アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

「ブルックナーは、爆発だ!」

2017-05-20 10:00:00 | 音楽/芸術

 怖いもの見たさ(聴きたさか?)で行ってきた。

仕事を終え池袋の芸劇へと急ぐ。

長いエスカレーターを上ると、指揮棒を振りかざしてロジェストヴェンスキーがこちらを睨んでいる。

「おう、お前も来たのか!」と言っているようで、ちょっとゾクッとしてしまう。

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「ブルックナーは、爆発だ!」

何という恐ろしいクレジットだろうか・・・

このポスターにあるロジェスヴェンスキーに睨まれて数カ月が過ぎ、ようやくこの日がやってきた。そう、ブルックナーの第5、それもシャルク改訂版の演奏会である。思えば、この5月19日という日は、スクロヴァチャフスキがブルックナーの第5のみを振りに来日する予定だった日程だ。昨年1月の第8に続き、今年は第5の演奏と、楽しみに待っていた矢先での訃報、悲報であった。しかしその後、演目の変更はせず、読響が招聘した指揮者は、なんと今やロシアの重神であるゲンナジー・ロジェストヴェンスキーだったのだ。さらに同時に発表されたのは、第5番でもシャルク改訂版で演奏するということだった。

もちろんロジェストヴェンスキーのブルックナーとなれば、過去の録音で交響曲の全集もあるので、アントンKも演奏内容を知らない訳ではない。この録音でも第5は改訂版での演奏だったし、その他の楽曲でも色々な版での演奏となっていた。しかし問題なのは、楽譜の事よりも、やはりオーケストラの鳴らし方が独特であり、とても深遠なブルックナーの世界ではない印象だったのである。指揮者自国のソビエト文化省交響楽団(現:ロシア国立交響楽団)の圧倒的な金管楽器群の金属音に辟易したのである。かなり昔の録音だからか、思いのほか解像度がなくぼやけた印象のレコードだったので、すでに闇に葬ってしまったが、アントンKの中では、かなり遠いところにあるブルックナー演奏だったのだ。

前置きが長くなったが、アントンK同様、怖いもの見たさの聴衆の多いこと多いこと。久々に1階の両端から3階席の先端までビシッと聴衆で埋め尽くされた光景に出会った。指揮台は無く(一応あるが、舞台とツライチの高さのもの。手すりと椅子有り)、その変わり、あまり見たことのないくらいの高さのひな壇が設置されており、最後部にシャルク改訂版の象徴とも言うべきバンダ(ホルン4・トランペット3・トロンボーン3・チューバ1)が並ぶ。

そして肝心の演奏はというと、思いのほか聴きやすく感じて非常に楽しめた印象を持った。もっともこれは、アントンKもこの日だけは、斜めに構えて演奏を聴いているので、演奏会自体を楽しめた訳で、純粋なブルックナー演奏からはやはり遠いものの、各楽章での時より見せる素朴な音色や、壮大なハーモニーにホッとする場面も多かった。これはロジェストヴェンスキーも御歳85歳の巨匠であることと関係しているのではないか。かつて聴いた実演での印象は、オーケストラの各声部を積み重ねていき、色彩感の強いきらびやかな音色が特徴だったが、今回の演奏では強引な響きは皆無で、思いのほか和音の内声部が聴こえ驚嘆した。これはかなりテンポを押さえ、一歩ずつ踏みしめるような足取りで進行したからかもしれない。特に印象に残っているのは、第1楽章の第二主題で、一気にブレーキをかけて遅くなり、弦楽器のピッチカートが、まるでハープの響きのようなニュアンスをもって進行して、ここでの響きの作り方など、指揮者ロジェストヴェンスキーならではと深く感じた箇所だった。

改訂版での演奏は、やはり一般的な原典版のそれからすると違和感は相当ある。各楽章に渡って改訂されているが、原曲も時より姿を現してくる。弦楽器や木管楽器で奏されるテーマにホルンが被さる場面が多く、ティンパニが必要以上にリズムを刻み、この点ではショスタコーヴィッチを彷彿とさせる。そして問題の第4楽章のコーダは、この版での最大の見せ場だろう。コーダに入る手前で、第1楽章のテーマが帰ってくる辺りから、いきなりカットされてコーダに雪崩れ込む印象だが、例のバンダは、コーダからではなく、コーダ中盤のコラール主題から活躍が始まる。今回は、11人全員起立してマーラー演奏のようにしていたが、ここまで譜面に記載があるのだろうか。ロジェストヴェンスキーの演出なのかわからないが、第1楽章コーダのホルンのベルアップとともに、指揮者の指示のような気がしている。

比較的お若い聴衆の方々は、やはりこのバンダが加わった終結部の分厚い和音や音厚に感激したとの意見が多いようだったが、ここだけ捕らえれば、朝比奈隆やヨッフムの第5の方が圧倒的に迫力がある。ヨッフムの助言から、朝比奈隆もこの第5の演奏の際には、最後のコーダ専用のバンダを置いていたのだ。しかもこのバンダは、第4楽章の中間部からすでに慣らし運転が始まり、コーダへ突入後一気に音楽が大きくなったのである。アントンKがブルックナーの音楽に本当の意味で興味を持ったのが、この朝比奈の第5(1978年3月の新日本フィル定期/東京文化会館)がきっかけであり、今でもこの日の演奏のことは忘れられないでいる。今まで聴いてきた第5とは、まるで異なり、その衝撃で終演後も座席から立てなくなったことを・・・

いずれにせよ、アントンKにとっても、おそらく聴きに来られた大多数の聴衆のほとんどが、シャルク改訂版の実演奏初体験だったはず。当然賛否は大きく分かれるだろうが、自分としては、ブルックナー演奏としては採らないものの、大変楽しめた演奏会だったと言えるだろう。プログラムで解説されている金子建志氏によれば、カット無しの改訂版全曲演奏は実に40年振りだとか。これだけでも非常に貴重な体験だったし、何と言っても読響の献身的な素晴らしい演奏があればこその内容だったと感謝申し上げたい。

ロビーでは音楽評論家であるT氏のお姿や、若手指揮者である富平恭平氏もお見かけし、全国のブルックナーファンがここに集結していることが容易に想像できたが、一方でいったい音楽に何を求めているのだろうと深く考えさせられてしまった。

このロビーの片隅に設置されたスクロヴァチャフスキの遺品を見ながら、そんな事を想ったのである。

第568回 読売日本交響楽団 定期演奏会

ブルックナー 交響曲第5番 変ロ長調 (シャルク改訂版)

指揮 ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー

コンサートマスター  長原 幸太

2017年5月19日  東京芸術劇場コンサートホール



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