■In 'N Out / Joe Henderson (Blue Note)
新主流派の代表選手といえば、黒人テナーサックス奏者のジョー・ヘンダーソンは落とせないところですが、そのデビューにあたっては当時のボスだったケニー・ドーハムの紹介でブルーノートへ入った経緯が絶妙でした。
つまり「いぶし銀」と形容される人気のベテランといっしょに録音セッションが行われることで、最低保障の安心感があったのです。
ご存じのように、ジョー・ヘンダーソンのスタイルはモード手法に基づいたウネウネクネクネの屈折節に加え、豪快なツッコミも鋭いハードバップの要素を合せ持つ魅力的なものですが、もしも最初っからワンホーン盤とか新進気鋭の若手ばかりが集まったアルバムだったら、完全な迷い道だったような気がします。
実際、デビューアルバムの「Page One (Blue Note)」には「Blue Bossa」を筆頭に、「Recorda Me」や「Homestretch」といった永遠のモダンジャズ人気曲が収められ、そこで聞かれるジョー・ヘンダーソンの魅力には、ケニー・ドーハムの薫陶も強く滲んでいると感じます。
しかしジョー・ヘンダーソンの資質には、そんな安逸感を超越するスケールの大きさがあり、それは後の歴史も証明しているところですが、その第一歩が本日ご紹介のアルバムだと思います。
録音は1964年4月10日、メンバーはケニー・ドーハム(tp)、ジョー・ヘンダーソン(ts)、マッコイ・タイナー(p)、リチャード・デイビス(b)、エルビン・ジョーンズ(ds) という強力なクインテットで、ジョー・ヘンダーソンにすれば3作目のリーダー盤となっています。
A-1 In 'N Out
ちょっと不安なイントロからスピード感満点のテーマ、そして疾走していくアドリブパートのスリルが最高です。バラバラをやっていながら、実は暗黙の了解的に収斂していくリズム隊も凄いですねぇ~。
アドリブ先発のジョー・ヘンダーソンはジョン・コルトレーン風のモードに拘りながらも、独特のクネクネしたフレーズの連なりと自分で苦しんでいくような音使いがエルビン・ジョーンズの豪快なドラミングに叱咤激励され、グイグイと熱くなっていきます。
そしてこういう展開なら、俺に任せろっ! というマッコイ・タイナーが水を得た魚です。その激しく暗い情念のピアノは、まさにこの時代の象徴でしょうねぇ~♪ 我が国ジャズ喫茶全盛期とは、こういう感じが主流でしたよ。
気になるケニー・ドーハムは、あれっ、どうしたのっ? という戸惑いが隠せない雰囲気ですが、流石はベテランの貫禄でしょうか、きちんとスジを通した熱演だと思います。「いぶし銀」なんて、ここでは無縁!
演奏はこの後、さらにジョー・ヘンダーソンが熱気再燃の爆発を聞かせて、見事な大団円を作り出していますが、ラストテーマのヤケッパチも痛快ですねぇ~♪
A-2 Punjab
馴染みにくいメロディのテーマは、これまたモードにどっぷりというジョー・ヘンダーソンのオリジナルですが、力強いリズム隊にはグルーヴィな雰囲気がありますから、如何にも黒人ジャズの粘っこさが安心印でしょうか。
実際、エルビン・ジョーンズが敲き出す暴虐のポリリズムには、ヘヴィな4ビートの魅力がいっぱいですから、ジョー・ヘンダーソンはもちろん、ケニー・ドーハムの些か無理した姿勢もイヤミになっていないようです。つまり、どんなに屈折しようにも、自然体でストレートな心情を吐露させられてしまったというか……。
その点、ライブの現場でも長年のコンビで活動してきたマッコイ・タイナーは落ち着いたもので、実にモードの魅力を上手く発散したライトタッチが良い感じ♪♪~♪ エルビン・ジョーンズの激しいドラミングがさらに冴えて聞こえてくるのでした。
B-1 Serenity
これもジョー・ヘンダーソンのオリジナル曲ですが、なかなか哀愁漂うハードバップ的なテーマが素敵です。ミディアムテンポでグルーヴィな雰囲気も、硬質なリズム隊の存在ゆえに緊張感があります。
そしてケニー・ドーハムがアドリブ先発でシブイ手本を示せば、続くジョー・ヘンダーソンが「泣き節」に挑戦しながら、結局は「ウソ泣き」ですから、居直りの後半が実に憎めません。
またリズム隊が三者三様の個性的を披露し、特にリチャード・デイビスのペースワークは、短いアドリブも含めて味わい深いと思います。
B-2 Short Story
ケニー・ドーハムが書いたハードバップの隠れ名曲♪♪~♪
ラテンビートを上手く使った哀愁のテーマメロディと作者本人が会心のアドリブというモダンジャズの桃源郷が、ここにあります。もちろん主要部分は痛快な4ビートですから、エルビン・ジョーンズの楽しく躍動するドラミングにも歓喜悶絶させられますっ♪♪~♪
そしてジョー・ヘンダーソンは意欲的なフレーズ展開! ヒステリックな音使いも織り交ぜながら、曲想を大切にした名演ですし、マッコイ・タイナーの流麗なモード節も快感を呼びます。
う~ん、この後にはジョン・コルトレーンのソプラノサックスが出てきそうな、失礼ながら、そんな錯覚さえも嬉しくなるほどです。エルビン・ジョーンズの十八番のドラムソロとか、とにかく1960年代モダンジャズの美味しいところがテンコ盛りです。
B-3 Brown's town
少しばかり陰鬱な曲ですが、メロディのキモには作者のケニー・ドーハム十八番のフレーズが使われていますから、やはり安心感があります。
しかしアドリブパートの混濁した怖さは侮れず、エルビン・ジョーンズがリードしているようなリズム隊の暴虐ゆえに、ケニー・ドーハムの戸惑いが実に印象的! う~ん……。
その意味で続くマッコイ・タイナーが登場すると、その場がグッと落ち着くというか、典型的な新主流派のモードジャズが、ある種の安心感になるんですねぇ~♪ あぁ、これも「時代」っとやつでしょうか? リチャード・デイビスのペースソロに至っては、相当にフリーな展開なんですが、違和感なんて全く無いのです。
そして驚くなかれ、リーダーのジョー・ヘンダーソンのアドリブパートが無いんですねぇ~! これって!?
ということで、最後の最後で疑問符が出てしまうアルバムではありますが、ジョー・ヘンダーソンが自らの個性を確立した最初の名盤だと思います。
この録音当時でもボスだったケニー・ドーハムへの恩返しという味わいも意味深なところで、A面で自分が目立った分だけ、B面をボスへの上納金にしたような気遣いが感じられます。
まあ、このあたりはプロデューサーのアルフレッド・ライオンが仕組んだ事かもしれませんが、そんな深遠な配慮をブッ飛ばしているのがエルビン・ジョーンズの大活躍! セッション全体を熱気に満ちた快演にした功績は無視出来ません。
冒頭に述べたように、ケニー・ドーハムは安心印の保証書かもしれませんが、ケニー・ドーハムにしても決して保守安逸派では無く、セシル・テイラーやエリック・ドルフィーと共演しても互角の勝負を演じる尖鋭性を持ち合わせた実力者なのです。それがエルビン・ジョーンズを要にしたリズム隊の作りだす過激な大波に飲み込まれる寸前だったのですから、時代は変わる!
そしてジョー・ヘンダーソンの飛躍が明確に記録された、これは新主流派記念日的な名盤だと思います。