大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第73回

2022年06月21日 11時30分55秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第70回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第73回



マツリが一人づつの聴取まがいをしている間に、文官と所長は金貨が流されていなかったかの確認をしている。
地下の者のやることだ、本職が見ればどこか抜けている所はすぐに分かるだろう。

昼餉時を過ぎた頃にはマツリの方は終わっていたが、文官の方はそうはいかなかったようだ。

「金貨十枚や二十枚くらいではなさそうです。 改めて数人で調べなおします」

「手落ちもよいところだな・・・」

所長が小さくなっている。

「残っている者は信用に値する。 今の段階ではということだがな。 昼餉をとらせ仕事を始めよ」

所長が頭を下げる。

「咎人はもう居らんようだ。 引く」

マツリの声が響いた。
なんのことかと話し終えた男たちがマツリを見ると、陰から武官が躍り出てきたのを見て情けない声を上げていた。

毎日きちんと決まった時間に食事をとっている文官が腹をグーグー鳴らしながら馬車に乗り込んだ。
マツリもだが武官も決まった時間に食事などとれない。 大きな身体は腹が減っているだろうに、素知らぬ顔をして慣れたものである。

咎人を入れた馬車が文官の乗った馬車の後につく。 その左右後方を武官の馬四頭が固める。

今日の捕り物は終わったがたった三人とは言え、刑部省はまた人が増え辟易するだろう。 明日もまた増えるが。

宮に戻り咎人の事は武官に任せ、金貨の調べ直しのことを財貨省長に報告する文官の横に立った。
財貨省長が驚いた目をしたかと思うと、すぐにマツリに頭を下げた。

「管理不行き届きで御座いました」

「地下の者の屋敷から金貨を没収しておる。 流れた金貨はそこに入っていよう。 全部かも分からんが、流れた金貨はそこから戻すように計らうよう。 残れば地下に戻す。 早急に間違いのない確実な数を調べるよう」

一枚でも間違えられれば困る。 誰にも分からないと言えど地下の金貨を財貨省が取ったことになる。
再度財貨省長が頭を下げる。 それを見ると文官に目を移した。

「苦労であった。 遅くなったが昼餉をとり仕事に戻るよう」

「あ、あの!」

「なんだ」

「あの、あの時には有難うございました」

「あの時?」

「所長とわたしがその、咎人に・・・」

情けない声を出して所長と抱き合った時のことだ。

「ああ、恐い思いをさせて悪かった。 大事は無いか」

「御座いません。 誠に有難うございました」

文官が頭を下げる。
なんのことかと見ていた財貨省長を見たマツリ。

「向こうで恐い思いをさせてしまった。 少々休憩も入れてやってくれ」

再再度、財貨省長が頭を下げる。

次に四方に報告に行かねばならない。 踵を返して省長の部屋を出た。

「さて、父上は何処におられるか」

取り敢えず執務室に足を向けた。



ブルルン。
お転婆が柔らかい唇をふるわせた。

「・・・ん」

声を漏らすと紫揺がゆっくりと目を開けた。
目の先にはキラキラと光る水面が見え、目の前の一番近くにはガザンの毛が見える。 目を動かすとガザンの頭が見えた。

・・・思い出した。

体を起こすと掛けられていたものがスルリと落ちた。
クシュン、とくしゃみが出る。
それに気付いた塔弥が立ち上がった。

「お目覚めですか?」

岩を回りこむと掛け物を手にし畳み始めた。

「いつの間にか寝てたんだ」

ガザンから手を離し体を起こす。

「いつの間にかと言うか、結構すぐにです。 泳ぎ疲れたんじゃありませんか?」

ガザンがやっと動ける、というように伸びをする。

「綺麗に泳がれるんですね」

「そう? 自分では見えないから分からないかな」

「髪が十分に乾かないまま寝られたので寒気は御座いませんか?」

くしゃみをしていたのが気になる。

「ガザンが居てくれたから、さほどで・・・」

ブルンと身体が震えた。

「ちょっと寒いかもしれない」

せっかく畳んだ掛け物を広げて紫揺の肩にかけた。

「温まってから動きましょう」

ガザンが紫揺の横を塔弥に任せるように岩から跳び下りる。

塔弥が岩を回りこんで上がり、ガザンの座っていたところに腰を下ろすと前を向いたまま話し出した。

様子を見ていた湖彩、梁湶、若冲が顔を見合わせる。
まだ帰らないようだ。

「無理にとは言いませんがご心配事があるのなら仰ってください」

「・・・ない」

「・・・そうですか。 さっきは何と仰られておりましたか、甘い物」

泉を見ていた顔を紫揺に向ける。 紫揺も塔弥を見る。

「チョコレートのこと?」

「ちょこれーと。 変わった名前で。 それと他にも」

「パフェとケーキ」

「ぱふぇ、けーき。 うん・・・覚えました」

「なんで?」

「秘密です」

紫揺の顔を見て言うとまた泉を見た。 つられて紫揺も泉を見る。

「日本が恋しいですか?」

塔弥を見るが塔弥はまだ前を向いたままだ。 顔を戻す。

「恋しい・・・。 恋しいと言われたら恋しくはないかな。 でも・・・」

「はい」

「・・・食べ物。 食じゃなくて、日本で言うオヤツとかは恋しいかな。 ここにないチョコレートやケーキやパフェ。 シュークリームも食べたいな、あ、プリンも。
・・・それと言葉の違いをまだ感じる。 結婚じゃなくて婚姻って言うんだね。 胃じゃなくて胃の腑とか。 だから言葉を選ばなくていいお付きの人と話すのはすごく楽って感じてしまってる」

その中に己は入っていないな、と、塔弥が思う。

「己も他の者に日本の言葉を教えてもらいます」

「え?」

塔弥が紫揺を見る。

「ちょこれーとも、ぱふぇも、けーきも知りませんでしたし、あと・・・しゅー?」

「シュークリームとプリン」

「しゅーくりーむとぷりん。 それも甘いんですか?」

「うん。 甘くて美味しい」

二人の様子を離れた所から見ていた三人。

「おい、紫さまと塔弥って雰囲気良くないか?」

「いや、それはいかんだろう」

「まぁ、いいっちゃ、いいけど。 禁断だろ」

「だけど、紫さまのお爺様は・・・」

元お付きだ。 塔弥の曾祖伯父だ。 そして先(せん)の紫の伴侶となった。

「それは致し方なかったからだろ」

日本に居て東の領土の人間は、先の紫と塔弥の曾祖伯父だけだったのだから。
だがそれだけが理由だろうか。

紫揺の話では曾祖伯父は会社の同僚を何人も先の紫に紹介していたということだった。 だがどれだけ紹介されても先の紫は首を縦に振らなかった。
それはどれだけ紹介されても相手が東の領土の人間ではなかったからなのか、それとも先の紫が曾祖伯父に心を寄せていたからなのか。

今となっては誰も知るところではない。
だが一つだけ分かっているのは、お付きは紫と結ばれてはならない。 それは鉄則である。 曾祖伯父も先の紫もそれを破ったということである。
先の紫も今代紫である紫揺も特殊な環境にある。 鉄則を破ってしまっても致し方がない、例外というのはいつの世もあるではないか。 そう考えても良いのではないだろうか。

「・・・あとで何の話をしていたか締め上げるか」

「当たり前だ」

この三人、どれだけ興味があるのかは知らないが、紫揺と塔弥が話しているのはオヤツの話しである。

「ねぇ、さっき気になることがあったら何でも訊いていいって言ったよね? 可能な限り答えてくれるって」

「はい」

「葉月ちゃんのことをどう思ってるの?」

「はい!?」

「答えるの可能だよね?」

「えぁ! そっ、それは別問題でっ!」

「別じゃないよ。 葉月ちゃんのことも気になるけど塔弥さんのことが気になるし。 あの堅物がちゃんと話できてるんだから、塔弥さんだってそれなりの話、葉月ちゃんにできるでしょ?」

「堅物?」

「阿秀さん」

「え? あ! 阿秀!?」

「うん。 上手くいきそう。 塔弥さんも葉月ちゃんのことを・・・えっと、想い人? なら掴まえとかないと誰かに取られちゃうよ。 あれだけ料理が上手なんだから」

「や、あ・・・」

泉など見ていられない。

塔弥がついうっかり大声で言ったしまった阿秀の名が、見守っている三人のところまで届いていた。

「うん? なんの話だ?」

「阿秀の話をしてるのか?」

「まさか・・・。 紫さまと阿秀ということは無いだろうな・・・」

三人が目を合わせる。
極上の禁断だ。



執務室に四方はいなかった。 結局、探し回って刑部省(ぎょうぶしょう)にいた。 その四方に尾能がついていた。
マツリが出て行ったあと四方が一番にしたことは尾能を連れて刑部省に行き、尾能の疑いを晴らすことだった。

いつもならそんな早い刻限に刑部省の面々が揃ってはいないが七十名以上の咎人がいる。 いつもより早く参内し書類上の仕事をしていた。 そこに四方が現れたということだった。

牢屋に入っている数名の咎人から聞きだし、尾能の母親を手にかけていた者を選び出すと聴取に入った。 そこに立ち会いの武官は居ず四方自らが立ち会った。

牢屋から出るにあたって武官二人はついていたが、他に武官は脱走を阻むために戸の外に立っているだけであった。

戸内の文官は三人。 一人が咎人の聴取に当たり、二人は補佐役であり、その内の一人は聴取の内容を書きとっている。

文官から訊かれとぼけたことを言うと四方が恫喝し、暴れ出すと四方が取り押さえ一発を入れる。 一発で足らない時には二発三発と。
戸の外に立つ武官が戸内から聞こえてくる音に目を合わせていた。
本領領主にあるまじき行為だが、それを見て見ぬふりをする聴取の文官。 書きとらない文官。 ただ三人とも顔はかなり引きつらせていた。

あくまでも、のらりくらりとする咎人にとうとう文官から指揮を取った。

『この者を知っておるか』

咎人の腕を締め上げながら同席させた尾能を見せる。

『っつ! 誰だよ、そいつっ!』

『お前はこの者の母御に手をかけた一人と聞いたが?』

『ふざけんな! 一人じゃねぇ―! 俺があのババァを任されたんだ! 小者どもと一緒にすんな!!』

男の言いように尾能がこぶしを握る。

『それで? この者を脅したのか』

『できるわけがないだろうよ! あのババァ、何にも吐きゃしねーんだからな!』

『嘘を申すとこの腕をへし折る』

『痛ってーんだよっ! 嘘なんかじゃねー! 俺があのババァを任されてたんだからっ!』

ボキっと音がした。

『グワッ!』

咎人の腕の骨を折ったようだ。
三人の文官が今にも泣きそうな顔をしている。

痛い痛いと叫ぶ男のもう一方の腕を四方がとる。

『再度訊く。 この者に接触はしておらんのだな』

『してないっ・・・顔も知らねー、離せ』

四方が男の手を離した。 折られた腕を抱えてうずくまっている。

『疑いは無いか?』

四方が文官に訊く。
四方の声に泣きそうだった顔を引きつらせ答える。

『ま、まま、全く以って』

『では尾能は被害者の家の者であるということだけでよいのだな』

『は、はい』

文官の応えに外に立つ武官に男のことを任せ四方と尾能が部屋を出た。

『気分の悪いことを聞かせてしまったな』

『そのようなことは・・・』

『わしも腹が立って・・・折ってしまったわ』 腕を。 

もう使っていない二つ名の死法。 現役でこの名を使っている時はこんなものではなかった。 死法としている時、罪人に対してもっと冷酷だった。
腹が立ったとはいえ、昔の死法にまでは戻っていない。 まだ優しい方であった。

『母御が心配だと思うが戻れるか?』

四方の側付きに。

『四方様のお気遣いで母はいま落ち着いております』

『いま落ち着いておられるのではないだろう。 紫も言っておった。 毅然とした母御だと。 素晴らしい母御だ』

『・・・有難うございます。 今ここより、四方様のお赦しがあればすぐにでも』

『わしの赦しなど元よりない。 明日も忙しい。 頼む』

尾能が深々と頭を下げた。


尾能を見てマツリが頷いた。 尾能が頭を下げる。

「無事に運んだか」

四方が問う。

「白木の言っていたように三人で御座いました。 全員を視ましたが禍つものを持つ者は他におりませんでした。 金貨は流れていたようです。 早急にその数を調べるようにと言っておきました」

「・・・流れておったか」

流れていたことに落胆を隠せないが、己が目にしていた書類が嘘偽りであったことにも溜息が出る。

「造幣所長に管理をしかりとするよう言っておきましたが・・・」

「ああ、飛ばさなくてはならんな」

それは財貨省長が決めるだろうが、財貨省長自身も考えなくてはならないことが明日は待っている。

「紫の持って帰った零れ金・・・。 大きかったか」

紫と聞いて忙しさにかまけ忘れていたことを思い出す。

―――泣かせてしまった。

キョウゲンがくりくりとした目を瞬かせる。

「明日は横流しと加工場と採石場、全てを一度に押えなくてはならん。 これから武官長と財貨省長と顔を揃えて明日のことを話すが昼餉は食べたのか?」

光石の管理も財貨省である。 さっき顔を合わせたばかりだ。 今日明日のことを考えると立ってはいられないのではないだろうか。

「まだですが同席させて頂きます。 昼餉はその後で」

「その時には夕餉になっておろうな」

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