1961年/イタリア/122分。ヴィスコンティ監督の『山猫』に出ていたクラウディア・カルディナーレ主演の白黒映画。若いジャック・ペランが16歳の役で出ている。質のいいイタリア映画がドンドン日本に入ってきた頃の映画。NHKの放送で試し!に見たのが、とうとう引っ張られてエンディングまで付き合った。これが予想以上だった。
クラブの歌手アイーダ(クラウディア・カルディナーレ)は知り合った男と二人旅にでる。しかし、実家近くまできたとき、彼女と鞄を放り出していってしまう。アイーダは知らない町で途方にくれながらも、なんとか探して男に会うことになったが、大きな屋敷から出て来たのは弟のロレンツォ(ジャック・ペラン)だった。
困り果てているアイーダを見てロレンツォはお金をこっそり工面したり、兄に代って彼女を助けようとする。男に裏切られてきたアイーダも次第に彼を受け入れるようになる。ロレンツォは母親は既になく、兄と共におばの下で暮らしていた。ある日、父親代わりの神父がアイーダに会いに来て、純粋なロレンツォが傷つくのを恐れ、アイーダに町から去ることをすすめる。・・・
綺麗なんだけど、ちょっとハスッパな役どころというのが彼女にはよく似合うようだ。災難ばかりと嘆くアイーダをなんとか慰めたりのロレンツォ。アラン・ドロンの次世代のように期待されたジャック・ペランがどういう映画に出ていたのかしらなかった。
次第にフランス映画もイタリア映画もハリウッド映画に押されて、余り話題にならなくなっていった。ジャック・ペランはそういう時期に重なって不運だったような気がする。これはデビュー作なのかどうか。折れそうな体から来る純粋さが漂って初々しい。
アイーダとロレンツォはおよそ違う世界に住む二人が、心を通わせるようになる。彼女を見守ろうとするロレンツォがなんとも切ない役回りだ。クラウディア・カルディナーレは体当たりの演技を披露している。肉体派女優!に見えても、当時は女優といえどもむやみに露出しないんだよねえ。
このあたりは一番時代の空気を感ずるところ。何でもありの今とは違うんだなあと。ジャック・ペランの彼女をひたすら思う気持ちが画面から伝わってくる。彼の清潔感がこの映画を安っぽさから救っていたのかもしれない。クラウディア・カルディナーレの演技力も見直した。
いいと思わなかったら途中でやめようと見始めたものが、予想したよりはるかによかった。映画『WATARIDORI』で白髪になって登場してきたときにはびっくりしたよー。こんな良質な青春映画に出てたんだねえ。
クラブの歌手アイーダ(クラウディア・カルディナーレ)は知り合った男と二人旅にでる。しかし、実家近くまできたとき、彼女と鞄を放り出していってしまう。アイーダは知らない町で途方にくれながらも、なんとか探して男に会うことになったが、大きな屋敷から出て来たのは弟のロレンツォ(ジャック・ペラン)だった。
困り果てているアイーダを見てロレンツォはお金をこっそり工面したり、兄に代って彼女を助けようとする。男に裏切られてきたアイーダも次第に彼を受け入れるようになる。ロレンツォは母親は既になく、兄と共におばの下で暮らしていた。ある日、父親代わりの神父がアイーダに会いに来て、純粋なロレンツォが傷つくのを恐れ、アイーダに町から去ることをすすめる。・・・
綺麗なんだけど、ちょっとハスッパな役どころというのが彼女にはよく似合うようだ。災難ばかりと嘆くアイーダをなんとか慰めたりのロレンツォ。アラン・ドロンの次世代のように期待されたジャック・ペランがどういう映画に出ていたのかしらなかった。
次第にフランス映画もイタリア映画もハリウッド映画に押されて、余り話題にならなくなっていった。ジャック・ペランはそういう時期に重なって不運だったような気がする。これはデビュー作なのかどうか。折れそうな体から来る純粋さが漂って初々しい。
アイーダとロレンツォはおよそ違う世界に住む二人が、心を通わせるようになる。彼女を見守ろうとするロレンツォがなんとも切ない役回りだ。クラウディア・カルディナーレは体当たりの演技を披露している。肉体派女優!に見えても、当時は女優といえどもむやみに露出しないんだよねえ。
このあたりは一番時代の空気を感ずるところ。何でもありの今とは違うんだなあと。ジャック・ペランの彼女をひたすら思う気持ちが画面から伝わってくる。彼の清潔感がこの映画を安っぽさから救っていたのかもしれない。クラウディア・カルディナーレの演技力も見直した。
いいと思わなかったら途中でやめようと見始めたものが、予想したよりはるかによかった。映画『WATARIDORI』で白髪になって登場してきたときにはびっくりしたよー。こんな良質な青春映画に出てたんだねえ。