福井 学の低温研便り

北海道大学 低温科学研究所 微生物生態学分野
大学院:環境科学院 生物圏科学専攻 分子生物学コース

南極学特別講義I開講

2015-08-12 18:14:34 | 南極
8月10日より12日まで3日間、低温科学研究所にて南極学特別講義Iを開講(大学院共通講義、国際交流科目)。

3日目の午後は、『極地の生物―極限の生命と生態系―』。国立極地研究所の高橋晃周先生と福井が担当。

高橋先生はバイオロギング手法を用いた極域動物生態研究の第一人者で、講義では南極昭和基地周辺のペンギン営巣地での研究例を紹介。ペンギン個体の海水中での採餌行動映像が印象的でした。「ペンギン目線」での研究アプローチは説得力があります。

真夏の集中講義。受講生にとっては極域の生態系を知る良い機会になったかと思います。




12年目を迎えて:アマゾン型と警視庁型研究の統合

2015-08-01 16:30:02 | 研究室紹介
本日、札幌に赴任して11年が経過し、12年目を迎えます。

北海道大学低温科学研究所において微生物生態学分野を立ち上げ、「寒冷圏微生物生態学」の確立を目指して参りました。必死になって、研究に取り組んで来たため、あっという間に11年間が過ぎてしまったように感じます。

南極湖沼、高山湖沼、凍結湖沼、ダム湖、雪氷など、様々な研究対象にして、当初はアマゾン型研究を行なってきました。その過程で得た研究の芽に対して、警視庁型研究の展開をはかりました。その結果、独創的な研究成果を公表することができたと自負しております。これも小島久弥さんのおかげです。彼の不断の努力がなければ、ここまで到達することができませんでした。加えて、若き大学院生達との研究は常に刺激的です。

低温科学研究所で得られた研究成果のいくつかをご紹介。

・水界生態系の物質循環、特に硫黄循環に関与する新規微生物の分離培養の成功:特に、硫黄酸化細菌Sulfuricella denitrificansの発見の意義は大きく、発見後、地下水、土壌、水道水管バイオフィルム、高標高の湿原、氷床下生態系、黒色頁岩など、様々な系からSulfuricellaの検出が報告されています。

Hisaya Kojima, and Manabu Fukui. Sulfuricella denitrificans gen. nov., sp. nov., a novel sulfur-oxidizing autotroph isolated from a freshwater lake. International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology 60:2862-2866. 2010.


・自前で分離培養した新規微生物の完全長ゲノム配列決定と硫黄代謝経路の推定

Tomohiro Watanabe, Hisaya Kojima, and Manabu Fukui. Complete genomes of freshwater sulfur oxidizers Sulfuricella denitrificans skB26 and Sulfuritalea hydrogenivorans sk43H: Genetic insights into the sulfur oxidation pathway of betaproteobacteria. Systematic and Applied Microbiology 37: 387-395.2014.


・彩雪現象への微生物生態学的アプローチ:特に、尾瀬のアカシボ現象に関して、NHKスペシャル『奇跡の湿原 尾瀬』で取り上げていただきました。

Hisaya Kojima, Haruo Fukuhara and Manabu Fukui. Community structure of microorganisms asssociated with reddish-brown iron-rich snow. Systematic and Applied Microbiology 32: 429-437. 2009.

・自然生態系における脱窒メタン酸化細菌(NC10)の動態:これは、ドイツ・コンスタンツ大学Schink教授のグループと同時代的な研究ですが、台湾のダム湖である翡翠水庫の深層湖水でNC10が優占していることを発見した時は驚きました。まさに、アマゾン型研究の醍醐味と言えます。

Hisaya Kojima, Riho Tokizawa, Kouhei Kogure, Yuki Kobayashi, Masayuki Itoh, Fuh-Kuw Shiah, Noboru Okuda and Manabu Fukui. Community structure of planktonic methane-oxidizing bacteria in a subtropical reservoir characterized by dominance of phylotype closely related to nitrite reducer. Scientific Reports 4: 5728. DOI: 10.1038/srep05728.2014.


・巨大硫黄酸化細菌チオプローカの完全長ゲノム配列解読成功:これは、1999年初夏小島久弥さんに初めて出会い、2000年春から取り組んで来たテーマの集大成とも言える研究成果です。純粋培養できないチオプローカから、メタゲノム解析により完全長ゲノムが得られ、メタプロテオーム解析により現場環境で発現する機能を決定できたことは感動的でもありました。

Hisaya Kojima, Yoshitoshi Ogura, Nozomi Yamamoto, Tomoaki Togashi, Hiroshi Mori, Tomohiro Watanabe, Fumiko Nemoto, Ken Kurokawa, Tetsuya Hayashi and Manabu Fukui. Ecophysiology of Thioploca ingrica as revealed by the complete genome sequence supplemented with proteomic evidence. The ISME Journal 9:1166-1176.2015.


この他にもたくさんの論文が公表されており、どれもが思い出深いものばかりです。

さて、残された研究時間は? もし健康であり続け、幸運ならば、あと10年間研究できます。研究者人生としては、集大成の時期に相当。できることならば、楽しく研究に集中できる日々を過ごしたいと思っているこの頃です。

10年前、東京から札幌にやって来て、最初の夜を札幌クラークホテルで過ごしました。その日はとても暑く、ホテルの部屋にはクーラーがなく、寝苦しい夜でした。

今日の札幌は、「蒸し暑い」です。カラッとしない天気が続いていますが、さわやかな気持ちで11年目の今日を迎えております。皆さん、これからもどうかよろしくお願いいたします。