♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■十戒 - 自由への励まし7 / 大嶋重徳

2017年04月25日 | Weblog
2017/3/21放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 大嶋重徳です。
聖書には十戒と呼ばれる、神と人との間に結ばれた愛の約束があります。
 十戒第一戒は「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。」(出エジプト記 20章3節)と続きます。

 この「わたしのほかに」ということばは「わたしの顔の前で」という意味があります。つまり、あなたは他の誰かの目の前で生きるのではなく、神の目の前に生きていきなさい、と語られているのです。このことばに応答していくとき、私たちは自分の生きている生活の全ての領域を神の眼差しの前において生きることを選ぶことになります。

 今年はドイツで始まった宗教改革500年の年なのですが、宗教改革者たちはこのような生き方を「コーラム デオ Coram Deo 「神のみ前で」 と表現しました。それは神の前で、隠された所のない生き方をする、ということです。

 私は結婚の誓約の時、妻だけを愛することを誓約しましたが、それは妻には言えないことはしない、ということを意味しています。妻の前には置くことのできない秘密の時間を自分は持たないし、妻に言えない所には自分は行かない、ということを意味しています。
 愛とは相手に隠すことのない生き方をすると言うことです。十戒第一戒は、この神の眼差しの前で全領域全部の時間を生かされていくことの祝福を語るのです。

 しかしこの「神の前に生きる」という生き方は神に見張られているという窮屈な思いになるかもしれません。しかし本当はそうではありません。

 私たちが普段さらされている他人の目はいつだって移り変わり安いものです。私たちの判断基準が、変わりゆく人間の評価、称賛や一部分しか見ることなく判断されてしまうときに、私たちはそこで深く傷つきますし、報われない思いに落ち込むこととなります。

 しかし、あなたはわたしのものだ、と言われる神様が今日も変わることなく愛の眼差しをもって私の生きているすべてをきちんと見ていてくださっているならば、どれだけの安心感が私たちを包んでくれるでしょうか。そして私たちはもはや移りゆく人の評価に縛りつけられた不自由さを感じることなく、あるいは流行に振り回されず、揺ぎ無い人生の価値判断を手にすることができるのです。

 今日もわたしたちは神様の目の前で大胆に力強く一日を始めていきたいと思います。

  ( PBA制作「世の光」2017.3.21放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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