キュヴェ タカ/cuvee taka 「酔哲湘南日記」

新鮮な山海の恵みを肴に酒を吞み、読書、映画・音楽鑑賞、散歩と湘南スローライフを愉しんでいる。 

そんなに昔のことだったのか

2024年01月29日 | Weblog
色川武大「街は気まぐれヘソまがり」を読了した。
色川の交友関係は知っているから、1986年から87年に掛けての著者晩年の交友について書かれている。
1989年に一関に移住して1か月で亡くなってしまったから、遊び仲間に邪魔されることなく小説を書こうと思ったのだろうが、最後の望み敵わず若い頃からの不摂生が祟って亡くなった。
僕は86年夏に女房と見合いをして87年春に結婚をしたので、この二年間については割と覚えていて、バブル最盛期に向かって活気のある時代だった。
色川武大にしてみれば、それが困ったことで、一関に行けば好きなJazzを聴く喫茶店もあるし、東京の喧騒を離れ落ち着いて仕事が出来ると思ったのだろう。

色川武大は好みの作家だから、目に付くと本を買っていたのでかなりのものは持っているが、何しろ阿佐田哲也名義のものを含めると多作だったので、網羅したわけじゃなくて、このエッセイも初めて読むものであった。
それにしても「狂人日記」は単行本で出た時に買っているが、発売念をみると1988年のことで、そんな昔のことだったのかなあと驚いている。
「街は気まぐれヘソまがり」を読んだら昭和が懐かしく感じられ、好みの作家なのでこれで終わりじゃあ淋しいので、読了する前に、このP・D BOOKSから読んでなさそうなのをオーダーして置いた。


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軍歌戦時歌謡を聴く

2024年01月29日 | Weblog
晩飯はカマスの刺身、鶏肉と大根と玉葱のスープ、風呂吹き大根、小松菜の胡麻和え、自家製キムチであった。
背中にストーブを背負っていたが、そこで酒を燗しようと思わず、飯を喰った。
煮た大根が被るのは妻の特技で、人のレシピでやけに新たな料理を作るが、基本的なことを考慮しない。
酒を呑まないので多少は体重が減ったかと思い、風呂に入った後で体重計に乗ってみたが、ただ失望しただけだった。

「街は気まぐれヘソまがり」を途中から読んでケツまで行ってしまったので、何処から読んだのだろうかと探してみたが良く分からず、そこから前に読み戻るのを断念して最初から読むことにした。

音楽は軍歌戦時歌謡をかけて聴いているが、なかにし礼の分析に拠れば、これだけ同じ歌を全国民が歌ったり聴いたりしたことはなく、戦後の歌謡曲が老弱男女が口ずさんだと今の状況を嘆く向きがあるが、その比ではないとのことである。
軍歌戦時歌謡を口ずさんだ父母の世代がいなくなった今、これらの曲を聴いても反応する人は少ないはずだが、聴くことに拠ってどんな時代であったかの片鱗が分かるのではないかと思っている。
批判的な人がいたとは思うが、多くの人が琴線に触れて口ずさんでいたはずだ。
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昭和にい咲いた仇花

2024年01月29日 | Weblog
風呂上がりのいい気分で和田弘とマヒナスターズの「お座敷小唄」松尾和子と安倍律子ヴァージョンを聴き比べている。
松尾ヴァージョンはあの頃を思い起こさせる古色蒼然とした懐かしさを覚え、僕と弟でこの歌を母方の祖母に教えたことを思い出す。
それから30年経って祖母が家に来た時に、お前たちが小さい頃にこの歌を教えてくれたと歌ってくれたのが忘れられない。
安倍律子ヴァージョンは録音が良く音質が格段にいいが、音楽は音質だけじゃないことが分かる。
でも、随分オバサンになっているにもかかわらず歌ってくれている安倍律子はすごい。
若い頃から妙に色っぽくて子供には性的刺激が強かったが、ジジイにとっても色っぽい歌声だ。
同様に「愛して愛して愛しちゃったのよ」の田代美代子と安倍律子ヴァージョンの聴き比べをしているが、田代美代子は甘えるような声だが、安倍律子はヤッパリ色っぽい。

マヒナスターズは出自がハワイアンだったが、女性を入れてのムード歌謡という新ジャンルを作り出した。
和田弘のスティールギターと三原さと志の歌声と佐々木敢一 の裏声が脳裏に焼き付いている。

マヒナスターズのようなスタイルは今の世にまずあり得ないが、歌謡曲そのものがまさに昭和に咲いた仇花で、僕はその時代に生まれ育った稀有な世代なんだなと思う。
この年になって思うに、人生ってあっという間でやけに短い、だからこそ永遠なんて考えないで仇花に出会った幸運を抱きしめて消え去るのみなんだ。



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クリームパンとメロンパン

2024年01月29日 | Weblog
昼はソース焼きそばだった。
これは好きじゃないけど何故か妻は作りたがる、本人が好きなんだろうか。
凄い量があったので食べる前に次男の皿に取り分けた、そうしたら次男の皿が富士山盛になった。
いったい何玉使ったんだろう。
焼そばを減らしたのはパンを食べたかったこともあるが、減らした後の焼きそばも大盛りのレベルはあった。
クリームパンとメロンパンを食べたが、久し振りに食べたので美味かった。

午後、CDを聴いたが、村田英雄は大磯図書館のオリジナルベスト50が一番よかった。
平塚の2枚の「村田英雄全曲集」には「王将」が入っていない。
軍歌は藤山一郎の端正な軽い歌い方が印象的だった。
軍歌というからには気張って力を込めて歌うものだと思いがちだが、きっと心のどこかにそういったものに反する気持ちがあったのかもしれない。
青江三奈はヒット曲のいくつかのブルースがいいが、Jazzを歌っているアルバムがあり、これはすごくいい。
和田弘とマヒナスターズは、成員が時代によって変わっているし、女性歌手も変わっているが、やっぱり昭和の頃のオリジナルメンバーと松尾和子と田代美代子がいいね。

廊下のソファーで音楽を聴きながら色川武大を読んだが、温室の中での読書は難しい、やっぱり居眠りが一番合う。
午前中平塚まで自電車を走らせたから、足腰に疲れがたまっているのが分かり、散歩は止めにして、日が翳り出したころ風呂を温めてゆっくりと入ることにした。
暗くなってからより、日があるうちに入る風呂はリラックスできて気分がいい。
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朝自転車で平塚へ

2024年01月29日 | Weblog
いい天気で気温も高い。
9時に自転車で平塚まで行き、銀行に寄り、駅ビルの図書館の出先窓口に本とCDを返して新たに借りた。
CDは青江三奈、和田弘とマヒナスターズ、村田英雄、軍歌、本はF機関とインパール作戦に関連したのを2冊。
駅ビル地下の菓子屋で塩豆と雛あられを買った。
毎年ここで買って母へ土産すると喜んだのを思い出した、如何にも春っぽくていいね。

オネエサン御ところへ寄ったが朝早かったのでフルレンジのパンが置いてあり壮観だったが、夕方にはこれがあらかた売れちゃうから人気店だね。
雛あられをプレゼントし、メロンパン、クリームパン、アンパン、チーズパン、ベーコンパンを買った。

娘の店の近くの公園の鉄棒を使ってスクワットなどの運動をやって、時間調整をしてから11時に藤田眼科へ行った。
何時ものように視力の検査などの後に診察室に入ったら、若い男の医者がいて、藤田先生の次男とのこと、後継者がいると新しい医療も導入されるし、何しろこっちが死ぬまで診てもらえるからいいよね。

帰りに農家で青いところがじつに瑞々しい葱を2束買い、別の農家で小松菜を買ったが、素晴らしい小松菜だった。
この農家は夏は茄子を作っていて、素晴らしい茄子が6本で100円とこの辺りで一番安い。
小松菜も品質もいいが量もたっぷりで、この辺りで一番安くていいかもしれない。
腕のいい農家なんだね。

お昼少しすぎに家に帰りついた。
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阿佐田と色川

2024年01月29日 | Weblog
色川武大はこのんで読んだ作家だから、読み始めると思考の動きが手に取るようにわかり感性も近いから馴染みの旧友が天国から降りて来たようですらすらと読め、心地いいから止められなくてね。
他に2冊の本を読んでいるんだけど、結局ベッドへも持って行き今朝1時間ほど早朝に読んで仕舞った。

1986年から87年に掛けて朝日芸能に書いたものを徳間書店で87年に出した本が底本になっていて、僕は丁度この年に結婚をして華やかな独身生活に終わりを告げたが、世はバブルに向かい浮かれていた良い時代だった。
文壇や文壇Barが未だあったころで、売文一本で喰えた時代であった。
元々麻田哲也の傑作「麻雀放浪記」を読んで、こんな面白い小説があるならこの世も捨てたもんじゃないなんて思い、色川武大より阿佐田哲也の書いたものを追って読んでいた。
色川武大の小説も読むには読んだが「うらおもて人生論」「喰いたい放題」に二つのエッセイは大傑作だと思い何度も読んでいる。

Jazzにもうるさくてキャロル・スローンの才能を見抜き、個人でコンサートを開いて彼女の復活に大いに貢献した。
Jazzだけでなく、広く芸人全般に対する知見と愛情が深く、芸人について書いたエッセイも素晴らしい。
それも子供のころから不登校で、浅草で演芸を鑑賞して目を養ったためと思われるが、学校だけ行ってりゃあそれでいいんだというのが誤りであることを、もう大昔に証明していてくれるのに、未だに教育界はGHQ→日教組の呪縛から抜け出せないでいる。

今日はキャロルスローンを聴きながら色川武大を読むことになりそうだ。
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