀬はるかの胸が高いモデル体型がサイボーグというか人造人間体型に合って中々であった。
映画は、綾瀬はるかのための映画のようで、多くの映画評の通り綾瀬はるかが驚くほど綺麗に見えたという事は、間違いない。
しかし、以前フジテレビ系の「はねるのとびら」の「ほぼ100円ショップ」(5月28日放送)に、ゲストとして(映画『僕の彼女はサイボーグ』)キャンペーンを兼ねて綾瀬はるか・小出恵介した。
CFでは度々見ていたが、こういうTV出演だと妙な映像トリックを使わないので結構素顔やらその体型が分かる。
そこでの印象は、映画ではその大柄なモデル体型というのはあまり分からないが、実物を見たら違った印象なのだなと思うことしきりだった。
何故なら、身長は165cmと公表しているがヒールを履けば170cmを越える。
驚くほど顔が小さくて、座高が低いから座れば小柄に見えるが立ったらビックリという感じ。
実社会にいたら、どうかなと言う気がする。
その昔、TVCMなどに出ていたモデルさんや女優さんを近くで見た事があった。
実際見ると、TV映像とのギャップに驚かせるものがあり、あまり垢抜けなくてパットしない女優さんなどが実際は驚くほど綺麗だったりする。

映画は、最後に多少どんでん返しがあるのだが、唐突に綾瀬はるかの二役の別の女性が出現してしまうのには誰もが違和感があるようだ。
「時にかける少女」のTV版でも、過去の次元に知り合った、又深い関係にあった人物が10年20年後に、別人として現れるというラストシーンがある。
その続編を思わせるシーンだが、日本映画だとこういう風に終わる。
少なくとも、この韓国映画風の直接的な表現では物語は終わらない。
恋愛映画だけでなく、こういう映画というものは今後どうなるのだ、と思わせるシーンで終わるというのがハリウッド映画を含めて一般的なのではないか。
そんなところが無かったのがこの映画を駄作、B級映画にしてしまった気がする。
映画というのは、ある意味ラストシーンで決まるということもある。
あの『シェーン』(Shane)アラン・ラッド主演「1953年、パラマウント映画製作」のラストシーンは、「シェーン! カムバック~」
永遠に残るラストシーンではないか。

再度言うようだが、この映画では普通誰も着ないような、そして着ても似合わないような綺麗な衣装を着て、魅力的で可愛い綾瀬はるかが出演する映画であるという事だ。

イスラエル軍のガザ空爆報道について妙な感じを思う

2008-12-31 18:26:07 | 新聞社説・正論・主張を読み解く
イスラエル軍のガザ空爆報道について妙な感じを思う

ガザ空爆に関して、29日に新聞各社社説で
朝日新聞「ガザ空爆―まずイスラエルが自制を」、
毎日新聞「ガザ空爆 国際的仲介で流血の拡大防げ」、
読売新聞「ガザ空爆 報復のスパイラルに陥るのか(12/30)」、
産経新聞「ガザ空爆 事態の拡大をまず止めよ」
と掲げているが、内容的には微妙な違いでしかない。
但し、その微妙な違いにいろいろ面白い事が気づくというものである。
まず毎日新聞は、「オバマ次期政権の発足を待つしかないのか、と苦い思いが込み上げてくる。」と無い物ねだりをし、「米国の仲介が難しいというなら、国連を中心とした実効ある枠組みに転換すべきだ。」と無意味な国連中心主義を貫く。
そこにイスラエルの生存をかけた戦いというものに言及していないことから見て、「戦争」というものの本質を理解していない事が良く分かる。
その無理解は、朝日新聞も同じで「国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長や欧州連合(EU)は「即時停戦」を求めた。国連緊急安保理も招集された。国際社会は何よりもイスラエルに対して軍事行動の自制を強く迫る必要がある。」
‥‥と国連の説得に期待するというところなのだが、国連というものがほとんど役に立たないというのは、イスラエル自体がよくよく理解しているところである。
朝日社説では「ハマスはイスラエル南部の都市に向けて手製のロケット弾を撃ち込んだ。」
と書きながら、「ハマスのロケット攻撃は非難されるべきだ。威力や命中精度が低いとはいえ、いつ飛来するかも知れないロケット弾へのイスラエル市民の恐怖は理解できる。」
と如何にもハマスを単なる武装組織であるような言い回しである。
しかし、既に数百発もロケット弾を発射し、日に30発という事もある。そのロケット弾はイスラエル南部30km地点にも着弾している事から「手製」などといういい加減なものではないことが分かる。
朝日新聞というのは、ベトナム解放戦線を単なるゲリラと表現していたが(他紙も同)、実は北ベトナム製正規軍だった言うことを報道していなかったり、軍事に関して甘すぎる感じがある。

産経新聞は
「来年1月1日から再び国連安保理の非常任理事国になる日本の役割も小さくない。日本は政治的働きかけでは限界があるものの、双方の信頼醸成を目的としたプロジェクトや、過去15年間で約10億ドルに上るパレスチナ民生支援など中東和平への環境づくりで特異な貢献をしてきた。これらを土台にさらに地道な努力を続けたい。」
‥‥とノーテンキな日本の対応に幾分期待する感じがあるが、日本の対応というものは感謝こそすれ、根本的な解決にはならない。
パレスチナ民生支援とはいえ、国の消滅が懸かっている戦いに於いてはその存続に対する対応でないと無理というものだ。
だから何時も日本の「金」と言うものは国際社会では政治的な意味を持たず、感謝もされず、無駄金に終わる事が大きい。
もっと酷いのは当然朝日新聞の最後の一文で
「米国はこれまで安保理などで常にイスラエル擁護の姿勢をとってきた。しかし、中東で流血が続くことはイスラエル自身がいつまでも苦しみ続けることでもある。真の友人を自任するなら全力で説得にかかってほしい。」
‥‥と「話せば分かる」という朝日論を展開している。

イスラエルは、やられた事に対して「三倍にして」お返しするという体制で、今後絶対に手出しはしないというまでは絶対に戦いは止めない。
そして、それはイスラエルの存続する道であるというのは、イスラエル自体が良く分かっている事である。
日本と当時の国民党との戦争で、盧溝橋事件、通州事件、上海事変と続く支那事変で日本は、戦争を回避しようとして戦況を見誤った。
回避するのにも、戦争を拡大するにしても常に難しい対応を迫られるというのが現実である。
今の日本にのように、単に話をすれば分かる、戦争反対、平和を唱えるだけでは戦争が無くならないと言うのは、現実問題として存在するという事を再度認識する必要があるのだろう。

syuun の不思議な少年時代 その20

2008-12-28 23:10:11 | syuun の不思議な少年時代
syuun の不思議な少年時代 その20

第2部-2
syuun の不思議な少年時代を再開します。
種々な理由で中断していました。又、今後は支障のない場合は名前を実名にすることがあります。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
桃井(もものい)小学校の6年生
昭和38年、ちょうど東京オリンピックの前年に当たる。
だから、何やらあわただしい雰囲気が漂っていたが、別に地方では何事もなかった。
少なくとも、当時の少年の耳に残った事は何もなかった。
但し、ラジオからはコニーフランシスの「ボーイハント1960」や「カレンダー・ガール1961」の歌が流れていたりはした。
今で言うシャッター通りなどという言葉など信じられないほどアーケート街は繁盛し、既製服など無かったくらいだから、服の生地を売る店や呉服店の繁盛していた。
今スズラン百貨店となった店は、当時10年ほど前に古着屋から出発して、アーケード街にいくつかの店舗を持つ巨大店に発展していた。
季節の変わり目にいた、傷痍軍人の身なりをした「物乞い」もほとんど見なくなり、時として見ても、「偽物だから」と警告する人がいた。

新しい担任の教師は、国語の教師で山田先生と言った。
顔は面長で、メガネを掛け、黒い髪にポマードをつけたオールバック。
上履きのスリッパは古い靴のかかとをはぎ取ったような革のスリッパ。昔は古い靴が使えなくなったらこの様にして使ったのかも知れない。その後は初めからその様なものがあった。
映画俳優のカーク・ダグラスのようにあごが二つに割れていて感じはよく似ていた。
どちらかと言えば二枚目の方だろう。
年齢的には、もう教頭、校長にでもという感じだった。それが何故教頭、校長にもならず一介の小学校教師なのかというと、噂では結核の持病があって長期休職していたらしいという事だった。
そして、もう一つの噂は昔の「勤評」(勤務評定)反対運動をやり過ぎたという話はあったが、あくまでも憶測の域は出ていなかった。
その「結核の持病」の方は本当だったらしく、その後退官したあと程なく結核でなくなったとは四半世紀後に同窓会の後に知った事だった。
いずれにしろ、かなり古いタイプの教師であった感じがした。
だから、一旦怒鳴ると大音声で凄い迫力があった。
そして、今までのN.Y先生のようにある特定の児童のみ重要視するというのではなく、児童一人一人に役目(役職)を与え責任を持たせたりした。
そして、6月の小学校最後の一泊の修学旅行「江ノ島鎌倉」から帰ってきてから、何やらクラスの微妙な雰囲気というものが理解出来るようになってきた。
クラスのK.N君は児童会長で既に人気者であった上に、何か目に見えない取り巻きグループを形成してしていた。
Kは、クラス一番の美少女M.T嬢をつけ回していたし、一方、M.T君(男)は「理科が得意」という事にいつの間にかなっていて、山田先生は理科はMが得意だから、Mに答えさせるという風にしていた。
ところが、そんな事に踊らないのがMで、別に理科か得意であったわけではなくたいして勉強もせず成績も良くなかった。
但し、このM.T君とは群馬県立前橋高校1年の時同じクラスになった。
当時の群馬県立前橋高校の偏差値は、偏差値が公表される前の話で20年後に偏差値を見たら72だった。当時偏差値があったなら偏差値75はあったに違いない超々難関校であったことは間違いない。(現在は68)
クラス会で逢ったときは、M.Tは県庁の職員になっていて同期のA.T嬢によれば幼稚園で一緒になったとか‥‥
しかし、一回クラス会に出できただけで二度と参加する事はなかった。

修学旅行「江ノ島鎌倉」には、当時の羽田空港の見学とか、鎌倉の大仏とかの写真が残っている。
この修学旅行の時は梅雨だから、例年雨にたたられ江ノ島についたときは夕刻で、雨に霞んだ江ノ島は見えなかった。
そして、今から思えば特徴的だったのは「米」を持っていった事だ。
何故なら、米は統制が残っていて、普通に買える米は「ヤミ米」といっていたからだ。
しかし、行った旅館側では今は必要ないと受け取らず、そのまま持って帰ってきた記憶がある。戦後の残滓というものは、まだまだ残っていた。
その残っているものには、その時の修学旅行「江ノ島鎌倉」の旅行記がある。
その旅行記というのは、実は母によって完全に添削されて直された曰わく因縁のものなのだが、今読み返してもどこを直されたのか見当も付かない。
そして、その内容に少し因縁をつけてきたのが例の「ジャイアン」事T.Tであり、完璧なまでに仕上げてきたのがK.N君の旅行記だった。

その旅行記を見た母は、完璧すぎると驚嘆したが、実はK.Nには「姉」という2歳年上の家庭教師がいた。
小生が、前橋高校に通っていた1年時に、群馬大学教養部(桐生)の数学教師遠山教授による「数学教室」というのがあった。
これは、前橋の中心部に近いところにあった「洋裁学校」を日曜日の午前中だけ使って、手弁当に近い形(経費は数百円だった。)で毎週朝6時30分から始めたものだった。
ここには、前高、前女の高校生が集まって簡単な講義を聴いた後、45分で大学入試問題を解き提出するというもの。
その時の満点常連組が当時前橋女子高校3年だったK.Nの姉であったことが判った。
K.Nと比べて大柄で顔が小さく上背は多分165cm以上?といったタイプだった。
後に当時の「女の東大」といったお茶の水大学に現役で合格したほどの才媛であったから後から思えば当然というものだったろう。

そして、その他の男児というのはまだ目立たない存在で、逆に女児のA.Mとか超美少女M.T、もう一人の中学・高校時代には「こけし」の異名をとったM.T嬢などか成績優秀の上、女性としての「芽」を出し始めたところだった。
ちなみに、その3人は全て後に前橋女子高校に進学した。
前橋女子高校とて、中学のナンバースクールの進学校でもトップクラス、場合によっては学年主席でないと入学出来ない難関校だった。

こんな風に、夏休み前は順調に何の「苛めも・偏見もなく」進んだ。
学校の授業は新鮮で、正に乾いたスポンジに水を吸い込むようだっが、その19に書いた通り夏休み以降次第に微妙な変が現れてくる。

いずれにせよ、小学校の6年生というのは人生における一つの原点であると今でも思う。
何故かというと、子供時代‥児童からもう少し大きい少年、青年へ‥‥そして、自己確立(アイデンティティの確立)への転換点だからである。
又、それは一般的な物の見方なのであるが、小生にとっては「悪夢からの脱出」を意味した。
悪夢とは、小学校4.5年の時代であって、絶対にあの時代には戻らないと覚悟と強い意志持ったものだからだ。
事実として、小学校4.5年の時代というのは、身体、頭脳の停滞期であり、自分の能力は計れなかっただけでなく、分かりきった事を試した時期でもあった。
「分かりきった事を試す」というのは、大学時代同じ事をやった同期生がいて、やはり納得がいったと面白い事を言った。
そんな事は子供時代に全部やったとは言わなかったが、言葉に出たのは「当たり前だ」だけだった。
考えてみれば、当時の水準として両親はどちらかと言えば年寄りだし、兄とは年が離れすぎて相手にならず、何もかも自分で試してみなければならなかった。

そんなふうに小学校6年生活が始まったのだが‥‥、
四半世紀経ってクラス会という事で過半の人達と再会し、当時口も聞かなかった、目立つ事もなかった人達と親交を深める様になろうとは思いもよらなかった。
そんなクラス会の幹事として同窓会を主催したのも、実はこの小学6年の時に「芽」があった。
やって欲しい事があっても、誰もやってくれないのなら自らが「率先してやれ」という事である。そうすれば、そのメンバーから外れる事はないし自分が苦労する気なら何でも出来る。
そして、そんな能力という「芽」が僅かに潜んでいそうだと気がついてのがこの歳だった。
そのクラス会後に、親しくなった一人が、ブログEntry「友人の葬儀で『弔辞』を読み思うこと」で書いた「岸君」であって、小学校3年から6年まで同じクラスにいながらほとんど話をした事がない。
しかも、6年の時には「視界」から完全に消え、今でも当時の岸君の記憶は一切無い。
記憶がないといえば、その他今では一番親交が厚い4人も似たようなもので記憶としては、柔道で鍛えて暴れん坊の例の「ジャイアン」そのままだったTぐらいなものである。
そして、この桃井小学校6年から中学校へ進学するのだが、当時県下でも有数の進学校だった前橋市立第一中学校(当時ダントツの前橋では随一)とランク落ちの第三中学校、そして別格の群馬大学学芸学部附属中学校と別れる事になるのは昭和39年。
即ち東京オリンビックの歳となる。

つづく‥‥

ソマリア沖海賊対応に見る民主党に政権を任せられないワケ_その2

2008-12-28 02:21:19 | 日記
ソマリア沖海賊対応に見る民主党に政権を任せられないワケ その2

今回のエントリーで、何時も見て頂いているS氏からコメントを頂いた。
‥‥‥‥‥
問題は、海自は全く実戦向けじゃないということなんですよね。
それこそ、いわゆる重巡視船を海保に装備した方が早いのじゃないかというくらいです。
まず大前提として、交戦法規がない。というか、そもそも軍法がない。
高度な訓練を受けたプロ集団という能書きはともかく、単なる公務員が武装したのと実のところ大差ない状況です。
今のまま送り込んで、交戦してあいて殺したら刑事事件として裁かなければならないのですよね。それこそ左翼が驚喜するでしょう。

その点、海保はちゃんとした法的地位があり、経験も豊富。装備も小火器など豊富に持ち、セキュリティだって持っていますから、大型艦派遣なら同乗させられます。
そもそも、海自はセキュリティ要員は専門ではもっておらず、ろくに訓練も受けてない船乗りが兼務することになってます。
例の特殊部隊はあれはセキュリティ要員ではありませんから。

それと、装備に関していえば相手は漁船ですから主装備には40-57mm程度のハイテク自動砲で十分です。
問題は、おっしゃるとおり装甲が不十分ですから、対策が必要でしょうね。

ただ、本当は他国に習って海自を派遣できた方がいいのです。
個人的は、そういう状況で、無理して派遣すべきではないと思います。
法整備を半世紀も放置してきたツケですね。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
巡視船としては、「しきしま」級の重武装巡視船
(総トン数は6500トン・対空レーダーはちくご型護衛艦などに装備されているOPS-14・ヘリコプター2機・35mm連装機関砲2門、20mm多銃身機銃(バルカン砲)2門・プルトニウム運搬船護衛用として1990年度予算で開発されたもの)
を使えという指摘もある。
これは、巡視船型をした護衛艦のようなもので、本来護衛艦を使うべきところ政治上の目的で作られた。
但し、各国のフリゲート艦(駆逐艦より大きな巡洋艦)に比べると、見た目も迫力はない。

この護衛艦派遣というのは、既にG8で軍艦を派遣していない国は日本だけとなって、既に国際社会から孤立しつつあるという点につきる。
だから、護衛艦の派遣以外の選択肢はないというのが実情なのではあるまいか。
民主党の小沢氏にしろ、国連貢献だアフガンに自衛隊を派遣しろと言いながら冷淡なのは、小沢氏と言うのはその場限りの事で言う人間ということが分かる。
要するに、原理原則がない従来型の政治家の一人だということではないか。

そして、国際問題に関しても日本人は「手続き論」から真面目に細かくやり過ぎるきらいがある。
しかし、日本人の真面目なやり方は実際評価されるとしても「政治上」は無力というのは、過去エントリーした記事の国連機関に勤めた日本の元官僚の回顧録ではっきり言っている。

その手続き論としても、実は「海賊対策として」閣議決定してしまえばある程度運用出来てしまうと言うのが、今の日本の状況になっている。
そして、自衛隊はあの「田母神俊雄・元航空幕僚長論文問題」で「文民統制」と言うことを散々言われたから、政治が判断すれば出で行かなければならないことになる。
要するに、これは国会軽視なのだか、現に「村山談話」や「河野談話」その他国会の法律でもないことが法律のように扱われている以上有効だろう。
もし、無効だとするならば、「村山談話」や「河野談話」、政府見解を法律としては無効とせざる終えない。
ダブルスタンダードを貫くと、益々混迷した政治情勢になる。
戦前は、軍国主義と言いふらすが、理論が確定していないために広義のシビリアンコントロールと言うものはなされていた事は間違いない。
小沢氏は、麻生氏のお手並み拝見というところだろうが、それで政権が取れるのかと疑問を抱くのが、今回のソマリア沖海賊対応なのではないか。

ソマリア沖海賊対応に見る民主党に政権を任せられないワケ

2008-12-27 17:23:32 | 新聞社説・正論・主張を読み解く

ソマリア沖海賊対応に見る民主党に政権を任せられないワケ

「麻生首相は、ソマリア沖の海賊対策として自衛隊法に基づく海自艦船の派遣の検討を浜田防衛相に指示した。」(読売社説)
これに対して、浜田防衛大臣は否定的な見解を示したと報道されたから、浜田氏は「田母神俊雄・元航空幕僚長論文問題」に続いて男を下げた感じがある。
日本の法律というのは、官僚に都合の良いところは際限もなく寛大解釈され、一度防衛問題になると矮小化されるというのは困ったものだ。
少し前に官僚の金の使い方について正されると、法律に従って実行しているといいながら法律の条文を探してみてもどこにもそんな項目はなかったりする。
それが法律の条文に書いていない「官僚法律」というヤツで日本の法律というのは、どうにでもなるところがある。
だから、法解釈の違いという裁判が起きたりする。
さて、この麻生首相の自衛艦派遣に対して、今日は日経以外朝日、毎日、読売、産経と社説で取り上げているが、いつもの通り「朝日、毎日」対「読売、産経」と言う構図になった。
しかも、朝日、毎日の社説がうり二つ、はっきり言って同一人物が書いたのかと思ったものだ。
読売、産経の社説は論ずることもないが、朝日、毎日の社説の特徴はどうしても容認しなければならない現実、事実を述べ最後にひっくり返すやり方である。
そして、自衛隊となると厳密な「武器使用基準」などを持ち出したりするのだが、もしそうであるのなら「元航空幕僚長論文問題」の時に自衛隊を「軍隊」として扱ったことに対して矛盾する。
こういう矛盾したことばかり書くのか朝日、毎日新聞の防衛議論である。
それは、戦後民主主義の安全保障タダ乗り、「平和と叫ぶと平和になる」という「汗をかかない」平和議論であることは今や誰でも分かっている。
そんな言葉遊びを堂々と言っていられるのが「大企業」と言うもので、この不景気に朝日新聞は41歳で平均1,652,110円(国を憂い、われとわが身を甘やかすの記・阿比留瑠比)の冬の賞与を貰えるのだからご大層なものだ。
「汗をかかなかったら」中小企業など明日にも潰れるというものだ。

その矛盾した議論に
「マラッカ海峡の海賊対策で国際協力の実績がある海上保安庁の経験を生かすことも考えるべきだろう。」(朝日新聞)
「日本は、東南アジアの海賊対策で「アジア海賊対策地域協力協定」策定を主導し、マラッカ海峡周辺国に海上保安庁の巡視船を提供するなどして海賊封じ込めに成功した実績がある。こうした経験を生かすべきである。」(毎日新聞)
‥と防弾にもなっていないし、精々機関砲1門の巡視船を派遣しろと言っている。
しかし、巡視船というのは沿岸警備のもので単独行動には適さない。
平成20年12月27日(土)、読売報道によると「ドイツ海軍フリゲート艦が、艦載ヘリからの威嚇発砲で海賊船を制止し、船舶検査で武器などを押収した。エジプト船の乗組員1人が海賊の銃撃で脚を負傷した。」 とある。
防弾装甲もない巡視船では何も役立たない事などは明白だ。
それでもと言うなら、巡視船が派遣されたとき許されるとして朝日、毎日は記者を乗船させるかと言えばさせないだろう。
なぜなら危険だからだ。

一方、民社党ではソマリア沖海賊対応の議論は以前多少なされた報道があったが、別に法案を出したわけではない。
ここで民主党は、もし自民党に先駆けて「ソマリア沖海賊対応」の法案を出していたら世論の様子は変わったかもしれない。
それは、軍事、外交に関しても民主党には見る目があるというものだ。
ところが、小沢代表は自民党の「ソマリア沖海賊対応」理解を示すも「朝日、毎日的な」否定論だった。
もし、民主党政権だったらソマリア沖海賊にたいする対応は麻生首相とは対照的に「なし」だったのか一つの試金石になった。

民主党は、先の雇用問題に関して法案を出したものの、資本主義経済というものを理解していない愚かなものだった。
結局、民社党では反対ばかりで政権を任せるに至らないと現時点では思われるだろう。
民主党の欠点は、国民の安全、軍事外交問題に関して全く無頓着なことだ。

内向きな政党というのは、結局国民の支持を得られないというのはどこの国でも同じようなものだ。


NISSAN CARWINGS:日産カーウイングス2008_7月?版バージョンアップ

2008-12-26 22:49:34 | 日記
NISSAN CARWINGS:
日産カーウイングス2008_7月?版バージョンアップ完了。
NISSAN CARWINGSが繋がらない不具合の続き

平成20年12月26日(金)日産プリンス群馬から電話があって、HDDカーナビのバージョンアップが出来るようになったという。
何やら、バージョンアップ用のCDが送られてきたとか。
それで、午後に日産プリンス群馬に出かけてみた。

営業のK氏は、このバージンアップについては、カーナビの修理を担当している○○社でも知らなかったという。
いろいろと問い合わせて、何やら輪郭が分かってきて、結局それが送られてきたのが「日立」の方からだという。
そして、この7月にバージョンアップされた新型は正常だが、古いものはウィルコムWS012GSの接続では毎年12月20日から31日まで接続が出来なくなる不具合がある事らしい。
群馬の日産系のディラーではほとんど知られていない症状だったのでということ。

それで、バージョンアップは、CDを入れると自動的に最新のものになるらしい。
正直言って、コーヒー1杯飲んでいるうちに拍子抜けのように終わった。
車をマイナーチェンジするので、いろいろ不具合を修正したのか良く分からないが、そうでなかったら困ったものだった。
場合によっては、このカーナビのバージョンアップCDを持っているのは、群馬ではこの日産プリンス群馬だけになるかも知れない。

さて、カーナビが最新版になったとしてどこが違ったのか。
多少今までと違った妙な動作はする。
たとえば、ルート設定した左折で、農道をのろのろと走ると、「左です」と再度警告したり、先の渋滞情報の音声ガイドが途切れたり‥‥渋滞ではなかったが。
しかし、それが変わったのかどうかは分からない。

兎に角、ウィルコムWS012GSが使えるようになったことは間違いなかった。
しかし、カーウイングスの「お客様センター」のお姉さんが言った「音楽CDの曲名のダウンロード」の件が引っかかり、新譜のCD‥‥曲名をダウンロードしてみることにした。

これば以前ネットに繋がる情報端末なのに、アクセス出来なかった事だった。
当然、メールの送受信出来るはずだったのに出来なかったウィルコム端末だった。
だから今までの、ウィルコムWS012GSというのは、カーウイングスにしか繋がらなかったものだった。
‥‥で結果、バージョンアップになって曲名がダウンロードされた。
何と言っても、今まで「音楽の曲名が日付、時間表示」だったのだからね。
これなら、1か月1200円払っても良いかなと思うものだ。

これで、まともにNISSAN CARWINGSが使えると言うもの。‥‥それでその他のバージョンアップは?
不具合修正だけではない筈なのだが‥‥
ほんと、今回の件はNISSAN CARWINGSのHPで知らせるべきものだったろう。
そして、今後はネットからバージョンアップ出来るようにすべきなのではないかと思う。
但し、通信速度か遅いのでディラーの方が間違いないが。

それにしても、今回の件は人騒がせだったが、不具合が直ったのは良かった。

友人の葬儀で「弔辞」を読み思うこと

2008-12-24 23:59:15 | syuun の不思議な少年時代
友人の葬儀で「弔辞」を読み思うこと

平成20年12月24日(水)、小学校の同窓生の葬式に行ってきた。
この年末になって急逝するというのはどういう事か、くも膜下出血か、心筋梗塞かと思ったら肺がんということらしかった。
平成20年12月23日の天皇誕生日の朝、けたたましく電話が鳴った。
それは、何やら慌てた声での同窓生Aからの話、「Kくんが死んだのよ、新聞に載っている」「Tくんは、今診療中で話が通じなかった。どうしたらいい~~。」
‥‥とはいうものの、その時間まだ新聞を取りに行ってもいない。
しばらくすると、同じくFからの電話「後輩に花屋がいるので花は、4人連名で注文しておく。今日のお通夜は出るでしょう。その時に詳しく‥‥」

ここのところの12月は先週2日遊びに行ってしまったので、今週はてんてこ舞いだった。
20日に故障したカーナビのカーウィングスの故障修理は、22日に原因が判明したものの、日産プリンスが3連休中?で何も出来ず。24日に問い合わせたものの全く分かっていなかった。
改正建築基準法による管理建築士の認定講習の申し込みやらに追われ、23-24日は葬儀に追われた日々だった。
23日の通夜には、通夜30分前に到着したものの既に同級生の4人は到着。
直ぐに、Fが飛んできて原因は肺がんだって‥‥花代は13400円で一人3400円と計算の合わない請求と矢継ぎ早に、弔電を出して置いたので580円と‥‥これは、「クラス会費でね‥‥と」
それで、話は終わり。
会場は、駅から5分という場所にあるのだが今時車だし、工場地帯で周囲の工場が軒並み潰れているので駐車場が奥に増えた。しかし、狭い。
狭いというのは、葬儀場もそうだった。
隣の250人入る葬儀場かと思ったら、内輪でやる葬儀の100人用。
中堅企業の取締役統括業務部長(工事部長)だったから、弔電だけでも60通は越えるという。だから、通夜だけで会場には入りきらなかった。

さて、明日の葬式にはと聞くと同窓生のT、F、A、Tも通夜だけという。
隣に座った中堅建設業の社長T氏も同級生だったが、香典返しの小さな箱を持っていたから明日は来ないのだなとの感じを持った。
それで、急遽香典を受付に出して、もし緊急の用事があって来られなくてもという予防線を張って置いた。
何か、現役バリバリの年齢にして逝くというのは、涙を誘うもので鼻をすする音が止まらなかった。

そんなわけで、通り一遍の通夜を後にしたが、後味の悪さを味わった。
非常に親しかった友達に対して、葬儀も出ずに逝かせるのかである。
結構薄情なのかな、例え年末とは言え、たかが半日ぐらい休みが取れないものか‥‥
そう言えば、中学校の恩師が亡くなったとき、何やらやはり後味が悪かった。
この時は、葬儀に参列したのだが弔辞は、恩師が校長をやった後のことばかり。
そして、教え子の代表としての「弔辞」は恩師の紹介で甥と結婚したI氏だった。
実は、後から、T氏が「弔辞」を頼まれたが、ことわったと聞いた。

そんなことならば、「弔辞」くらい強引に読んでやれば良かったと何やら「苦い思い」がした。
そして、そのことは3件の弔辞を聞くと共に明確になった気がした。
そんなとき、既に終わってしまった葬儀の後に、どこからとも無く述べるべき「弔辞」がわき出るものだった。
誰に聞かせるということでもなく、只思いとして残るだけのものである。

真夜中になって、悔いの無いようにKくんの弔辞を読んでよろうかと思い立って、案文を考え‥‥12時を回ってしまった。
これで何日目かの夜更かし。

翌朝、事務所に出かけ葬儀屋に電話をかけると、弔辞は1つだけ決まっているという。
弔辞は、精々3つが限度と大方決まっているから、既に3つあったら止めようと思っていたのだが‥‥
結局、葬儀屋が遺族に電話をして了解を取ってと‥連絡してきて、直接遺族に連絡を取って「弔辞」を読むことにした。
実は、「弔辞」を読んでもらえる人がいると遺族としては、本当にありがたい。
それも、こちらから依頼しないのに申し出でくれるほど助かる事はない。
事実、両親の葬儀には「弔辞」が一つもなかった。
母の時は兎も角も、父の時には「弔辞」を頼める人が沢山いたものの、泡を食っていたから気がつかなかった。
人間いろいろ経験を繰り返してみないと、人の痛みは分からないものだと思う。
さて、そうこうしている内に朝10時を軽く廻り、急遽走り書きの弔辞を練り直して‥‥手書きしている時間がない。
白い便せんもない。‥‥パソコンで便箋を作っている時間もない。そうだ、最近はパソコン打ち出しでも「良い」と聞いた。
それで行くか、白い封筒に「弔辞」と書き‥‥筆も墨も手元になかったから、サインペンで‥‥
慌ただしさなのか、今はこんな調子になってしまった。

昼の12時に出かける準備をして、葬儀場についたのは13時の開式にして35分前。
葬儀当日は、不思議と人が少ない。
葬儀の打ち合わせに間に合って、順番と席を決め‥‥現地に行ってみたら「弔辞」はもう一つあった。どうも会社関係から友人でもある下請け業者に依頼したらしい。
それで、二番目に「弔辞」を読むことになった。
当然、一番目は勤めていた会社のA社長である。
みたら、「弔辞」奉書紙にパソコン打ちだった。

社長も「弔辞」で詰まったり、後半泣き声になったり、三番目の「弔辞」の友人も結構つまっていた。
こういう弔辞を聞くと、やはり故人の人間性というものを思いやるものである。
そして、小生としては思い残すことはないすっきりしたものになった。

但し、弔辞の後はそそくさと葬儀場からで出来た。
親戚のように、出棺を見送ると言うこともしなかった。なぜなら思い出に残したくなかったからである。
葬儀というものにはいろいろある。只そこに思うのは、思い残すことを断ち切るということだろう。
小生にとっては、「弔辞」で完全に断ち切れたと思う。やはり通夜だけですませるものではない事もある。

アドレスV125Gスクーター使用感3・慣らし運転?

2008-12-23 02:13:00 | 日記
アドレスV125Gも走行距離700kmを越えた。
購入時に、1000kmは慣らし運転してくださいと言われた通りに、ハーフスロットル程度で来たのだが‥‥
凡そ、走行距離500Kmになろうとする頃から、急に何やらエンジンが滑らかな感じになった。
そして、今度の700Km近くになったら、不思議と低加速でもポロポロと走る感じがする。前は、低速だと安定しなかった「気がする」
何と言っても感じなので、実証する事は出来ない。
そして最近は、スーパーの駐車場にセルフのガススタンドが出来たので、気兼ねなく「少量の」ガソリンを入れて精算出来るようになった。それでガソリンの消費量は満タン法で、33km/L程度だった。
多少遠乗りをしていない、この冬場ならそんなものかも知れない。
以前の2スト(2ストローク)のリード90だと、新車時で夏場で良くて28km/L程度、調子が悪いと24km/Lだった気がする。
手放す最終ではどの程度だったのかは計測していないので分からないが18kn/L程度かも知れない。

いずれにせよ、おまけのリアケースをもらったお陰か、荷物もそこそこ入り、今までこんな冬にスクーターに乗らなかったのに乗るようになった。
ここのところ、3ヶ月ほど乗って思ったのは、国道か少なくともセンター分離帯があるようなバイパスの時に追い抜きをかけられて怖い思いをした事である。
片側一車線の細い市道を前の車に続いて、のろのろと走っていったら、後ろから来た車になんと横に並ばれたのにはあきれた。
ピンクナンバーなのだが、車から見ると「50cc原付」に見えるらしい。
細い道でも悠々と走れるメリットが、逆に時として煽(あお)られる傾向にある。

平成20年12月8日に新型アドレスV125Gが発売された。(発表は2008年11月28日)

→→新排出ガス基準である平成19年国内新排出ガス基準に対応した。
排ガス規制の他、主な改良点は、
装備の主な変更:
* 発電機のマグネトを変更することにより、より安定した発電容量を確保した。
* メーターパネルのデザインを質感を高めたものへ変更した。
* シャッターキーの形状を変更し、操作性を向上させた。
と言ったものだが、それで価格アップの上に出力低下とはね。
一方、
「アドレスV125の改善対策について」というリコールが2008年12月9日に発表された。
「CF46A-528015~CF46A-589346・ 平成18年12月13日~平成20年6月26日」というものが対象車種だと書いてあったが、車体番号を見たら丁度外れていた。
それでしげしげと見回して、タイヤを見たら2008年製の刻印があって、車体番号の側に、はっきり台湾製(Made in Taiwan)の文字シールが貼ってあったのには興ざめだった。
一方、反対側の車体に2008年8月製らしいシールがあった。
リコールが6月までだから、丁度外れたあたりだった。
購入したのが、9月中旬でバイク屋には入荷したばかりだった車体だったのかも。
いずれにせよ評価の高くない(?)台湾製だが、最終モデルだから妙な不具合は起きて欲しくないものである。

無責任体制の政治・「円高」加速予想の妙なシナリオ

2008-12-22 21:35:04 | 日本の経済議論
無責任体制の政治・「円高」加速予想の妙なシナリオ

近年、自動車関連の派遣社員、期間従業員の雇用危機が報道されている。
その他で言えばキャノンとか最近主力工場を日本に移したような企業などもある。
確かに、キャノンなどのデジカメ製品は日本製かと言うと、ほとんどが海外製。
小生が11月の値上がりと性能の低下を見越して買った、スズキのスクーター(アドレスV125G)は完全に台湾製。
富士フイルムなどは、日本にほとんど工場を持たないからデジカメなどは中国製。
こう考えてみると、日本で作っているものというのは相当付加価値の高いものしかない様な気がする。
はっきり言って、最近身近なもので国産品を見ることも少なくなった。そうえば、昨年買ったオーストリアメーカーのスキーは中国製だった。
そして、この年末になって税金も何も安くならないから、車を新車に買い換えようなとどいう人はほとんどいない。
増税は迫っているし、それに連れての大不況の波が見えているようなものだ。
まして、政府が住宅ローン減税の拡充を景気対策の一つに取り上げるとしても、ローンを楽々かけられる人は公務員か安定した大企業の従業員しかいない雰囲気だ。
その上、10年かけて無駄な支出を絞ってきた政府予算は従来型のばらまきで、「Too Little Too Late」、逐次投入の戦法だから国民としてはうんざりというものだ。

さて、最近妙に感じているのはトヨタにしろ日産にしろ車関係のリストラが早すぎないかと言うこと。
そして、国内で作っている車というのは、ほとんど国内で消費されるものの筈なのだが、国内で売れないと言うのなら、もっと早くに対処していたはず。
国内分を海外へ‥‥と言うのも実は余り聞かない話だ。‥‥報道されない間かもしれないが。
一方、米国やヨーロッパその他のトヨタ、日産の工場のリストラという話は報道されていない。米国でのリストラの話は金融関係だったり、特殊な工場だったりだ。
そして、カナダに工場建設をしようとしていた会社は、工場の増設を中止したのかどうか忘れたが、確かリストラはしないらしかった。
車関係と言えば、ビックスリーの従業員のリストラの強要の話ぐらいだ。
もし、米国など又は、海外の自動車工場のリストラをしなかったとしたら、日本の工場のリストラは妙であり、早すぎる。
米国は、日本と違って預金、貯金をしない国であるから金利が下がれば直ぐに経済にプラスに聞いてくるかもしれない。その上、米ドル札は際限もなく増刷となれば、確実にインフレになる。
国が大借金をしたらインフレにするというのは、手っ取り早い返済方法であることは昔からの常識だ。
そうすれば直ぐに借金が価値のないものになる。その上預金者も少ないから被害を被ることもない。
結果は、「円高」として現れ際限もなくなり高止まりになる。当然その狙いもあって、日本が米国に注ぎ込んでいる米ドルというものが、限りなくゼロに近づくと言う事になる。
だから、あの農林中金が注ぎ込んでいる7兆円は、単に7円に近づくと言う事だ。
一方、中国の元は米ドルにリンクしていた筈なので、米ドルと共に下がり中国から米国へいつも通りの価格で流れる。それで、実際の消費物価は大して上がらないかもしれない。
これが、日本パッシングの米国民主党の基本だとすれば多いにあり得る。
かって、円安にすれば日本の景気が良くなると米国、日本の経済人は大合唱だった。
ところが、過度の円安になっても別に景気が上がったわけではなかった。
ここ数年の景気の上昇は中国のオリンピック景気だったり、米国の金融バブルだった。

デブレが続いている日本では、今後益々「円高」になるのは間違いないことである。
これには異論はあるまい。その時、トヨタ、日産、ホンダなどどうするのだろうか。
間違いなく、海外生産した車を日本に持ち込むはずだ。
もしそうであれば、日本で作られている車などは邪魔者に過ぎないと言う事だろう。
但し、問題はその時の国民に車を買う予定があるかと言うことだ。
何と言っても消費税10%、益々膨れあがる税金だ。
福祉国家の条件は、政府が国民に信頼されていることという。
相続税の値上げと共に親から子へ所得の移動が出来ない世の中になれば、本当に日本は崩壊する。かっての共産圏の様にである。
そして、その責任は誰も取らない無責任体制というのはどうしたことか。
なぜなら、再三言うようにバブル潰しの責任、失われた10年を創出させた責任は誰も取っていないし、責任逃れでNHKですら検証をしていない。

正に暗澹たる気持ちは続くのである。

NISSAN CARWINGS:日産カーウイングス今日も不調なり

2008-12-22 17:38:34 | 日記

NISSAN CARWINGS:日産カーウイングスが先週の末頃から急に使えなくなった。
使えなくなったのは、ウィルコムWS012GSという通信専用端末を利用してである。
それで、何かおかしいのかウィルコムHPの専用端末のところを見てみても何もない。
あったのは、以前4980円と価格表示してあったWS012GSの料金設定がない。
やや‥‥端末タダになったの?
それでいて、どうも性能が良くないらしい。

状況は、電波状態は三本棒が立った良好で、通信すると‥‥「情報センターに‥‥」の表示が出る一方なんと「通信状態がよくなくて、通信できません」ときた。
これは、ウィルコムWS012GSのせいと思って早速電話すると‥‥
なんと、2008年7月までの販売のもの(有料のもの?)は、2008年12月20日から2008年12月31日まで通信できない状態が続いているという。
念のため、Simmを抜き差ししてから同じ状態ならNISSAN CARWINGSのお客様センターに電話を掛けてくれとのこと。
0120-981-523‥‥‥これはHPに載っている番号だが、応答番号は「2」
それで状況を話すと、直ぐに日産の店に行って点検修理してくれと言う。

そして、妙なことを言っていたのだが‥‥新型はCDの新曲名をダウンロード出来るらしい。(真偽不明)
WS012GSは、データー通信だけで何も出来ないものだがね。
CDの曲名がネットから入るのなら便利だが、これはBluetooth(ブルートゥース)で携帯電話からでないとダメと言われている。
それで明日日産プリンスへ行ってみようかと思うが、年末にお騒がせというものだ。
しかし、NISSAN CARWINGSのHPには、こんな不具合など現時点では何も掲載されていない。
実に不親切だなあと思う。