元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「蕨野行」

2014-11-20 06:31:27 | 映画の感想(わ行)
 2003年作品。題名は“わらびのこう”と読む。江戸時代の東北地方の山村を舞台に、60歳になると慣習により「蕨野」と呼ばれる村はずれの荒れ地に強制移住させられる老人たちの姿を追う。村田喜代子の同名小説の映画化で、監督はベテランの恩地日出夫。

 今村昌平監督の「楢山節考」と同じネタなのだが、独自性を際立たせているのが台詞回しである。方言と文語調を組み合わせた独特のもので、非常に格調が高い。女主人公レンと若い嫁ヌイの「おババよい・・・」「ヌイよい・・・」という文言から始まるやり取りを聞くだけで、映画の世界にイッキに引き込まれてしまう。日本語とは、こんなにも美しい言語だったのかと、深く感じ入ってしまった。



 年寄りを捨てるまでのプロセスを描いた「楢山節考」とは違い、この映画では「蕨野」での生活を克明に追う。老人たちはそれまでの名を抹消され「ワラビ」という匿名の存在になる。ワラビたちは村人と会話することも許されない。たとえ死んでも葬式さえ出してもらえないのだ。

 まるで救いのない残酷な話にもかかわらず、映画自体は透徹した輝きを放っているのは、共同体と一緒に生き、また共同体のために殉じてゆく主人公達の生き様に日本民族の原風景を見るような気高さと美しさを感じるからである。それが最もよく示されているのは、レンが妹のシカと別れる場面である。

 シカはかつて村から追放され、獣のように山の中で生き抜いてきた。シカは姉に「冬が来る前に蕨野を出て食べ物が豊富な別の山で一緒に暮らそう」と申し出る。しかしレンはそれを断る。共同体での掟を破ることは、自分が共同体の中で暮らした意義を反故にすることになるのだ。自らの運命を受け入れたレンの強い意志が示されるこのシーンは実に感動的だ。

 本作を観ていると、的はずれな「人権」ばかりを振りかざして自分勝手に生きることを奨励しているかのような「戦後民主主義」がいかに矮小なものなのかを実感する。人間は共同体を逸脱しては「人間」として生きていけないのである。

 レン役の市原悦子、嫁のヌイに扮する新人の清水美那、年寄り達を演じる石橋蓮司、中原ひとみ、李麗仙、左時枝など、いずれも好演。ロケ地になった山形県の山麓風景のなんと美しいことか。この時期の日本映画を代表する秀作だと断言したい。
コメント
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