FOOTBALL LIFE

~サッカーを中心に日々の雑感など~

波が引くように

2008年01月06日 | 雑感
子どもたちは3日、4日、5日と波が引くように、また大都会の生活の場へと引き揚げていった。そのあとはバタバタと後始末で大忙し。帰るときにも、帰った後にも、お礼や報告のメールや電話。いつのまにか大人になったものだなあと。

TVのお正月番組は例年見ようと思うものがないが、今年は古代ローマを特集した番組があった(TBS?)。ちょうどWOWOWのほうで年末に「ローマ」という連続番組の一挙放送があり、最後の回では後継者となったオクタヴィアヌスが「第一の市民」になったというところで終わっていた。その内容もそのあとも知りたかった。

そういうタイミングで見たので、社会の構造を図解したりして、見せ方にも工夫が見られ、大変にわかりやすい内容だった。古代ローマ帝国の繁栄には領土拡大に伴い、相手の言語や宗教を柔軟に受け入れるという、寛容の精神による支配の方法を取っていた、ということを訴えたかったようだ。

一神教と多神教を比較して並べたところにも、それを言いたかったということがわかる。アメリカは寛容なんてものではないし、それを考えるとアメリカの超大国という世界支配も、そう長くは続かないのかもしれない。

ユリウス・カエサルというのを英語読みにしたのが、ジュリアス・シーザーということがわかった。ポンペイウス、クラックスと第一次3頭政治。今でいうフランスに当たるガリア、その「ガリア戦記」を書いて、これは元老院への報告書という意味合いがあったらしいが、この戦記によってローマ市民を熱狂させたようだ。

クラックスの没後、政敵ポンペイウスと争ったが、この人物も滅ぼす。ローマに帰って独裁者となるが、議事堂で反対派のブルータスらによって暗殺される。そのときの遺書によって、後継者は姪の息子のオクタヴィアヌスと指名される。わずか18歳か19歳のとき。

実は後に初代皇帝となり、ローマに平和な時代をもたらした、というこの人物に一番興味があった。彼はアントニウスらと第二次3頭政治を行い、カエサルの失敗から学んで出来るだけ、権力が自分に集中しないようにした。アントニウスがエジプトで戦いに敗れた後自殺、その後単独の支配者となるが、そのやり方が実にたくみで驚く。

武勲は親友の武将アグリッパにおまかせという感じで、戦いの才能はないらしかったが、アグリッパが離反するということもなしに乗り切っていくあたり、妥協しながらも周囲の人々をあやつる才能があったのだろう。これこそ平和を実現させるリーダーではないか、と思わせる知性があった。

途中の時間からNHKBSで「風と共に去りぬ」が放送されていたので、こちらも気になった。今までにないほどTVの映像が鮮やかに調整されていて、スカーレット役のビビアン・リーがこの世のものと思われないほど美しい!!なんて綺麗なんだろう!!

21世紀の現代から見れば、スカーレットは今でいう不倫というほどでもないだろうという気もする。戦後の混乱期にいささかあくどい商法で、たくましく実業家になって、高額の税金を払い、家族を背負って乗り切っていく。

そういうキャラクターとは対照的なメラニーが彼女を支えるように、いつも助けに回っては危機を乗り越えていく。この描き方には女の友情が感じられて、この辺はさすがに原作者が女性ということで納得する。

WOWOWの「ローマ」では、女は肉体を武器にするか、呪術で相手を呪うか、さもなくば、優しい妻を演ずるしかないというのは、腹が立つのを通り越してあまりにも悲し過ぎた。戦時に女は非力ということを考えても情けなさ過ぎる描き方。

カエサルを演じた役者も存在感があり、ポンペイウス、ブルータス、オクタヴィアヌス、とそれぞれ適役だったにもかかわらず、この女の描き方は何?というのが最後まで割り切れない。そういうときに映画「風と共に去りぬ」を見たので、原作者の女の目が感じられ、ようやく少し救われた気分になった。





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