♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■大人数であれ小人数であれ / 福井 誠

2016年09月01日 | Weblog
2016/8/4放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「大人数であれ小人数であれ」です。それでは第一サムエル記14章6節から読んでみましょう。

 ヨナタンは、道具持ちの若者に言った。「さあ、あの割礼を受けていない者どもの先陣のところへ渡って行こう。たぶん、主がわれわれに味方してくださるであろう。大人数によるのであっても、小人数によるのであっても、主がお救いになるのに妨げとなるものは何もない。」

 今日の箇所ではイスラエルとペリシテ人との戦いが記録されています。この時サウルはざくろの木の下にとどまっていたとあります。先に預言者サムエルの支持を失ったサウルは、強敵のペリシテ人にどうやって立ち向かうか考えあぐねていたようですねえ。

 ところが息子のヨナタンはそんな父とは対照的に、むしろさっさとペリシテ人の戦陣に乗り込んでこれを打ち破ります。ヨナタンは父サウルの優柔不断さにしびれを切らし、父には何も言わず、道具持ちの若者だけを連れて一人立ち向かっていくのです。その時にヨナタンが道具持ちの若者に語りかけたことばが、「主がわれわれに味方してくださるであろう。大人数によるのであっても、小人数によるのであっても、主がお救いになるのに妨げとなるものは何もない。」でした。

 父サウルとヨナタンの違いは、私たちの味方となって戦い勝利を与えてくださる神を認めるか否かにありました。サウルは預言者サムエルに頼りっきりでした。そしてサムエルに見捨てられると、今度は大祭司のアヒヤに相談をしています。いつも具体的な知恵ある人、力ある人にサウルの目は向いていました。

 しかしヨナタンは人ではない目に見えない力ある神にこそ目を向けていました。この神が味方ならば、大人数であれ、小人数であれ、戦力に違いはない。たとえ少人数であっても強敵ペリシテ人を打ち破る事ができるという確信をもって行動し、その結果を得ました。

 私たちには苦しくても嫌でも、どうしても避けられない現実と出会わねばならない時がありますね。そのような時には、サウルのようにざくろの木の下に座っていてはなりません。むしろ目に見えない神の助けを信じて、前進したいものですね。

(PBA制作「世の光」2016.8.4放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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http://yonohikari.biblica.info 

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