風雅遁走!(ふうがとんそう)

引っ越し版!フーガは遁走曲と訳される。いったい何処へ逃げると言うのか? また、風雅は詩歌の道のことであるという。

蛆拾遺物騙り/語りきれなかったこと

2007-12-30 23:48:04 | コラムなこむら返し
 カレンダーの上では、12月などほぼ毎日ブログの記事を書いているようにみえる。写真のアップなどで実は、更新日付けを稼いでいるところがあるから、そんなにも几帳面に書き続けた訳ではないが、書こうと思って書けなかったこと、触れることが出来なかったことはたくさんある。
 そのすべてを拾遺しきれる訳ではないが、思い出したことに触れておこう。

 映画『パンズ・ラビリンス』はパフェークトの評価を与えながら、映画評は書きそびれてしまった。もう1度見に行きたいと思っている。主人公の少女の名前がさらに気になってきているのだ。

 写真での報告だけをした「反戦と抵抗のフェスタ'07」のミィティングでは面白い発見をしたのだが、それを書くことはなかった。

 22日には、新聞の片隅にジュリアン・グラックが97歳の高齢で亡くなったことが報じられていた。「シルトの岸辺」「アルゴールの城にて」など作品は多くないが、ボクは好んだ。それに、この日本で言えば芥川賞になるだろうゴンクール賞を受賞しながらそれを拒否した孤高の生き方が好きだった(24日報道。死因は非公開)。

 23日には、JAZZピアノの巨星オスカー・ピーターソンが亡くなった(報道は25日)。腎不全で享年82歳だった。これも、記事としては書けなかった。

 ブッド元首相のテロ殺人が報じられた28日付けの新聞は、久方ぶりにまるごと取り上げたいと思うほど面白い内容になっていたのだが、書く時間はなかった。この日の朝日新聞は今年の10大ニュースなどの他に、朝日が一年かけてやっていた「ロスト・ジェレネーション」キャンペーンの総括的な対談や、アマゾンでメチキチレ族が歌を残して森へ消えたという不思議なニュースも載っていた。

 (追加)明けて正月6日まで開催していいるようだが、10月の第2週くらいに国立西洋美術館(上野)に『ムンク展』を見に行った。これまで、幾度も見た画家としてのムンク像がくつがえるような展覧会で、晩年のムンクがどのような構想を持ち、そしてノルウェーの国民的画家になっていったかが、とても良くわかる展覧会だったのだが、感想を書けなかった。ただ、ひとつだけ。
 長いあいだ『吸血鬼』というタイトルで知られていた作品が、それがムンクの付けたタイトルではなくムンクによって否定されていたということを知ったのはちょっとショックだった。
 『マドンナ』は40年ぶりに原画をみたような気がする。やはり「病める子供」の少女像とともに好きな絵だ。

 さて、2007年を振り返るのは、明日の記事のためにとっておきたい。