♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■光 あれ / 関根弘興

2024年04月12日 | Weblog

2023/11/24放送

 「世の光」の時間です。お元気でお過ごしですか? 関根弘興です。
 今週は聖書の創世記の中からご一緒に人生を考えていきましょう。

 旧約聖書の創世記という書物は、すべてのものの始まり・ルーツが記されています。最初の書き出しは、「はじめに神が天と地を創造された」という一文から始まります。

 この書き出しから、私たちは決して偶然によって存在しているのではないこと、神様が私たちの助けとなってくださる、ということを知りました。だからそこに祈りが生まれるのだ、ということを前回お話ししましたね。

 「はじめに神が天と地を創造された」という書き出しのあと、次の節から、神様の創造のみわざが具体的に記されていきます。

 それは、この世界が造られたばかりの時のその様子が書かれているのです。
 「地は茫漠として何もなく、闇が大水の面の上にあり、
  神の霊がその水の面を動いていた」

 こう書かれています。別の訳では、「地は混沌としていた」(※)と訳されています。
 しかし、混沌とした闇に覆われた水の上を「神の霊が動いていた」とあるのですねえ。

 あの「ひょっこりひょうたん島」の元プロデューサーで、後に牧師となられた武井 博(ひろし)牧師がいます。彼が聖書物語を書きました。その中で、この「神の霊が水の上を動いている」という箇所を、「神の愛が覆っていた」と書き記したんです。いい表現ですねえ。聖書には「神は愛です」(1ヨハネ4:16、参照1ヨハネ4:8)と書かれています。神様は愛そのものなるお方です。神様が闇と混沌の状態であった場所をご自分の愛をもって覆い、「光、あれ」と仰せられると、光がもたらされたというわけです。なんと麗しい光景でしょう。
 そしてこの世界に光が投じられたとき、混沌であったそこに秩序が生まれ、創造のみわざが進められていきました。

 実はこのことはお互いの人生にもあてはまる大切な真理だと思いませんか? 
 
 新約聖書のヨハネの福音書1章9節には、
 「すべての人を照らすそのまことの光が、世に来ようとしていた。」
 と書かれています。
 ヨハネが記した「すべての人を照らすまことの光」とはイエス・キリストのことです。イエス・キリストは私たちの闇を照らし、私たちの混沌とした状態に秩序を与え、私たちの人生を新しく形造ってくださるお方です。この世界の創造のみわざは、光が与えられることからスタートしました。
 同じように、私たちの人生は光なるイエス・キリストが来てくださることによって新しく造りかえられていくのです。


 ( PBA制作「世の光」 2023.11.24のお話しより )

※ 「地は混沌としていた」と訳されていることばは、「そこにあるのはぐちゃぐちゃだった」というのではなくて、「あるべきものがなくてがらんとしていた」ということ


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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 

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