外は雨降り、『高島野十郎評伝』 を読む

2019-06-29 | 日記

          

夕方の田んぼに雨が降っている。午後からは少し雨足が強くなってきたようで、庭のくさむらに雨のあたる音が大きくなってきたのだった。遠くの山には霧か雲がかかって一日が霞んだ墨絵の色である。だから、本を読むにはとてもいい土曜日になった。川崎浹著『過激な隠遁 高島野十郎評伝』(2008年 求龍堂刊) を読む。まだ昨夜から読み始めたばかりだから、途中である。この本に出合ったのはつい最近のこと。先日、東京のギャルリー412で開催された「 新井美紀ーガラス絵展 」に川崎先生ご夫妻が見に来てくれていたからである。このことは展覧会終了後に新井さんから伺った話で、僕はお会いできなかったが、川崎浹 (かわさきとおる 1930年生) 氏は60年代学生運動のバイブルとなったサヴィンコフ著『テロリスト群像』を翻訳したロシア文学研究者として夙にご高名である。サヴィンコフ (1879-1925) はロシアの革命家にして文学者、自死したという。
川崎氏は、この孤高の画家・高島野十郎 (本名・高嶋彌壽たかしまやじゅ 1890-1975) との偶然の出会いから40歳もの年齢差を越えて、生涯のよき理解者となったのである。画家は東京帝国大学農学部水産学科を首席卒業したエリートだったが絵画への道は捨て難く、実にそのエリートコースを断ち切って、独学の困難な画家への道を選ぶのである。今でこそ高島の名前は知られているが、僕がまだ若い頃、東京の画廊をウロウロしていた当時は、僕のサラリーの何分の一かで高島の作品は買えたのだったが、つい今日届いたばかりのオークション・カタログにたまたま掲載されていた板に描かれた油彩画サムホール・サイズ (22.5×15.5cm) は、 何と!その落札予想見積価格は ¥10,000,000~¥15,000,000 であった! やはり高島の代表作の『蝋燭』である。それにしても! である。世間は一体どうなっているんだ! と思ばかりである。何とか買える値段を期待していたのだったが、イヤハヤ!イヤハヤ! 時代は打算的になってきた … と思わざるを得ないのだった。
というような話は抜きにして、一人のロシア文学者が、偶然の出会いから、これも運命とでもいうのだろうか、そして同郷とはいえ (お二人とも福岡県出身) こういう専門外の本を書かれて、そしてまた縁あって僕のような者がこの本に出会って、改めて画家の生き方、絵画というものを考える機会をもらったというのは、本当に有難く思うのである。
この本には高島野十郎が遺した『ノート』が掲載されている。その一節。

                 誰がためにここには咲くぞ山櫻、又音もなく散りはてし行く、

                 誰がために咲くや山奥山櫻、又音もなく消え散りて行く

そして彼の歌。

                 花も散り世はこともなくひたすらに ただあかあかと陽は照りてあり

                 花も散りし今日ぞ春雨ふり降りて 薬師の塔にしづくたらせよ