元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「福福荘の福ちゃん」

2014-11-29 06:47:35 | 映画の感想(は行)

 良く出来た人情喜劇だ。単に笑わせるだけではなく重いテーマも内包していて、鑑賞後の満足度は高い。作者の冷静な人間観察眼にも感心してしまう一作である。

 古びたアパート福福荘に住む福田辰男は32歳の塗装工だ。仕事熱心で面倒見が良い彼は皆から“福ちゃん”と呼ばれて親しまれている。ただしなぜか女性に対しては奥手で、同僚がお見合いをセッティングしても完全に逃げ腰だ。一方、写真家の登竜門となる賞を受賞したOLの千穂は、プロになるため会社を辞めて大御所カメラマンに弟子入りするが、早々に露骨なセクハラに遭い、逃げ出してしまう。

 自分の進む道を失ったまま無為に日々を送っていた彼女は、ひょんなことから福ちゃんと出会う。彼を絶好の被写体だと思い製作意欲が湧いてきた千穂はモデルになってくれるように頼み込むが、実はこの二人は、過去に浅からぬ因縁があったのだ。

 千穂は福ちゃんを女性恐怖症にした張本人である。かつて二人は同じ中学校に通っていたが、学園のマドンナだった千穂に対し、福ちゃんは太って垢抜けない生徒でしかなかった。千穂とその仲間は、福ちゃんに陰湿なイジメを仕掛ける。かなりの心理的ダメージを負った彼は、それ以来女性にまともに向き合えなくなっていた。

 ところが千穂は、そんな事実を(占い師みたいな変なオバサンに指摘されるまで)忘れていたのだ。このあたりの作者の視線は鋭い。イジメ問題が深刻なのは、イジメられた方は一生かかっても癒えないような心の傷を抱えるのに対し、イジメる側は何とも思っておらず、時が経てば都合よく失念してしまうことだ。昔クラスメートに向かって心ない悪口を吐いた者が、それを今ではきれいに忘れて“イジメは犯罪だ”とか“イジメっ子は精神破綻者だ”とかいう利いた風な口を叩いているのを見ると実に嫌な気分になる。

 福ちゃんの隣人たちのキャラクターも、それぞれのトラウマと共に深く掘り下げられており、単なる“笑わせ要員”(?)に終わっていない。藤田容介の演出は前作「全然大丈夫」から格段の進歩を遂げ、ギャグの振り方やシークエンスの繋ぎ方などにまるで無理がなく、最後まで楽しませてくれる。

 福ちゃんを演じるのは大島美幸で、頭を丸刈りにし、体重を増やして冴えない男を実に上手く演じる。女が男の役柄を担当すること自体はいくつか前例があるが、本作では愛嬌たっぷりの主人公の造形に大いに貢献していた。千穂役の水川あさみは利己的かつ不器用なヒロイン像を上手く表現し、今までの彼女の仕事の中で一番良い。

 あと荒川良々や芹澤興人、飯田あさと、平岩紙、山田真歩、北見敏之、真行寺君枝といったクセの強い脇の面々には楽しませてもらった。特に、インド料理店の変態マスターを演じる古館寛治はケッ作。福ちゃんの仕事仲間に扮した徳永ゆうきが歌う演歌や上條恒彦&六文銭の「出発の歌」などの昭和歌謡の起用も嬉しい。
コメント
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