パラキシレン。耳慣れない物質かもしれません。この物質は原油中に含まれる、単環芳香族炭化水素の一つです。ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、そしてキシレンは、通称BTEXと呼ばれ、微生物の分解を受けにくい難分解性有害化学物質で、環境中に流出すると生態系に悪影響を与えます。
BTEXの中でも、パラキシレンは毒性の高い物質です。パラキシレンで汚染された生態系では、多くの生物は死滅してしまうのですが、パラキシレンを完全に分解して二酸化炭素までに変換する嫌気性微生物(酸素が無い条件下のみで増殖できる微生物)がいます。この発見は、中川達巧さん(日本大学助教)によるものです。
毒性の高い物質は、別の見方をすると、淘汰圧(選択圧)の高い物質と言えます。つまり、唯一の炭素・エネルギー源として、毒性の高い物質で微生物の培養を行えば、その物質を利用できる微生物のみしか増殖することができません(集積培養)。集積培養を繰り返せば、毒性の高い物質に対して耐性を持つものの増殖できない微生物は、集積培養系からは取り除かれるはずです。
こうした常識を覆す結果が得られました。パラキシレンを嫌気的に分解する集積培養を10年にわたり繰り返した系(クウェートの湾岸堆積物から採取)から、ノルマルデカン(直鎖炭化水素の一つで、原油に含まれる物質)を分解する嫌気性微生物(PL12株)が単離されたのです。このPL12株、ノルマルデカンを分解することによって得られるエネルギーと炭素で、ゆっくりゆっくり増殖し、定常期に達するまでに数ヶ月かかります。その微生物学的化学反応は以下の通り。
C10H22 + 7.75SO42- + 5.5H+ →
10HCO3- + 7.75 H2S + H2O
そうです!反応式からも明らかなように、酸化剤(電子受容体)として酸素のかわりに硫酸塩を用いる微生物(硫酸塩還元細菌)です。系統学的な解析の結果、PL12株は新属の生物であることが分かりました(生物の分類には、階層性があり、ドメイン、門、綱、目、科、属、種の順で下層へ)。
ここで、素朴な疑問が生じます。PL12株は、長期間のパラキシレン集積培養系で、どのように生き延びてきたのでしょうか? きっと、この微生物はキシレンも使えるに違いありません。そこで、どんな基質(炭素やエネルギー源)を利用できるのか調べてみました。ところが、キシレンなどの芳香族化合物は調べた限り利用できませんでした。一方、乳酸塩、酪酸塩、イソ酪酸塩、ピルビン酸塩、フマル酸塩や水素を利用できます。
パラキシレン分解集積培養系の優占種(pXy-K-13)は、パラキシレンを二酸化炭素と水にまで完全分解することがすでに知られています。これらの結果から判断すると、PL12株の生き残り戦術は不明です。たぶん、pXy-K-13がパラキシレンを分解する際に生じた中間代謝産物が細胞から漏れ出て、それらの物質をPL12株が利用しているのかもしれません。
いずれにしても、難分解性有害化学物質であるパラキシレンしか存在しないと言う厳しい淘汰圧の中、PL12株はマイナーな存在ではあるものの、したたかに(?)に生き延びている。そんな自然の仕組みにとても興味をそそられます。
大学院博士課程を修了したとしても、すぐに研究職に就ける時代ではありません。常に厳しい淘汰圧が若き研究者に襲いかかっています。こんなご時世において、サイエンスの世界で、マイナーであっても無視できない存在であることが重要かもしれません。
ということで、学術研究員の東岡さんの研究論文が公表されました。
Yuriko Higashioka, Hisaya Kojima, Tatsunori Nakagawa, Shinya Sato and Manabu Fukui (2009) A novel n-alkane-degrading bacterium as a minor member of p-xylene-degrading sulfate-reducing consortium. Biodegradation 20:383-390. doi:10.1007/s10532-008-9229-8
Yuriko Higashioka, Hisaya Kojima, Shinya Sato, Manabu Fukui: Microbial community analysis at crude oil-contaminated soils targeting the 16S ribosomal RNA, xylM, C23O, and bcr genes. Journal of Applied Microbiology: in press.