睦月の満月

2020-01-10 | 日記

          

雪のない一月になっていて、どうも今年は雪が降らないようである、という予報もある。5時半頃の田園の夜景なのであるが、東の空はもう雲が去ってしまって夕焼けの青空になっていて、空気も澄んで、とても気持ちいい夕方である。大分古いバカチョン・カメラなので、実際的にはとても冴えた満月である。この月と一緒に、東の山を二つばかり越えて、僕は帰らなければならない。その途中の満月である。平安時代に生きた西行 (1118-1190) も見ただろう、今も変わらぬこの月の光こそ、光を投げかければ投げかけるほどに、歌の発生を促す美しい韻律を、この地上に放っているのである。その西行の歌である。

               もの思ふ袖にも月は宿りけり濁らで澄める水ならねども

               恋しさをもよほす月の影なればこぼれかゝりてかこつ涙か

               面影に君が姿を見つるよりにはかに月の曇りぬる哉 

                                                                                          ( 岩波文庫『西行全歌集』(2013年版) より )

僕の涙は「濁らないで澄んだ水のようではないが」、しかし僕の涙にも月が映り、宿っているのである。「もの思ふ袖」とは涙のことであろう。西行は何をもの思うのだろう、また、誰を忍んでいるのだろう。昔も今も変わらぬものは、地上を慈悲する月の陰影と、奥深く潜める人の涙である。

 


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