元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ブラック・スワン」

2011-06-09 06:35:53 | 映画の感想(は行)

 (原題:BLACK SWAN)すでに一部では指摘されているようだが、これは「巨人の星」のバレエ版かもしれない。しかし、ここには星飛雄馬を見守る姉の明子や、伴宙太のような友人や、花形満や左門豊作みたいなキャラの立ったライバル達はいない。娘にバレエだけを押しつけるエキセントリックな母親と、機会があらば足を引っ張ろうとする周囲のダンサーだけ。頼りになるはずの舞台監督でさえ、ヒロインに無茶な注文ばかりを出すストレス源でしかない。

 極端に狭い人間関係と、極度に限定された行動範囲。そこから外部に向かって解き放たれる手段はすでに失われている。残されたのは、ひたすら内面に向かって突き進む道だけ。しかもそのベクトルは、自分自身をも貫通させてしまうほどの危うさを内包している。

 ニューヨークの中堅バレエ団に属しているニナは、次回演目の「白鳥の湖」の主役に抜擢されて喜ぶ。しかし、世間知らずの彼女は純真な白鳥は踊れても、王子を誘惑するセクシーな黒鳥を上手く演じることが出来ない。しかも妖艶な実力派バレリーナのリリーが転入。主役の座を奪い取られると思ったニナは、次第に精神的に追いつめられていく。

 崖っぷちにいる人間がどうにもならなくなって、外れくじを引いたまま墜ちていく様子をヴィヴィッドに描かせれば、ダーレン・アロノフスキー監督の右に出る者はいないだろう。ニナが頑張れば頑張るほど、肉体と精神は痛めつけられていく。そのプロセスはまるでサイコ・ホラーだ。現実と幻覚とが交錯し、クライマックスの公演場面でさえ、本当のことであったのかどうか分からない。また舞台が主に練習所とステージ、そして狭苦しい自宅にほぼ限定されていることも、本作の抑圧的テイストを強調する。

 この映画でオスカーを獲得したナタリー・ポートマンは、まさに入魂の演技だ。端正な顔と華奢な身体が苦痛と苦悩で激しく歪んでいく様子は、観る者を圧倒する。9キロ減量し過酷なバレエのトレーニングを積んで役に臨んだというが、正直言って踊る場面はそれほどの技量の高さは感じない。しかし、ハッタリかましたカメラワークと絶妙の編集は、彼女を気鋭のダンサーに見せている。プロのバレリーナを使いながら軽薄なダンス・シーンしか作れなかった「ダンシング・チャップリン」とは大違いだ。

 母親役のバーバラ・ハーシー、コーチを演じたヴァンサン・カッセル、リリー役のミラ・クニス、いずれも好演だ。クリント・マンセルの強烈な音楽も含め、見応えのある快作である。アロノフスキー監督としても「レクイエム・フォー・ドリーム」と並ぶ代表作になるだろう。
コメント (2)
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