元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「切腹」

2009-05-18 06:32:53 | 映画の感想(さ行)

 昭和37年松竹作品。小林正樹監督の代表作と言われているものだが、私は未見だった。今回のリバイバル上映で初めて対峙することになる。感想だが、これは実にヴォルテージの高いホラー映画だと思った。しかも、場当たり的な怖さではなく、かなり深いところを突いてくる。言うまでもなくその“深いところ”とは、現実社会と絶妙にリンクしている部分だ。それは現時点で観てもまったく古びていない。それどころか切迫度は製作当時より増しているとも言えるのだ。

 江戸時代初期、名門・井伊家の江戸武家屋敷に津雲半四郎と名乗る初老の浪人者が訪ねてくる。将来を悲観して切腹したいので、軒先を貸してくれと言うのだ。家老は以前同じような目的で訪ねてきた若侍の悲惨な話を持ち出し、ロクなことにならないから帰れと言う。だが、ここから物語は二転三転。薄皮が一枚ずつ剥がれていくように事情が明らかになり、最後には観る者を戦慄せしめるような真実が提示される。

 そもそも事件の発端は、幕府による理不尽な“お家取りつぶし”である。それまで大過なく生活を送っていた藩の構成員である侍たちとその家族が、何の保証もなく見捨てられる。しかも、その数は半端なものではない。これは“派遣切り”が横行する現代の状況と、何とよく似ていることか。

 そして幸いにして残った藩は、浪人達に救いの手を差し伸べるどころか、手前勝手な“勝ち組意識”で彼らを軽視し、虐待する。たまたま生き残った藩も劇中で半四郎が述べるように“明日は我が身”なのだが、そういう想像力は持ち合わせていない。この図式も現在と一緒だ。

 極めつけは井伊家の家老どもが崇め奉っているのは殿様ではなく、先代が使用していたと思われる鎧甲である点だ。つまりは何の価値もないシロモノを有り難がっているのである。これは藩の求心力が消失し、権力の空洞状態が発生していることを意味している。これは、かなり怖い。まるで、つまらない建前と面子に依存し、本当に必要な施策をまったく打ち出せない今の官界や政界および財界と同じではないか。現代にも通用する迫真力を獲得した小林監督をはじめとするスタッフの力量には感服するしかない。

 切腹シーンの残虐性や終盤の立ち回りなど、見せ場も満載。宮島義勇のカメラによる奥行きの深い映像と、武満徹のスゴ味のある音楽も作品を盛り上げる。主演の仲代達矢は当時30歳そこそこだったが、見事に老け役をこなしている。三國連太郎の悪代官も堂に入っている。

 ただひとつ残念だったのは、仲代と敵役の丹波哲郎とのバトルシーンがあまり盛り上がらないこと。特に仲代の身体の前で両腕を十字に組む構え、あれは眠狂四郎の円月殺法と同じく実戦では“有り得ない”型である。作劇がリアリズムに徹しているだけに、そこだけが残念だ。逆に言えば、それ以外は完璧に近い。見応え十分の快作である。

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