元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「息もできない」

2010-05-10 06:35:51 | 映画の感想(あ行)

 (英題:Breathless)切なくも感銘を受ける映画だ。チンピラヤクザと女子高生との交流を描く韓国製インディーズ作品。低予算であり、名の知れた“韓流スター”なんか一人も出ていない。だが、ヴォルテージの高さは凡百のピカレスク映画とはまるで次元が違う。この切迫度は、作者自身が背負う大きな屈託を小細工なしに吐露したことの現れであろう。

 主人公のチンピラはまともに他人とコミュニケートする手段を知らない。暴力によってしか、相手に言いたいことも伝えられない。どうして彼がそうなったのか、その真相に映画は薄皮を剥がしていくようにゆっくりと、しかし着実に迫ってゆく。彼の生い立ち、そして考え方、目を覆わんばかりの悲惨な半生の描出は、まさにそうなる必然をもって強い説得力を獲得している。御為ごかしな部分など微塵もない。

 相手の女子高生は家族愛を知らない。母親はとうの昔に世を去り、父親は精神異常者で弟は社会からドロップアウトしている。苦労しているのは自分だけで、捨て鉢になりそうな、辛い日々だ。

 ただし、この二人がめぐり会う背景には単に“同病相憐れむ”といった連帯感だけがあるのではない。愛し方も愛され方も分からない、でも決して“孤立”を甘受してはいない。きっといつかは他者と理解し合えるようになるはずだという、切ない“希望”が心の奥底に存在している。二人はいわば、外の世界に共に立ち向かってゆく“戦友”同士なのだ。

 しかし、運命は彼らが知り合った時点から悲劇を用意していた。普通ならばもう少し穏やかな結末に繋げるところだが、それまでの前提が激しすぎることから、こうまでしないとドラマを着地できなかったことも十分想像できる。だからこそ、その前段の漢江のほとりで二人が心を通わせるシーンの美しさが映えるのだ。

 主演のヤン・イクチュンは、製作・脚本・監督・編集まで兼ねている。しかも監督としてはデビュー作だ。時制をバラバラにして登場人物の苦悩を炙り出す手法もさることながら、カット割りの鋭さはとても新人とは思えない。なかなかの才能だ。

 ヒロイン役のキム・コッピはそれほどの美少女ではないが、体中から発散される硬質のオーラは見逃せない。ユン・チョンホの撮影、インビジブル・フィッシュの音楽、共に的確な仕事ぶり。韓国映画の新しい流れを確認する意味でも、見逃してはならない作品だ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする