『みち』 目次
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『みち』 ~満ち~ 第240回
「勝流のヤツなにやってんだ・・・」 待たされている平太が文句を垂れる。
「まだ急がんでもよいからのう・・・とは言え・・・見に行ってみるかの」 勝流が走っていった方にゆっくりと主が歩き出す。
勝流が見えなくなったところに行くと
「ほぅ、こんな脇道があったのか」 脇道は坂になっている。
坂を上って行くと勝流が見えたが、主の後をついて歩いていた平太が思わず主の前に出て目をこすってよく見る。
こすってみても、何やら勝流が膝をついて木に話しかけている姿が少し遠めに見える。
「わわ・・・主様、勝流めが阿呆になった。 団子を食べ過ぎたんでしょうか!」 砂糖が身体に良くないと主が言っていたのを思いだした。
「そんな事はあるまい。 木の陰に誰かおるの」 坂の上り口で不自然に握飯が置いてあるのを見た。
もう食べられる状態ではなかったが。
「え? そうなんですか?」 そう言う平太を抜いて主が歩き出した。
足音に気付いた勝流が振り返る。
「あ、主様・・・」
「どうした?」
「この幼子が・・・」 胸元で袖を握り締めている小さな姿があった。
急に人が増え不安でいっぱいの顔をしている。
「童女か・・・」 眉間を寄せた主の顔を見て怖くなったのか口元がヒクヒクと動く。
そしてどうしていいか分からなくなったのか、涙をポロポロと流して泣く。
口を一文字に結んで泣く。
たとえ一文字に結んでいても泣く声が漏れ出る。
漏れ出る筈の泣き声。
「お・・・お前・・・もしかして声が出ないのか?」 勝流のその声に主の後ろからヒョイと平太が覗き込む。
「平太、今来た道の坂を下がったくらいに握飯がある。 その辺りに文があるやしれぬ。 見てこい」
「はい」 すぐに駆け出し坂を下りキョロキョロと握飯を探す。
「泣かずともよいぞ。 耳は聞こえるな」 勝流が場所を譲る。
声なく涙をポロポロと流す童女。
「怖がらずとも良いぞ」 膝を落とす。
コツンと小石に膝が当たった。
「おや、これはそなたが積んだのか? 上手に積めておるなぁ」 「泣かずともよいのぞ」 「そんなに袖を握り締めては袖が痛いと泣くぞ」 何を言っても泣き止む様子がない。
困り果てた主。
「そうじゃ、この兄じゃは滑稽な顔を作るのが得意なのじゃ。 見てみるか?」 え? という顔をしたのは勝流だ。
「ほれ、勝流、見せてやらんか」 言われて思わず指で鼻を上に向ける、頬を引っ張る、舌を出して目だけ上を向く。
一文字にきつく結んだ口元が少し緩んだ。
後ろから平太が走ってきた足音がする。
「そのまま続けておれ」 立ち上がり走ってきた平太を見ると、紙を手に持っている。
すぐに紙を受け取ると拙い字で
『このは といいます おねがいします おねがいします』 と書かれていた。
漢字が入っていないので平太にも読めた。
「主様・・・もしかして・・・」
「うむ、そのようじゃな」
「どうするのですか?」
「・・・女子はなぁ・・・」 困ったように拳を額に当てる。
「ぬ・・・主様・・・いつまでしていれば良いのですか・・・」 勝流が頬を引っ張りすぎたのか赤くなった頬で主に助けを求める。
そしてすぐに耳を引っ張り頬をすぼめ、口を尖らす。
童女の緊張が随分と解けているようだ。
「あと少し」 口に指を突っ込んで左右に引っ張りながら「あい」 と返事をする。
「里の誰かといっても・・・皆、無理じゃな。 今から町に出るのも遅うなる・・・うーむ、どうしたものか・・・」 平太がじっと童女を見る。
「一晩だけでも里の誰かに頼み・・・後の事はそれから考えようかのう・・・」 童女に目をやる。
童女の前ではまだ百面相をしている勝流がいる。
その勝流の目からジワリと涙がこぼれている。
顔を引っ張りすぎて痛いようだ。
「勝流、もうよいぞ」 その声に顔を引っ張っていた手が止まり掌で顔を覆い、ころげ回る。
「いったーいっ!」 その様子が一番面白かったようで、童女の口元から笑みがこぼれる。
「加減というものがあるじゃろう」 呆れた様に言いながら、童女の前に膝を落とす。
「どうじゃ、面白かったか?」 コクリと頷く。
「握飯を食べんかったんか?」 下を向いて小さく頷く。
「腹が減っておるじゃろう?」 首を横に振る。
「・・・いつからここに居ったのか・・・」 それを聞いた勝流がやっと転げまわるのを止め、まだ掌で顔を覆いながら
「朝、ここを通った時にはもう居りました」
「見たのか?」
「はい」 胡坐をかいて座り込み、頬をさする。
「朝からずっと一人で居ったのか?」 再び向けられた視線に童女は頷く。
「そうか・・・」 少し考え
「暗くなっては危ないからの、どこかに泊めてもらおうか?」 童女は首を振る。
主の後ろからずっと様子を見ていた平太。
「おっ母さんは来んぞ!」 急に大きな声で言った。
「こ、これ、何という事を言うのじゃ。 せっかく泣き止んだというに!」 また泣きそうな顔をしたが今度は少し違う。
勝流の横にくっついて泣くのを我慢している。
「勝流が気に入ったか・・・では、この兄じゃと一緒にどこかに泊めてもらおうかのう?」 主の言葉に思わず勝流が言う。
「え? そんなのイヤです。 お山に帰ります」 その言葉を聞いて童女がちらりと勝流を見た。
「主様、お山には連れて帰らないのですか? 童女は駄目なのですか?」 平太から見れば同じような事で勝流を連れ帰ったはず。 何故、童女は連れ帰らないのか・・・それに連れ帰りたい。
「うーむ・・・」 腕組みをして考え込む。
「・・・あの・・・主様・・・」 考え込む主に勝流が助けを求めるように呼んだ。
見てみると、胡坐をかいた勝流の膝を枕に童女が寝ている。
「朝から一人で・・・疲れたのじゃなぁ・・・」
「主様、泊まる所を探しているより、お山に連れ帰った方が・・・」 平太が言う。
「じゃがなぁ・・・」 いつもの主とは違って切れの悪い言葉が続く。
「何故に童女は駄目なのでしょうか?」 もう一度、平太が聞く。
「・・・幼子とはいえ・・・女子。 ・・・女子は難しいであろう?」
「は?」 平太にとって主とは思えない、思いもしない言葉であった。
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『みち』 ~満ち~ 第240回
「勝流のヤツなにやってんだ・・・」 待たされている平太が文句を垂れる。
「まだ急がんでもよいからのう・・・とは言え・・・見に行ってみるかの」 勝流が走っていった方にゆっくりと主が歩き出す。
勝流が見えなくなったところに行くと
「ほぅ、こんな脇道があったのか」 脇道は坂になっている。
坂を上って行くと勝流が見えたが、主の後をついて歩いていた平太が思わず主の前に出て目をこすってよく見る。
こすってみても、何やら勝流が膝をついて木に話しかけている姿が少し遠めに見える。
「わわ・・・主様、勝流めが阿呆になった。 団子を食べ過ぎたんでしょうか!」 砂糖が身体に良くないと主が言っていたのを思いだした。
「そんな事はあるまい。 木の陰に誰かおるの」 坂の上り口で不自然に握飯が置いてあるのを見た。
もう食べられる状態ではなかったが。
「え? そうなんですか?」 そう言う平太を抜いて主が歩き出した。
足音に気付いた勝流が振り返る。
「あ、主様・・・」
「どうした?」
「この幼子が・・・」 胸元で袖を握り締めている小さな姿があった。
急に人が増え不安でいっぱいの顔をしている。
「童女か・・・」 眉間を寄せた主の顔を見て怖くなったのか口元がヒクヒクと動く。
そしてどうしていいか分からなくなったのか、涙をポロポロと流して泣く。
口を一文字に結んで泣く。
たとえ一文字に結んでいても泣く声が漏れ出る。
漏れ出る筈の泣き声。
「お・・・お前・・・もしかして声が出ないのか?」 勝流のその声に主の後ろからヒョイと平太が覗き込む。
「平太、今来た道の坂を下がったくらいに握飯がある。 その辺りに文があるやしれぬ。 見てこい」
「はい」 すぐに駆け出し坂を下りキョロキョロと握飯を探す。
「泣かずともよいぞ。 耳は聞こえるな」 勝流が場所を譲る。
声なく涙をポロポロと流す童女。
「怖がらずとも良いぞ」 膝を落とす。
コツンと小石に膝が当たった。
「おや、これはそなたが積んだのか? 上手に積めておるなぁ」 「泣かずともよいのぞ」 「そんなに袖を握り締めては袖が痛いと泣くぞ」 何を言っても泣き止む様子がない。
困り果てた主。
「そうじゃ、この兄じゃは滑稽な顔を作るのが得意なのじゃ。 見てみるか?」 え? という顔をしたのは勝流だ。
「ほれ、勝流、見せてやらんか」 言われて思わず指で鼻を上に向ける、頬を引っ張る、舌を出して目だけ上を向く。
一文字にきつく結んだ口元が少し緩んだ。
後ろから平太が走ってきた足音がする。
「そのまま続けておれ」 立ち上がり走ってきた平太を見ると、紙を手に持っている。
すぐに紙を受け取ると拙い字で
『このは といいます おねがいします おねがいします』 と書かれていた。
漢字が入っていないので平太にも読めた。
「主様・・・もしかして・・・」
「うむ、そのようじゃな」
「どうするのですか?」
「・・・女子はなぁ・・・」 困ったように拳を額に当てる。
「ぬ・・・主様・・・いつまでしていれば良いのですか・・・」 勝流が頬を引っ張りすぎたのか赤くなった頬で主に助けを求める。
そしてすぐに耳を引っ張り頬をすぼめ、口を尖らす。
童女の緊張が随分と解けているようだ。
「あと少し」 口に指を突っ込んで左右に引っ張りながら「あい」 と返事をする。
「里の誰かといっても・・・皆、無理じゃな。 今から町に出るのも遅うなる・・・うーむ、どうしたものか・・・」 平太がじっと童女を見る。
「一晩だけでも里の誰かに頼み・・・後の事はそれから考えようかのう・・・」 童女に目をやる。
童女の前ではまだ百面相をしている勝流がいる。
その勝流の目からジワリと涙がこぼれている。
顔を引っ張りすぎて痛いようだ。
「勝流、もうよいぞ」 その声に顔を引っ張っていた手が止まり掌で顔を覆い、ころげ回る。
「いったーいっ!」 その様子が一番面白かったようで、童女の口元から笑みがこぼれる。
「加減というものがあるじゃろう」 呆れた様に言いながら、童女の前に膝を落とす。
「どうじゃ、面白かったか?」 コクリと頷く。
「握飯を食べんかったんか?」 下を向いて小さく頷く。
「腹が減っておるじゃろう?」 首を横に振る。
「・・・いつからここに居ったのか・・・」 それを聞いた勝流がやっと転げまわるのを止め、まだ掌で顔を覆いながら
「朝、ここを通った時にはもう居りました」
「見たのか?」
「はい」 胡坐をかいて座り込み、頬をさする。
「朝からずっと一人で居ったのか?」 再び向けられた視線に童女は頷く。
「そうか・・・」 少し考え
「暗くなっては危ないからの、どこかに泊めてもらおうか?」 童女は首を振る。
主の後ろからずっと様子を見ていた平太。
「おっ母さんは来んぞ!」 急に大きな声で言った。
「こ、これ、何という事を言うのじゃ。 せっかく泣き止んだというに!」 また泣きそうな顔をしたが今度は少し違う。
勝流の横にくっついて泣くのを我慢している。
「勝流が気に入ったか・・・では、この兄じゃと一緒にどこかに泊めてもらおうかのう?」 主の言葉に思わず勝流が言う。
「え? そんなのイヤです。 お山に帰ります」 その言葉を聞いて童女がちらりと勝流を見た。
「主様、お山には連れて帰らないのですか? 童女は駄目なのですか?」 平太から見れば同じような事で勝流を連れ帰ったはず。 何故、童女は連れ帰らないのか・・・それに連れ帰りたい。
「うーむ・・・」 腕組みをして考え込む。
「・・・あの・・・主様・・・」 考え込む主に勝流が助けを求めるように呼んだ。
見てみると、胡坐をかいた勝流の膝を枕に童女が寝ている。
「朝から一人で・・・疲れたのじゃなぁ・・・」
「主様、泊まる所を探しているより、お山に連れ帰った方が・・・」 平太が言う。
「じゃがなぁ・・・」 いつもの主とは違って切れの悪い言葉が続く。
「何故に童女は駄目なのでしょうか?」 もう一度、平太が聞く。
「・・・幼子とはいえ・・・女子。 ・・・女子は難しいであろう?」
「は?」 平太にとって主とは思えない、思いもしない言葉であった。