大学院博士課程の1年生だった頃のこと。思い入れのある研究を大学の紀要に論文として発表したことがある。その別刷が手もとに届き、ちょっと誇らしげに、となりに研究室のS先生に謹呈すると、予想外の返事が返ってきた。
「ノーカウントだね。大学の紀要などに論文を発表しても、研究業績としてはカウントされないんだよ。研究者を目指すのならば、君たちは、査読付きの国際学術雑誌に投稿しなくてはならない!」
この一言は、憮然とさせるものであった。S先生への強い反発を覚えたのも確かであった。しかし、これは正論である。
北海道大学大学院環境科学院生物圏科学専攻では、博士(環境科学)の学位を取得するための最低限の条件として、「学術雑誌への掲載論文1報」をあげている。学術雑誌と言っても、いろいろで、国内雑誌もあれば海外の国際誌もある。できれば、当該分野のトップレベルの学術雑誌掲載を目指したい。分野にもよるが、微生物生態学分野は年々レベルが上がってきている。正直なところ、大学院博士課程の3年間でトップレベルの学術雑誌(たとえば、Environmental Microbiology)に掲載される論文にいたるには相当の努力を要する。最近の論文には、より確実で深い情報、そして、より多角的なアプローチが求められていることも確かである。
ただし、論文を書くことが目的となってはいけない。「何かを知りたい、何かを明らかにしたい」(知的好奇心)が基本で、その研究の結果を学術雑誌に論文として、発表し、第3者からの評価を受ける。この精神を絶対に忘れてはならないし、本末転倒なことになってはならない。
さて、近頃の微生物生態学分野の学術論文の審査事情を紹介しよう。学術雑誌の投稿規定に従い、論文(manuscript)をまとめあげたら、指示通りにウェブ(web)投稿する。そして、直ぐに、編集委員長(Editor-in-Chief)から電子メールで受付通知(receive)が届く。私が大学院生の頃は、オリジナル原稿と2部のコピーを添えて、編集委員長(Editor-in-Chief)へ航空便かEMSで郵送だったので、受付通知を受け取るのに2~3週間程度かかった。
論文を受け取った編集委員長は、論文内容から担当編集委員を決め、web上で編集委員に打診。編集委員(Handling Editor)は、査読者(レフェリー)の候補者リストを作成し、まず2名の候補者に査読依頼(すんなりと査読者が決まるとは限らないのが現状で、依頼しても候補者から返事が来なかったり、査読を断ってきたり。この過程で時間を要することもある)。査読を同意した審査員は、web上から投稿論文をダウンロードし、規定の期間内に審査を終え、web上から審査結果をアップロードする。審査期間は約3週間の場合が多いが、大幅に遅れる審査員もいる。この場合、編集委員(Handling Editor)が審査の督促をする場合もあるし、自動的に督促状が送付されることもある。2名以上の審査結果を受けた編集委員(Handling Editor)は、「accept(受理)」、「minor revision(小幅修正)」、「major revision(大幅修正)」あるいは「reject(却下)」の判断を下し、さらに、コメント(confidential comment)を添えて編集委員長へ報告。これを基に、編集委員長は最終的判断を下し、投稿者へメールで通知。
ざっとここまでは、3ヶ月。
私たちの研究室の経験では、投稿した論文が一発で「accept(受理)」されることはほとんどない。おおくは、「minor revision(小幅修正)」、「major revision(大幅修正)」あるいは「reject(却下)」。もし、「minor revision(小幅修正)」であるならば、レフェリーの指摘通りに修正。指摘された点、全てに対応し、どのように修正したのかを文書にする。これらの作業は、おおよそ2、3週間かかるだろうか? 修正を終えたら、再投稿。おおよそ1、2週間程度で「accept(受理)」が届く。
もし、「major revision(大幅修正)」であったら、どうであろうか? 間違いなく、修正は手間ひまかかる。おおよそ、1ヶ月半くらいでだろうか? 場合によっては、追加データを求められる。追加データを得るための実験が必要になるかもしれない。何とか、修正稿を再投稿したとしても、編集委員長は修正稿を編集委員(Handling Editor)へ、編集委員(Handling Editor)は「major revision(大幅修正)」と判定したレフェリーに再審査依頼。上記と同様のプロセスを経て、最終的に「accept(受理)」されれば、一安心。この審査にも、やはり1、2ヶ月を要する。
もし、残念ながら「reject(却下)」になってしまったら、どうしたらよいだろうか? 気を取り直して、一から再スタート。
このように、投稿論文が「accept(受理)」に至るには、おおよそ半年を覚悟しておこう。もし、学位申請日が12月10日であるならば、5月末には投稿していなければならない(これはあくまでもギリギリのライン)。「reject」になって、投稿先変更を検討するなど、早めに準備する必要がある。
「受理」された論文は、すぐ雑誌に掲載されるというわけでなく、数ヶ月~半年間かかる。最近は、雑誌に掲載される前にオンライン上で公表されるケースが増えてきた。雑誌の巻号や頁の入っていない論文のpdfをwebからダウンロードすることが出来るようになった。受理論文の雑誌掲載前後、手もとに論文の別刷が届く。それを手にした瞬間の喜びは、苦労の分だけ嬉しいものである。
<追記>
そうそう、投稿論文を仕上げるには、どれくらいかかるでしょう? それは、人によりますが、大学院生にとっての最初の論文は大体半年くらいかかるでしょう。 大学院生と教員の間で原稿のやり取りは、平均15回程度と考えておいてください。では、投稿論文に至るまでの結果を得るにはどのくらい時間がかかるのでしょうか? それは、研究テーマ、実験材料の質、実験の腕前、実験投入時間、そして運によるかな?
とまあ、微生物生態学分野のトップレベルの国際雑誌に論文を公表することは、結構ハードルが高いですね。しかし、大学院時代は、研究に専念できます。知的好奇心を満たすような研究を思いっきり行い、その結果として、投稿論文が出来てしまった。そんなふうに大学院時代を過ごすことが出来たなら、どんなに幸せなことでしょうか。
<追記2>
Yasbeeさんのコメントにもありますように、投稿してから受理されるまでに1年半もかかることもあります。と言うことは、12月10日に学位申請するならば、前年の5月末には投稿していないと間に合わない。「半年」と言うのは、うまくいったケースと考えていた方がよいでしょう。さらに、次のポストドクのポジションを狙うのであれば、何をどうすべきかは自ずと見えてきます。