大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第106回

2019年12月23日 22時08分07秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第100回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第106回



長い年月があるわけではない過去。 すぐに思い出したようだ。

「ガザン・・・、ガザンの話を母さんから聞いた時になりました。 母さんが顔色を変えて背中をさすってくれていたのを覚えています」

ガザンの話とは、ガザンが北の領主であるムロイに懐かなかった経緯を言っているのだろう。 そして今は紫揺自身の事。 有難くもセキは、紫揺のことをガザンと同じに気に掛けてくれているのかもしれない。

「セキちゃん・・・。 もしかしたら過呼吸を持っているかもしれない」

「カコキュウ?」

「うん。 セキちゃん気になることが多すぎるかもしれない。 ね、もしかしたらウダさんと会いたい?」

「それは勿論そうですけど・・・」

突然何を言い出すのかと目を丸くしたが、続けて言った。

「叶わないことを思っても仕方のないことですから」

我が身はこの地で洗濯女として終る身。

「どうして叶わないと思うの?」

「え?」

セキの目が紫揺の言うことが分からないというかのように大きく見開いた。

「あ・・・ごめん。 なんだろ・・・どうしてこんなことを言うんだろ。 ホントにゴメン」

セキを救うことなどできない身でありながら、無責任なことを言ってしまった。

「洗濯物は・・・自分で洗えるものは自分で洗ってるから安心して。 お母さんにもそう言っておいて」

じゃね、とその場をたった。 ガザンの頭を一つ撫でることを忘れなかった。


「私・・・オカシイ。 無意識に何かを言ってしまう」

ニョゼの時にもそうであった。
そのニョゼが言ったことも覚えている。

『シユラ様はお優しい。 ですがムラサキ様は、お優しさも厳しさも持っておいでと聞いております。 ムラサキ様のお心が目覚められたのではないでしょうか』

そう言っていた。
力だけにとどまらず、無意識のうちにムラサキと呼ばれる意識が働いている?

「止めてよ・・・」

現象は目にした耳にした。 だが言動や意識さえも囚われるなどとは、許しがたい。 それでは自分でなくなるではないか。

「そう言えば・・・」

回廊を歩いている足が止まった。

北の領土に居た時のことを思い出す。 初めて領主の家の裏に行った時だ。 無機質な木を感じた時。
『もっと生のある木々なら何か教えてくれるのに』 そう思ったことを思い出した。
多分そんな風に思ったのは初めてだ。 北の領土に触れ、ムラサキの力というものが出てきたのだろうか。

本来ならお婆様の来る場所だったと言っていたムロイ。 お婆様が北の領土に来たかったなどとは思えないが、ニョゼの言うムラサキ様というのは祖母の紫の事なのだろうか。 ムラサキの力というのは祖母の力の事なのだろうか。 祖母は力を持っていたのだろうか。

「力なんて・・・私は私なんだから」

いつの間にか止めていた足を動かす。
そう言いながらも、意識なくも自分が言葉にしたことを、振り返ると認めたくはないが納得がいける。 心が思うよりも先に口から出ていた。

「もしかして・・・他人(ひと)の考えてることが分かる?」

そして生のある木なら。

ゾッとする。

ゾッとする? 前に同じ様に思ったことがある。

ホテルで気を失ったあと目覚めると、憂慮するニョゼがベッド脇に居てそのニョゼと一言二言交わした時、抑揚鳴く希薄な自分が居た。 嘲るような自分が居た。 二重人格かと思った。
その時に自分の中にもう一人自分が居るのかと思った。 そしてゾッとした。

「・・・嘲ってたんじゃない」

どうしてそう思うのかは分からない。 だがいま色んなことが分かって自分は二重人格でもなければ、自分を嘲っているのではないことが分かる。

他人の考えていることが分かると思ってしまった。 それはどうしてなのかは分からない。
でもどこかで何かが・・・。 なにかに気付いた? なにかに触れた?

回廊を歩く足を速めた。


翌日、トウオウが帰ってきた。
車で屋敷に帰ってきたトウオウをアマフウが迎えた。 紫揺は離れた所で迎えている。

「トウオウ!」

ドアを開けられることを待つことなく車から出てきたトウオウに、アマフウが抱きつくようにしかけたのを、助手席から出て来てドアを開けたトウオウ付きが止めた。

「アマフウ様、申し訳ありませんがお背中のお傷に障ります。 医者からも言われておりますので」

若いトウオウ付きが言った。 紫揺もアマフウもそれぞれ誰にも付かせなかったが、それ以外の五色には付き人が居た。

アマフウを止めた若いトウオウ付きにトウオウが目を丸めた。

(アマフウに逆らった? まぁ、今のオレの状態では仕方がないのか・・・)

未だに縫い合わせた背中が突っ張るが、何を心配しなければいけないかと思う程の軽い傷だ。 抜糸が済んでからの退院と言われたのを、トウオウがこれくらいの傷に入院などしていられないと、無理を押して退院してきたのだから。

まぁ、病院に居れば看護師に預けられ、付き人に煩く言われることは無いだろうから、入院していても良かったのだが、一日でも長引けばアマフウの心配は勿論の事、紫揺が責任を感じてしまうだろうと思ってのことだった。

だがトウオウのそんな思いを知らず、二人の会話が続く中、後部座席でトウオウの横に座っていた老年のトウオウ付きが車から降りた。

「背中の傷・・・酷いの?」

若いトウオウ付きが驚くほどに、あのアマフウが困惑して訊いてきた。

「医者からは歩くに問題はないという事です。 ですが縫い合わせた傷後が残るかもしれないという事ですので、少しでも残さないためにこれ以上は・・・」

「そう、分かったわ」

アマフウと若いトウオウ付きの驚く会話が終わったようだ。

「オレの背中がどうこうだなんて、どうでもいいことだ」

「何を言ってるのよ! 背中に傷があるなんて!」

「あってもいいだろ? 箔が付く」

「なに馬鹿なことを言ってるのよ!」

真剣にまくしたてながらも愁眉は隠せない。

「ウソだよ、傷なんて残らない。 ほんのちょっと縫っただけ、心配ないって。 で? オレはこの先を歩いていいのか?」

アマフウに問いかけるが、それがアマフウにトウオウから向けられた甘美なものであるのは、トウオウの表情からして誰もが知るところだ。
トウオウ付きが退いた。

トウオウの腰に手をまわしたいアマフウだが、背中の傷にひびくかもしれないと、その手をトウオウの腕に回した。 トウオウがアマフウを見て歩き出そうと先に目を転じた。

「あれ? シユラ様?」

そこに棒立ちの紫揺が居た。

アマフウと共に紫揺に近づくトウオウ。

「なに? お出迎えしてくれたの?」

アマフウは黙っている。

「トウオウさん・・・。 ごめんなさい」

「へぇー、自分の力が分かった? 認める?」

「そんなことじゃなくて、トウオウさんの身体に傷を入れたこと・・・」

「うん、見事に入ったみたいだね」

「すみません」

「アナタ・・・すみませんで済む話じゃ―――」

「アマフウやめろ」

「だって」

「オレがやったことだ」

「トウオウじゃなくてコノコがやっ―――」

「オレがやったんだ」

アマフウが唇を噛んだ。

「悪い。 今はオレのやりたいようにやらせてくれ。 アマフウの考えの道からは逸れない筈だから」

「え?」

思いもしないことを言われてアマフウが驚いた目をトウオウに向けた。

「さて、シユラ様。 どう? ご自分の力が分かった? よね?」

「・・・」

「言ったよね、オレは無言がウザイって」

トウオウが帰ってきた途端、そんなことを言うとは思ってもいなかった。 身体の傷は分からないにしても、気を失ったのだ、休みを入れるのだろうと思っていた。

「・・・分かりました」

トウオウが満面の笑みを作る。

「何処で分かったのかな? 記憶はある?」

漠然と分かったでは困る。 もっと具体的に。
トウオウの身を案じるアマフウがトウオウをじっと見ている。

「トウオウさんが『怒るな』 って言った時の事、その背景が記憶にあります」

「あれ? オカシイな。 それがどうして分かることになるのかな?」

「トウオウ、もういいでしょ? 今日は休んで」

「アマフウ、戯(ざ)れたことを言ってんじゃないよ」

「でも!」

「黙ってな」

厳しくアマフウを見据える。
アマフウに対してこんなトウオウを見たのは初めてだ。 紫揺が息を飲む。

「さて、アマフウには喋らせない。 安心して何もかも言いな」

軽くトウオウが言うが、何もかもと言われても。

「えっと・・・私にはムラサキと言われる血がある・・・」

「へぇー、そこまで分かったんだ」

「・・・らしい」

「らしい、かよ」

「ムラサキと言われる人は破壊の力があったり、花を咲かせたり、厳しさも持っている・・・らしい」

「その“らしい” は何なんだよ」

「ムラサキの血って民の為の力の血・・・らしい」

「で? その“らしい” の血を受け継いでるって自覚が出来たのか?」

「力の使い方が分かってないみたい」

「おいおい、シユラ様、話が飛んでる。 確かに力の使い方は分かってないよ。 でもその前に、認めるのか? 力を」

「・・・」

「まだ抵抗してるのかよ」

「・・・抵抗なんてしてない」

「へぇー、じゃ、認めてるってことか?」

「認めるじゃなくて有るものは有る。 それだけ」

「なんだよそれ。 シユラ様ってドンダケ強情なわけ? それって、アマフウと大して変わらないんじゃないか?」

「どういう事よ!」 「どういう事ですか!」 アマフウと紫揺の声が重なった。

「は? アナタ、それはどういう意味?」

咄嗟に出た声だったが、問われてしまうと心の中で百と言い返せるが、公然とは言い返せない。

「ああ、悪かった。 口が滑った」

二人の間にトウオウが入る。

「口が滑った? それはどういう意味よ!」

「だから悪かったって。 オレの身体のことを心配してくれるんなら、タイムリミットまで近いんだからそれまで黙っててくれ」

言い返したかったがアマフウが再び口を噤んだ。
そのアマフウの様子を見て紫揺に向き直った。

「だから、その“らしい” を分かったのか?」

「深いところは分かりません。 でも、アレを起こしたのは自分だって認めます」

「アレって?」

分かっていて訊く。 念を押す。

「部屋を破壊したのは私です」

「本当にそう思ってる?」

「はい」

「誰かにそう言われたんじゃくて?」

「そんなこと誰も言いません」

「ふーん・・・」

疑いの目を紫揺に向ける。

「・・・誰かにそう言われたんじゃなくて、そう考えるように導いてもらったって言うか・・・」

やはり堂々とは言えない。

「やっぱね。 シユラ様が考えられるわけないもんね。 それは誰?」

「・・・ニョゼさん・・・」

「ニョゼ?」

「はい」

「ニョゼが此処に帰ってるという事か?」

「はい」

「ふーん・・・そっか」

「なにか?」

「いや。 ここに居てはニョゼも退屈だろうと思ってさ。 あ、そっか。 仕事を終わらせてきたんだな。 んで、領主が居ないから次の仕事先の命令が下りないってことか」

まるで独り言のようだが、目で紫揺に問いかける。

「そうみたいです。 でも今はセノギさんについてらっしゃいます」

「そう、セノギにね。 セノギはまだ起きられないのか?」

「らしいです」

自分が無理をさせたことは割愛しよう。

「また“らしい” かよ」

嫌気をさすように言葉を投げる。

「ニョゼさんはセノギさんの看病にこもりっきりですから、何も聞いていません」

「ふーん・・・」

そう言った時、トウオウが軽くフラついた。
腕をまわしていたアマフウが咄嗟にトウオウの身体を支える。

「トウオウ!」

「あ、悪い」

平気な言葉を返すが顔色が悪い。

「どうしたの?」

「アマフウ様」

後ろから声が掛かり、アマフウが振り返る。 そこにトウオウ付きが立っていた。

「申し訳ありません。 トウオウ様は縫合後のお傷もありますが、背骨を強く打っておら―――」

「言う必要はない」

若いトウオウ付きを声で制すると悪い、と言ってアマフウのまわしていた手を解く。

「シユラ様が自覚を持ってくれたみたいだから安心して部屋で休むな。 検査疲れもいいとこだよ」

言うとトウオウ付きに目で合図をした。
トウオウ付きが 「失礼します」 とアマフウに会釈をすると、トウオウの身体を支えて屋敷の中に消えていった。

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