食傷
2010-04-30 | 雑記
今日は休みなので、夕方、なくなっていた米を買いにいった。
わざわざ米を買ってじゃあピザでも頼もうか、などと考えるのはおかしいので、作ることに。
特に理由はないが、麻婆豆腐を作りたくなったので、献立に決定。味噌汁は最近ずっと九九円のミョウガで。
少し調味料を多く入れてしまったのか、味が濃くなったが、らしい味になった。
しかし、油がないからといってオリーブ油をいれるのはいかがなものかと。
最初の肉を炒めたり、豆腐投入後の煮崩れ防止に(これは料理人の技)入れたりはよかったが
仕上げにかけてみたら、奇妙な感じがした。味に別段変わりはないが、不思議だった。
明日は仕事が夜勤から夜中上がりに変わって、次の日が休みになる。
なら、また作ってみようかと考えたが、しばらくはいいだろう。食べるのが疲れる。
話は変わり、某MMORPGを、米を買いに行く前にしばらくプレイしていた。
どうも、なにをするにも気が進まない。一人だから、という問題でもなさそうだ。
五月病?ああ、その手があったか!いやちがう。
あのゲームが面白いのか面白くないのか、そもそも面白いとはなんなのかは話は置いておくが、
やることは最初からまったく変わらないのだ。
モンスターを倒してアイテム拾って換金して、クエスト受けて目的を達成して報酬受けて
レベル上がって武具を作ったり買ったり拾ったりを装備して、また頭に戻る。という具合だ。
これがたとえばドラ○エの用に一人でやるものならば、ボスが倒せないからレベル上げる、
という感じで経験値稼ぎをしたりするわけだが、そうはならない。
次の目的に行ってもいいといわれるためにレベルをあげる、になっているわけだ。
たかがレベルの一つや二つ、すぐあがるだろう?と思われるがそうはならない。
最初の方のレベル一と後半のレベル一のアップまでにかかる時間と労力はまったく別次元になる。
経験値の稼ぎ具合を、二十分割されている目盛りで示しているのだが、
雑魚敵を何十匹と倒して目盛りが一つ埋まったかな?という具合だったりする。
ま、あくまで一人でやろうとするとそれくらい大変になってくる。
では一人でやらなければいいのだろう?オンラインなのだから。となるだろう。
これが実は曲者だったりする。レベル=参加資格という側面、というか制限があるのだが、
法律なら別に目を盗んで子供でも酒や煙草吸おうがかまわないだろう。よくはないのだが。
しかし、システム上でそのレベルになるまで入れない、というほかに、システム以外の制限を強いる。
条件があわなければ募集に顔を出しても拒否されるというわけだ。そしてすぐ揃うわけでもない。
かくて、めんどくさくなるので一人でブラブラすることが多くなる。
それでも、多少面倒くさいのを我慢して参加したりするのも別に悪くは無かった。
おしゃべりしながら出来ないこともない。やれないときや人もいるだろうが、相手の反応は気にしない。
だから、たいした問題ではないのだろう。嫌なことがあったわけですらない。
二十行ほど上に「やることは最初からまったく変わらないのだ」と書いた。
そう、やることは後半になったからといって変わるわけではない。
やること、は増えたかもしれないが、やっていることは何も変わっていない。
新しい装備が、スキルが、珍しい敵が、倒すべき敵対種族がいるじゃないか、と。
しかし、そういうのはもう、一通りやったら別にいいんじゃないか。
見た目や数値が少しずつ違うだけで、ほとんど変わりはしないのだ。
「このゲームの肝はここなのだな」と感じ取ったらそれ以上は見なくてもいいだろう。
あの日、自キャラにチャイナ服を着せて歩き回っていた時点で、全て終わっていたのだろう。
珍しいアイテムはそれを手に入れること自体が一つのご褒美といえるのに、使えるか使えないか、に堕する。
プレイヤー対プレイヤーを重視したゲームデザインだと謳いながら、実際はレベルと装備だけ。
これはなんだってそうだが、RPGってなんでしたっけ?ああ、経験値稼いでアイテム集めることね。
創作とは、目的がまずあって、それを達成するために手段を講じるもの、だという。
悲しいから泣くのであって、泣いて悲しくなるでは本末転倒なのだと。
悲しいかな人間の感情は動作や言語に引きずられて作り上げられるのだが、その話は置く。
運営が何を目的としてたかは知らないが、MMOの要素を入れて仕立て上げれば
ゲームになると考えたのがどうやら実状のようだ。自分で「傑作だ」などと言っていたりして。
金儲けが目的だ、というなら巧拙を問わなければそれはそれで達成しているといえる。では、また。
わざわざ米を買ってじゃあピザでも頼もうか、などと考えるのはおかしいので、作ることに。
特に理由はないが、麻婆豆腐を作りたくなったので、献立に決定。味噌汁は最近ずっと九九円のミョウガで。
少し調味料を多く入れてしまったのか、味が濃くなったが、らしい味になった。
しかし、油がないからといってオリーブ油をいれるのはいかがなものかと。
最初の肉を炒めたり、豆腐投入後の煮崩れ防止に(これは料理人の技)入れたりはよかったが
仕上げにかけてみたら、奇妙な感じがした。味に別段変わりはないが、不思議だった。
明日は仕事が夜勤から夜中上がりに変わって、次の日が休みになる。
なら、また作ってみようかと考えたが、しばらくはいいだろう。食べるのが疲れる。
話は変わり、某MMORPGを、米を買いに行く前にしばらくプレイしていた。
どうも、なにをするにも気が進まない。一人だから、という問題でもなさそうだ。
五月病?ああ、その手があったか!いやちがう。
あのゲームが面白いのか面白くないのか、そもそも面白いとはなんなのかは話は置いておくが、
やることは最初からまったく変わらないのだ。
モンスターを倒してアイテム拾って換金して、クエスト受けて目的を達成して報酬受けて
レベル上がって武具を作ったり買ったり拾ったりを装備して、また頭に戻る。という具合だ。
これがたとえばドラ○エの用に一人でやるものならば、ボスが倒せないからレベル上げる、
という感じで経験値稼ぎをしたりするわけだが、そうはならない。
次の目的に行ってもいいといわれるためにレベルをあげる、になっているわけだ。
たかがレベルの一つや二つ、すぐあがるだろう?と思われるがそうはならない。
最初の方のレベル一と後半のレベル一のアップまでにかかる時間と労力はまったく別次元になる。
経験値の稼ぎ具合を、二十分割されている目盛りで示しているのだが、
雑魚敵を何十匹と倒して目盛りが一つ埋まったかな?という具合だったりする。
ま、あくまで一人でやろうとするとそれくらい大変になってくる。
では一人でやらなければいいのだろう?オンラインなのだから。となるだろう。
これが実は曲者だったりする。レベル=参加資格という側面、というか制限があるのだが、
法律なら別に目を盗んで子供でも酒や煙草吸おうがかまわないだろう。よくはないのだが。
しかし、システム上でそのレベルになるまで入れない、というほかに、システム以外の制限を強いる。
条件があわなければ募集に顔を出しても拒否されるというわけだ。そしてすぐ揃うわけでもない。
かくて、めんどくさくなるので一人でブラブラすることが多くなる。
それでも、多少面倒くさいのを我慢して参加したりするのも別に悪くは無かった。
おしゃべりしながら出来ないこともない。やれないときや人もいるだろうが、相手の反応は気にしない。
だから、たいした問題ではないのだろう。嫌なことがあったわけですらない。
二十行ほど上に「やることは最初からまったく変わらないのだ」と書いた。
そう、やることは後半になったからといって変わるわけではない。
やること、は増えたかもしれないが、やっていることは何も変わっていない。
新しい装備が、スキルが、珍しい敵が、倒すべき敵対種族がいるじゃないか、と。
しかし、そういうのはもう、一通りやったら別にいいんじゃないか。
見た目や数値が少しずつ違うだけで、ほとんど変わりはしないのだ。
「このゲームの肝はここなのだな」と感じ取ったらそれ以上は見なくてもいいだろう。
あの日、自キャラにチャイナ服を着せて歩き回っていた時点で、全て終わっていたのだろう。
珍しいアイテムはそれを手に入れること自体が一つのご褒美といえるのに、使えるか使えないか、に堕する。
プレイヤー対プレイヤーを重視したゲームデザインだと謳いながら、実際はレベルと装備だけ。
これはなんだってそうだが、RPGってなんでしたっけ?ああ、経験値稼いでアイテム集めることね。
創作とは、目的がまずあって、それを達成するために手段を講じるもの、だという。
悲しいから泣くのであって、泣いて悲しくなるでは本末転倒なのだと。
悲しいかな人間の感情は動作や言語に引きずられて作り上げられるのだが、その話は置く。
運営が何を目的としてたかは知らないが、MMOの要素を入れて仕立て上げれば
ゲームになると考えたのがどうやら実状のようだ。自分で「傑作だ」などと言っていたりして。
金儲けが目的だ、というなら巧拙を問わなければそれはそれで達成しているといえる。では、また。