私の日帰り散策

写真でつづる山歩き、ドライブなどの日誌です。
最近は ギャラリー巡りをしています。

エルミタージュと朝日山

2014-12-17 14:13:40 | ギャラリー散策
 12月17日(水)  天気:晴れ+風  室温:10.3℃

 きょうは 朝日谷のカフェ・エルミタージュへ ”押し花展と編物” を見に行きました。
押し花と編物とは 変わった組み合わせですが 両方とも 佐藤さんの作品だそうです。 押し花
は 細かく 丁寧に作られているのですが 透明シールが 掛けられているので 光の反射で 写真
を 撮るのが 難しい・・・。 写真が少ないので 帰りに 朝日山88mへ登ってきました。
 外観写真を撮るため イルミネーションに 点灯していただきましたが 外が明るく ライトは 青色
発光ダイオードではないので 目で見るほど きれいには 写りません・・・。
カフェには 会長さんが来ておられ 先週のふれあい餅つき大会のことを 聞くと やはり 6時過ぎ
のNHKニュースでの映像は 会長さんでした。 9時前のローカルニュースでも 流された・・。









 エルミタージュを後にして 戻ります。 和久霊園の下まで戻り 急きょ 朝日山へ登ることにし
ました。 最近 全然 運動をしていないので・・。 霊園の下に 自転車を置いて 霊園を上がると
上の駐車場の右が 登山口。 石段、擬木階段を 5、6分上がると 大日寺の山門。  ここから
南が望めますが きょうは 家島諸島は見えますが・・・。 ここから見ると 播磨灘(瀬戸内海)が
狭く まるで 川の向こうに 家島があるように 近く見えます。


 本堂の左にある五智如来を見て 石段を上がると 山頂です。 ここに 慰霊塔がありますが
一番上の宝珠が 折れています。 坂道を降り 和久山の方を ぶらぶらしました。 北の新竜
アルプスの上には 黒い雪雲が・・。 北は 雪?


 風の強い日でしたが 山から南と見ると 新日鉄の煙突から白い煙が 真横に流れてい
ます。 これは 風速10m以上の風が吹いている・・。

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日本遺産物語 姫路城

2014-12-17 10:39:23 | 日記
 12月17日(水)  天気;晴れ、風  室温:10.3℃

 12月10日(水) 夜10時から BS8フジで ”日本遺産物語 ~時と紡ぐ旅~ 平成の大修理
で蘇った白亜の姫路城” が放送されました。 日本で 最初の世界遺産 姫路城を 俳優・滝田栄
が訪れます。  姫路城の歴史、平成の大修理などが 紹介されました。
 17日に 再放送していました。 ~平成の大修理で 蘇った白亜の姫路城~

『日本遺産物語』~時を紡ぐ旅~ は 24日放送の 第二十回「飛鳥・藤原の宮都とその関連
資産群」 で 終わってしまいました。 飛鳥には 日本人の心のルーツがある・・・。


番組案内には
 日本で 最初に世界遺産に登録された姫路城。 兵庫県姫路市は 北に中国山地、南に瀬戸内・
 播磨灘を抱え 中国や九州と 関西より東を結ぶ 交通の要衝。
 姫路城は 西国の監視と 戦うために 築城されたという。
 今回は 5年にわたる平成の修理を終え 来年春からの一般公開を前に 生まれ変わったばかりの
 姫路城に 俳優・滝田栄が訪れる。


 別名 「白鷺城」 とも言われる通りの姿に 生まれ変わり・・・白すぎる?との声がある。
 しかし 元々白く美しい城であったそうだ。 その歴史は 1346年に 築城。
 小規模な館から始まり 1546年 大河ドラマの主人公となった稀代の戦略家・黒田官兵衛が
 当時の城主・黒田職隆の嫡男として 誕生。 その後 豊臣秀吉が 拡張し 三重の城とし
 関ヶ原の戦いの武功により 池田輝政が 入封。 現在の大規模な城郭へと 拡張を行った。
 当時は 戦いのための城として作られ 防禦に いろいろ工夫が 凝らされている。

 外から 天守閣を見ると 5階建にしか見えませんが 内部は 6層になっています。 

 滝田は 姫路城改修担当の案内で 世界遺産として 高く評価された 「縄張り」 を巡る。
 400年前の日本最高峰の城郭建築の様子が そのまま残されている。
 江戸時代 それ以前に建設された 現存する天守は わずか12。 国宝は 4城。
 その中でも 姫路城の大天守は 最も大きい。  天守閣まで 12の門を潜ります。

 最上階は 播磨灘まで見渡せる。 様々に工夫されたこの城に 滝田は 感嘆の声をもらす。 また
 大天守の修理とは 別に 30年周期で 城壁などを順番に修繕することを聞き その大切さを思う。
 案内している背に低い 眼鏡の人は 姫路市の文化財課の人です。

 姫路城には 3度存続の危機があったという。 1度目は 秀吉が播磨に侵攻したとき?
2度目は 明治の廃城令。 3度目は アメリカ軍の空襲。 いずれも 難を逃れた。
 2012年3月 ”大輪田泊を巡る” で 平清盛ゆかりの地を 歩いていたとき 神戸の能福寺
の片隅に 立札があり 明治時代 姫路藩が 官軍の攻撃を受けた際 神戸の豪商・北風正
造氏が 15万両と引き換えに 紛争を解決し 姫路城は 難を逃れた とありました。


 姫路の城下町は 今 大河ドラマの主人公・黒田官兵衛にちなんだ グッズや食べ物で 賑わう。
 創業300年の和菓子店では お城とゆかりの深いお菓子が 今も作られている。

 千姫ゆかりの西の丸、化粧櫓も紹介されます。


 最近始まったという 和船での内濠巡り。 滝田は 船に乗りながら 水上という新たな目線で 城を楽しむ。
 江戸時代から伝わる 和船造りのこと、その技術を 継承し守っているという 若手船頭の思いを聞く。
 この文化財を 若い人々が 受け継ぎ 大切にしている姿に 姫路城のもう一つの宝を 感じたのだった。

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