『国津道(くにつみち)』 目次
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- 国津道(くにつみち)- 第37回
二月の決算に忙殺され、やっと落ち着いたのが三月半ばとなっていた。
願弦の心の彼女噂も初めの内だけで、現場と詩甫の居る三階の事務所では殆ど昼休み返上状態でそんな噂を口にする暇さえなかった。
決算に左右されない加奈の居る四階の事務所にも噂が広がってきていたが、加奈にだけには願弦が座斎から助けてくれたことを話していたので、事務所内の噂は加奈が上手く消してくれていた。
「まっ、詩甫の後ろに願弦さんが居るのは間違いないんだから、願弦さん相手じゃ座斎ももう手を出してこないわね」
二月から三月中旬くらい迄は詩甫の残業や休日出勤が多くなるからと、祐樹に来ないようにと連絡をしていた。 それは毎年のことであるから祐樹も文句を言わず納得をしていた。
今はもう三月に入って半ばを越している。 あと一週間もすれば春休みに入る。
気温は高くないが空には雲ひとつ見当たらない。 清々しい朝日がアスファルトを照らしている。
片側一車線の道路では通勤の為の車だろうか、それとももう既に出社した営業マンの車だろうか、マフラーから出る排気ガスで清々しく温められたアスファルトを塗りつぶすかのように、白い煙を吐いている。
歩道を歩きながら口から白い息を吐いて、首にはマフラー、頭にはニット帽を被り、その年齢を表すかのように、背中でランドセルが揺れている。
「祐樹、おはよ」
後ろからポンとランドセルを叩かれた。 振り返ると中学生の制服が目に入った。 それは地元の中学の制服ではない。
「優香ちゃん、お早う」
「祐樹もあと少しで一年生担当だね」
四月になれば入学してきた一年生の、所謂(いわゆる) 教育係となる。 給食当番とは何をするのか、重い鍋などは五年生が持ってあげねばならないが、鍋から一人一人の椀に入れる時に、零さないようにする入れ方などを教えなくてはならない。 掃除の仕方も然りである。
「出来るかなぁ・・・」
自信がないようだ。
「出来るよ、祐樹なら。 だって私が祐樹に教えたんだもの」
「うん・・・。 この前、また受験するって言ってたけど・・・」
「うん、来年の今ごろは合否が分かってるくらいかな」
高校受験ということだ。 この優香は祐樹が五年生になれば、中学三年となる。
「塾も追い込みが厳しいよ。 ね? 祐樹は中学受験は?」
祐樹が首を振る。
「塾は?」
「行ってない」
親に言って塾に行かせてもらって、中学受験をしたとしても、そしてたとえ合格したとしても・・・。 もうその時にはこの優香はその中学にはいない。 だから塾に行く必要も無ければ受験する必要もない。
「そっかー。 じゃ、みんなと一緒の中学なんだね。 その方が楽だからいいかもね」
「楽?」
「うん、知らない子たちばっかりだと、友達作りから始めなくちゃいけないし」
「そうなんだ」
思いもしないことだった。 渦中に入ってみなければ分からないことがあるものなんだ。
「じゃね、五年生頑張ってね」
腕時計を見た優香が制服のスカートを翻して曲がり角で曲がった。 駅に向かう方向である。
優香は祐樹の憧れの女子であった。
詩甫という姉が居るが、詩甫とはまた違ったものを持ち合わせている。 弾けるような元気さと、詩甫のように祐樹のことを窺いながら言葉を発するのではなく、思ったことを口にする。 だがそれは嫌なものではなかった。
詩甫も親の離婚さえなければあんな風に明るかったのだろうか。 いや・・・自分の父親と再婚しなければそうだったのだろうか。
決して詩甫のことを暗いと思っているわけではない。 思いやりがあって何もかも笑みの中に包んでくれる。 優しい姉だ。 それだけに、何もかもを背負ってしまっているのではないかと思う。 だから一人暮らしをしているのが心配なのである。 以前、詩甫は自分は頑固だと言っていたが、そんなことはない。
「姉ちゃん、あれからお社に行ってない」
浅香に・・・曹司に言われたのだから仕方がない。 それになにより、詩甫の身体が一番だ。 目の前で見たあの電車の中であったようなことはもう御免だし、そのあとの事なんて、考えただけでもぞっとする。
「でも・・・」
最後に詩甫の所に行った時、詩甫に元気がなくなっているのを感じていた。 詩甫はそんなことは無いような素振りをしてはいたが、隠しきれるものではない。
それに浅香が詩甫には頼れる人が居ると言っていたが、あの様子では多分相談も何もしていないだろう。
「だから・・・一人暮らしが心配なんだよ」
誰にも何も口にせず、一人で背負い込んでしまう。
耳を押さえて高架下を潜り終えると、またしてもランドセルを叩かれた。
「うっす、さっきの中学生、俺たちが一年の時の五年だろ?」
詩甫のことを考えていたからだろうか、友達が走って来ていたのに気付かなかった。 いや、高架下を潜るのに耳を押さえていたからだろう。 一瞬驚いたが平静を装う。
「うーっす。 そう。 オレ担当だった」
「花瀬が見たら泣くぞ?」
花瀬とはクラスメイトである。
「そんなこと知るかよ」
「とかなんとか言っちゃって、バレンタイン貰ったんだろ? で、ホワイトディに返したんだろ?」
「お母さんが返しとけって買ってきただけ。 それが礼儀だって言うし」
「何返した?」
「マカロンって言ってた」
紙袋の中を見たわけではないから知らないが。
「いーなー、羨ましい」
「貰わなかったってこと?」
とは言っても、祐樹も詩甫以外から貰ったのは今回が初めてである。 それも手紙付きだった。 熱烈に書かれていてドン引いた。
「黙れ、それに祐樹が貰ったことが不思議だよ。 俺より背が低いのに」
背の順で並ぶと祐樹は毎年前から数える方が早い。 三年生の時には今までの最後列で前から五番目だった。 そして今は前から三番目である。
「男は背の高さで決まるんじゃないんだよ」
背の高さ、そう考えた時に、もしかして優香はまだ祐樹のことを一年生扱いしているのだろうか。 一年生の時より身長は伸びているが、他のクラスメイトほどではない。 そうであったのならば少々心がイタイ。
「で? なんて返事したんだよ」
「付き合ってくれって手紙に書いてあったから、付き合う気はないって言った」
「げっ! 嘘だろ!?」
「嘘言ってどうすんだよ」
「頼む! 嘘だと言ってくれ!」
手を合わせて拝み倒してくるが、話しが見えない。 どういうことだろう。
「日向(ひゅうが)ぁ、何か・・・隠してるな」
足を止めて隣に立つ祐樹より随分と背の高い同級生、日向をギロリと睨む。
「あ・・・や、その・・・」
祐樹がずいっと日向に近寄る。 背が低く可愛らしい目をしているが、くりっとして大きくまん丸い分こんな時の目力は結構ある。
もう隠しきれない。
日向がぽつぽつと話し出した。
祐樹は全く気付かなかったが、花瀬が祐樹にチョコを渡したのは誰もが知っていることだったという。
情報源は花瀬の取り巻きであった。 花瀬が振られるはずは無いのだから。 何故なら、花瀬は男子の中では結構人気があって、スポーツがよく出来て、中学受験を控えている頭の良い女子であったし美人だからだ。
その花瀬が祐樹にチョコを渡した。
放課後、廊下で数人の女子と男子が花瀬が祐樹にチョコを渡したということを話していた。 そこで一人の女子が提案したという。 男子からの人気を花瀬と二分する他のクラスの女子の友達であった。
『ね、花瀬さんが振られるかどうか賭けない?』 と。
そこで賭けが始まったらしい。
無論この同級生である日向は祐樹が花瀬と付き合う方に賭けていたというし、大半がそうであったらしい。 振られる方に賭けていたのは言い出した女子とその親友たちだけであったという。
だがその結果を花瀬自身が話さないし、花瀬の取り巻き達も口を閉ざしていた。 花瀬が振られたなどとは、取り巻き達たちが言うはずはない。 それに言う義務もなかった。 賭けに参加していなかったのだから。
そこに一ヵ月待って祐樹がホワイトディに返したと情報を得た。
そこで痺れを切らした女子から結果を聞いて来いと白羽の矢が立ったのが、この日向だったと言う。
「ったく、何しょうもないことやってんだよ」
話を聞いている内に、何を勝手なことを! と怒鳴りたかったが、一応最後まで聞くとその熱も冷めてしまった。 日向が哀れに思えたからだ。 ホワイトディからすぐに白羽の矢を立てられたらしかったが、訊くに聞けず今日までダラダラと伸ばしていたという。 そしてとうとう昨日、女子から呼び出されたらしい。
「うわぁー・・・、アイツ等にお菓子三箱買うのかぁ」
賭けに負けた者が一人三箱、若しくは三袋のお菓子を買うらしい。 そして勝った者へ献上になると言う。
「ば~か」
今にも膝を崩しそうな日向を置いて走り出した。
「ん? 日向は何でこんなに早く登校してたんだ?」
今日このことを聞くために、祐樹を校門で待っているつもりだった日向の気持ちなど祐樹は知らなかった。
その祐樹が今日早めに家を出て来たのは何かあったからではない。 優香に会えないかと思って早めに家を出て来ただけであった。
詩甫のことを考えると気が萎えてしまうから、優香に会えば少しは元気になるかと思っての事だった。 だが会ったことでまた詩甫のことを考えてしまっていた。 憂いてしまっていた。
「今日は姉ちゃんの所に行くから・・・」
白い息を吐きながら走ったからなのか、それとも日向の話に熱を帯びてしまったのか、首元が暑くなってきた。 足を緩めてマフラーに隙間を作る。
日向たちのように詩甫を元気付ける為にお菓子の土産を買ってあげたいが、お菓子を買う金はない。 小遣いは詩甫の所に行く切符代に消えている。
祐樹が唯一完璧に出来るのはラーメンを作ることだけ。
そうだ、今日は久しぶりにラーメンを作ってあげよう。 あれから詩甫が欠かさないよう補充してくれている。 詩甫も時々食べているようだ。
「お?」
目の前に一、二年の時同じクラスで今は他のクラスの同級生が歩いている。 祐樹と同じクラスの花瀬の親友の一人である。 大きな荷物を抱えて今にもこけそうにヨタヨタとしていた。
「たしか・・・五年になったらクラブ部長になるとかって言ってたよな」
現在五年生はクラブに居ないということであった。 クラブに入られるようになるのは四年生からで、今在籍しているのは六年生と四年生だけである。
良いことが閃いた。
「おーい、脇田ー!」
浅香曰くの女心に疎い祐樹が朝陽に照らされたアスファルトを蹴った。 ランドセルの下につけた、糊がしっかりと効いた給食当番のエプロンが入った袋が左右に振れている。
全生徒下校の時間となった。 終わりの会を終わらせたのに祐樹は駅に向かわず教室に残っていた。 そして全生徒下校の時間となってようやく門を潜った。
「脇田・・・一緒に帰ろうって言ったのに」
どうしてか次期家庭科クラブ部長である脇田が顔を引きつらせてブンブンと音がしそうなくらい首を振った。
祐樹にしてみれば一緒に帰ることが今回の礼のつもりであった。 だがそれを断られた。 でも一応、待っていたということである。
でももう今はそんなことはどうでもいい。 ホクホク顔の祐樹の荷物が増えている。 登校時はランドセルだけだったのに、今は右手に小さな紙袋を持っている。
教室から学校を出ると駅に向かって走りだした。
久しぶりに「お帰り」 という言葉に迎えられた。
「ただいま」
「わっ、姉ちゃん、目が窪んでる」
「え? うそ!?」
靴を脱いでいる動作が止まった。
「うそだよ」
「あー、祐樹ぃー」
「一カ月半もずっと残業だったんだろ? 無理するなってこと」
詩甫が靴を脱ぎ終え祐樹の頭を撫でる。 この義弟には心配をかけてばかりいるようだ。
「毎日ってわけじゃなかったから大丈夫よ」
「ならいいけど。 姉ちゃん着替えてきて、オレ、ラーメン作ってるから」
「ん、ありがと。 祐樹に甘えるね」
リビングに入ると部屋が暖められていた。 いつもなら寒い寒いと言いながら急速暖房を入れなければいけないのに。
座卓には今まで読んでいたのだろう、浅香から借りたままの単行本が栞代わりの紙切れを挟んでおかれてあった。
借りたものを広げたまま伏せて置くようなことはしていないようだ。 祐樹なりに気を使っているのだろう。 きっと手もちゃんと洗ってから読んでいるのであろう。
着替えを終わらせキッチンのテーブルに着くと、二人分のラーメンが湯気を立てていた。 卵とキャベツ入りであった。
進化している。
「野菜室のキャベツ使ったからね」
キャベツを切っていた様子は感じられなかったし、立てられているまな板も乾いている。 事前に用意をしていたのだろう。
「手、切らなかった?」
思わず前に座る祐樹の手元を見ると傷は見当たらない。
「うん、あれくらい何ともないよ」
「そっか、じゃ、頂きます」
ちゅるちゅると二人でラーメンを啜っていると、時折祐樹の視線が気になった。
「なに? どうしたの?」
「あ・・・。 えっと、姉ちゃんバレンタインデーに誰かにチョコ渡した?」
浅香が言っていた。 詩甫には頼れる人が居ると。
「うーん、祐樹以外は会社の女子で義理チョコ配ったけど?」
祐樹には事前に渡してあった。
祐樹は貰ったの? と訊き返したかったが、貰っていなければ傷つくだろう。
「義理チョコ? それだけ?」
「一人だけいいのを渡したけどね」
「え・・・。 それって・・・」
「危ないところを助けてくれたの。 お礼を込めて渡したの」
「え! 危ないって、まさかお社!?」
詩甫が首を振る。
「お社には行ってないよ、心配しないで。 会社の帰りに遅くなって絡まれかけたのを助けてくれただけ」
とてもじゃないがコスプレ男に絡まれかけたとは言えない。
「あ・・・何ともなかったの?」
「うん、追い返してくれて部屋まで送ってくれたからね。 そのお礼」
「浅香が・・・姉ちゃんには頼れる人がいるって言ってたけど、その人?」
詩甫が願弦のことを浅香に話したのを思い出した。
「うん、その人。 願弦さんって言ってね、お社のことでも色々と心配してくれてるの。 教えてもらってることもあるし」
「教えてもらってる?」
「うん、神主さんの学校を出てて実家が神社なの。 だから色々とね」
「え?」
「朱葉姫のことは言ってないけど、ほら、大蛇のことがあったでしょ?」
詩甫と浅香が瀬戸の作ったファイルを見て話していたことを祐樹は知っている。 祐樹が頷く。
「大蛇のことも言ってないけど、何となく気づいてるところがあるみたい。 色んな話を教えてくれるから」
祐樹が改めて思った。
朱葉姫と大蛇のことは三人だけの秘密なんだと。
「難しい話もしてくれるけどね」
それは迷惑だという言い方ではなかった。 詩甫にとって願弦は有難い人である。
祐樹が願弦のことを意識しているのは分かる。 ましてやバレンタインにチョコを渡したと言ったのだから。 けれど、そういう相手ではないという意味で難しい話もすると言った。 祐樹に伝わっているかどうかは分からないが。
「神主さんだから・・・神様の話とか?」
「うん。 聞いたこともない話や言葉が出てくるの」
「オレも図書館で本を借りて読んだ。 神様ってお願い事を聞いてくれる道具じゃないって書いてあった」
「そっか。 本を借りて読んだんだ」
祐樹も頑張ってくれているんだ。
よく火が通っていない太いキャベツをシャリッと噛んだ。
ラーメンを食べ終えると洗い物を終え、リビングに戻ってくると祐樹がおもむろに詩甫に紙袋を渡す。
「え? なに?」
「クッキー」
紙袋から中の物を出すと、巾着絞りにした可愛い柄のセロファン紙が出て来た。
「他のクラスなんだけど、五年生になったら家庭科クラブの部長になる脇田ってのがいて、今朝重そうに荷物を持ってたから手伝ったんだ。 そのお礼だって」
脇田が抱えていたのはこの日クラブで最後のお菓子作りの日だった。 その材料や備品をを抱えていたということであった。
「オレとしては脇田にキャベツってどうしたらいいか教えてもらったから、それで良かったんだけど」
それで今日のラーメンにキャベツが入っていたのか。 ましてや前回まで生卵がラーメンの上にのっていたが、今回は溶じてあった。
「放課後待ってろって言われて待ってたら、これをくれたってワケ」
「そうなんだ、なに? その脇田さんって祐樹の彼女?」
「んなわけない」
ふふっと笑いながら、詩甫が祐樹に巾着袋を差し出す。
「ん? なに?」
「祐樹が貰ったんだから祐樹が開けなくちゃ」
セロファン紙はピンクのリボンで結ばれてあった。
「春休みに入ったら、姉ちゃんの所に来てもいい?」
リボンを解きセロファンを広げ、ポリっとクッキーを齧った祐樹が言う。
中に入っていたクッキーは小学生らしく星型や犬の型などになっていた。 味もとりどりでチョコ味ココア味などがあり、マーブルになっていたりナッツが入っているものもあった。
「お母さんがいいって言ったらね」
詩甫の手にもクッキーが握られている。
「お父さんが珍しく旅行って言ってたらしいから、お母さんと二人で行くんじゃないかな?」
「え?」
「お母さん、喜んでたから」
「祐樹・・・」
それは家族旅行ではないのか。 義父は三人で行こうとしているのではないのか。 それなのにどうしてそんな風に考えるのか。 家の中で祐樹はどうしているのだろうか。
「ちゃんとお義父さんにも訊いてくるんだよ?」
「うん、分かってるよ」
母親に訊いても父親が良いと言ったら、いつもそう言われるのだから。
「学校に行ったら脇田さんに美味しかったって言っといてね」
これ以上この話はしたくない。 祐樹も話したくないだろう。
「うん」
「脇田さんって可愛いの?」
「えー、どうなんだろ。 でも俺よりちょっと背が低い」
祐樹は身長を気にしているのだろうか。 うっかり笑い声が漏れてしまった。
「あ? なに・・・?」
「何でもない。 お風呂入ろうか。 用意してくるね」
祐樹が先に入りあとで詩甫が入る。 風呂の掃除をしてから上がりたいからだ。 洗面所で髪の毛を乾かし終え、リビングに戻って来た。
「どっかでスマホ鳴ってたよ」
ついうっかりしていた。 バッグに入れたままだった。
「ありがと」
寝室に行ってバッグの中からスマホを出すと、着信を示すランプが点滅していた。 祐樹が言ってくれなければ気付かないままだっただろう。 それに寝室とリビングの境の戸は開けたままになっている。 閉め切っていれば祐樹さえ気づかなかったかもしれない。
着信は加奈からのラインと電話であった。
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- 国津道(くにつみち)- 第37回
二月の決算に忙殺され、やっと落ち着いたのが三月半ばとなっていた。
願弦の心の彼女噂も初めの内だけで、現場と詩甫の居る三階の事務所では殆ど昼休み返上状態でそんな噂を口にする暇さえなかった。
決算に左右されない加奈の居る四階の事務所にも噂が広がってきていたが、加奈にだけには願弦が座斎から助けてくれたことを話していたので、事務所内の噂は加奈が上手く消してくれていた。
「まっ、詩甫の後ろに願弦さんが居るのは間違いないんだから、願弦さん相手じゃ座斎ももう手を出してこないわね」
二月から三月中旬くらい迄は詩甫の残業や休日出勤が多くなるからと、祐樹に来ないようにと連絡をしていた。 それは毎年のことであるから祐樹も文句を言わず納得をしていた。
今はもう三月に入って半ばを越している。 あと一週間もすれば春休みに入る。
気温は高くないが空には雲ひとつ見当たらない。 清々しい朝日がアスファルトを照らしている。
片側一車線の道路では通勤の為の車だろうか、それとももう既に出社した営業マンの車だろうか、マフラーから出る排気ガスで清々しく温められたアスファルトを塗りつぶすかのように、白い煙を吐いている。
歩道を歩きながら口から白い息を吐いて、首にはマフラー、頭にはニット帽を被り、その年齢を表すかのように、背中でランドセルが揺れている。
「祐樹、おはよ」
後ろからポンとランドセルを叩かれた。 振り返ると中学生の制服が目に入った。 それは地元の中学の制服ではない。
「優香ちゃん、お早う」
「祐樹もあと少しで一年生担当だね」
四月になれば入学してきた一年生の、所謂(いわゆる) 教育係となる。 給食当番とは何をするのか、重い鍋などは五年生が持ってあげねばならないが、鍋から一人一人の椀に入れる時に、零さないようにする入れ方などを教えなくてはならない。 掃除の仕方も然りである。
「出来るかなぁ・・・」
自信がないようだ。
「出来るよ、祐樹なら。 だって私が祐樹に教えたんだもの」
「うん・・・。 この前、また受験するって言ってたけど・・・」
「うん、来年の今ごろは合否が分かってるくらいかな」
高校受験ということだ。 この優香は祐樹が五年生になれば、中学三年となる。
「塾も追い込みが厳しいよ。 ね? 祐樹は中学受験は?」
祐樹が首を振る。
「塾は?」
「行ってない」
親に言って塾に行かせてもらって、中学受験をしたとしても、そしてたとえ合格したとしても・・・。 もうその時にはこの優香はその中学にはいない。 だから塾に行く必要も無ければ受験する必要もない。
「そっかー。 じゃ、みんなと一緒の中学なんだね。 その方が楽だからいいかもね」
「楽?」
「うん、知らない子たちばっかりだと、友達作りから始めなくちゃいけないし」
「そうなんだ」
思いもしないことだった。 渦中に入ってみなければ分からないことがあるものなんだ。
「じゃね、五年生頑張ってね」
腕時計を見た優香が制服のスカートを翻して曲がり角で曲がった。 駅に向かう方向である。
優香は祐樹の憧れの女子であった。
詩甫という姉が居るが、詩甫とはまた違ったものを持ち合わせている。 弾けるような元気さと、詩甫のように祐樹のことを窺いながら言葉を発するのではなく、思ったことを口にする。 だがそれは嫌なものではなかった。
詩甫も親の離婚さえなければあんな風に明るかったのだろうか。 いや・・・自分の父親と再婚しなければそうだったのだろうか。
決して詩甫のことを暗いと思っているわけではない。 思いやりがあって何もかも笑みの中に包んでくれる。 優しい姉だ。 それだけに、何もかもを背負ってしまっているのではないかと思う。 だから一人暮らしをしているのが心配なのである。 以前、詩甫は自分は頑固だと言っていたが、そんなことはない。
「姉ちゃん、あれからお社に行ってない」
浅香に・・・曹司に言われたのだから仕方がない。 それになにより、詩甫の身体が一番だ。 目の前で見たあの電車の中であったようなことはもう御免だし、そのあとの事なんて、考えただけでもぞっとする。
「でも・・・」
最後に詩甫の所に行った時、詩甫に元気がなくなっているのを感じていた。 詩甫はそんなことは無いような素振りをしてはいたが、隠しきれるものではない。
それに浅香が詩甫には頼れる人が居ると言っていたが、あの様子では多分相談も何もしていないだろう。
「だから・・・一人暮らしが心配なんだよ」
誰にも何も口にせず、一人で背負い込んでしまう。
耳を押さえて高架下を潜り終えると、またしてもランドセルを叩かれた。
「うっす、さっきの中学生、俺たちが一年の時の五年だろ?」
詩甫のことを考えていたからだろうか、友達が走って来ていたのに気付かなかった。 いや、高架下を潜るのに耳を押さえていたからだろう。 一瞬驚いたが平静を装う。
「うーっす。 そう。 オレ担当だった」
「花瀬が見たら泣くぞ?」
花瀬とはクラスメイトである。
「そんなこと知るかよ」
「とかなんとか言っちゃって、バレンタイン貰ったんだろ? で、ホワイトディに返したんだろ?」
「お母さんが返しとけって買ってきただけ。 それが礼儀だって言うし」
「何返した?」
「マカロンって言ってた」
紙袋の中を見たわけではないから知らないが。
「いーなー、羨ましい」
「貰わなかったってこと?」
とは言っても、祐樹も詩甫以外から貰ったのは今回が初めてである。 それも手紙付きだった。 熱烈に書かれていてドン引いた。
「黙れ、それに祐樹が貰ったことが不思議だよ。 俺より背が低いのに」
背の順で並ぶと祐樹は毎年前から数える方が早い。 三年生の時には今までの最後列で前から五番目だった。 そして今は前から三番目である。
「男は背の高さで決まるんじゃないんだよ」
背の高さ、そう考えた時に、もしかして優香はまだ祐樹のことを一年生扱いしているのだろうか。 一年生の時より身長は伸びているが、他のクラスメイトほどではない。 そうであったのならば少々心がイタイ。
「で? なんて返事したんだよ」
「付き合ってくれって手紙に書いてあったから、付き合う気はないって言った」
「げっ! 嘘だろ!?」
「嘘言ってどうすんだよ」
「頼む! 嘘だと言ってくれ!」
手を合わせて拝み倒してくるが、話しが見えない。 どういうことだろう。
「日向(ひゅうが)ぁ、何か・・・隠してるな」
足を止めて隣に立つ祐樹より随分と背の高い同級生、日向をギロリと睨む。
「あ・・・や、その・・・」
祐樹がずいっと日向に近寄る。 背が低く可愛らしい目をしているが、くりっとして大きくまん丸い分こんな時の目力は結構ある。
もう隠しきれない。
日向がぽつぽつと話し出した。
祐樹は全く気付かなかったが、花瀬が祐樹にチョコを渡したのは誰もが知っていることだったという。
情報源は花瀬の取り巻きであった。 花瀬が振られるはずは無いのだから。 何故なら、花瀬は男子の中では結構人気があって、スポーツがよく出来て、中学受験を控えている頭の良い女子であったし美人だからだ。
その花瀬が祐樹にチョコを渡した。
放課後、廊下で数人の女子と男子が花瀬が祐樹にチョコを渡したということを話していた。 そこで一人の女子が提案したという。 男子からの人気を花瀬と二分する他のクラスの女子の友達であった。
『ね、花瀬さんが振られるかどうか賭けない?』 と。
そこで賭けが始まったらしい。
無論この同級生である日向は祐樹が花瀬と付き合う方に賭けていたというし、大半がそうであったらしい。 振られる方に賭けていたのは言い出した女子とその親友たちだけであったという。
だがその結果を花瀬自身が話さないし、花瀬の取り巻き達も口を閉ざしていた。 花瀬が振られたなどとは、取り巻き達たちが言うはずはない。 それに言う義務もなかった。 賭けに参加していなかったのだから。
そこに一ヵ月待って祐樹がホワイトディに返したと情報を得た。
そこで痺れを切らした女子から結果を聞いて来いと白羽の矢が立ったのが、この日向だったと言う。
「ったく、何しょうもないことやってんだよ」
話を聞いている内に、何を勝手なことを! と怒鳴りたかったが、一応最後まで聞くとその熱も冷めてしまった。 日向が哀れに思えたからだ。 ホワイトディからすぐに白羽の矢を立てられたらしかったが、訊くに聞けず今日までダラダラと伸ばしていたという。 そしてとうとう昨日、女子から呼び出されたらしい。
「うわぁー・・・、アイツ等にお菓子三箱買うのかぁ」
賭けに負けた者が一人三箱、若しくは三袋のお菓子を買うらしい。 そして勝った者へ献上になると言う。
「ば~か」
今にも膝を崩しそうな日向を置いて走り出した。
「ん? 日向は何でこんなに早く登校してたんだ?」
今日このことを聞くために、祐樹を校門で待っているつもりだった日向の気持ちなど祐樹は知らなかった。
その祐樹が今日早めに家を出て来たのは何かあったからではない。 優香に会えないかと思って早めに家を出て来ただけであった。
詩甫のことを考えると気が萎えてしまうから、優香に会えば少しは元気になるかと思っての事だった。 だが会ったことでまた詩甫のことを考えてしまっていた。 憂いてしまっていた。
「今日は姉ちゃんの所に行くから・・・」
白い息を吐きながら走ったからなのか、それとも日向の話に熱を帯びてしまったのか、首元が暑くなってきた。 足を緩めてマフラーに隙間を作る。
日向たちのように詩甫を元気付ける為にお菓子の土産を買ってあげたいが、お菓子を買う金はない。 小遣いは詩甫の所に行く切符代に消えている。
祐樹が唯一完璧に出来るのはラーメンを作ることだけ。
そうだ、今日は久しぶりにラーメンを作ってあげよう。 あれから詩甫が欠かさないよう補充してくれている。 詩甫も時々食べているようだ。
「お?」
目の前に一、二年の時同じクラスで今は他のクラスの同級生が歩いている。 祐樹と同じクラスの花瀬の親友の一人である。 大きな荷物を抱えて今にもこけそうにヨタヨタとしていた。
「たしか・・・五年になったらクラブ部長になるとかって言ってたよな」
現在五年生はクラブに居ないということであった。 クラブに入られるようになるのは四年生からで、今在籍しているのは六年生と四年生だけである。
良いことが閃いた。
「おーい、脇田ー!」
浅香曰くの女心に疎い祐樹が朝陽に照らされたアスファルトを蹴った。 ランドセルの下につけた、糊がしっかりと効いた給食当番のエプロンが入った袋が左右に振れている。
全生徒下校の時間となった。 終わりの会を終わらせたのに祐樹は駅に向かわず教室に残っていた。 そして全生徒下校の時間となってようやく門を潜った。
「脇田・・・一緒に帰ろうって言ったのに」
どうしてか次期家庭科クラブ部長である脇田が顔を引きつらせてブンブンと音がしそうなくらい首を振った。
祐樹にしてみれば一緒に帰ることが今回の礼のつもりであった。 だがそれを断られた。 でも一応、待っていたということである。
でももう今はそんなことはどうでもいい。 ホクホク顔の祐樹の荷物が増えている。 登校時はランドセルだけだったのに、今は右手に小さな紙袋を持っている。
教室から学校を出ると駅に向かって走りだした。
久しぶりに「お帰り」 という言葉に迎えられた。
「ただいま」
「わっ、姉ちゃん、目が窪んでる」
「え? うそ!?」
靴を脱いでいる動作が止まった。
「うそだよ」
「あー、祐樹ぃー」
「一カ月半もずっと残業だったんだろ? 無理するなってこと」
詩甫が靴を脱ぎ終え祐樹の頭を撫でる。 この義弟には心配をかけてばかりいるようだ。
「毎日ってわけじゃなかったから大丈夫よ」
「ならいいけど。 姉ちゃん着替えてきて、オレ、ラーメン作ってるから」
「ん、ありがと。 祐樹に甘えるね」
リビングに入ると部屋が暖められていた。 いつもなら寒い寒いと言いながら急速暖房を入れなければいけないのに。
座卓には今まで読んでいたのだろう、浅香から借りたままの単行本が栞代わりの紙切れを挟んでおかれてあった。
借りたものを広げたまま伏せて置くようなことはしていないようだ。 祐樹なりに気を使っているのだろう。 きっと手もちゃんと洗ってから読んでいるのであろう。
着替えを終わらせキッチンのテーブルに着くと、二人分のラーメンが湯気を立てていた。 卵とキャベツ入りであった。
進化している。
「野菜室のキャベツ使ったからね」
キャベツを切っていた様子は感じられなかったし、立てられているまな板も乾いている。 事前に用意をしていたのだろう。
「手、切らなかった?」
思わず前に座る祐樹の手元を見ると傷は見当たらない。
「うん、あれくらい何ともないよ」
「そっか、じゃ、頂きます」
ちゅるちゅると二人でラーメンを啜っていると、時折祐樹の視線が気になった。
「なに? どうしたの?」
「あ・・・。 えっと、姉ちゃんバレンタインデーに誰かにチョコ渡した?」
浅香が言っていた。 詩甫には頼れる人が居ると。
「うーん、祐樹以外は会社の女子で義理チョコ配ったけど?」
祐樹には事前に渡してあった。
祐樹は貰ったの? と訊き返したかったが、貰っていなければ傷つくだろう。
「義理チョコ? それだけ?」
「一人だけいいのを渡したけどね」
「え・・・。 それって・・・」
「危ないところを助けてくれたの。 お礼を込めて渡したの」
「え! 危ないって、まさかお社!?」
詩甫が首を振る。
「お社には行ってないよ、心配しないで。 会社の帰りに遅くなって絡まれかけたのを助けてくれただけ」
とてもじゃないがコスプレ男に絡まれかけたとは言えない。
「あ・・・何ともなかったの?」
「うん、追い返してくれて部屋まで送ってくれたからね。 そのお礼」
「浅香が・・・姉ちゃんには頼れる人がいるって言ってたけど、その人?」
詩甫が願弦のことを浅香に話したのを思い出した。
「うん、その人。 願弦さんって言ってね、お社のことでも色々と心配してくれてるの。 教えてもらってることもあるし」
「教えてもらってる?」
「うん、神主さんの学校を出てて実家が神社なの。 だから色々とね」
「え?」
「朱葉姫のことは言ってないけど、ほら、大蛇のことがあったでしょ?」
詩甫と浅香が瀬戸の作ったファイルを見て話していたことを祐樹は知っている。 祐樹が頷く。
「大蛇のことも言ってないけど、何となく気づいてるところがあるみたい。 色んな話を教えてくれるから」
祐樹が改めて思った。
朱葉姫と大蛇のことは三人だけの秘密なんだと。
「難しい話もしてくれるけどね」
それは迷惑だという言い方ではなかった。 詩甫にとって願弦は有難い人である。
祐樹が願弦のことを意識しているのは分かる。 ましてやバレンタインにチョコを渡したと言ったのだから。 けれど、そういう相手ではないという意味で難しい話もすると言った。 祐樹に伝わっているかどうかは分からないが。
「神主さんだから・・・神様の話とか?」
「うん。 聞いたこともない話や言葉が出てくるの」
「オレも図書館で本を借りて読んだ。 神様ってお願い事を聞いてくれる道具じゃないって書いてあった」
「そっか。 本を借りて読んだんだ」
祐樹も頑張ってくれているんだ。
よく火が通っていない太いキャベツをシャリッと噛んだ。
ラーメンを食べ終えると洗い物を終え、リビングに戻ってくると祐樹がおもむろに詩甫に紙袋を渡す。
「え? なに?」
「クッキー」
紙袋から中の物を出すと、巾着絞りにした可愛い柄のセロファン紙が出て来た。
「他のクラスなんだけど、五年生になったら家庭科クラブの部長になる脇田ってのがいて、今朝重そうに荷物を持ってたから手伝ったんだ。 そのお礼だって」
脇田が抱えていたのはこの日クラブで最後のお菓子作りの日だった。 その材料や備品をを抱えていたということであった。
「オレとしては脇田にキャベツってどうしたらいいか教えてもらったから、それで良かったんだけど」
それで今日のラーメンにキャベツが入っていたのか。 ましてや前回まで生卵がラーメンの上にのっていたが、今回は溶じてあった。
「放課後待ってろって言われて待ってたら、これをくれたってワケ」
「そうなんだ、なに? その脇田さんって祐樹の彼女?」
「んなわけない」
ふふっと笑いながら、詩甫が祐樹に巾着袋を差し出す。
「ん? なに?」
「祐樹が貰ったんだから祐樹が開けなくちゃ」
セロファン紙はピンクのリボンで結ばれてあった。
「春休みに入ったら、姉ちゃんの所に来てもいい?」
リボンを解きセロファンを広げ、ポリっとクッキーを齧った祐樹が言う。
中に入っていたクッキーは小学生らしく星型や犬の型などになっていた。 味もとりどりでチョコ味ココア味などがあり、マーブルになっていたりナッツが入っているものもあった。
「お母さんがいいって言ったらね」
詩甫の手にもクッキーが握られている。
「お父さんが珍しく旅行って言ってたらしいから、お母さんと二人で行くんじゃないかな?」
「え?」
「お母さん、喜んでたから」
「祐樹・・・」
それは家族旅行ではないのか。 義父は三人で行こうとしているのではないのか。 それなのにどうしてそんな風に考えるのか。 家の中で祐樹はどうしているのだろうか。
「ちゃんとお義父さんにも訊いてくるんだよ?」
「うん、分かってるよ」
母親に訊いても父親が良いと言ったら、いつもそう言われるのだから。
「学校に行ったら脇田さんに美味しかったって言っといてね」
これ以上この話はしたくない。 祐樹も話したくないだろう。
「うん」
「脇田さんって可愛いの?」
「えー、どうなんだろ。 でも俺よりちょっと背が低い」
祐樹は身長を気にしているのだろうか。 うっかり笑い声が漏れてしまった。
「あ? なに・・・?」
「何でもない。 お風呂入ろうか。 用意してくるね」
祐樹が先に入りあとで詩甫が入る。 風呂の掃除をしてから上がりたいからだ。 洗面所で髪の毛を乾かし終え、リビングに戻って来た。
「どっかでスマホ鳴ってたよ」
ついうっかりしていた。 バッグに入れたままだった。
「ありがと」
寝室に行ってバッグの中からスマホを出すと、着信を示すランプが点滅していた。 祐樹が言ってくれなければ気付かないままだっただろう。 それに寝室とリビングの境の戸は開けたままになっている。 閉め切っていれば祐樹さえ気づかなかったかもしれない。
着信は加奈からのラインと電話であった。