元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「冬冬の夏休み」

2006-08-02 07:00:36 | 映画の感想(た行)

 (原題:冬冬的假期)主人公の冬冬(トントン、と読む)が夏休みに遊びに行く祖父の住む田舎町の風景を見たとき、目頭が熱くなった。なぜかというと、日本の田舎の原風景にそっくりだったからだ。山あいの静かな田園地帯。麦が実っている畑のとなりの水田では稲が青々と育っている。蓮根堀もある。カメやスズメがいっぱいいる。ということはまだ農薬など使っていないのだろう。駅のそばにある祖父の家は古い屋敷だが、すみずみまで掃除がいきとどいており、床は黒光りするほど磨き上げられている。冬冬はそこで滑って遊んで祖父に怒られたりする。そして映画のオープニングに流れる曲は「仰げば尊し」であり、ラストの曲は「赤とんぼ」である。日本の昔の美しい田舎を描いたようなこの映画は実は日本映画ではない。

 監督は候孝賢。84年製作の台湾映画である。小学生の冬冬は母親が病気で入院しているため、夏休みの間だけ祖父の家に妹と二人で預けられることになる。そして夏休みが終わり、冬冬たちは迎えに来た父親と台北に帰っていくが冬冬はほんの少し成長している、というストーリーは「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」や「フランスの思い出」といったヨーロッパ映画の秀作と実に似ている。そしてもちろん「となりのトトロ」にも似ている。

 しかし、「トトロ」と違う点は、「トトロ」が子供の世界にどっぷりとつかることにより、類まれなファンタジー性を獲得したのに比べてこの映画は主人公の子供は傍観者であり、大人のドラマを中心に展開するということだ。若い叔父さんの駈落ち、強盗事件、といった大人の世界が子供たちを困惑させる。しかし彼らはそれを理解できなくても、なにがしかの経験を抱え込んで日々を進んでいく。冬冬が田舎へ汽車に乗ってやってきたのに、帰りには父親のクルマに同乗する。このへんも時代の流れを感じさせる。

 候孝賢の演出は「恋恋風塵」や「悲情城市」でもわかるとおり、非常に独特のスタイルを持っている。実に静かで、ドラマをセリフではなく映像で語らせる。それも自然の光や風、水の流れなどを利用して登場人物の内面までを描く。ロング・ショットを多用しクローズ・アップが少ない。カメラワークが秀逸である。音楽の使い方もセンスがいい。この映画では、祖父が冬冬にスッペの「詩人と農夫」のレコードを聴かせてやるシーンからそれが田舎の美しい自然風景にカメラがオーバーラップしていく場面でその特質が最もよくあらわれている。このシーンは素晴らしい。

 ノスタルジックな美しさにあふれた秀作だと思う。観る価値大いにあり。

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