仕事場周辺を走り回る某野党の宣伝カーが、うるさいっ! 近くの学校の運動会の練習も、うるさいっ! こういう時って、闇雲にフリージャズでも聴きたくなり気持ちが分かりますね。
しかし私は、これを聴きました――
■Toshiko Mariano Quratet (ニッポン・レコード / takt)
我が国を代表すると言うよりも、今やジャズの世界では偉業を成し遂げた女性ピアニスト&作編曲家という秋吉敏子は、戦後の混乱期からモダンジャズに人生をかけ、若くして渡米、そして光と陰の紆余曲折があって、今日に至りました。
その間、一番苦しかったのが1960年代であったろう事は、彼女自らの著作でも窺い知れますが、しかしジャズに対して決して諦めない情熱は、彼女が残した全てのレコーディングに聞かれます。
さて、このアルバムは1963年に一時帰国していた際に吹き込まれた隠れ人気盤♪ なにしろメンバーが当時の夫だったチャーリー・マリアーノ(as)、秋吉敏子(p,arr)、ジーン・チェリコ(b)、アルバート・ヒース(ds) という豪華なレギュラーバンドだったのですから!
ちなみに録音は1963年3月30日、東京で行われていますが、実はこのセッションを企画制作したのは大阪にあったニッポン・レコードという会社だそうです。残念ながら私は、そのオリジナル盤を見たことも、聴いたこともありませんが、後にタクトレコードから再発されたのが、このアルバムです。しかも中心となる演目が、有名ミュージカル「ウエストサイド物語」からの選曲♪ まったくニクイ企画です――
A-1 Tonight
なんともスッキリした演奏で、あの有名なメロディが飛び出してくるあたりが快感というか、違和感というか……。しかし秋吉敏子のアドリブは、基礎となったパド・パウエルのスタイルから抜け出そうとする努力が新鮮です。
またチャーリー・マリアーノは白人ながらエモーションに満ちたアルトサックスが実にカッコ良く、流石の実力を披露していますし、アルバート・ヒースのメリハリの効いたドラムス、さり気なく凄いことをやらかしているジーン・チェリコにも、ハッとさせられるのでした。
A-2 Something Coming
秋吉敏子のピアノソロをメインにした繋ぎ的な演奏です。実際、あの有名なテーマメロディを変奏しているだけという短いパートで、このあたりは全体を組曲形式にアレンジした表れでしょうか。しかし、なかなか力強いピアノタッチには圧倒されます。
A-3 America
そして今度はカルテットによるアップテンポの熱い演奏となり、チャーリー・マリアーノのアルトサックスが情熱的に泣きじゃくります。リズム隊とのコンビネーションが些か荒っぽいところもそれが逆にスリルに転嫁した、まあ結果オーライの部分が如何にもジャズっぽいという言い訳も聞こえてきますが、私は気に入っています。
う~ん、それにしてリズム隊のドライブ感、特にジーン・チェリコは暴走しすぎという雰囲気ですが、アルバート・ヒースも怖いドラミングですし、秋吉敏子の過激な姿勢にも熱くさせられますねぇ~♪
ちなみに付属解説によれば、当時の彼女は妊娠中だったとか!? こんなん胎教に良いんでしょうか? まあ、それでこの世に誕生したのが秋吉満ちる、ですから♪
A-4 Maria
一転してチャーリー・マリアーノが静謐に歌い上げるスローな演奏で、じっくりと構えた感情表現が素晴らしいかぎり! ジワジワと染み込んでくる音選び、激情爆発のフレーズ、硬軟自在という音色の妙、流石は超一流の実力を遺憾なく発揮した名演だと思います。
幻想的な伴奏を聞かせる秋吉敏子も素敵ですねっ♪
B-1 Cool
B面ド頭は、これも「ウエストサイド物語」では有名すぎる名曲を新感覚のハードバップで表現した演奏で、テンションの高いテーマアンサンブルに続き、アルバート・ヒースの熱いドラムソロが炸裂します。この絶妙のタイム感覚は、当時の第一線という証でしょうねぇ~。
B-2 Fraisir D'amour
これは「ウエストサイド物語」とは関係ない楽曲で、どっかで聴いたことがあるようなフランス風のメロディがテーマになっていますが、メインとなる演奏は緩急自在のモダンジャズ! ドラムスとベースが共謀して作り出すグルーヴが物凄く、特にアルバート・ヒースのブラシが生々しい躍動感です。
そして秋吉敏子のピアノが、これまた凄い! 豪快なノリとスイング感、斬新な音選び、そして繊細にして豪胆なピアノタッチの素晴らしさ!! 何度聴いても圧巻です。
B-3 Malaguena
チャーリー・マリアーノが激情を爆発させた快演! 演目はお馴染み、ラテンの名曲ですが、それを熱いモードで焼き直した展開が強烈に脂っこく、アルバート・ヒースの猛烈なラテンビートが興奮を煽ります。
いゃ~、それにしてもこんな尖鋭的な演奏が当時の日本で録られていたというのは驚きで、それはつまり、このバンドの先進性の証でもありますが、リアルタイムの我が国では受け入れられたのでしょうか……? 本場アメリカでさえ、ちょっと……、という感じです。
とにかくバンド全員のハッスルぶりは凄いの一言です。
B-4 Oleo
オーラスはソニー・ロリンズが書いたハードバップの聖典曲ですから、秋吉敏子以下のバンドメンバーがモダンジャズ王道の演奏を聞かせてくれます。中でもアルバート・ヒースのドラミングは流石の物凄さ! 秋吉敏子もパド・パウエルが新主流派したような突進ぶりが微笑ましく、バンドアンサンブルも纏まっています。
ただし残念ながらチャーリー・マリアーノのアドリブが無いという演奏時間の短さが勿体ないところです。
ということで、なかなか激しく、そして緊張と緩和が潔いアルバムだと思います。気になる録音状態もステレオミックスで、とにかくアルバート・ヒースのドラムスが素晴らしく良く録れていますし、ジーン・チェリコのペースにも存在感があります。ただし秋吉敏子のピアノが、やや薄いミックスなのが残念といえば、残念ですが……。
このあたりは実際のライブステージの音作りを活かした音作りかもしれません。十人十色の感性でしょうね。
しかし中身の凄さとは逆に、当時の日本では進み過ぎていたのでしょう。秋吉敏子の才能を活かしきる仕事は無かったようです。そして再び渡米しての活動となるのですが、その本場でさえ現実は厳しく……。
今となっては、そういう苦闘の時期さえも乗り越えて輝く秋吉敏子のエネルギッシュな魅力が楽しめるアルバムではありますが、逆に言えば大衆性を失いつつあった当時のモダンジャズを、なんとかせなあかん、というような意気込みが素晴らしいと思います。
しかし残念ながら、この後の日本にはエレキブームが到来、さらにビートルズを筆頭にロックの大津波が襲来し、我が国の大衆音楽はGSが一番人気となったのは、皆様がご存じのとおりです。
そしてその端境期に残された最高にヒップなジャズは、このアルバムに記録されたのではないでしょうか。