元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「301・302」

2009-04-05 07:14:44 | 映画の感想(英数)
 (原題:301・302)95年作品。韓国製のホラーは恐怖描写のツボが日本をはじめとする他国の観客とは違うのか、面白いものに出会ったことはほとんどない。しかし、本作は別格だ。高級マンションの向かい同士に住み始めた二人の女性。301号室の女は料理好きで302号室の女は一日の大半をパソコンの前で過ごす作家だ。ある日301号室の女が302号室に料理を差し入れたことから事件は始まる。301の女は過食症、302の女は拒食症。それぞれ過去の忌まわしい体験から心に傷を負っている二人が出会ったとき、惨劇の幕が上がる。監督は韓国の社会派といわれるパク・チョルス。自身のプロダクションによる第一作だ。

 映画は302の女・ユニ(ファン・シネ)が行方不明になり、刑事が301の女・ソンヒ(パン・ウンジン)を訪ねる場面から始まり、ソンヒの回想場面に移って事件の全貌を明らかにしていく。彼女は、毎日夫に美味しいものを食べさせようとしたにもかかわらず、夫がそれを疎ましく思い始め、仕方なく自分一人で料理を片づけていくうちに過食症になり、離婚するハメになった。痩せたユニを見たソンヒは“意地でも自分の料理で太らせてやる”と暗い欲望を彼女に向ける。ユニは娘時代に肉屋の義父からレイプされており(母親は金のことしか考えず彼女には無頓着)、さらに近所に住む幼女が行方不明になった事件に加担させられるに及んで拒食症と人間不信に陥る。

 何よりも感心するのが舞台になるマンションの造形だ。どちらの部屋もクリーンで近代的だが、生活感がゼロ。本ばかりの302号室もさることながら、住居のほとんどが台所で(しかも思いっきりハイテック)、便器がキッチンの流しの脇にあるという301号室の配置がこの女の異常ぶりを強調。回想シーン以外ではカメラが二つの部屋を出ることはほとんどない。いわば部屋自体が彼女たちの心そのもので、封印された子宮の暗喩でもあり、蟻地獄のような人生のドン詰まりの象徴である。

 パク監督は破滅へと進む二人の心理を容赦なく描くが、それに料理をモチーフとして絡めるあたりが抜群の効果。ソンヒの調理シーンは実によく描かれ食欲をそそるが、すぐにユニの嘔吐シーンなどの食欲を減退させる場面が挿入される。このアップダウン描写(?)はソンヒの夫との性行為場面にも共通し、しょせん食欲も性欲も一過性のもので何の救いにもならないというニヒリズムが全篇を覆う。クライマックスのスプラッタ場面はそのものズバリを映さず、血のついた包丁や排水口にへばり付いた毛髪等を短いカットで並べる手法がショックを倍加させる。この食と性と残酷さのコラボレーションの前ではP・グリーナウェイの「コックと泥棒、その妻と愛人」も影が薄くなる。

 スタイリッシュな演出とカメラワーク、赤をメインにした色彩感覚は要チェック。ウェットなエロ描写もよろしい。主演の二人は好演だが、特にパン・ウンジンは顔がキレイで頭の中がキレてて性格がキツくて雰囲気がケバくてしかもエッチという(4K1Hの法則)ヒロイン像にピッタリの、実にイイ女だ(^^)。

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