いつの頃からか、僕は山名文夫 (1897-1980) というグラフィック・デザイナーの絵が好きになった。大正時代の終わりから昭和初期に描かれた女性のイラストレーションや清潔感のある単純な線描に彩られたその色彩に、何とも言えないオシャレな洗練された “ 都会の女 ” を感じたのだと思う。田舎者の僕にはとうていイメージ出来ない美しい女性たちなのであった。“ モナリザの微笑 ” に代表される絵画の世界ではない、また次元の違う絵の世界なのであった。実にシンプルな線描の、また、陰影をつけない実に単純な色の塗り方で、エレガンス、というのを見せてくれるのだった。
都会的な、オシャレな、エレガントな、清潔な、エロチシズムの匂う絵画 (イラストレーション) ! 彼がデザインする資生堂は、僕の都会であり僕のレカミエ夫人なのだった。下記は1928年に書かれた「 ROMANIA 」という山名の詩である。この『山名文夫作品集』(誠文堂新光社 昭和57年新装発行) に掲載されている。
私は女の顔を描く 彼女たちは私の恋人になる
私は彼女たちに名まえをつける
ZAZA は額に巻毛を持っている
NASTENA の編毛は胸まで垂れている
POLLY のシュミーズは少し短いね
LUCIENNE、おまえの頬にスポットをつけよう
あるとき、私は MOLLY のカンヴァスを塗りつぶそうとした
これは私を悲しませたが そのころ私はたいへん貧乏だったから …
彼女は沼に陥ちたように だんだん絵具の下にかくれていった
ふたつの瞳が最後に私を見たとき 私は言った
“ MOLLY よ さよなら もう会えないね ”
私はこうして女の顔を描く
何年かの後 私は老人になるだろう
ペンが握れなくなって いちんちベッドの上にいるだろう
そんな時 彼女たちは昔のままに無口でやさしく
四方の壁から私を見ているだろう
そしてある朝私は最後の息を引きながら言うだろう
“ SUZANNA よ CHARLOTTA よ RURU よ さよなら もう会えないね ”
一本の画鋲で止められている彼女たちは
聖天使の翼のように はたはたと翻るだろう