僕と僕の母様 第19回
「すごいと思わない? お店の人と話ができるどころか お客さんとまで話すんだよ。 それもメチャクチャ嬉しそうに話すんだよ」 僕も少し興奮気味に話していた。 母様は
「すごいね、誰とでも楽しく話が出来るんだ。 羨ましいね」 と、笑っている。 そして付け加えて
「でも ツーリングに行く事を おうちの人に聞かないで返事するのは いかがなものでしょう」 と、何気なく注意が入った。 それでも僕が順平はすごいということには 同意してくれて
「陵也もそういう風になれればいいね」 と、言ってくれた。
それは僕にとっては 僕がどうこう言うのではなく、僕の友達を母様が褒めてくれた と言う風に理解した。
たぶん自分が仲良くしている友達を 母親が褒めてくれるというのは 自分の事以上に嬉しいものと感じるのは 僕だけではないと思う。
母様もそう言ってくれたからなのか 僕の中で順平に対しての憧れもあったからなのかは よく解からないけれども 確かな事は 母様が順平を認めてくれた事で 順平に対してのいわゆる太鼓判が 僕の中で押されたわけだ。
すると何でだか 気持ちの中がすごく膨らむような感じがして 素晴らしい事ではないか なんて思いだしそして 順平の何度かこういう場面を見る度に こんな風に僕も人と話してみたいと思うようになった。
少しずつでいいから 真似てみようと思った。
この時には気がつかなかったけれども もしかしてここで順平を 真似てみようと思ったのは よく母様に言われた言葉の一つに
「人の良いところは いくらでも真似していきなさい。 そういう真似は凄く良い事なのよ。 そして自分がされてイヤだったところは その部分だけを反面教師として 同じ事をしないようにしていきなさい」 何度かこう言われていた。
もしかして僕の頭の隅っこにあったこの言葉が ちょっと頭の中を駆け抜けたのかもしれない。 イヤ 僕が大人になってきたのかもしれない。
初めて僕が真似をしてみたのが 学校に向かう途中の事だった。
同じ中学に通っていて 同じ駅に向かうのだから 約束はしていなくても 自然と通学途中に会うことはよくあった。
二人で自転車に乗って駅に向かっていると いつもの道が工事のためにふさがれていた。
先に走っていた順平に向かって 工事のおじさんが
「悪いね兄ちゃん達、ここ通ると危ないから 狭いけどこっちから回ってくれるかな」 と言って ほんの5,6メートルのデコボコの地面を 1メートル位の長さで30センチ幅ほどの板を横に順に並べて 取り合えず通れるようにしてある細い所を指さした。
すると順平がすかさず「は~い、分かりました。 ご苦労様です。」 と言いながら敬礼のような事をして通り過ぎて行った。
敬礼というより よく車に乗っていると道を譲ってもらった時に ありがとうの意味でスッと手を挙げる仕草をするが それよりほんの少し手が高いところにあるバージョンだ。
後ろからついていってた僕は 自転車をこぎながら 小さくお辞儀だけをして行った。
その日の夜、布団に入って 順平を真似ていこうと決心したのだから いいチャンスだ 明日から敬礼もどきを 決行しようと心に決めた。
「雨が降ろうが、槍が降ろうが 絶対にするぞ。 あれ?そうなると工事は中止か? ああ考えてたら寝れなくなる。」
次の日快晴だ。 やるぞ。
順平と会わなかった。 僕一人で勇気を振り絞って まるで特に何もないようかの感じで 緊張を隠すかのように「お早うございます」 と言いながら 慣れない敬礼もどきをして 通って行った。
恥ずかしかった。 顔から火の出るような感じがした。 たぶん顔が真っ赤になっていたと思う。
でもやってみると気持ちのいいもので その内段々と言葉も豊富に出るようになった。
人に対して「お早うございます」 とか「今日は」 位しか挨拶をした事のなかった僕が「ご苦労様です」「お疲れ様です」 なんて事も言えるようになった。
工事の人もさっきまでは無表情であったのに 僕が声をかけると毎朝見かける僕と認識してくれるみたいで 顔の表情が緩みニコッとしながら「おー、気を付けて行くんだぞ」 とか「いつもより時間遅いぞ、遅刻するなよ」 とか毎日声をかけてくれるようになった。
朝、母様に「遅刻するでしょう、早くしなさい」 などと言われると気分悪くなってしまうのに 不思議なものだ全然気を悪くしない。
それどころか「はーい」 なんて返事をしながら 笑っている工事の人の顔を見て 僕も笑ってしまっている。
すごく不思議な空間だ。 工事はほんの三週間ほどで終わってしまったが 順平のおかげで人と話すことの嬉しさを 教えてもらった感じがした。
本当に言葉では言い表せないくらい スガスガしい気分になれるのだ。
あまりの嬉しさに 敬礼もどきをし始めて何日目かぐらいに 母様にこの事を話した。
そしてその敬礼もどきを こんな風にするんだ、と目の前でやってみせた。
母様はとても気分良くしたようで「うん」 とうなずきながら
「良い友達が出来て良かったね、もっともっと色んな友達と話すといいよ」 と、言ってくれた。
いつもならここでお説教の一つも入るのだが その言葉だけで終わったし 何かしらいつもの母様の表情と少し違って見えた。 どうしてかは未だに分からない。
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有難う御座いました。