昨夜、前浜の消波ブロックに打ちつける波の音が気になり、なかなか寝つかれなかった。ドーン・ドドドーンと繰り返し襲ってくるのだ。
脳裏にテレビで繰り返された津波の映像と、被災地の光景が次々浮かんでくるからだ。
今朝、朝刊を読もうと思ったら、テーブルの上に昨日の朝刊が置いてあった。
1面トップを比べてみた。

北海道新聞27日=福島第1原発『2号機制御室も点灯』これで4号機を除く5基で制御室の照明がともり、復旧作業や原子炉や使用済み燃料プールの状況把握に向け、環境改善の一歩となった。
全紙に目を通したが、セシウムとヨウ素の記述だけしかない。
同紙28日=福島第1原発『高濃度の放射能漏出』「4時間被ばく(曝ではない)・・・30日で半数死亡』2号機のタービン建屋の地下のたまり水の表面で、毎時千ミリシーベルト以上の極めて高い放射線量を測定。
プルトニウムが拡散していないか、調査に着手した。
前日喜ばせて、今日は水(放射能)を浴びせたような内容ではないか。
セシウムやヨウ素は生命に直接影響がないと、専門家たちは一様に発言している。
問題はプルトニウムである。
それに今になって原子力安全保安院が、事故発生後3時間以内の「炉心溶解」を予測していたと、発表している。
明日の新聞を見るのが、恐ろしくなる。
養殖昆布の手伝いが始まっているが、もっぱら話題は震災についてである。
「海を見て暮らしていたものが、海が見えない場所で暮らすなんて、俺たちには考えられない」と、80歳の男性がつぶやいた。
移動販売の魚屋さんの車から、拡声器の声が流れる。
「ごっこ・・・ごっこ・ごっこ~」
ゴッコとは布袋魚のことである。真冬が旬だ。
「今頃、ごっこが獲れるんだべか」
「地震のせいでないの」
決して笑えない会話である。
それにしても海鳴りの音が一向に止まない。
裏山に反響し、村中に不安を掻き立てる。
脳裏にテレビで繰り返された津波の映像と、被災地の光景が次々浮かんでくるからだ。
今朝、朝刊を読もうと思ったら、テーブルの上に昨日の朝刊が置いてあった。
1面トップを比べてみた。

北海道新聞27日=福島第1原発『2号機制御室も点灯』これで4号機を除く5基で制御室の照明がともり、復旧作業や原子炉や使用済み燃料プールの状況把握に向け、環境改善の一歩となった。
全紙に目を通したが、セシウムとヨウ素の記述だけしかない。
同紙28日=福島第1原発『高濃度の放射能漏出』「4時間被ばく(曝ではない)・・・30日で半数死亡』2号機のタービン建屋の地下のたまり水の表面で、毎時千ミリシーベルト以上の極めて高い放射線量を測定。
プルトニウムが拡散していないか、調査に着手した。
前日喜ばせて、今日は水(放射能)を浴びせたような内容ではないか。
セシウムやヨウ素は生命に直接影響がないと、専門家たちは一様に発言している。
問題はプルトニウムである。
それに今になって原子力安全保安院が、事故発生後3時間以内の「炉心溶解」を予測していたと、発表している。
明日の新聞を見るのが、恐ろしくなる。
養殖昆布の手伝いが始まっているが、もっぱら話題は震災についてである。
「海を見て暮らしていたものが、海が見えない場所で暮らすなんて、俺たちには考えられない」と、80歳の男性がつぶやいた。
移動販売の魚屋さんの車から、拡声器の声が流れる。
「ごっこ・・・ごっこ・ごっこ~」
ゴッコとは布袋魚のことである。真冬が旬だ。
「今頃、ごっこが獲れるんだべか」
「地震のせいでないの」
決して笑えない会話である。
それにしても海鳴りの音が一向に止まない。
裏山に反響し、村中に不安を掻き立てる。