FOOTBALL LIFE

~サッカーを中心に日々の雑感など~

続投?

2007年07月31日 | 雑感
先の日曜日に行われた参院選は与党の歴史的惨敗に終わった。民主が60で自民が37という逆転現象。与党が参院で過半数を維持する64どころじゃなく、橋本首相が退陣した44議席も下回った。しかし、安倍首相はケロリとして続投を決めこんでいる。

「わたしの責任はきわめて重い」と認めながら、「基本的な政策は間違っていなかったと思うし、国民のご理解をいただいている。反省すべきは反省し、新しい国づくりを進めたい。」「改革を続行する約束を果たすのが、わたしの責任だ。」

いやもうー、この感覚のずれ、なんという図々しさ!!美しい国が現実には税金ばかり取られて将来への不安に満ちているというのに、いまさら憲法改定ですかと言いたくなる。

尊敬する祖父の岸元首相は60年安保のとき、国会へのデモが渦巻く中、信念をまっとうしたという思い込みがあるらしく、国民の圧倒的反対にも動じないのが「美しい」と思っているのかもしれない。

早朝のTV番組では安倍首相に代わりには誰がいいですかと言う街頭質問をしていた。小澤首相がいいと言う人が一番多く、次は小泉元首相がまたまた出てきた。中年女性が小泉さんがいいという理由に、「はっきりしているから」。

強い人に引っ張られるのがいいと言う人は、自分が頼れるから?こういうのはほんとにいい加減にしてほしい。問答無用がそんなにいいのだろうか。こういう意見を聞くと国民主権はどこにあるの?という気がしてくる。

来年には確か総裁選があるから、実質続投と言っても1年の期限付き。その次の年に衆院選があるので、それまで短期間、口直しに?いまだに人気者の小泉さんにつなぐという魂胆があるのかもしれないが。

しかし現実には、小泉内閣が行った改革によって、競争に負けるのは個人も地方も自己責任と、放り投げられてしまった。構造的なものに起因するその格差に対する怒りが与党への不信任票になったのでは。

党内の派閥抗争以前に、こんなに大敗してもまだ居座るという感覚がわからない。内閣にたいする不信任票として1票を投じた庶民の感覚と、あまりにもずれている。どこに「国民のご理解」があるというのか。




うどん粉病

2007年07月28日 | ガーデニング
今日コンビニで買って来た花新聞にも薔薇の病気として、「うどん粉病」のことが載っていた。6月に雨が少なかったので、例年に比べ、かなりひろがっているということらしい。

庭を見回してみたら、緑色の葉っぱには白い点々や少し縮れていたように見えたりするものがある。これはやっぱりうどんこ病らしい。今日のところは昨夜からの雨が降ったり止んだりなので、作業は明日にしよう。

前列に植えてあるブルームーンが一番ひどい症状かなあ。隣のアブラハムダービーもそうかもしれない。更に反対側のアベイドゥクルニューもそうかもしれないし。などと見ていくうちに神経質になってきた。ただそれで落葉したり、花が咲かないというほどでもない。真夏の高温期や雨天が続くと少なくなるのだそうだ。

さっきはスーパーに行って、園芸の土を何種類か買ったら、ちょうどザーザーとバケツをひっくり返したような大粒の雨が降ってきた。(そのレジは園芸用品売り場なので、建物の外にあった。)

そこのレジの女性店員の方が、なんと傘をさしてくれて、一緒に車のところまでついてきてくれた。世の中にはまだまだ親切な人がいるものだなあと感謝の気持ち・・・。

写真は四季咲きのテイネケという名前。もう4年目で、ずいぶん安く購入したものが、毎年元気に花を咲かせている。

あーー、大変だー。
コンサの試合が始まっている!!





コガネムシ

2007年07月27日 | ガーデニング
このところ庭を見回ってきたら、毎日のように薔薇の花にくっいているコガネムシを見つける。子供のころに、「コガネムシは金持ちだ~金蔵建てた~」という童謡を歌った記憶があるが、たしかに見た目は黒い色に緑色のような金属性の光沢があって、美しいといえなくもない。

しかし見た目にだまされている場合じゃないのだ。昆虫博士には怒られそうだが、花ごと退治してしまうしか被害を防ぐ手立てがない。と思いきや、今日は花友達が来て、ペットボトルを利用して、ふたで誘導して空のボトルに入れてしまうのがいいと教えてくれた。

なるほどー、明日から見つけたらその方法でやってみよう。

写真はニコル。四季咲き中輪。
中は白く、外側のふちが桃色になる可愛らしい薔薇。






 


『胡同のひまわり』

2007年07月15日 | 映画
2005年/中国/132分。監督・脚本/チャン・ヤン。文化大革命の激動の中で、画家として生きようとした運命を狂わされた父。才能を見出した息子に画家への夢を託そうとしたことから、父と子の葛藤と和解のドラマが始まる。

北京の下町、胡同(フートン)で1967年に生まれたシャンヤンは、中庭にひまわりが咲いていたことから向陽(シャンヤン)と名づけられた。1976年9歳のとき、文化大革命で農場へ強制労働へ駆り出されていた父(スン・ハイイン)が6年ぶりに帰ってきた。母(ジョアン・チェン)と二人で気ままに暮らしていた生活から一転して、父は厳しかった。

父は画家だったが、労働で指を折り、画筆を自在に持つことが出来ない。なつかないシャンヤンが大地震の避難所暮らしから一緒にいる時間が長くなり、次第に自分を頼ろうとする姿にうれしさを感じていた。

しかし息子に画才を見出してからは、息子に絵を描かせることを優先。シャンヤンは子供心に手を怪我すればもう絵を描かなくてよくなるかとミシンの針で刺そうとしたり、花火を握り締めたり。

1987年、スケート場でひときわ華やかに舞う少女を好きになり、友達とついてくるという彼女と3人で、ひそかに貯めたお金で広州へ行こうとするが、シャンヤンだけ父親が駅に来て、列車から引き摺り下ろされてしまう。

1999年、旧市街が取り壊されていき、そのそばには新しいアパートが立ち並ぶ。母はそこへ何とかして入ろうとしてもなかなか望みがかなわず、ついにアパートに入るために離婚する。母とシャンヤンと妻は新しいデザインのアパートへ。父はひとり古い下町街にとどまって暮らすが・・・。

この映画の監督の自伝的要素もかなり入っているということで、その激しい親子の対立を描く場面、子供心の切ない反抗、しかし切ろうにも切れない肉親の絆というものが描かれて、ときには胸が苦しくなるほど。

その反抗は結婚したあとにも続き、孫が見たいという親側と対立する。なるほどシャンヤンが主役の映画なのかというと、映画は意外な展開に発展する。そこでようやくこれは父親とその世代への映画だったということがわかる。

この映画の背景ともなる文化大革命は、走資派といわれる市場経済を取り入れて、中国の窮乏生活から脱却しようという指導者から、毛沢東が権力奪回を試みたもので、そのために「造反有理」のスローガンを掲げる紅衛兵が使われた。

実際、1958年に毛沢東が掲げた「大躍進」政策により、農家では製鉄増産のかけ声に乗って、自宅に庭で粗悪な製鉄品が出来上がるということだったらしく、そのためには本業の農業も後回しだったようだ。

更にすずめを農作物を荒らす鳥としていっせいに駆除したために、害虫が大発生。無謀な政策によって、深刻な食糧危機を招き、何千万もの死者という規模になった。

その実情を知った指導者たちの経済改革も毛沢東には資本主義化路線としか写らず、改革路線を支持してきた文化人や共産党員も「人民の敵」「裏切り者」として、紅衛兵たちによって、次々と粛清された。毛沢東の死によって、この動きがようやく収束し、映画の中にあるように「4人組」を糾弾する動きになっていく。

この映画の父親も仲間の画家に密告され、農場送りで指を折られる経験をしている。彼らは時間も人生も失ったという意味で、まさに失われた世代。父親の孤独な苦しみは家族にも到底わからない。父親は家族の生活を見届けてから、自分の人生をもう一度問いかけ、その答えを探そうとする・・・。

父親役のスン・ハイインという役者の演技と存在感が圧巻だった。この俳優があってこそ、この映画の成功があるという気がする。ジョアン・チェンという女優は「ラスト・エンペラー」の記憶が少し残っていて、なつかしい。

息子役は何人も交代して使っていたが、10代の苦しみを演じた役者が一番印象的。スケートが上手な少女役の女優が、のびやかでみずみずしい。これはフィクションであって、ノンフィクションのような印象を持つ映画でもあり、ラストの余韻がずっしりと重たかった。







選択はどこにある

2007年07月13日 | 雑感
昨日の朝日新聞の夕刊に載っていた参院選に未来を託す3世代の横顔。戦争を経験した高齢世代、年金受給期に差し掛かった団塊世代、景気が回復してなお不安定な雇用に悩む団塊ジュニア。

30歳の阿部真大(まさひろ)さんは、バイク便ライダー。
「搾取される若者たち」を著した社会学者で、先の保障のない中で、仕事にのめり込み、「刹那的」な生き方をする同世代を多く見てきた。

著書で「団塊ジュニア」と呼ばれる同年代を受験戦争、就職氷河期と貧乏くじを引かされ続けた世代と位置づけた。リベラルな団塊世代に育てられ、競争にも素直に従ってきた結果、「使いやすい労働力」になってしまっている。

首相の「再チャレンジ政策」も争点になってほしい。「雇用の流動化は現実的に避けられそうもない。非正規雇用でも少しずつでもキャリアアップし、不安定な就労形態の中に安定を図る仕組みを作ることが必要だ。」

バイク便をやめても次がある。そう思える就職支援の制度を期待する。「30代はまだ若い。あきらめず、希望をもてる社会にしてほしい。」・・・

次は団塊世代の一人、プロデューサーの57歳、残間里江子さん。
会社から開放された企業戦士たちの「小さな反乱」に期待する。「実は団塊世代にとって年金はそれほど切実ではない。終身雇用がしっかり存在し、同じ会社に何十年と勤めてきた人が多い。仮に記録漏れがあっても調べれば何とかなると思ってるみたい。」

「老後の安定した暮らしというのはまだ先の話。まだ10年や15年は社会の担い手として活躍したいと思っている自分たちを、社会はどう受け入れてくれるのか。就労の場、居場所はあるのか。そういうビジョンがどの政党・政治家からも示されないことに、欲求不満がある。」

この世代は「全共闘世代」でもある。学生運動に参加はしなくても、心情的に親近感を持っていた人は多い。「基本的に変化、変革が大好き」。そういう意識を持つ層が、会社の呪縛から解き放たれることの意味は大きい。

「(前略)今までのしがらみに、そろそろ小さな裏切りをしてみようかと思っているはず。団塊世代がどういう投票行動を見せ、山を動かすか。そこに興味がある。」・・・

30歳の阿部さんはわが子の年齢。残間さんは自分たちの世代に重なる。とくに「変化、変革が大好き」というこの世代の特徴は、新しいことに挑戦していく人間をまずは応援したくなるということかなあ。

子供たちの世代は都会の砂漠の中を埋もれないように必死で生きている。その親世代はリベラルかどうかは別として、老後は自分で自分の面倒を見なければならない。寝たきり老人に3人の介護職員などという贅沢は許されない世代になる。なんたって自分たち老人のほうが若い世代より圧倒的に多いんだから。

高齢世代の代表は元首相夫人で89才の三木睦子さん。
安倍首相は改憲を明言し、解釈改憲で集団的自衛権も行使しようとしている。「僕がいなくなったら、自民党は憲法を変えて戦争をする国にしてしまう。それを阻止するため党内に残っているんだ。」そんな武夫氏の言葉が忘れられない。

12日にスタートした参院選で、生活にかかわる問題が争点になるのは賛成だ。その反面、焦点になるはずだった憲法論議が陰に隠れてしまうのではないかと心配する。

「衆院と違って任期が6年もある議員を選ぶのだから、年金だけが争点では悲しい。アメリカの手伝いばかりするような弱腰外交では駄目。『戦後レジームからの脱却』の先に何があるのか。憲法のような壮大なテーマをどう考えているのかを見極めないと」・・・。31日、90歳の誕生日を迎えるのだそうだ。しっかりした意見を主張するほんとに頼もしい先輩ですねえ。

写真はアストリットG.V.ハルデンベルクという名前がついているドイツ産の薔薇。
黒赤色が微妙な色合いを見せている。









生涯現役

2007年07月13日 | 音楽
7月1日に放送された、言葉で奏でる音楽~吉田秀和の軌跡~。今年94歳の音楽評論家、吉田さんは他界したクラシック音楽好きな父と同世代。父の面影を思い出しながら代わって聞くつもりでいて、いつの間にかその魅力に引き込まれていた。

戦後まもなく【子供のための音楽教室】をスタートさせ、指揮者になった小澤征爾さんやピアニストの中村紘子さんを育て、後の【20世紀音楽研究所】では現代音楽を積極的に紹介し、初期の傑作といわれる武満徹の「環(リング)」を誕生させた。

作家の石田衣良さんは吉田さんの評論を読んでカナダの天才ピアニスト、グールド(1932年~1982年)の大ファンになった。クラシックファンに入るきっかけは吉田さんの評論。「グールドは自分にしか聞こえない音楽をやってるんだ」と書いてあった。「やはり特別なピアニストだったんだなあ」と。

しかしその後に「グールドの音楽はあまりにもエレクトリックというか、ビシッと突然入ってくるので、なるほどこのことをいってらしたんだと思いましたけど、やはりグールドはグールドだなあという感じはありましたね。」

(たしかにグールドは最初はインパクトが強いのですが、何回も何回も聞くうちに、モーツァルトはイングリッド・へブラーさんのやわらかい音が耳に残るようになりました。)

グールドは死後25年を経ても多くのファンがいる。当時は既存の常識にとらわれない演奏が激しい拒否反応を引き起こした。吉田さんは真っ先に紹介した。「新しい叙情性をバッハに見つけた。あんなに新鮮なバッハ。それは今も生きている。グールドが聞かせてくれたリリシズムというのは誰もやれない。」

現在の音楽批評についてはー。
ずいぶん変わって優秀な人たちが出てきている。それは日本がマーケットとして世界的に重要なものになって、素晴らしい人たちが次から次へと来て、日本にいてもいいものを聞いたり見たりする経験をつむことが出来るようになってきた。市場として成熟してきた。

それともうひとつは、音楽をやる人たちの中で、作曲、演奏のほかに、学問として音楽を勉強する人たちが出てきた。その進歩がみんなの教養の底上げに役立っている。反面、学問として勉強してきただけに、客観的な考え方、見方というのは高度なものになってきたが、自分の問題として音楽をつかむ力はどうか。

いわば、批評じゃなくてリポート、記録や業務、そういう側面が強くなっている気がする。だから悪いとはいえないが、一長一短ではないか。つまり創造的な影響というのは批評の中で、影を薄くしつつあるのではないかと。

1983年、S席は5万円にまでなり、チケットを求めて長蛇の列が出来たという、巨匠ウラディーミル・ホロヴィッツの来日公演の演奏を「今、目の前にいるのは骨董としてのホロヴィッツに他ならない」と言って社会的な事件にまでなった文章を書いたこともある。

今は執筆やFMラジオの音楽解説者のほかに、1990年の開館以来の水戸芸術館館長の仕事もこなしている。音楽・美術・演劇の各ジャンルで、話題の展示や公園を行っている。

「多くの人に何でもいいから来て一度芸術に触れてもらいたい。それだけじゃなく日常の生活からより高められた世界があるんだと言うことを感じてもらいたい。」今は長年連れ添ったドイツ人妻のバーバラさんに先立たれ、鎌倉の自宅で一人暮らし。時々娘さんが訪ねてくる。

「それでも、いつまでか知らないが、私は書きつづけるだろう。人間は生きている限り、自分を信じ、愛するものを力を尽くして大切にするしかないんだから。」(どうぞいつまでもお元気で、生涯現役でいてください。)

最近になってクラシック音楽に目覚めて、毎日必ず聞いている。最初はモーツァルトから、今では他の音楽も聴くようになって、弦楽器や管楽器の音に魅力を感ずるこのごろだ。父の意識はしてなかった音楽教育が、何十年先の子供の人生に、こんなにも大きな影響を与えている。








大きな分岐点

2007年07月04日 | 雑感
昨日の降雨を喜んだのか、庭の花ショウブが咲いた。昨年の夏に、札幌の八紘学園という農業高校が主催する花祭りに行って、苗を買ってきたものだ。わずか3日しか咲かないといわれているので、下手な写真家もあわてて携帯でバシャ!!

薔薇を何本も植えていても、やはり日本が世界に誇れる花のひとつと感嘆しながら眺めている。紫色の何と深くて繊細な花の色だろう。印象派の画家にも影響を与えるはずだ。などどいいつつ、実のところはアヤメとどこが違うのかと聞かれても、説明できるほど詳しくはわからない・・・。

このところの新聞やTVには、久間防衛相のアメリカによる広島、長崎への原爆投下を「しょうがない」と発言したことと、責任を取って辞任したというニュース。理由があれば投下は許されるのかといった、当然の抗議はもちろんだが、選挙前だからというのがちらちらして、大勢の亡くなられた方、その方たちの思いを引き継いでおられる被爆者の方たちの怒りは収まらないだろう。

ここまでの安倍内閣は担当大臣が何人も代わるという不祥事続き。国会でも数の力を利用して強行採決が連続している。元はといえば、前小泉首相時代の圧勝劇があり、それを苦もなく引き継いできたおごりがあるからだろう。

どんなに内閣の支持率が落ちても、連立与党の一方の政党の組織的な投票がある限り負けることはない、とたかをくくっているのかもしれない。しかも安倍首相のいう戦後レジームの脱却、まずは憲法改定だという考えに賛成するか否かも含まれることになる。

1票の重みといわれるが、今度の選挙は戦後の歴史の大きな分岐点となる。今までにないほどの重い重い1票になるだろうと思う。