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小熊英二師匠の卓説を読みましょうm(_ _)m
朝日デジタル:(論壇時評)日本の非効率 「うさぎ跳び」から卒業を 歴史社会学者・小熊英二 2016年4月28日05時00分
かつて、「うさぎ跳び」というトレーニングがあった。現在では、ほとんど行われていない。効果が薄いうえ、関節や筋肉を傷める可能性が高いからだ。
しかし日本では、それに類する見当違いの努力が、随所で行われている。そして、社会の活力を損なっている。
たとえば教育。大内裕和はこう指摘する〈1〉。日本の中学教員の労働時間は、OECD諸国で最も長い。しかし、授業時間は長くない。教員が時間をとられているのは、部活動や行事である。そのため、長時間働いても、教育効果が上がらない。まさに、「うさぎ跳び」に類する、見当違いの努力である。
たとえば社会保障。大沢真理は、日本の社会保障は「きわめて非効率」だという〈2〉。今の制度では、現役時に所得が高かった高齢者など、恵まれている層への年金や控除が手厚く、恵まれない層への配分は薄い。これでは、巨費を投じても効果が限られる。
これらは、日本の国際競争力や、経済成長率の低下につながる。教育程度の低下や格差拡大は、国の人的資源を劣化させ、ポテンシャルを下げるからだ。
*
酒井博司は、国際経営開発研究所(IMD)の世界競争力ランキングを紹介している〈3〉。日本は1992年に1位だったが、2015年は27位だ。「生産性と効率性」は、14年から15年に、24位から43位に落ちている。
日本の労働生産性は、米国に比べて低い。木内康裕によると、その比は製造業で7割、サービス業で5割だ〈4〉。飲食・宿泊では4分の1である。
だが日本のサービス業は、怠けているわけではない。努力が見当違いになっている事例が多いのだ。
木内はこう述べる。多くの小売業は、営業時間を延長して売上を伸ばそうとしてきた。だが営業時間延長で近隣店舗から売上を奪うことはできても、国全体の消費額が伸びなければ、食い合いになるだけで差し引きゼロだ。そして「国全体の消費額を決めるのは所得額や消費性向であり、営業時間が長くても短くてもさほど影響はない」。むやみに長時間労働しても、全体の生産性は下がるのだ。
国際的な順位を下げているのは、経済指標だけではない。英誌「エコノミスト」の民主主義指標で、日本は23位となり、「完全な民主主義」から「欠点のある民主主義」に格下げとなった。
待鳥聡史は、その原因として「政治参加」と「政治文化」が低いことを挙げる〈5〉。具体的には、報道の自由、女性議員の比率、マイノリティーの尊重、投票以外の政治参加などが低い。
経済指標の低下と、民主主義指標の低下は、無関係ではない。昔なら、国民が黙々と働いていれば、経済は伸びた。しかし現代は、知的産業や高付加価値化がものをいう。そこで重要なのは、自分の頭で考え、自発的に行動できる人的資源だ。人権意識や政治参加が低いままでは、そうした人材は育たない。
つまり国全体の意識が、「文句をいわず黙々と働く」から、「自発的に考えて行動する」に変わらないと、競争力は強くならない。だが、古い意識を変えられない経営者や管理職には、見当違いの努力を強要する人がいる。そこから、不合理な「うさぎ跳び」が横行する。
その好例は、サービス業に多い「ブラック企業」や「ブラックバイト」だ。坂倉昇平は、アルバイト学生が過剰な責任感や長時間労働を要求され、学業に支障が出たり、心身を壊したりするケースを紹介している〈6〉。目先の単純労働で高等教育を受けている人材を使いつぶすのは、人的資源の浪費である。
報道でも「うさぎ跳び」が横行している。報道機関には、過剰に上司や政権に配慮し、自己規制する傾向がある。金平茂紀は、大手テレビ局員のこんな声を紹介している〈7〉。「気がつけば、街頭録音で政権と同じ考えを話してくれる人を何時間でもかけて探しまくって放送している」「それがいつのまにか普通になり、気がつけば自由な発想がなくなってきている」。こんな状態で生産性が上昇し、競争力が強くなるわけがない。
*
事態の改善には、発想の転換が重要だ。だが同時に、不当な忍耐を強いられたら、抗議することも大切だ。そこで必要なのが、権利意識と法的知識である。
たとえば教育。前掲の大内裕和は、部活動で「忍耐」を説く傾向が、「ブラックバイト」を助長しているという〈1〉。そして、高校で労働法教育を行うことを提唱する。何が不当労働行為なのかの知識もないまま、耐えて「泣き寝入り」している学生が少なくないからだ。
たとえば報道。高山佳奈子によると、最近の言論機関への圧力には、業務妨害罪や公務員職権乱用罪(議員や大臣は公務員だ)にあたると考えられるケースが多いという〈8〉。そうした法的知識があれば、無知が原因の自己規制や「泣き寝入り」は減るだろう。
漫画の「さらん日記」に、こんな「実話」が紹介されている〈9〉。公民館の集会使用を申請したら、市職員に断られた。だが弁護士が法的疑義を訴え、事務所まで説明に来るよう要請したら、「お使い下さい」と許可されたという。
知識に支えられた権利意識は、自由主義社会の発展の基礎である。日本の停滞の一因は、人的資源、つまり「人間」を尊重しなかったことだ。「うさぎ跳び」は、もはや卒業する時である。
*
〈1〉大内裕和・内田良(対談)「『教育の病』から見えるブラック化した学校現場」(現代思想4月号)
〈2〉大沢真理ほか(座談会)「“ReDEMOS”とは何か」(世界別冊881号)
〈3〉酒井博司「かつて1位だった国際競争力が低下した理由」(中央公論5月号)
〈4〉木内康裕「AIやロボットでサービス産業の効率化を」(同上)
〈5〉待鳥聡史「日本の民主主義の何が映し出されたのか」(同上)
〈6〉坂倉昇平「ブラックバイトが教育を食い物にする」(Voice5月号)
〈7〉金平茂紀「TVキャスターたちはなぜ声を上げたのか」(世界5月号)
〈8〉高山佳奈子「政治家によるメディアへの圧力は犯罪とならないのか」(同上)
〈9〉さらん「さらん日記」(週刊金曜日1月15日号)
◇
おぐま・えいじ 1962年生まれ。慶応大学教授。『単一民族神話の起源』でサントリー学芸賞、『〈民主〉と〈愛国〉』で大佛次郎論壇賞・毎日出版文化賞、『社会を変えるには』で新書大賞、『生きて帰ってきた男』で小林秀雄賞。2011~15年度に本紙・論壇委員を務めた。
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小熊英二師匠の卓説を読みましょうm(_ _)m
朝日デジタル:(論壇時評)日本の非効率 「うさぎ跳び」から卒業を 歴史社会学者・小熊英二 2016年4月28日05時00分
かつて、「うさぎ跳び」というトレーニングがあった。現在では、ほとんど行われていない。効果が薄いうえ、関節や筋肉を傷める可能性が高いからだ。
しかし日本では、それに類する見当違いの努力が、随所で行われている。そして、社会の活力を損なっている。
たとえば教育。大内裕和はこう指摘する〈1〉。日本の中学教員の労働時間は、OECD諸国で最も長い。しかし、授業時間は長くない。教員が時間をとられているのは、部活動や行事である。そのため、長時間働いても、教育効果が上がらない。まさに、「うさぎ跳び」に類する、見当違いの努力である。
たとえば社会保障。大沢真理は、日本の社会保障は「きわめて非効率」だという〈2〉。今の制度では、現役時に所得が高かった高齢者など、恵まれている層への年金や控除が手厚く、恵まれない層への配分は薄い。これでは、巨費を投じても効果が限られる。
これらは、日本の国際競争力や、経済成長率の低下につながる。教育程度の低下や格差拡大は、国の人的資源を劣化させ、ポテンシャルを下げるからだ。
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酒井博司は、国際経営開発研究所(IMD)の世界競争力ランキングを紹介している〈3〉。日本は1992年に1位だったが、2015年は27位だ。「生産性と効率性」は、14年から15年に、24位から43位に落ちている。
日本の労働生産性は、米国に比べて低い。木内康裕によると、その比は製造業で7割、サービス業で5割だ〈4〉。飲食・宿泊では4分の1である。
だが日本のサービス業は、怠けているわけではない。努力が見当違いになっている事例が多いのだ。
木内はこう述べる。多くの小売業は、営業時間を延長して売上を伸ばそうとしてきた。だが営業時間延長で近隣店舗から売上を奪うことはできても、国全体の消費額が伸びなければ、食い合いになるだけで差し引きゼロだ。そして「国全体の消費額を決めるのは所得額や消費性向であり、営業時間が長くても短くてもさほど影響はない」。むやみに長時間労働しても、全体の生産性は下がるのだ。
国際的な順位を下げているのは、経済指標だけではない。英誌「エコノミスト」の民主主義指標で、日本は23位となり、「完全な民主主義」から「欠点のある民主主義」に格下げとなった。
待鳥聡史は、その原因として「政治参加」と「政治文化」が低いことを挙げる〈5〉。具体的には、報道の自由、女性議員の比率、マイノリティーの尊重、投票以外の政治参加などが低い。
経済指標の低下と、民主主義指標の低下は、無関係ではない。昔なら、国民が黙々と働いていれば、経済は伸びた。しかし現代は、知的産業や高付加価値化がものをいう。そこで重要なのは、自分の頭で考え、自発的に行動できる人的資源だ。人権意識や政治参加が低いままでは、そうした人材は育たない。
つまり国全体の意識が、「文句をいわず黙々と働く」から、「自発的に考えて行動する」に変わらないと、競争力は強くならない。だが、古い意識を変えられない経営者や管理職には、見当違いの努力を強要する人がいる。そこから、不合理な「うさぎ跳び」が横行する。
その好例は、サービス業に多い「ブラック企業」や「ブラックバイト」だ。坂倉昇平は、アルバイト学生が過剰な責任感や長時間労働を要求され、学業に支障が出たり、心身を壊したりするケースを紹介している〈6〉。目先の単純労働で高等教育を受けている人材を使いつぶすのは、人的資源の浪費である。
報道でも「うさぎ跳び」が横行している。報道機関には、過剰に上司や政権に配慮し、自己規制する傾向がある。金平茂紀は、大手テレビ局員のこんな声を紹介している〈7〉。「気がつけば、街頭録音で政権と同じ考えを話してくれる人を何時間でもかけて探しまくって放送している」「それがいつのまにか普通になり、気がつけば自由な発想がなくなってきている」。こんな状態で生産性が上昇し、競争力が強くなるわけがない。
*
事態の改善には、発想の転換が重要だ。だが同時に、不当な忍耐を強いられたら、抗議することも大切だ。そこで必要なのが、権利意識と法的知識である。
たとえば教育。前掲の大内裕和は、部活動で「忍耐」を説く傾向が、「ブラックバイト」を助長しているという〈1〉。そして、高校で労働法教育を行うことを提唱する。何が不当労働行為なのかの知識もないまま、耐えて「泣き寝入り」している学生が少なくないからだ。
たとえば報道。高山佳奈子によると、最近の言論機関への圧力には、業務妨害罪や公務員職権乱用罪(議員や大臣は公務員だ)にあたると考えられるケースが多いという〈8〉。そうした法的知識があれば、無知が原因の自己規制や「泣き寝入り」は減るだろう。
漫画の「さらん日記」に、こんな「実話」が紹介されている〈9〉。公民館の集会使用を申請したら、市職員に断られた。だが弁護士が法的疑義を訴え、事務所まで説明に来るよう要請したら、「お使い下さい」と許可されたという。
知識に支えられた権利意識は、自由主義社会の発展の基礎である。日本の停滞の一因は、人的資源、つまり「人間」を尊重しなかったことだ。「うさぎ跳び」は、もはや卒業する時である。
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〈1〉大内裕和・内田良(対談)「『教育の病』から見えるブラック化した学校現場」(現代思想4月号)
〈2〉大沢真理ほか(座談会)「“ReDEMOS”とは何か」(世界別冊881号)
〈3〉酒井博司「かつて1位だった国際競争力が低下した理由」(中央公論5月号)
〈4〉木内康裕「AIやロボットでサービス産業の効率化を」(同上)
〈5〉待鳥聡史「日本の民主主義の何が映し出されたのか」(同上)
〈6〉坂倉昇平「ブラックバイトが教育を食い物にする」(Voice5月号)
〈7〉金平茂紀「TVキャスターたちはなぜ声を上げたのか」(世界5月号)
〈8〉高山佳奈子「政治家によるメディアへの圧力は犯罪とならないのか」(同上)
〈9〉さらん「さらん日記」(週刊金曜日1月15日号)
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おぐま・えいじ 1962年生まれ。慶応大学教授。『単一民族神話の起源』でサントリー学芸賞、『〈民主〉と〈愛国〉』で大佛次郎論壇賞・毎日出版文化賞、『社会を変えるには』で新書大賞、『生きて帰ってきた男』で小林秀雄賞。2011~15年度に本紙・論壇委員を務めた。