福井 学の低温研便り

北海道大学 低温科学研究所 微生物生態学分野
大学院:環境科学院 生物圏科学専攻 分子生物学コース

我が心の友へ

2007-04-04 00:08:00 | 大学院時代をどう過ごすか

0703人間以外のものたちにも 
もっと優しくしてください
同じ時を生きているのだから
朝が来れば 夜も来るし
生まれて そして 死んでいく
私が土になったら
お花たちがそこから咲いてください

(イルカ「いつか冷たい雨が」より)

大学院生の頃、クリスマスの季節になると楽しみにしていたことがあった。

それは、渋谷公会堂でのイルカコンサート。若い方でも、「なごり雪」や「まあるいいのち」は知っているかと思う。「いつか冷たい雨が」は、イルカがコンサートの最後に必ず歌ううた。

5年間の大学院時代で、毎年、ひとりぼっちでイルカコンサートに出かけた。研究室の人たちには内緒で。渋谷駅を降りて、若者で賑わうハチ公前を出て、雑踏のセンター街を抜け、ハウスマヌカンのスペイン坂を上る。西武デパートの横を右手に折れて、公園通りに入り、NHK方面に上って、左手に渋谷公会堂。

イルカの歌が好きになったのは、学部の頃のセンパイの影響だ。慕っているセンパイの好みのミュージシャンもコウハイに伝播するらしい。

クリスマスイルミネーション華やかな渋谷の町でのイルカコンサート。年々、ホール内は空席が目立つようになった。私の両隣の空いた席が憂いを一層誘うものの、「我が心の友へ」、「17ページのエッセイ」、「サラダの国から来た娘」の歌が励ましだった。

今朝の新聞で、イルカの夫である神部和夫氏の訃報を知る。神部氏は、長い間パーキンソン病と闘ってきたとのこと。

この悲しみを乗り越えて、イルカの涙が励ましの歌に生まれ変わるまで、待つことにしよう。そして、今晩は、久しぶりにイルカの歌を聴いて、休むことにする。


恩師の好物

2007-04-03 20:59:57 | 大学院時代をどう過ごすか

師の好物は、しばしば弟子にも伝搬する。

ドイツ・ブレーメンにあるマックスプランク海洋微生物学研究所Widdel(ヴィッデル)センセイは、甘いものに目がない。

センセイと研究の打ち合わせや論文のまとめを行うのは、決まって土曜日の深夜。センセイは、投稿論文の単語一つ一つ吟味してゆく。一行書いては消し、また、修正文を書く。時間がかかるし、待ち時間が多い。科学論文なのに、まるで、詩人がポエムを書くようである。

すべてのことを排除し、論文書きに集中するセンセイ。したがって、相当にエネルギーを消耗する。そのため、時々カフェパウゼ(コーヒーブレークのこと)が必要だ。ある土曜日の晩のこと、いつものカフェパウゼにチョコレートが出て来た。日本で言えば、お茶請けだろうか。

Ferreo01そのチョコレートが、ドイツ・フェレロ社(FERRERO)社の「FERRERO KUESSCHEN」(フェレロ キュッシェン)。かわいい包み紙を剥いて、かまぼこ型の一粒を口に入れる。噛むと、サクッとヘーゼルナッツが軽やかにくだける。やや柔らかなミルクチョコレートとヘーゼルナッツの組み合わせが絶妙。今まで食べたチョコレートのなかで、最高位に位置する。

このチョコレートはヴィッデルセンセイの大好物。それ以来、私の大好物にもなった。

FERRERO KUESSCHENは、なぜ、おいしいのだろう? その秘密を探るべく、Ferreo02KUESSCHENに解剖メスを入れてみた。おおお。内部構造は、こんなになっていたのか! KUESSCHEN断面から判断すると、表面は固めのブラックチョコレートで覆われ、いわゆるシェルになっている。そして、観察を、内部に移す。丸ごとヘーゼルナッツが、柔らかくてしっとりとしたチョコレートで覆われている。おまけに、ところどころ、ナッツ粉砕物が散りばめられている。

無批判にKUESSCHENを口に入れて噛んだところで、ヘーゼルナッツが丸ごと入っていることに気がつかない。しかし、丸ごとヘーゼルナッツだからこそ、アーモンドとは異なる軽やかな歯ごたえを生む。ここが、このチョコレートのおいしさの秘訣に違いない。

かれこれ十数年、KUESSCHENファンになっている。残念ながら、日本では販売されていないので、ドイツに行く度にスーパーマーケットで多めに購入して来る。あまりのおいしさのため、次から次へとKUESSCHENを口の中に入れてしまう。そうすると、翌日は決まって、ニキビ吹き出物が出て来る。これでは、体に悪いので、最近は、一日一個と決めている。

ふと、ここまで書いて気がついたのだが、研究室のコンパや誕生会で、「憩いのお店」のお菓子が登場するのは、「師の好物が弟子に伝搬」したと言うことであろうか? うーん、そんなわけないか。


センセイの鞄

2007-04-02 00:11:00 | 大学院時代をどう過ごすか

もう20年前の3月のこと。私は、大学院博士課程の2年生。アルバイト先の神奈川理容美容学校(横浜市港北区綱島)の講師控え室で、日比センセイは鞄から昼食を出す。奥さん手作りのサンドイッチとテトラパックの牛乳が、センセイの決まった昼食。私のは、東急東横線の綱島駅構内にある「京樽」で買った、おにぎりセットと納豆巻き1本。これも例外なくワンパターン。しかし、奨学金が入ったときは、サンジェルマンのチョコレート・デーニッシュ1個が加わることもある。

食事が終わると、センセイは必ず鞄から胃潰瘍の薬を取り出し、テトラパックの牛乳で薬を飲む。

その後、センセイと午後の講義前のひとときを過ごす。

センセイは、73歳。神奈川県の保健所長を最後に退官し、理容美容学校で講師として、皮膚科学、公衆衛生、そして解剖学を教えている。センセイは獣医師免許も持っている。

福井さん、今月で、この学校をお辞めになるんですよね」と、センセイ。
「はい。来月からは、幸運にも日本学術振興会の奨励金をいただくことができました。新しい制度ができて、院生からでも給料が貰えるんです。これまで長いことバイト生活でしたが、研究に集中することができます」と、ちょっと自慢げに私が話す。センセイは、寂しげに口を開く。

そうですか、福井さんには、もう会えないのですね。それでは、今度、箱根に一緒にいきませんか。

73歳のセンセイと一緒の一泊2日の旅行か? だいぶ躊躇したが、折角なので、行くことにした。その日、横浜から東海道線で小田原駅へ行き、バスで湯本へ。一泊旅行なのに、センセイは、いつもの茶色い皮の鞄を持っている。歩いて、神奈川県共済組合の宿に向かう。一緒に温泉に入り、センセイの人生を聴く。

私、2・26事件の時、島根にいましてね。農林省の役人をしていたんです」と、センセイ。
「2・26事件って、日本史の教科書に出て来る事件のことですか?」
そうです。その頃、悪い遊びを覚えてしまいまして。それで、親兄弟が心配しましてね。兄に東京へ連れ戻されたんです。それで、県丁勤めに変わったんです。それから、ほどなくして、女房と結婚したんです」とセンセイ。センセイの眼は何だか虚ろ。

風呂から上がり、部屋で食事をいただく。「福井さん。私はあまり酒を飲まないんですが、今日は飲みませんか。女房から、お酒くらい奮発しなさいよと言われてますから」とセンセイ。そして酒を酌み交わす。部屋には73歳のセンセイと27歳の私の2人だけ。

ちょっとほろ酔い加減になったところで、杯を置く。
「3年間、理美容学校で働かせてもらいましたが、あっという間に過ぎてしまいました。いろいろ、お世話になり、ありがとうございました」と、私。
人生もおなじですよ。あっという間に過ぎちゃうんですよ」と、センセイ。

私は、返す言葉が見つからず、ただただ黙りこくる。73年か?あと、46年もあるではないか。気が遠くなる年月。

坂道を登ったせいだろうか、センセイは直ぐに床についた。

翌朝、バスに乗り、大湧谷に出かけた。バス停から、噴気孔の出る場所までは登りの階段だ。ところどころ凍結していて滑りやすくなっている。センセイの手を引き、黒タマゴ茶屋へ。

01_72福井さん、黒タマゴを食べませんか?
「センセーイ。朝食で、温泉卵を食べたばかりで、コレステロールが気になりませんか?」
いや、ここのタマゴを1ついただくと、5年寿命が延びるのですよ」と言って、センセイは5個入りの黒タマゴを買って来た。

さあ、食べましょう。福井さんも1つどうぞ
「どうも。これで、5年寿命が延びるんですね」
それにしても、どうして卵の殻が黒くなるんですかねえ
「それは、噴気孔から出て来た硫化水素が卵の殻に含まれている鉄分と反応して、硫化鉄ができるからですよ。硫化鉄の色は黒色ですから、その色ですね。そこの道端に落ちている殻をみてください。茶色に変色していますでしょ。これは、空気中の酸素で硫化鉄が酸化して、茶色になったんですよ」
おお、なるほどね。それはそうと、もう一つタマゴ、いかがですか?私も、もう一ついただきます
「大丈夫ですか? でも、2個で10年長生きでますものね」

2人とも、2個のタマゴを平らげ、残った1個はセンセイの奥さんへのお土産となった。

楽しく過ごしたセンセイとの箱根一泊旅行。帰り際、センセイは鞄から小冊子をとりだした。

福井さん、これをあなたに差し上げましょう。この冊子は、これまでの婦人公論の記事から、あなたのこれからの人生にとって参考になるものを集めたものです。困った時は、これをひも解いてください」とセンセイ。

全くの他人の私に、こうして、オリジナル小冊子を作ってくれたセンセイのマゴコロに感謝。

センセイと横浜駅で別れてからと言うものの、季節の便りがいつも届いた。また、毎月のように、封書で、センセイのコメント付きの婦人公論の切り抜きが送られて来た。ただ、お会いする機会はなかった。

ある時、毎月の例の封書が届かなくなった。おかしいなと思った矢先、奥さんからセンセイの他界の報を受ける。ちょうど、大湧谷で黒タマゴを食べてから、10年後であった。

大学院時代、研究で忙しく、世間が見えなくなることもある。たまには、研究室の外に飛び出し、全く違った人生を歩んで来た先輩たちと語り合うのも、良いかもしれない。


願はくは花の下にて

2007-04-01 00:11:00 | 四季折々

070401陰暦の如月の頃は、桜の季節。これはもちろん内地、特に京都や東京などの地域でのこと。札幌に住む人にとっては、羨望の感がある。




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01_71桜が咲きほころぶ季節は、やはり、和の心に帰り、雪解けの加茂川の流れを想いながら、京懐石を楽しみたいもの。

さて、3段の重箱をほどくと、春の彩りが展開する。



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02_39まずは、付出し。桜の花とグリンピース・ズワイ蟹の寄せ物。桜の香りほのかに漂う、品の良さ。そして、鮪のお造り。





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03_20雪解けの食菜を惜しみなく用いた八寸。蕗のきゃら炊、蕗と菜の花の八方地漬、桜ふ、茗荷の酢漬け、はりはりじゃがいも、サーモンの蕗味噌焼、ゴーヤの山椒炊、そして出巻玉子。彩りも良く、春そのもの。ゴーヤの山椒炊きは、ゴーヤ独特の臭みを消し、まろやかな味に仕上がっている。菜の花の八方地漬を口に含むと、一瞬にして菜の花畑を徘徊する幻想に襲われる。

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04_8焚き合せは、なすと玉子豆腐の重ね揚げ。最初は、なすの存在に気がつかず、しばらく考え込む。なす特有の毒気が柔らかな薬味として働いているが、玉子豆腐と一緒に重ね上げることにより、絶妙は組み合わせとなっている。あんかけだしとうまく調和し、これまた、春の勢いを感じさせる。


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05_5これは参りました。蒸し物として、椎茸の南禅寺蒸。味のしみ込んだ椎茸と茶碗蒸しの美味さを表現する、語彙を持ち合わせていないことを残念に思う。

香の物、ごはん、そしてお味噌汁。お味噌汁は、八丁味噌の赤出しで、三つ葉入り。思わず、ごはんをおかわりしてしまった。味噌汁を8分目程飲むと、柔らかくなった味噌大豆が漂い、イノシン酸リッチの深み。香の物も、手間をかけているのが容易に解せる。

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06_3香の物を平らげると、これまた、驚く。三日月夜にウサギが跳ねている、皿の絵柄。食べ終わったあとも客人を楽しませようと言う趣向が良い。




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07_1これでおしまいかと思いきや、デザートとしてキャラメルムースとコーヒー。

桜が散ることの「詫び寂び」が何となく理解できるようになった歳の身には、たまにはこうした贅沢も許されるだろう。

〆て、1260円と言うのだから、またまた、驚く。

ミヤコドリの姿に、内地の春の到来をうらやむ、一日かな。