大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第41回

2024年03月01日 21時29分05秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第40回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第41回




夕飯を済ませたが、雄哉がそっぽを向いて座っている。 話しかけてくるなということだろう。 戸の外から声がかかってきた。

「雄哉、ちょっと」

広瀬の声である。 雄哉が部屋を出て行くと外に出たようで玄関の戸が閉まる音がした。

「監視が居なくなっていいのかよ」

だからと言ってここから出ても、きっと玄関の外に誰か立っているのだろう、黒門の時のことを考えるとそうとしか考えられない。
黒門の在り方は全てにおいてというところで賛成できたものではなかったが、この白門は最低だ。

たしかに人間というものは魚介を生でも煮ても焼いても食べ、エキスにもしている。 サプリとして気軽に飲んでもいる。 それは白門がしようとしていることと同じだということは分かっている。 だが違う。 違うのはたった一つ、だがそれは大きな一つである。 ハラカルラを特別に見るか見ないかという違い。

(ハラカルラのあの水を知ってしまってそんなことを思えるか?)

海水にも淡水にも人間が知らないだけで意思があるのかもしれないが、やはり水無瀬は今まで生きてきた生活からそうは思えない。 だがハラカルラの水には完全に意思がある。 だから意に沿わないこと、争いや穢れがあるとざわつきもするし渦も巻く。 その中で生きている魚介たちをエキスにするなどということを、どうして考えられるだろうか。

「布団・・・敷いといてやろ」

腰を上げると押入れを開けた。

「雄哉、そっぽを向いてるだけじゃ話もまともにできないだろう、そこそこ日が経つ、本腰を入れて説得してくれなきゃ困る」

雄哉がニコッと口角を上げる。

「すみません、戻って正面切って話します。 今晩が駄目でも明日も明後日も」

「うん、よろしく頼むね」

「で、大学の履修提出のことなんですけど」

「ああ、そっちも教授に頼んである。 とにかく水無瀬君を説得できればすぐに戻っていいよ」

爽やかな笑顔を向けてくる。 それはちょっと前の表情とは全く違う。

「有難うございます、じゃ部屋に戻ります」

雄哉の背を見送った広瀬が考えるような様子を見せている。

(どうして笑った)

雄哉がニコッとした。 声こそ荒げたわけではないが雄哉にしてみれば苦言を呈せられたというのに。

(そう言えば)

最初に声をかけた時に嬉しそうな顔をしていた。 そして雄哉自身も広瀬とお知り合いになりたかったと言っていた。 苦言であっても広瀬と話せたのが嬉しかったのだろうか。

(それに)

水無瀬と話しているのを聞くと、どうも姉達の中で育った末っ子の印象がある。 単なる甘えたなのかもしれない。

「考え過ぎか」

広瀬が視線を変えて歩き出した。

玄関を開ける音がした。 雄哉が戻ってきたのだろう。

「あ、布団敷いてくれたんだ」

「ついでだから」

「ありがと。 ね、今広瀬さんと話してたんだけど―――」

「その話はしたくない」

雄哉がポリポリと頬を搔き出す。

(なんだ?)

「あー、えっと・・・俺はさ、あそこに一度だけしか行ったことがないからよく分からないけど、水無ちゃんは何度も行ってるんだろ? あそこで水に濡れたはずなのに出ると服が乾いてるしさ、いったいどんなとこなわけ? ってか、水無ちゃんいつからあそこを知ってたの?」

モニターの前の男たちがクスクスと笑っている。

「手法を変える様だな」

「つっても今まで説得もなにもまともに無かったからな」

「耳だけ傾けときゃいいだろ、コーヒーでも飲んで休憩しようや」

「そうだな」

二人がモニターの前から立ち上がりソファーに移動する。



「ばっかもーん!!」

爺たちから怒涛の雷が落ちた。
肚に据えかねながらも黙って聞いていた爺たちだったが、ワハハおじさんが水無瀬が今いる村に入り込んだことを言った時だった、とうとうブチ切れた。

「長の承諾も得ず! それに止められていたにも拘らず! 何を勝手なことをしとるのかー!!」

爺たちそれぞれの口から大喝が飛んでくる。
この村の頂点に立っているのは長である。 長の年齢を考えると爺の中に入るのだが、その爺の中には長より年上が何人もいる。 その上にも大爺が存在するのだが、それでもその上に立つのは長である。 長の言うことは絶対である。

雷が落ちてくることは覚悟していた、それもここらあたりで飛んでくるだろうとも思っていた。 この一瞬で怯みはしない。 この怒涛の雷を止めるには態度で示す以外ない。 口で何を言っても雷の合間に一言二言入るだけで声も届かないだろう。
ワハハおじさんが大げさに両手を上げ、そしてその手を畳に下ろすと同時に頭を下げる。

「申し訳ありません!!」

ワハハおじさんが両手を上げたことに、なんだ? と思った爺たちの口が塞がっている。
すぐにライもワハハおじさんに倣(なら)って手をつき頭を下げる。 今がチャンスである、爺たちの口がまた開かれる前に声を発せねば。

「勝手をしたことは重々分かっています、長に背くということはどういうことかも分かっています。 ですが我々も若い者も代々の志を引き継ぎたい、無にしたくない、ただそれだけなんです」

「それは長や我ら、大爺が考え決めたことを聞かんということになるだろう!」

「そんなことが許されるはずなかろう!」

元気な爺たちだ、心臓も血圧も心配などいらなかったか、などと心で思っていたワハハおじさんが口を開こうとしたとき、斜め後ろで頭を下げていたライの声が聞こえてきた。

「長、爺、勝手をして申し訳ありませんでした。 長が仰ったことはナギから聞きました。 俺たち若い者はまだまだいます、長が仰ったようにこの先は分かりませんが、それでもまだ俺たちの代は動きたいんです、代々の意思を継ぎたい、それが若い者の総意です。 今を逃すと次が簡単にやってこないことは明白です、今動かせてください」

お願いします、と畳に額をこすりつけた。
礼節を知っている他の者が言ったのならば耳を貸すことは無かった。 だが日頃からは考えられないライの態度、そして覇気のない声。 それは水無瀬とのことがあったからだろうことと想像はつくが、思わず爺たちの口が閉じられる。

「ライ」

長がライの名前を口にする。

「はい」

頭はまだ下げたままである。

「それは守り人ではなく、水無瀬君だからじゃないのか」

下げたままの顔で目が見開かれる。

「ライだけではない、全員がそうなのではないのか」

「そうであるのならば、それはライだけでしょう。 我々は水無瀬君も矢島も同じように考えています。 守り人の意向が何よりもだと。 それに我々が、いえ、朱門と黒門が水無瀬君を巻き込んだようなもの、少なくとも巻き込む前の形に戻すのは筋かと」

「俺もそうです。 水無瀬であっても矢島であっても同じです」

「そうか」

長が左右を見、そして振り返る。 左右にもそこにも爺たちの顔がある。

「大爺にはわしから話しておく」

「長! 覆すということか!」

「先に聞いた話、黒門との破約にならないことは間違いない。 それに中心になって動いている者たちを育てたのはわしらではないか。 その者らが若い者たちを育て、その若い者たちの総意が代々の意思を継ぎたいとのこと。 有難いことではないか。 わしらのお役には色んな形がある、厳しく指導することから子たちの心を育てる。 芽を摘むのがお役ではない。 そう思わんか」

爺たちの口が閉じられる。

「長、有難うございます!」

長がワハハおじさんに向き直る。

「続きを聞こう」


「母ちゃん」

「今頃父ちゃん雷落とされてる?」

「どんなもんかねぇ。 さ、練炭はもう寝んと」


その夜、またもや懐中電灯を持ったおっさんたちと若者たちが、いつもの場所に集まっていた。

「長も爺たちも許可したってことだな」

「ああ。 で、こっちで計画を立て長と爺らに報告をしてから動くことになるから、早くても明日の夜ということになる」

「あの村がどんな村かもっと掘り下げて探ってからの方が良くないか?」

単なる閉鎖的な村で頼まれて監視をしているだけならば交渉が成り立つかもしれないし、少なくとも黒門としているようなことを単なる村に対して簡単に出来ることではない。 単純に闇夜に紛れて水無瀬を逃がせばいいだけだが、見つかった時のことを考えねばならない。

「いや・・・俺としてはそれは避けたいです。 できれば最短で動きたい。 明日の夜に」

水無瀬にメモの返事をもらったのが昨夜、正確には今日の深夜になる。 明日の夜となれば返事を書いた水無瀬からすれば、二日後ということになる。 あまり日を空けたくはない。

「隠れて逃がす、交渉・・・」

「頼まれていたとしてもモニターで監視をしてんだ、交渉はないな」

「ってことは隠れて逃がす。 見つかった時は?」

単なる村であるのならば、忍刀などの獲物を使うわけにはいかない。

「ひたすら走って逃げる?」

言ったおっさんに全員が白い眼を送る。

「だーってそれ以外ないだろう、戦う以外に出来ることっていったら逃げることだけだろう」

「まぁ・・・確かにそうだが」

「獲物を使わずとも追ってくる村人を羽交い絞めにも出来ないか」

素人相手は考えさせられる。

「前提として戦わずということで、まずどこから入ってどのルートで逃げる」

水無瀬の足ではキリたちが入った渓流ルートは不可能、シキミたちが入った山ルートも水無瀬の体力ではまず持たない。

「ってことは、モヤさんたちの入った正面ということか」

水無瀬の身体能力や体力を考えなければ、隠密に逃げるということは一番難儀なのではないだろうか。


翌日、夕刻になりそれぞれがパーキングに車を停めた。 別部隊は渓流側と山側に車を停めることになっている。 正面から逃がすというのはやはり見つかる危険性が高い。 万が一を考えてというのもあるが、渓流側と山側が先に入り様子を見るということになり、三方向に分かれたが圧倒的に正面からの人数が多い。

車から降りた正面側のメンバーが分散して歩いて行く。 先に田んぼを挟んだ道路に着こうとしていたのはワハハおじさんとモヤと新緑である。

「なんだ?」

ワハハおじさんが眉根を寄せると、二人で歩きながら話していたモヤと新緑がワハハおじさんの目が向けられている方向を見た。

「え?」

「なんだあの車列は」

五台の車が列をなして道路に停まっている。
新緑がすぐにスマホを手に取ると、ラインに『正面側 待機』と入れた。 着信した誰もがどういうことだという目をしている。
少ししてまた着信音が鳴った。 『道路に五台の車列あり 様子を見ます』 というものだった。

「通夜か何かか?」

「このタイミングでですか? やめてもらいたい」

もし道路を挟んだ村の反対側である町側でそんなことがあるとすれば、パーキングに停めるはず。 パーキングに停めないということは道路の向こう、あの村で通夜か葬儀があるということになる。 通夜であれば夜中、村人の誰もが起きているということになる。

「人の生き死ににこっちの事情は関係ありませんからね。 取り敢えず待機するようにと連絡を入れました」

「裏の方からそのあたりを頭に入れて様子を見てもらうか」

「そうですね」

『渓流側、山側から村の様子を見てください 通夜葬儀の可能性あり』 おっさん二人が文字を打つより新緑が打つ方が断然早い。

『あと少しで到着します 到着次第すぐに様子を見に入ります』ナギのアイコンで返事が返ってきた。

『こちらまだかかります 渓流側より遅くなると思います 渓流側、様子が分かり次第連絡を入れてください』稲也からである。 やはり山側も渓流側も若い者が文字を打っている。

山側はシキミ以外は若い者で構成されている。 おっさんに山登りはきついということになったからである。 実際シキミは翌日に湿布を貼りまくりであった。 今回も山側ということで変えてくれと言っていたのだが、若い者をまとめるにおっさんが必要になってくる、そうなれば一度でも行った者の方が良い。 そう決定されたのだった。

待つしかない正面側。 “待機” とラインに入ってきたのだから誰もがその場に足を止めているが、今の渓流側と山側から入ってきたラインを見ているとまだ時間がかかりそうである。

このままこの場にじっとしていても悪目立ちがすぎる。 それに元々こんな早い時間に動く予定ではなく、あくまでも暗くなってから深夜の時間帯に動く。 ただその前に粗方の様子、村の様子もだがパーキングまでの様子を含んで町中を見るということで夕刻時にやってきていた。
今使っていたライングループと違う正面側だけのライングループに連絡が入った。

『全員不信に思われるかもしれないのでそれなりに動いて下さい こっちは飯屋に入ります シキミさん達もそこはあっちに任せていったん引いた方が良いかと by-喜八さん』 喜八おっさんが言っているということである。 そして打っているのは若い柳之介(りゅうのすけ)。

「今はその方がいいですね、下がりましょうか」

「そうだ―――」

新緑からラインの内容を聞いたモヤが言いかけた時、一台の車のドアが開いた。 咄嗟に三人が身を隠す。
車から出てきたのはラフな格好をした男二人。 その男二人が村の方を見ている。

(おかしい・・・)

村の者なら村の中に車を停めるはず、こんな道路に路上駐車をするということは村の人間ではないということ。 もし通夜葬儀だったとしたら、他方面からきているということになる。 それならば喪服、若しくはそれなりの格好でなければならない。

「モヤさん」

「ここまで一緒について来ただけの連れかもしれんか。 だがクサイ臭いがしてきそうだ」

「連れって、平日にですか?」

二人の男は三十代後半に見える。 そうであるならば普通で考えると働いている時間になる。

「自営もありってことですかね」

店であるのならば他の者に店を頼んで、家内作業であるのならば融通を利かせるだろう。

「若いモンは簡単に仕事を休む発想になるんだな、仕事を休んでまで知らないやつの通夜か葬儀に行くのを付き合うか?」

「いや、俺なら付き合いませんけど」

「それとも・・・黒か」

モヤの一言にワハハおじさんと新緑が驚いた顔をした。 だがよく考えると可能性がなくはない。 黒門がこの村に水無瀬を預けていると考えればその水無瀬の様子を見に来た、いやこの車の台数だ、引き取りに来たと考える方が正解だろう。

「一台だけ村に入ってそれに水無瀬君を乗せて、ここにある車は護衛ってわけですか」

「可能性としてだがな」

そうであるとすれば深夜に水無瀬を助け出そうとすれば、完全に後手になるということ。 ましてやそのまま黒門の村まで連れて行かれればもう手は出せない。 いや、黒の村まで行かずとも黒門の者に手は出せない。 いくら水無瀬が朱門に助けを乞うていると言ってもその声を聞いたわけではないし、水無瀬が黒門に朱門に戻りたいと言ったのかどうかも分からない。

「山側と渓流側を待っていられませんね」

「そういうことになるな」

「え? ちょっと待ってください、どうするんですか」

ちょっと体をほぐすような動きを見せていた男二人が再び車に乗り込んだ。

「他の車には誰も乗っていないようですね」

それであれば今見たあの男たちだけから身を隠すだけでいい。 とは言え稲刈りの季節が近づいている頃なら稲に高さがあり、身を屈ませることで姿を隠すことが出来るが残念ながらその季節ではない。

「行くぞ」

モヤが地を蹴り道路に沿って走り、それに続いてワハハおじさんが走る。 スマホ片手の新緑が少し遅れてその後を追う。

普通なら畦を走るところだが稲も何もない状態である、すぐに見つかってしまう。 見つかることを除けば、稲がない状態であるのだから田んぼの中のどこを走ってもいいということになる。
モヤの選んだコースは男二人の乗った車の随分と後方であった。 車の中から後方はまず見ないだろうと踏んでのことであった。

全員の着信音が鳴った。

『車列黒の可能性あり正面待機を続けよ』新緑からである。

蕎麦屋に入ろうとしていた喜八の足が止まった。 ラインを朗読した一番後方にいた柳之介の足も止まっている。

「黒だとー?!」

「可能性ってことですけど。 待機指示はまだ続いています、どうします? って、この文章、可笑しいなぁ」

「可笑しいってどういうことだ」

「正面側ではなく正面待機。 読みやすくスペースも入ってない」

「お客さん、入るの入らないのぉ?」


山側、渓流側でもそれぞれの車の中でおっさんたちが叫んでいたが、若い者たちは違うところに目をやっている。

「なんか・・・内容、足りなくね?」

「だねぇ、黒の可能性ありってなぁ」

「あるならあるで、それなりの続きがあるはず」

「それかその可能性の理由の前置き」

「それが無いってことは」

「モヤさんが・・・」

「突っ込んだってことか?」

「あり得るな」

「それで慌てて新緑が送ってきた」

若い者たちのそんな話を聞いていたおっさんたち。

「モヤはキリほどじゃないにしても」

「あり得無くない話だ」

「ってことは」

「もし黒だったとしたら」

「水無瀬君が黒の村に連れ帰られるってことか!」

おっさんたちが何を叫ぼうとも山側、渓流側ともに今は車を走らせることしか出来なかった。

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