福井 学の低温研便り

北海道大学 低温科学研究所 微生物生態学分野
大学院:環境科学院 生物圏科学専攻 分子生物学コース

恩師との再会

2007-01-31 23:56:59 | 日記・エッセイ・コラム

夜9時頃、研究室に電話がかかってきました。電話の主は学部の時の恩師。札幌に出張できているとのことで、これからちょっと飲まない?とのお誘いを受けました。

早速身なりを整えて、恩師が宿泊しているホテルへと向かう。そして、ホテルに近い『むつみや』で、おでんを食べながら焼酎をいただくことに。いつまでたっても先生と弟子との関係は変わりません。

生物学とか、研究とか、全く関係なく大学に入り、気がつけば研究者になってしまっていたのも、学部時代の恩師のお陰です。ただ、研究への道の選択が私の人生にとって、本当に幸せだったか否かは、まだわかりませんが(そんなこと言っていいの?)。

午前様になる前に自宅に戻ることが出来ました。このエントリーもほろ酔い加減で書いているので、支離滅裂かもしれません。まあ、たまにはこういうことも良いでしょう。

実は、今週月曜日にも大学院の恩師に東京でお会いしました。もう70歳と言う年齢に近づいている恩師ですが、いまだに研究室で実験をしています。彼からもまだまだ学ぶことが多いですね。実験台の前に立つことが少なくなったこの頃ですが、恩師を見習って、なるべく手足を動かして実験をしたいと思います。

明朝8時から、研究室の輪読会。寝坊しないように、今晩は早く寝よう。それでは、おやすみなさい。


一足はやい同窓会

2007-01-30 16:17:30 | 南極

1_5昭和基地で、汗水たらしてがんばっている47次越冬隊の皆さんには大変申し訳ないのですが、昨夜同窓会、というよりは夏隊の同級会を開きました。場所は、明治記念館「富士の間」。

昭和23年1月29日、東オングル島に昭和基地が第一次観測隊に2よって開設されて50年が経ちました。50周年を記念して、有楽町朝日ホールでオープンフォーラム南極『南極サイエンス、最前線』、それに引き続き、明治記念館で記念式典と祝賀会が開催されました。祝賀会は、言わば50周年記念行事のグランドフィナーレです。

3VIPのお言葉の後、歓談、そして、鏡開き。その後、昭和基地から帰国したばかりの毛利さん、今井さん、そして立松さんがひな壇に立ち、昭和基地と結んでの交信が始まりました。昭和基地からの映像は、会場の大スクリーンに大写しされました。残念ながら、回線が時々途切れたり、音声がはいらなかったりと、トラブルが続いてしまいました。日刊スポーツの記者のブログにアップされた写真を見ると、裏方で働いていた衛星通信担当隊員の蓮池さんや野外主任の和尚の真剣な姿を読み取ることができます。記念式典では皇太子もご臨席されていたので、裏方さんたちもきっと緊張の連続だったことと思います。

4この通信トラブルの中でも動じず、悠々と昭和基地とのキャッチボールをしてくれたのが登山家の今井通子さん。

「昭和基地のみなサーン。そちらの声が聞こえないのですが、こちらからの声は聞こえますか? 聞こえていたら、腕で丸をだしてくださーい」

ゆっくりと、かつ、明瞭に彼女が声をかけると、昭和基地の神山越冬隊長が丸を示す姿が、何とも微笑ましい!

桝につがれた樽酒を少しいただきながら、日本の南極観測にかかわった先達ともお話しする機会を得ました。昨日のエントリーでご紹介したH先生の恩師、低温研でいつもお世話になっている若手研究者の恩師。彼らに比べれば、私の貢献度は無視できる程ですが、私の研究者人生において南極観測に参加できたことは幸運でした。私自身の今後の研究に大きな影響を与えたことは確かです。研究を発展させることはもちろんですが、その成果を「微生物ってなに」でも紹介したように、市民の方々に還元して行きたいと思っています。

あっという間に2時間弱が過ぎ、祝賀会が終わろうとした頃、あわてて夏隊の3人で記念写真を撮りました。

547次越冬隊の皆さん!お疲れさまでした。
皆さんのお帰りを心よりお待ちしております。
帰国されましたら、同級会を開きましょうね!
   夏隊 高野・桝・福井より

最後に、南極観測50周年をお祝いする祝賀会に招待していただいた国立極地研究所に感謝いたします。


零の発見

2007-01-29 00:43:00 | 日記・エッセイ・コラム

低温研に赴任して半年くらい経った頃でしょうか、共同研究を行ったことのある研究者の一人から「低温研の思い出」と題するメールをいただきました。

そのH先生、学生時代に北海道旅行をなさったとのこと(1965年夏)。中谷宇吉郎博士の雪の研究に魅せられて、ぶらっと低温研に入り込みました。所内をふらふらしていたら、吉田と言う研究者に見つかったと言うのです。事情を彼に説明すると、マイナス26℃低温室に案内してくれたとのこと。たまたま防寒具がなく、ぼろシャツのまま低温室にはいると、一瞬にして体が冷凍状態になったとメールには記されています。さらに、幸運にも雪の結晶形成の簡単な実験をデモしてもらったとのことです。凍えながら顕微鏡を覗いているH先生の感激した姿を想像すると、何だか微笑ましくなります。

H先生にとっては、憧れの人工雪実験装置を低温室で実際に見たと言う記憶が今でも鮮明に残っているとのことです。今日東京で、再びH先生にお会いして、共同研究の今後の展開を議論している最中にも、この話題が出ました。そのH先生、この3月に現在勤務している大学を去るとのことです。

そういえば、低温研に赴任したばかりの最初の日曜日のこと。モデルバーンにそった低温研への白樺並木を歩いていると、70歳を過ぎたおばあさんが4歳くらいのお孫さんを引き連れて散歩しておられました。そのおばあさんが、『低温科学研究所』の看板を見ると、「○○ちゃん、中谷博士の低温室だよ。ちょっと見て行こうかねえ。」と。

ふらっと研究所に訪問してくれる一般の方にも、できるだけ丁寧に対応したいと思う、この頃です(ただし、低温室の見学にはあらかじめ予約が必要ですので、注意してください)。

さて、H先生を案内した、吉田と言う研究者は、岩波新書『零の発見』の著者である吉田洋一氏のご兄弟ご子息とのことです。『零の発見』は戦前に初版が出版され、今でも書店に並んでいます。私も高校1年のときに読みました。この本の扉を開き、「はじめに」を読むと、中谷博士に勧められて執筆したと記されています。その最後に、「札幌にて 吉田洋一」とありますので、北大と縁があるのでしょうか。いつか調べてみたいと思います。


昭和基地を立ち去る人たちへ(2)

2007-01-28 16:54:24 | 南極

昭和基地から砕氷艦「しらせ」へ移動すると、たちまちインターネットが使えなくなりますね。その前に、耳寄りな情報を一つ。

これからのシドニーまでの航海は、とてつもなく長く感じることと思います。その間、やはり、甘いものが欲しくなるものです。シドニーに到着すると、街に出かけて、ケーキやチョコレートなどの甘味をありがたく味わったことを覚えています。

1_4シドニーの街の数々ある甘味の中でお勧めの一つが、HAIG’S CHOCOLATES(ヘイグ チョコレート)のココアです。お土産用にブリキ缶に詰めたものもあります。このブリキ缶のデザインがきっと皆さんの疲れを癒してくれるに違いありません。

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Photo_57ココアの作り方はお好みでどうぞ!標準的な作り方は缶にも記されています。おっと、レシピの下に記されている地図には、昭和基地からの航路もお好みで記すことができます。

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Photo_58きっと、大切な方への心温まるお土産になることは確かです! ふうーふうー、あったかー。


昭和基地を立ち去る人たちへ

2007-01-27 00:55:00 | 南極

もうすぐ越冬交代ですね
昨年の2月12日
皆さんとお別れをした日のことは良く覚えています

47次越冬隊だけの10ヶ月間
いろいろなことがあったことと思います
些細なことで腹を立てたり
逃げ場がなくてイライラしたり
なんのためにここにいるのだろうと 自問自答したり
過酷な生活条件のもと 良くがんばりましたね

極地と言う非日常
厳しい自然の恐怖
耐えざる自然選択にうまく適応した生命の巧みさ
そこでしか見ることのできない自然の妙

人為的な地球環境の変化を検知するプローブとしての昭和基地
47次越冬隊皆さんの不断の努力でえた観測データは
人類の持続的発展のための重要な知見をもたらしてくれるでしょう
私たちが これから進むべき道をも

去り難き その地で
日本の南極観測50周年を迎えることのできる光栄
とてもうらやましい限りです

なにはともあれ
ご無事に 帰国してください

長い間 ほんとうに ありがとうございました


ジャイアント ポーラー スノー クリスタル(GPSC)

2007-01-26 21:45:17 | 南極

「もっと、雪のことを教えて欲しい」

     『寒冷圏の科学』の受講生からの声より

昨日の講義で、こんな声が聞こえて来ました。講義の中で、その日に降って来た雪の結晶の写真を紹介したのですが、興味を持った学生さんがいたと言うことですね。

雪の結晶は、多様な形態をとります。物理化学的条件と結晶の形成との関係については、私自身もよくわからないことがあるので、これからしっかりと学んで行こうと思います。同時に、積雪、雪の圧密化、積雪の氷化、そして融雪現象なども、学部の1年生になったつもりで! 私にとっては、結構ハードルの高い分野なのですが。

0512フリーマントルから昭和基地へ向けての航海中のこと。砕氷艦「しらせ」の飛行甲板へ上がってみることにしました。空はどんよりした厚い雲に覆われ、気温がぐっと冷え込んできました。もうすぐ、定着氷にさしかかります。

空を見上げると、雪がぽつんぽつんと降りて来ました。よく見てみると、6~7mm程度の大きな雪の結晶です。しっかりと六角形の形態をとっていJpます。低温研近くで撮影された小六花の結晶と違って、重厚感があります。

この結晶は、ジャイアント ポーラー スノー クリスタル(Giant Polar Snow Crystal:GPSC)と名付けられています(注1)。金平糖にちょっと似ていて、おいしそうですね。

このGPSCは、どのような条件で形成されるのでしょうか? 不思議です。やはり、北海道上空よりも低い温度で、ゆっくりと時間をかけて形成されるのでしょうか? 

南極大陸のスカーレンでは、砲弾型の結晶を観察することができました。砲弾型は、すでに50年前、昭和基地で西堀栄三郎第一次越冬隊長によって観察されています。

GPSCに関して不明な点が多いので、今度、低温研の本堂先生古川先生にお聞きしてみようかと思うのですが・・・。お二人ともお忙しそうなので、来週、いつものように和菓子を持って若手の方に教えを請いに行くつもりです。

(注1)ジャイアント ポーラー スノー クリスタル(Giant Polar Snow Crystal:GPSC)と言う用語は、低温研に在籍する1名の中年研究者が勝手に作り出したものです。正式な用語ではありません。スミマセン。


雪は天から送られた手紙である

2007-01-25 22:49:06 | 四季折々

070125今朝の札幌の気温はマイナス4℃。朝7時半頃のキャンパスはまだ除雪が完全でなく、降り積もった雪で道なき道を歩くことになります。さらさらの雪ですので、爽やかさがあります。

今日は学部の全学共通講義『寒冷圏の科学』最終日。遅い午後、低温研のある院生の方が所内メンバー全員に、今日低温研で降ってきた雪の結晶の写真を送って下さいました。小六花のきれいな雪の結晶でしたので、講義で受講生の皆さんに披露することにしました。

『雪は天から送られた手紙である』(中谷宇吉郎)

この言葉は、新たな意味あいを含んでいるように思います。地球環境の何らかの情報を雪から読み取れるのではなかろうかと。

夕方の『寒冷圏の科学』では雪の結晶に関して十分講義することは出来ませんでしたが、この講義を通して私たちのメッセージが若い人たちに伝わってくれていることを願って止みません。

80名余の受講生に、「南極へ行きたい人はいますか?」と問うたところ、10人くらいの方が手を挙げました。彼らの中から未来の南極観測隊員になってくれたなら、望外の喜びです。

来年度はもっと工夫を凝らした講義にいたします!

大学学部の後期授業は、今週で終了し、試験期間に入ります。


博士論文発表会

2007-01-24 01:03:50 | 講演会

本日午前中より、北海道大学 大学院 地球環境科学研究科 生物圏科学専攻の博士論文発表会です。

当研究室からは、加茂野晃子さんが下記演題で発表いたします。

『変形菌類の生態解明のための核酸を用いた研究手法の確立および適用』

変形菌類というと、あまり馴染みがないかもしれませんが、南方熊楠が愛した「粘菌」(真正粘菌)のことです。多核の変形体を形成することが特徴的ですが、森林生態系の中で変形菌類の生態は未だにミステリアスです。


融合

2007-01-22 22:21:00 | 南極

今朝の札幌の気温はマイナス5℃。例によって、早朝自宅を出て、東京出張。

2ヶ月ぶりの国立極地研究所。国立極地研究所は、国立遺伝学研究所、国立情報学研究所、そして数理統計研究所とともに情報システム研究機構に属しています。4つの研究所の研究分野を融合するためのプロジェクトが2005年度より実施されています。今日は、その生物系のプロジェクト発表会。

あらためて、極地や雪氷の微生物を扱う研究者の少なさを実感。特に若い研究者が少ないと思います。極地等の寒冷圏の生態系は地球温暖化の影響を受けやすいと考えられているのですが、具体的な研究例が少なすぎます。もっと、若い人たちがこうした研究分野に果敢に挑戦して欲しいものですね。その際、いろんなアプローチがありますが、それぞれを融合させて行くことは言うは易し、行うは難しと言ったところです。ただ、それを諦めていたら前に進まないので、密に対話し、共通項を見つけ出すことから始めたら良いのではないかと、感じているところです。

今日は多くの方と密に議論し、実り多き一日となりました。明日、札幌に戻ります。


ちゅらさん

2007-01-21 13:49:37 | 四季折々

みんな こころで つながってるサー

        『ちゅらさん4(後編)』より

昨晩、『ちゅらさん4(後編)』の放映がありましたね。6年前、『ちゅらさん』が放映され始めた頃のことは、いまでも鮮明に覚えています。

当時、理学部生物学科の新入生の担任をすることになりました。大学での担任と言うと、違和感があるかもしれませんが、「よろず相談係」と言ったところでしょうか。そもそも関東圏の学生が多かったのですが、3割程度は地方からでした。最も遠い場所は沖縄でした。地方から親元を離れて、いきなり大都会東京での生活ですから、きっと面食らうことも多かったことでしょう。

「よろず相談係」は学部卒業まで続きます。彼らの多くは、今年、大学院修士課程を修了します。みなさん、これからどんな道を歩んで行こうとしているのでしょう。

「よろず相談係」は、いまでも、また、いつになっても相談を受け付けています。


ヤリキレナイ川

2007-01-20 22:21:00 | 南極

昨日、東京での出張帰りの飛行機の中で、日本経済新聞朝刊を見ていたら、文化欄に「世界の珍しい地名を訪問する」ことが紹介されていました。

ある企業に勤務するエンジニアが休暇を使って、珍しい地名を訪問して写真を撮影すると言うもの。シンプルなのですが、外国の地名の音が日本語のおかしな名称を連想させ、おかしい。たとえば、トルコの「シリフケ(Silifke)」。

ただ、ショッキングな地名もあります。たとえば、「ワルイ川」。最も憂鬱にさせるのが、「ヤリキレナイ川」。いずれも北海道にあるのですが、実際に現地を訪れてみると、何の変哲もない川だったそうです。

北海道夕張郡由仁町にある「ヤリキレナイ川」。このところの夕張の惨状を思うと、本当にやりきれません。

人の住む土地ならば、地名はいろいろな歴史を反映しているのかもしれません。しかし、南極の地名は名付ける人の意図がはっきりしているようです。

それでは、下記の南極の山、どのように名付けられているでしょう?
01_49





もう一つ。この山は?

01_50

答えはいずれ公開いたします。


ブリザード

2007-01-19 13:28:00 | 南極

南極での私たちの野外観測は天候にも恵まれました。しかし、ブリザードのため3日間停滞したことがありました。それはスカルブスネスでのこと。

強風が吹き荒れ、外へ一歩でも出ると吹き飛ばされそうでした。そんな時は観測小060117屋の中でじっとしている他ありません。

生物の調査の場合、試料を採取した後、何らかの処理が必要です。日本に帰ってから、南極の微生物の顕微鏡観察をするために、試料に固定液(グルタルアルデヒドやホルマリン)を加えなければなりません。試料が腐ったりすることを防ぐためです。しかし、固定液の作用で微生物の形が変わったりしてしまいます。もちろん、微生物は死んでしまいます。

南極で生息する微生物の活動の様子を調べるには、どうしたら良いのでしょう? その簡単な方法の一つは、現地で顕微鏡観察することです。今回、南極に携帯顕微鏡を持って来ました。しかも、デジタルカメラを装着しているので、観察している最中にデジタル写真や動画も撮影できます。顕微鏡の解像度や画質は研究室のものに01_48比べれば、はるかに劣りますが、微生物の実際の生き様を探る上で多くのヒントを与えてくれます。たくさんの試料を採取したので、何時間あっても観察しきれません。

観察しながら、微生物との対話です。どうしてここにいるの? 何食べているの? 冬はどうしているの? 敵は誰なの? 仲間はいるの? 数えきれない質問を浴びせますが、相手はそう容易く答えてくれません。彼らと、じっくりつきあうしかないのですね。

荒れ狂う外。穏やかで静かな観測小屋の中。メンバー4人、それぞれがそれぞれのことごとで過ごした3日間でした。


クマムシ

2007-01-18 23:46:00 | 日記・エッセイ・コラム

昨日は仕事が終わらず、午前様。今朝は、院生の博士論文の発表練習。その後、全学のある委員会の資料作り。そして、昼食時にその会議。調整役としては結構気を遣う。時計を見ると午後1時過ぎ。研究室に戻り、冷えた弁当をかっ込む。「さくら」さんが、折角温かい弁当を運んでくれているのになあ。もったいない。

夕方の講義資料の印刷をティーチングアシスタントの院生に依頼。所内の「あれこれ」を世話役として対応。相方のAさんも良くやってくれて、感謝。その後、Tさんが、新しく出た研究結果の相談に来てくれたが、緊急案件対応のため、来週にしてもらう。Tさん、ゴメンナサイ。

そうこうしているうちに、講義の時間が迫る。身支度をして、午後4時に低温研を出て、高機能高等教育センター(学部の教養課程の授業を行うところ)に向かう。講義室N1で全学共通科目『寒冷圏の科学』を開講中。講義室はスチームでムーンとした暖かさ。スチームを閉じるが、室温はなかなか下がらない。こんな暖かな教室で、夕方の講義ならば、学生の皆さんも睡魔に襲われるに違いない。

講義内容をポワーポイントで用意していたが、コンピューターと液晶ディスプレーを繋ぐケーブルを忘れたことに気付く。しかたない、コンピューターなしで講義を行おう。ドキドキ。

胸が高鳴る。膝小僧がガクガク。午後4時半、講義開始。80名余の学部1年生(文系及び理系)と体験入学の高校2年生数名を前にする。今回のテーマは、「低温環境で活躍する微生物たち」。学生とのキャッチボールの中で、ある学生から「クマムシ」の名が挙がる。おおっ!他の学生の皆さんはその名を知らない。そこで、その学生さんに教壇に上がってもらい、黒板に「クマムシ」の絵を描いてもらう。「その絵から想像するものは何か?」、と問うと、別の学生が「ウルトラマンに出てくる怪獣だね」と。確かにそうだね。

クマムシ。それは、約数百μmの緩歩動物のこと。その姿が熊に似ているため、「クマムシ」と名付けられている。英語では、water bear(水熊)。この微小な動物の不思議さは、乾燥、真空、高温、高圧、放射線と言った過酷な環境を耐えぬくこと。もちろん、南極にもいる。

そうか。クマムシの本当の姿を、来週動画を使って、学生の皆さんに見ていただこう。

学部1年生の講義は結構楽しいので、あっという間に時間が過ぎてしまう。時計を見ると、終了5分前。講義のまとめと来週の予告をしたら、午後6時ぴったり。ティーチングアシスタントの院生さんたちが講義の後片付けをしてくれる。講義後の学生の質問にも対応。

チョークで白くなった手を洗うと、院生が、「しらかばドーナッツ、買って来ました。食べてください」と。おおっ、感動。今日が北部食堂でのドーナツ販売終了日のこと。

教室を後にして、JR札幌駅に向かう。徒歩30分弱。午後6時40分発の快速エアポートに乗車。車中でドーナツを味わい、脳細胞へのエネルギー源となる。

午後7時16分、新千歳空港に到着。羽田行きの搭乗券を購入。「孝四郎」で醤油ラーメンをすする。午後8時25分発の飛行機に搭乗。午後10時前、羽田到着。宿に着くと、11時を回っていた。明日は朝一番で都心にて会議。

早足で駆けた一日。今日一日のしめくくりに、コンピューターに保存していた、「南極のクマムシの動画」をマッタリと鑑賞。過酷な環境に耐え抜く「クマムシ」にカンポイ!


ぬくいコケ、育む生態系

2007-01-17 20:06:49 | 南極

Photo_56南緯69度28分、東経39度35分。ここは南極宗谷海岸スカルブスネスの鳥の巣湾の近く。1年前、高野さんとペンギンルッカリー調査への往路中、コケ群落を見つけました。氷河融解水の流れにそって岩間に群落が広がっています。

コケ群落の表面は、濃い深緑から鮮やかな緑色を呈し、活発な光合成活動を類推さ02_25せてくれます。その表面の温度を測定したところ、19.6℃です。この時期の気温は約プラス5℃からマイナス5℃で、平均気温は約0℃ですから、コケ群落は微小な生き物にとっては「オアシス」といったところでしょうか。

それにしても、どうしてこんなところにコケ群落が発達するのでしょう?生育のための光条件は十分確保できたとしても、栄養塩はどこから来るのでしょう?

群落を観察していると、そのヒントに出会います。写真の黄色の温度計の下を見てください。ペンギンの羽根が落ちています。つまり、アデリーペンギンが海水中でオキアミを摂食し、陸に上がりルッカリーに戻る途中で糞をあちこちに排泄して行くのです。糞の中には栄養塩がたっぷり含まれているので、コケの生育にはうってつけです。

つまるところ、南極のコケ群落は海産の生産力に支えられている、と見ていいのでしょうかねえ。

そんなふうに考えると、昭和基地のある東オングル島にもペンギンがやってきます。しかし、島中くまなく探してみても、コケ群落はほんの僅かしか残っていません。南極と言う極寒地では、一度破壊された生態系は修復されにくいと言うことでしょうか。

輝く緑色のコケ群落が昭和基地のあちらこちらに観察できるようになるためにも、環境保全担当隊員の皆さん環境省の皆さんの活躍に期待しています。