FOOTBALL LIFE

~サッカーを中心に日々の雑感など~

日めくり万葉集(113)

2008年06月24日 | 万葉集
日めくり万葉集(113)は作者未詳の歌。選者は精神科医の香山リカさん。

【歌】
安積香山(あさかやま)
影(かげ)さへ見ゆる
山の井(ゐ)の
浅き心を
我(わ)が思(おも)はなくに

   巻16・3807   作者未詳

【訳】
安積香山、その陰まで見えてしまう、山の井の浅いように浅い心を私は抱いてなどいるものですか。

【選者の言葉】
心というのは多層構造で、深い部分は無意識、浅い部分には意識がある、というように、立体構造として捕らえたのはフロイト。20世紀最大の発見は人間の心の無意識という人もいるくらい。

万葉時代に、深い意味があったかどうかは別として、心を井戸のように浅い部分、深い部分に分けて、深いほうが大切なんだ、そちらが重みがあると考える。そういう発想というものがすでにあったんだなあと。しかも日本に。

人間の心というのは複雑。表面的な部分だけでは決してわからないなあというのは20年以上、この仕事をやっていて日々感じている。だからといって表面的は言葉のコミュニケーションを省いて、いきなり心の深いところにダイビングするのは、残念ながら、今まで人間にはまだ出来ない。

心の深い部分に隠されているような問題に気付いて、それを言葉にするというのは大切な作業で、そのことで現実の問題は解決していないのに「そっちはもうこだわらなくなりました」とか「そっちはうまくやれるようになりました」という風に、解決することが多い。

それで急に機嫌が良くなったとも考えられる。王(おおきみ)の中で問題を解決したような気持ちになった。この采女(うねめ)はある種、カウンセラーの役目を果たしたのかもしれない。

【檀さんの語り】
福島県郡山市額取山(ひたいとりやま)。歌に詠まれた安積香山(あさかやま)と呼ばれている山の一つが額取山(ひたいとりやま)。この歌の詠まれた経緯が万葉集に記されている。

葛城王(かずらきのおおきみ)という貴族が、当時、最果て、今の東北地方、陸奥国(みちのくのくに)に派遣された。しかし地元の国司の接待が大変非礼なもので、王は不愉快に思い、宴の席でも楽しめない。

そのとき、以前、天皇のそばに仕えていた女性が、右手に水を持ち王の膝(膝)を叩いて、この歌を詠った。歌はその場にあった都ぶりの風流な歌だった。王の気持ちはほぐれて、ひねもす楽しく飲んだという。

【感想】
一つはこの場合の“非礼”というものがどういうことなのか、よくわからないが、もしかしたら、地元の人々は精一杯もてなしたつもりだったのに、風習がわからないからということでの行き違いだった可能性もある、ということも考えられるかなあと。

もう一つはコミュニケーションということでは、最近あった秋葉原通り魔事件のように、若者が鬱積したものを爆発させるように、殺傷事件を引き起こし、こういう事件を繰り返さないために、背景やそこへ追い込まれる心理状態はどういうものか、メディアも大人たちも考えるようになっているということ。

一つの原因ということだけではなく、いろんな要素が重なってということなのだろうが、労働の環境も含めた生活の不満などということも、組織としてということではないので、一人一人が分断され、単独で会社のやり方に立ち向かうことになり、一層、孤独感や焦燥感を募らせているように見える。

【調べもの】
○やまのい【山の井】
山の岩間などから水がわき出るところ。山の泉。











あまりにも鮮やか

2008年06月20日 | サッカー
ユーロ2008の試合、D組は首位通過が決まっているスペインがギリシャと対戦し2-1で勝利。残りのロシアとスウェーデンの対戦は、勝ち抜けにはスウェーデンが引き分け以上、ロシアは勝利が必要ということだったが、2-0でロシアがスウェーデンを破り、ベスト8進出を決めた。

ロシアとスウェーデンの試合はヒディンク監督がロシアの若い選手を率いて、まるでマジシャンのように彼らを操っているような戦いぶりに圧倒された。勝利以外に生き残る道はないという彼らは、開始早々から猛然と組織的な攻撃を仕掛け、スウェーデンに襲い掛かる。

スウェーデンには怪我が回復したイブラヒモビッチ、バルサにもいた36歳のラーション、キャプテンマークを付けたアーセナルでアンリとチームメイトだったリュングベリがいる。前線のこの経験豊富な選手たちの存在がピッチから消えた。それほど鮮やかなロシアの若い選手たちの活躍だった。

前半の先制点は25分ごろ、右サイドから次々に上がった選手たちがワンタッチで一人二人とつなぎ、3人目のパヴリュチェンコがその連係を受けて、流れるように先制ゴールを決めた。

あまりにも鮮やかなゴールシーンは息を呑むほど美しい、という形容がぴったり。ビューティフルゴール!!リュングベリやアンリがいた頃のアーセナル、特にベルカンプが絡んだゴールシーンはこういうビューティフルゴールがあったなあと、フッとなつかしい気持ちが蘇る。

後半も開始5分ごろ、今度は左サイドでボールをつなぎ、これも鮮やかなスピードに乗った連係からアルシャビンという10番をつけている選手が決めた。2-0.ロシアのマラドーナと言われているそうだ。

試合後、スウェーデンの敗戦を受けたリュングベリの表情には前日、イタリアに負けて憔悴していたアンリの顔とダブる。アンリは1998年以来のチームの末路を看取るように、キャプテンマークを腕に巻いていた。

あまりにも不運な試合の責任を背負って、疲れた表情で一人歩いてピッチを後にする姿を、執拗にカメラが追いかけていた画面が再び目に浮かんだ。

日韓W杯以来、ヒディンク監督の仕事ぶりにはいつも惚れ惚れしていた。対戦するチームにとってこんな怖い監督はいない。2006年W杯では日本代表も率いるオーストラリアに苦い水を飲まされた。

そのW杯よりもっとレベルの高いユーロの大会で、ほとんど無名のロシア国内で活躍している若い選手たちを率いて、グループ2位通過でベスト8まで勝ち抜けた手腕は素晴らしい。

ロシアのエリツィン政権と癒着して?しこたま?油で儲けたアブラモビッチがスポンサーであるなどと言われていたが、この試合に勝てば、選手一人当たり5000万くらいのボーナスが出、もちろん監督にも何がしかの褒美が出ると言う話だ。

いかにニンジン作戦で操っても、請け負う監督の能力がなければ要求にこたえることは出来ないだろうが、ヒディンク監督は最初の試合でスペインに4-1と圧倒された負けた試合から若い選手たちを立ち直らせ、第2戦のギリシャ戦では勝利を呼び込だ。

グループ突破がかかった、このプレッシャーが圧し掛かる第3戦は若いパワーの攻撃力で乗り切った。世界のどこへ出かけても請け負った仕事は成功させるという手腕は、見事としか言いようがない。

次ぎはいよいよ勢いに乗って3連勝しているオランダと対戦。ロシアに比べて経験もあり、個人技としての決定力もある。この試合とは違って、守備に回る時間が多くなるだろう。そこをどう乗り切るか。

かつて代表監督も務めたことがあるオランダ人のヒディンク監督が母国のチームとどう戦うのか。ロシアの若い選手たちが果たして、この試合で見せたようなビューティフルゴールを決めることが出来るのか、などと今からドキドキしながら試合を待っている。








日めくり万葉集(110)

2008年06月13日 | 万葉集
日めくり万葉集(110)は子どもこそは何よりも宝という、山上憶良の歌。選者は宗教学者の山折哲雄さん。

【歌】
銀(しろかね)も
金(くがね)も玉(たま)も
なにせむに
優(まさ)れる宝(たから)
子に及(し)かめやも

      巻5・803   作者は山上憶良(やまのうえのおくら)

【訳】
銀も金も玉もどうしてすぐれた宝は子どもに及ぼうか。わが子以上の宝はないのだ。

【選者の言葉】
子どもこそは金銀宝にまさる心の宝なんだよという歌。子どもをスクスクと育てるための子守唄の原型のような輝きを感ずる。

憶良という万葉の歌人は生活のにおいがする歌をたくさん作った。その中には日常生活というのは思う通りには行かないよという苦しみや嘆きのような歌がよく出てくる。そんな裕福じゃない、むしろ貧しい生活をしているということも伺われる。そういう生活の中で、子ども思い、妻思い。

子守唄というのは悲しい歌が多い。五木の子守唄、中国地方の子守唄など。大体が貧しさ、人生訓、肉親の絆が背景にあるにもかかわらず、肉親への愛情を自由に抱くことが出来ない環境。そういう中で子守唄は受け継がれてきた。

そういう点で憶良のこの歌には、金銀に勝る宝であるとは言っているけれど、その前後に詠っていると思う歌の中には、実際の生活の苦しみとか貧しさが同時に詠われている。今日、我々が歌いなれている子守唄と同じような味わいや世界を感ずる・・・。

【檀さんの語り】
万葉歌人で山上憶良ほど子どもの歌を語った歌人はいない。憶良は万葉集に子どもへの愛情を詠った歌を10数首も残している。

【感想】
この歌は万葉集の歌として、記憶にある歌。現代人にも時を越えて、子どもに対するほのぼのとした愛情が伝わってくる。我が子だからかわいい。この子どものためならどんな苦労もと、親は親馬鹿になって懸命に子どもを育て上げる。

それがどこかで子守唄が子どもには聞こえなくなってしまうときがある。10代の後半からはどんな親子でもそうしたすれ違いはあるものだが、秋葉原での無差別殺傷通り魔事件は今も、胸の奥に衝撃を残している。被害者の方々のご冥福を祈りながら、連日、新聞やTVの報道を見ては考えてしまう。

職場の待遇に不満があったからということであれば、政府もメディアも本腰を入れて、派遣労働の実態をもっと公にする必要がある。【蟹工船】のようだと今の若者に思わせるような労働は実際どうなのか。大人たちにはそのひどさが届いていない。








日めくり万葉集(109)

2008年06月13日 | 万葉集
日めくり万葉集(109)は大宰府の次官で、奈良の都を詠った小野老の歌。選者は当時の奈良は国際都市であったという、作家のリービ英雄さん。

【歌】
あをによし
奈良の都は
咲く花の
にほふがごとく
今盛りなり

巻3・328   作者は小野老(おののおゆ)

【訳】
奈良の都は咲く花が爛漫(らんまん)と色美しいように、今が盛りです。

【選者の言葉】
奈良の都は今盛りなり・・・。栄えているのは経済的だけではなく、文化的にもということで、英訳すると【prosper(富む)】。【flourish(栄える)】という別の動詞も浮かび上がる。

19歳のとき、はじめて京都から奈良まで歩いたとき【正倉院展】をやっていた。そこで驚いたのはペルシャのものも入っていて、シルクロードを通っていろいろなものが入り、人間もアチコチの国から奈良へ来て、活躍していたということがだんだんわかってきた。

歴史書を読むと、当時の奈良は中国の長安(今は西安になっている)の次ぎ、世界第2の都市だったという。ヨーロッパなどでは暗黒の時代で、文明は地球のこちら側が中心にあり輝いていたということがわかった。

その後に【あをによし奈良の都は・・・】という歌を読んで説明しがたい感銘を受けた。当時の国際的な文化交流を考えると、どこで世界を意識して、私たちの都市が今、栄えてるんでよと言っている。

これが近代人の排他的な暗い、必ず誰かを差別しているようなナショナリズムとは違って、おおらかに自分の文化、自分の文明を主張しているという、それが魅力的。

【檀さんの語り】
大宰府の次官だった小野老の歌。都への出張から帰ってきた老を迎えての宴で詠った歌。報告の歌とも言われている。710年に都と定められた奈良の都。律令体制が整い、天平(てんぴょう)文化が花開いたこの頃の奈良(の人口)は10万人ほどだったと考えられている。

【感想】
リービさんの口から語られると、1300年前のにぎわった奈良の様子が生き生きと伝わってくる。ペルシャからも、シルクロードからも狭い島国の日本とは違った文化が続々と海を渡ってきていた、というのはワクワクするような歴史だ。

同じNHKで今放送されている、【蔵出し劇場】というタイトルが付いた30年近く前の【シルクロード】の番組は映像も驚くほど鮮明に調整され、なつかしさもあって、毎週の放送を楽しみに見ている。

番組の最初に出てくる日中共同取材という文字には、1970年代にようやく日中が友好関係となってからのはじめての取材という意味で、制作するスタッフにもこの仕事が半永久的に後世に残るものという意気込みが伝わってくる。どの映像も苦心の成果が表れた、実に美しい映像ばかり。見るほうもその素晴らしさに毎週、感激してみている。

確かに今、日本の雑誌などを賑わしているナショナリズムというと、狭い視野で、標的とする国がいかに野蛮で劣っているか、を必要以上に強調しているように見える。多くの日本人は日本が近隣の国と友好な関係を築き、それがアジアの平和に発展することを願っていると思うが・・・。










日めくり万葉集(104)

2008年06月06日 | 万葉集
日めくり万葉集(104)は無名の女性の、作者未詳の歌。選者は奈良県立万葉文化館館長の中西進さん。

【歌】
うつせみの
常(つね)の言葉(ことば)と
思(おも)へども
継(つ)ぎてし聞(き)けば
心(こころ)惑(まど)ひぬ

    巻12・2961   作者未詳

【訳】
世間の決まり文句だとは思うけど、聞かされ続けると心は迷うよ。

【選者の言葉】
万葉集は無名者、名もなく貧しく美しく生きている人々の歌が半分以上ある。これが万葉集の特色で、この歌はそういう人々を代表するような歌。

これから結婚するような女性の歌ではないか。男性がプロポーズするが平凡なことしか言わないので、こんな男性はつまらないと思う。こんな人と結婚したって、どうせろくな将来は約束されないだろう。もし出世をするような気の利いた男だったら、もっといいことを言ってくるのではないか。

そういいながらも、その言葉を何回も聞くと、最初はこんな男をイヤだと思っていながら、心は惑ふ、心は迷ってきてしまう。これは結婚という女性にとっては人生の大冒険、大海に船を漕ぎ出すようなものではないか。

平凡だと捨ててしまうのか、だから誠実と受け取るか。こういう時に女性なら誰でも思うのではないか。そういうことを考えて味わってみると、変わりばえのしない、しかし確実な人間の感情、心を表している。

日本の大正の時代、大正の私小説という言葉があった。【私】という人間が主人公で生活をそのまま書くという小説。これはヨーロッパでは文学の理念からいうと取るに足りないもの。文学とはなりえないもの。

それを日本人は書いてしまう。なぜなら日本人の文学表現の根底には【和歌】がある。自分が自分の感じたことを語るという。そういう体質がずっとある。これが一番よく当てはまるのが万葉集。

その中の巻11・12というのは作者未詳の歌を集めた、巨大なグループ。これを読むとまさに大正の私小説を読むような感じが響いてくる。

【檀さんの語り】
万葉集はすべて漢字で書かれたいた。この歌の【心惑ひぬ】は原文では【心(こころ)遮焉(まとひぬ)】と書かれている。遮断(しゃだん)の遮という字を使い、心の動きが遮(さえぎ)られて戸惑うことを表している。一人の思い惑う女性の気持ちが伝わってくる。

【感想】
大伴家持が権勢を誇る藤原一門に対する批判の気持ちを、柿本人麻呂などの歌に託して底流に流したのかもしれないが、それを目立たなくするような庶民の声なき声も入れた。これが1300年のときを超えて、万葉集を後世に残る、世界にも例のないものにしたのだろうと思う。

自分も含めて、多くの老若男女がブログというものをやる時代になった。そのほとんどは私小説風?自分日記ではないだろうか。自分がその日一日何をしてどう感じたのか。

自分のために書いた日記、などというものを公開することがそもそもおかしい?とは感じないのは確かに、日本人には大正の私小説の流れがあり、さらに遡れば万葉集の和歌があるからだということを、なるほどなあと、中西さんの説明で納得した。






いつまでも仲間

2008年06月03日 | サッカー
今日の新聞のスポーツ欄はW杯予選・オマーン戦が3-0と快勝したのを受けて、連動性がよみがえったと暗雲立ち込めていた戦前とは一転、賞賛の記事。海外サッカーの方はいよいよ今週末からユーロ2008が始まる。その中でオヤッ?と思わせるニュースが載っていた。(「欧州通信」から)

98年W杯、ユーロ2000を制したフランス代表のメンバーたちが、チームの一員だったカランブー選手の功績をたたえるメモリアルマッチに集まり、5月31日出身地のオセアニア、ニューカレドニアで試合を開催したというもの。

元チームメートのジダン、ピレス、リザラズ、ジョルカエフなどが駆けつけ、ピレスの先制ゴール、ジダンの2点を含めて、「ブルー98」がオセアニア選抜「チーム・カランブー」に8-2と圧倒し、1万人の観客を沸かせたという内容だった。

ジダンが「クリスチャンは素晴らしい男。彼のためなら来た甲斐があった」と言ったというが、肝心のカランブーという選手が思い出せない。そういえばと、~伝説の名勝負~というタイトルが付いたユーロ2000の試合を録画していたことを思い出した。

映像にはジダン、ピレスはもちろん、キャプテンのデシャン、アンリ、最後の最後にイタリアから劇的な決勝点を奪ったトレゼゲ、ビエラ、ビルトール、デサイー、プティ、テュラム、それにアネルカもいた。

よく見るとどうやら編んだ髪を垂らした背番号19の選手がそうらしいとわかった。優勝した会場をアンリやピレスたちと一緒に、うれしそうに走っていたなあ。

しかもこの試合の実況の言葉が、8年後のメモリアルマッチに集うメンバーにはぴったりではないか。「ビッグトーナメントを制したこの22人というのは、いつまでもいい仲間でいるんでしょうね、きっと・・・」

カランブーだけではなく、ジダンもアルジェリア出身、ビエラやアンリも移民の立場ではなかったか。それぞれが出身地を持ち、そうした問題について鋭く発言するというのがフランス代表の選手たち。人間として、そこが好きでもある。

今度のフランス代表はジダンはもちろん引退し、このとき決勝点を挙げたトレゼゲも、アシストしたピレスも入っていない。星占いが好きなドメネク監督の説明はいつも意味不明?ピレスはアンリがもっとも好きなパスを出してくれるというのに。

やたらベテランが多いので、日程が詰まってきたら難しい。なにしろ相手はイタリア、オランダ、ルーマニア、という死のグループだからねえ。余り期待は出来ないなあ。

そういえばビエラが怪我で、代わりにフラミニが召集になったらしい。リヨンの若手FWベンゼマとバイエルン在籍の右サイド、リベリーがどれだけ活躍できるかにかかっているというところだろうか。

ファンとしてはアンリのプレーが見られるのが一番の楽しみ。期待されながらいつも花火のように?終ってしまうスペイン代表は得点力が付き、今回は親善試合も含めてここしばらく負けなし。

アラゴネス監督の下、今度こそ決勝まで残れるかどうか。バルサからはチャビ、イニエスタが中盤を支え、アーセナルのセスクも入り、FWにはトーレス、ビジャがいる。今回は最強のメンバーになった。










日めくり万葉集(103)

2008年06月02日 | 万葉集
日めくり万葉集(103)は柿本人麻呂の歌。選者は人麿について、従来の仮説を根底からくつがえす新しい仮説を論証した哲学者の梅原猛さん。

【歌】
楽浪(ささなみ)の
志賀(しが)の大(おほ)わだ
淀(よど)むとも
昔の人に
またも逢(あ)はめやも

  巻1・31    作者は柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)

【訳】
楽浪の滋賀(しが)の入り江には流れることなく淀んでいても、昔の人にふたたび逢うことはできようか。

【原文】
左散難弥(ささなみ)乃(の)
志我(しが)能(の)大和太(おほわだ)
興杼六(よどむ)友(とも)
昔(むかしの)人二(ひとに)
亦母(またも)相目(あはめ)八毛(やも)

【選者の言葉】
滋賀の昔の都を人麿が通って、荒れた都を悲しんだ。若い頃、滋賀の都の王朝に仕えていたころがあった。かつて栄えた都を通ってみると、荒れ草が生えて都がどこかもわからない。その悲しみを詠んだ歌。

原文を読んでみると遊びやユーモアがある。左散難弥乃(ささなみの)というのは友がバラバラになった。もう一つは六と二を合わせて八という。こういう遊びやユーモアが入っている。

(歌聖といわれた)柿本人麻呂という名前が歴史の中に出ないはずがない。人を流したときには必ず悪い名前を与えて流した、そういうことが多い。だから人麿を猨丸(さるまる)という、猨説は論証の仮定で出来た説。猨丸太夫が人麿の影のような存在だというふうに思う。

詩人というのは運命を予感しているようなところがあり、孤独感がある。この歌にはその予感が入っているような気がする。

【檀さんの語り】
かつて梅原さんは歴史書に名を留めない柿本人麻呂について、大胆な仮説を発表した。それによると、人麻呂は時の政権によって罪に問われ、石見(いわみ)に送られて水死刑になった。

そのため、人麿の名前は人からサル=猨(さる)に貶(おとし)められ、【日本書紀】などに柿本猨(佐留)の名で登場しているという。梅原さんの説によると、悲哀に満ちたこの歌は人麿が石見の国へ流罪となる前に詠まれたことになる。

【感想】
梅原さんは「水底の歌」の中で、さまざまな伝承を伝えた文にまで文献の幅を広げて論証したが、柳田国男氏の文の中に人麿が死後まもなく、その忌日が3月18日という、多くの怨霊の命日と同じ日にされているのを怪しみ、果たして歌が上手というだけで人麿が神に祀(まつ)られるだろうかという疑問に注目した。

柿本人麿を祀った神社は全国に70あり、ゆかりのあるところには人丸塚が作られている。「年老いて自然に終わりを遂げた人」というのは神に祀られていない。恨みを呑んで亡くなっていった人に対する、いわば怨霊の鎮魂のために神社があるとした。

人麻呂は文武4年(700)から大宝元年(701)ころ、政治的な事件に巻き込まれて流罪になったとする。そうであるならば時の持統帝によって、改名されたのだろうと考えた。

歌の上で宮中へ登場したのは持統3年、最後に見出されるのが文武4年。ちょうど持統天皇の治世と一致する期間だった。しかし持統天皇に寵愛されたこの詩人がどうして挽歌を作らなかったのか。それは猨(サル)という名前になって、すでに都にはいなかったのだろうということに行き着く。

持統天皇は同時代に生きた中国の女帝・則天武后を強く意識していたらしい。奈良時代に女帝が多いのは則天武后の影響なしに考えられないとある。彼女はライバルの二人の女たちの手足を切り、酒甕(さかがめ)に投じたという逸話が伝えられている残虐さが有名な女帝として記録されている。

その則天武后が中国ですでに刑罰としての改名ということを行っていたことにも影響されたのではないか。そういう場合もどこか元の名前に似通ったところがあり、ヒトマロはヒトと似ていながら、ヒトよりも価値が低いサルと名づけられたのだろう、と考えた。

文庫版「水底の歌」を買っておいてよかったとつくづく。わからなくなった時にもう一度戻って読み返すという資料的なものにもなる。ただ、古代のことは秘密のベールに包まれたままにしておきたいという意思がどこかで働いているようで、日本では古代のお墓が発掘されていないものもあるらしい。そうなるとどうしても具体的な証拠が少ないことになる。そういう意味でこの場合の仮説というのも、あくまで思弁力による論理的な帰結なのだろうと思う。










時は流れて

2008年06月01日 | 雑感
昨夜、久しぶりにニュース番組の「報道ステーション」を見ていたら、途中で俳優の水谷豊が出てきたのにはびっくりした。

この番組では中国の四川省大地震の被災者に援助物資のテントなどを運ぶため、日本の自衛隊の軍用機を使うことを要請されたが、急に取りやめになったというニュースについて、新聞とは違う映像のある内容を見たかった。

中国から緊急事態とはいえ、よくそういう要請があったものだと思っていたら、昨日の番組ではやはりそれは日本政府側からの話だったようだ。韓国やアメリカ、ロシアなど、すでに軍用機で運んでいるらしい。

日本側からすれば戦後60年も経ったのにという感覚でも、自分の国の中で軍服を着た日本人に大勢殺された時代の記憶は、そう簡単に忘れ去ることは出来ないだろうと思う。

しかし被災地に行って、その方々にマイクを向けたところ、物資を早く届けてくれればどういう方法でもよいという答えもあったようだった。これにはホッとするものがあった。ようやく小泉内閣時代の冷熱関係を乗り越えた今、政府も面子にこだわらず、少しでも早く救援物資を運んで欲しい。

番組途中で突然登場した水谷豊は、「相棒」というTVドラマを映画化したのがヒットしてこの頃大もてなのだそうだ。TVドラマというものを余り見ていないので、急に年をとって出てきたような印象で戸惑った。

もっともいまだに記憶にあるのはショーケンと共演した「傷だらけの天使」なんだから、ギャップがあるのは当然だ。その後はビデオかなんかレンタルしてきて見た、映画「青春の殺人者」だったか。

どっちにしても?十年前の話なんだから、その頃の映像の正確な記憶も薄れている。「傷だらけの天使」のドラマは強烈で、役柄のチンピライメージを払拭するのに大変苦労したということらしい。これはほんとに難しいだろうと思う。

ハリウッドスターでも、一度そういうイメージが出来てしまうとなかなかそれを拭い去るのは容易ではないようだし、すっかり老人にでもならない限り、大抵はうまくいかない。

ショーケンはそういう意味でいつまでもショーケンのまま。スクリーンと同じように人間的にもさほど?成長していないのに比べて、この人は大変な努力をしてきて、それが結実しているようだった。

大人が見るTVドラマがないと考えて、そういうものを作りたい、そういう大人の人たちに是非見てもらいたいと願ってきたそうだ。実際、その言葉通り、このような報道番組も見ているという話。

大変な努力家の素顔を垣間見ているようで感心した。番組を見ながら、なつかしい気分に浸ることが出来た。随分と時が流れたものだ。伊藤蘭さんといつまでもおしあわせに・・・。