福井 学の低温研便り

北海道大学 低温科学研究所 微生物生態学分野
大学院:環境科学院 生物圏科学専攻 分子生物学コース

野麦峠を越えて

2009-05-31 09:11:55 | 旅行記

諏訪湖畔の製糸工場で働く女工の悲哀を語っている『ああ、野麦峠』(明治、大正から昭和初期の頃)。そのTVドラマ版では、主人公役を森下愛子が演じていましたね。先週土曜日、最終回を迎えた土曜ドラマ『遥かなる絆』でも、彼女は中国残留孤児・城戸幹の妻役でした。

ある晴れた日のフライトでのこと。ふと、ウィンドウから外の景色を眺めていると、富士山の手前に位置する諏訪湖がくっきりと眼に入りました。陸水学研究の盛んな湖です。

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初めて諏訪湖を訪れたのは、29年前、そう、二十歳の頃。凍てつく12月、空は澄み切っていた。当時の信州大学臨湖実験所に宿泊し、所内の温泉に浸かったことを今でも鮮明に覚えています。温泉付きの大学の施設は、なかなかのものです。そこに若き陸水学徒が集い、調査研究を行う。湖沼調査で冷えきった身体を温泉で温める。そして、宿泊しながら互いの研究について紹介し、議論する。そんな実験所であったと思います。

当時の諏訪湖は富栄養化が進行し、アオコ(シアノバクテリアの一種であるミクロキスティスなどが構成生物)が大発生していました。しかし、今では、基礎研究の結果を基に周辺住民と自治体の努力で、大発生することは無くなったそうです

そうそう、私も諏訪湖で研究していました。修士課程1年の頃、指導教員の滝井進先生と二人っきりで、新宿発特急あずさ2号(←ウソです。本当は『あずさ3号』)で長い時間をかけて出かけて調査。その成果が、以下の論文です。

Fukui, Manabu and Susumu Takii. Distribution of lactate-, propionate-, and acetate-oxidizing sulfate-reducing bacteria in various aquatic environments.  Jpn.J.Limnol., 48: 249-256. 1987.

この論文を読めば、あの頃の私が何を考えていたのか、手に取るようにわかってしまいます。ああ、恥ずかしい! あの頃の私から、さあ、旅立とう。


鶴の友

2009-05-28 12:52:00 | 研究室紹介

新潟市に内野と呼ばれる地区があり、そこの地酒が『鶴の友』。米どころ新潟にはたくさんの地酒があります。一方、北海道はと言えば、なんと言っても『千歳鶴』でしょうか。「すすきの」には、千歳鶴を醸造している日本清酒直営の居酒屋もあります。以前、地球環境科学研究院の森川先生に連れて行っていただいたことがあります。日本酒ファンの先生から、醸造の蘊蓄をお聞かせいただき、とても参考となりました。

こうした地酒を卒業生の皆さんと酌み交わすのも、私にとっては大きな楽しみの一つです。

さて、この春に関西地方に就職した卒業生(Tさん)から、研究室の院生あてにお菓子が届けられました。添付されていた封書から、直筆のお手紙を拝見すると、Tさんの人柄が滲み出てきます。ああ、Tさんにまた会いたいですね。ぜひ札幌にいらして、『千歳鶴』を飲みませんか? そうそう、今度新潟へ帰省した折には、『鶴の友』も買ってきますから。

『千歳鶴』と『鶴の友』に思いを馳せながら、長く長く、人に愛される友でありたいですね。

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激しい淘汰圧を生き延びて

2009-05-27 10:44:10 | 微生物から学ぶ

パラキシレン。耳慣れない物質かもしれません。この物質は原油中に含まれる、単環芳香族炭化水素の一つです。ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、そしてキシレンは、通称BTEXと呼ばれ、微生物の分解を受けにくい難分解性有害化学物質で、環境中に流出すると生態系に悪影響を与えます。

BTEXの中でも、パラキシレンは毒性の高い物質です。パラキシレンで汚染された生態系では、多くの生物は死滅してしまうのですが、パラキシレンを完全に分解して二酸化炭素までに変換する嫌気性微生物(酸素が無い条件下のみで増殖できる微生物)がいます。この発見は、中川達巧さん(日本大学助教)によるものです

毒性の高い物質は、別の見方をすると、淘汰圧(選択圧)の高い物質と言えます。つまり、唯一の炭素・エネルギー源として、毒性の高い物質で微生物の培養を行えば、その物質を利用できる微生物のみしか増殖することができません(集積培養)。集積培養を繰り返せば、毒性の高い物質に対して耐性を持つものの増殖できない微生物は、集積培養系からは取り除かれるはずです。

こうした常識を覆す結果が得られました。パラキシレンを嫌気的に分解する集積培養を10年にわたり繰り返した系(クウェートの湾岸堆積物から採取)から、ノルマルデカン(直鎖炭化水素の一つで、原油に含まれる物質)を分解する嫌気性微生物(PL12株)が単離されたのです。このPL12株、ノルマルデカンを分解することによって得られるエネルギーと炭素で、ゆっくりゆっくり増殖し、定常期に達するまでに数ヶ月かかります。その微生物学的化学反応は以下の通り。

 C10H22 + 7.75SO42- + 5.5H+ →
                               10HCO3- + 7.75 H2S + H2O

そうです!反応式からも明らかなように、酸化剤(電子受容体)として酸素のかわりに硫酸塩を用いる微生物(硫酸塩還元細菌)です。系統学的な解析の結果、PL12株は新属の生物であることが分かりました(生物の分類には、階層性があり、ドメイン、門、綱、目、科、属、種の順で下層へ)。

ここで、素朴な疑問が生じます。PL12株は、長期間のパラキシレン集積培養系で、どのように生き延びてきたのでしょうか? きっと、この微生物はキシレンも使えるに違いありません。そこで、どんな基質(炭素やエネルギー源)を利用できるのか調べてみました。ところが、キシレンなどの芳香族化合物は調べた限り利用できませんでした。一方、乳酸塩、酪酸塩、イソ酪酸塩、ピルビン酸塩、フマル酸塩や水素を利用できます。

パラキシレン分解集積培養系の優占種(pXy-K-13)は、パラキシレンを二酸化炭素と水にまで完全分解することがすでに知られています。これらの結果から判断すると、PL12株の生き残り戦術は不明です。たぶん、pXy-K-13がパラキシレンを分解する際に生じた中間代謝産物が細胞から漏れ出て、それらの物質をPL12株が利用しているのかもしれません。

いずれにしても、難分解性有害化学物質であるパラキシレンしか存在しないと言う厳しい淘汰圧の中、PL12株はマイナーな存在ではあるものの、したたかに(?)に生き延びている。そんな自然の仕組みにとても興味をそそられます。

大学院博士課程を修了したとしても、すぐに研究職に就ける時代ではありません。常に厳しい淘汰圧が若き研究者に襲いかかっています。こんなご時世において、サイエンスの世界で、マイナーであっても無視できない存在であることが重要かもしれません。

ということで、学術研究員の東岡さんの研究論文が公表されました。

Yuriko Higashioka, Hisaya Kojima, Tatsunori Nakagawa, Shinya Sato and Manabu Fukui (2009) A novel n-alkane-degrading bacterium as a minor member of p-xylene-degrading sulfate-reducing consortium. Biodegradation 20:383-390.     doi:10.1007/s10532-008-9229-8

Yuriko Higashioka, Hisaya Kojima, Shinya Sato, Manabu Fukui: Microbial community analysis at crude oil-contaminated soils targeting the 16S ribosomal RNA, xylM, C23O, and bcr genes. Journal of Applied Microbiology: in press.

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バースデー・ジンパ

2009-05-22 12:41:52 | 研究室紹介

大学内でも新型インフルエンザ対策は重要な課題。関西地方で予定していた、環境科学院の入試説明会も中止。東京での説明会は予定通り。

さて、低温研のライラックが爽やかに咲きほころぶ中、研究室のお誕生会を兼ねたジンパ(ジンギスカンパーティー)を開催。

さあ、はじめよう! 炭火をおこして、ジュー。

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まずは、野菜を焼いてから。

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ジンギスカンの出来上がり。

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サツマイモも。そして、ジャガイモはアルミホイルに包んで炭火で。

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さい、海産物の出番。ホッケに、貝。

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エンリンギも。
お次ぎは、焼きそば。

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うーん、風下は煙たい。

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日が暮れる前に、バースデープレゼント贈呈式。

Aさん、おめでとう!

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Bさん、おめでとう。プレゼント、気に入っていただけましたでしょうか?

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プレゼントも良いですが、もっともっと、焼きそばはいかがですか?

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そんな、こんなの、今シーズン最初のジンパでした。

来月は、いよいよ生物環境部門のジンパです。その目玉は、釣り達人であるA先生の収穫物をふんだんに用いた、フィッシュバーベキュー。A先生、期待しています!


からだに優しく、経済的な昼食

2009-05-20 13:05:00 | 食・レシピ

つくば→ブレーメン→つくば→東京(千代田区)→つくば→東京(八王子)→札幌→?

これが、私の勤務先の変遷です。ふと、それぞれの地で食べていた昼食を振り返ってみると、札幌が群を抜いて質が高~い!

ちなみに今日は、さくら弁当(500円)。肉汁たっぷりハンバーグ(ベーコンとナス添え)、アスパラサラダ、ナスの煮浸し、煮豆、山芋のとろろ、山菜、奈良漬け。北海道の季節の食材を使ったメニューで、メタボ系中年にはありがたい、体に優しいお弁当です。お味噌汁もついていますので、とても経済的です。ちなみに、今日の山菜率(重量換算)は8%。

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ここ札幌を離れてしまったら、この「さくら弁当」が恋しくなるに違いありません。


遠くて近い記憶

2009-05-15 10:13:00 | 教育

夜、就寝前にふと。今日のお昼は何を食べたんだっけ? うーむ、思い出せない。そんな日が続いている。老化が我が身に着実に押し寄せている。

ご縁があって、新潟県の県立高校PTA総会の講演会をお引き受けすることに。当日朝、新千歳空港からAir Do便に搭乗して1時間5分のフライトで新潟空港に着陸。シャトルバスで新潟駅。駅周辺のレストランで昼食(「松花堂弁当」)。上越新幹線に乗車、13分で燕三条到着。不覚にも眠りに陥り、気がつけば燕三条駅発車間際。慌てて荷物を持って下車、セーフ。タクシーで高校へ。途中、タクシーの運転手さんが「今日は三条祭りで、中心街は通行止めなので迂回していきますね」と。そう、今日は祭りの日。きっと明日の三条新聞には、祭りに記事が大々的に報じられているに違いない。

新しい校舎の視聴覚教室で講演。タイトルは、「汝、なんのためにそこにありや~現代大学生・院生事情~」。最近の大学の様子、学生の気質などを紹介。保護者の皆さんから、大学へ子を進学させる親として不安の声や大学に期待することなどをお聞きすることもでき、今後の大学教育の改善に活かそう。こういう機会を与えてくださった、高校とPTAに深く感謝。

今回の講演の反省点は、講演時間が延長してしまったこと。時間をやりくりして講演会に来てくださった保護者の皆さんに大変申し訳なく思う。120名の方に参加していただいたが、後方席に方にお声をかけることができなかったこと。

PTAの中に高校3年の時のクラスメート。30年ぶりの再会。あの時のいろいろな記憶が鮮明によみがえる。高校時代に、先生から教えていただいたことが今でも脳裏に焼き付いている。人生の中で、高校教育は重要であることを再認識。

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33年前高校生だった頃の自分、そして、今の自分。両者が議論を始めたら、理解し合えるまでどのくらいの時間がかかるだろう?


外の空気

2009-05-08 08:48:22 | 研究室紹介

雪氷の結晶研究で世界的に知られる中谷宇吉郎北海道大教授(当時)は、道内に閉じこもっていては意識が狭くなって世界から取り残されると指摘、「外の空気を吹き込むことがまず必要である」として、現地印刷を歓迎する論文を読売新聞に寄稿している。
読売新聞『検証 北海道50年』より)

5月1日、読売新聞は北海道で印刷発刊して50周年を迎えたそうです。今朝の朝刊では、カラー印刷の特集号が組まれています。その特集号の『明日を拓く若者群像』欄では、小島久弥さん(『細菌を研究する北大低温研助教』)が紹介されています。


美しい思い出

2009-05-07 19:18:12 | フィールド

ミズバショウの花言葉は、「美しい思い出」。今年も尾瀬で、「春の思い出」(?)作り。

大清水から一ノ瀬へ向けて出発。

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一ノ瀬から登山で、三平峠、そして尾瀬沼へ。快晴。雲一つ無し。

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さあ、調査開始!ささっとサンプリング。

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お次ぎは、生態学者の雪氷調査。新たなアプローチで雪氷新領域を展開!

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採取した試料を山小屋へ持ち帰ろう!
毎年お世話になっている長蔵小屋。

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宿に入り、夕食。その後、速やかに試料の処理。微生物生態研究には、このプロセスが極めて重要。

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さあ、下山。宿をあとにする。

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今年は暖冬のためか、尾瀬沼の雪は少なく、融雪が早い。

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行きはヨイヨイ、帰りはコワイ。ザックに入れた、加算んだ採取試料が肩に食い込む。滑落しないように慎重に下山。

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ふうう。ようやく一ノ瀬到着。ここまで来れば、一安心。

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下山途中、群馬県警のヘリコプターが三平峠上空を旋回し、盛んに遭難者捜索が行われていた。帰札後、新聞報道によると、その2日後に遺体で発見されたとのこと。野外調査には危険が伴う。事故の無いよう万全策を施し、調査を行いたいもの。無事に調査を終え、実験もうまくいき、その結果を国際誌に論文を発表すれば、真の意味で、「美しい思い出」になろう。