福井 学の低温研便り

北海道大学 低温科学研究所 微生物生態学分野
大学院:環境科学院 生物圏科学専攻 分子生物学コース

大学院時代をどう過ごすか(5)

2007-01-03 22:58:00 | 大学院時代をどう過ごすか

-自然科学者は環境汚染の問題にどのように対処すべきか
3.1 フィールド・サイエンティストの果たすべき役割

筆者は、一部の極端な自然保護者が主張するように、人類が自然を改変することを、無条件に否定することはないと考える。自然を克服し、それを改造することが人類の発展の歴史であったからである。重要なことは、人類が自然を改変することによって、自然界における諸事象のバランスが崩され、それが人類に対してどのようにフィードバックされるかを予知できる十分な体制がととのっているかということである。これに答えることこそフィールド・サイエンティストの課題であり、同時に彼等の行っている学問が人類の福祉につながるかを検証する場ともなろう。

(中略)

公害は起こるべきして起こる人災である。それを予知し、予防することが重要である。

        [手塚泰彦(1970)「水質汚濁の生態学」
         化学の領域 第24巻 第11号  962-968より]

1960年代、手塚泰彦先生は「お歯黒川」とよばれた隅田川の水質汚濁の原因を探ってPhoto_49おられました。川からは卵の腐った悪臭がし、川底をすくうと真っ黒なヘドロ。河川水さえも黒色に呈していたそうです。もともと植物生態学者であった手塚先生は微生物生態学に転じ、川に垂れ流された生活排水に含まれる有機物と海水から供給される硫酸塩とが相まって、微生物の働きによって硫化水素が生成されることを突き止めました。硫酸還元菌と呼ばれる嫌気性のバクテリアによる作用で硫化水素は生成されるのですが、このときに用いられる有機物は限られ03_9た種類の有機酸です。それでは、大量の硫化水素を発生させるための有機酸はどのようにして硫酸還元菌に供給されるのでしょうか?手塚先生は従属栄養細菌と硫酸還元菌の二者培養によってこの謎解きをしました。つまり、硫酸還元菌が直接利用できないグルコースからでも従属栄養細菌の働きによって、グルコースから有機酸が生成され、その生成有機酸を硫酸還元菌が利用することを見いだしたのです。言わば、2種のバクテリアの「片利共生」です。この研究は、1966年Botanical Magazine Tokyoに掲載され、当時としては画期的な微生物生態学研究でした。現在でもこうした微生物間相互作用研究は分子生態学的手法によって盛んになっています。

手塚先生は、下記の文章で『水質汚濁の生態学』を結んでいます。

3.3 環境汚染防止技術を積極的に開発すべきである
 環境汚染、特にここで対象にした水質汚濁を防止するためには、水処理技術の積極的な開発が必要である。人口が過密化すれば必然的に多量の廃水がでるし、工場が稼動すればやはり廃水がでよう。であるとすれば、環境汚染、公害を防止するためには、これらの廃水を処理して清浄になった水を河海に放流することが必要である。医学は治療医学から予防医学へと大きく前進しつつある。環境汚染、公害を予防する科学技術の発展のために、そろそろ巨額の資本を投じても良いのではないか。

身近な環境汚染の中からも興味深い生態学の課題を抽出することができますし、環境問題解決への貢献ができることを手塚先生の研究から読み取れます。37年経た現在でも、先人の輝きは失せてはいません。