今日、5月1日の主日礼拝説教
テキストは「創世記」4章1節~16節 「ルカによる福音書」15章11節~32節
タイトルは「エデンの東」でした。
カインの受けた不条理、ヨブの受けた不条理、サリエリの受けた不条理、左近牧師の説教は
状況を目の前にまざまざと見るように、強烈な迫力で迫ってきました。
不条理を突きつけられた時、私は、神にそのことを抗議できるでしょうか、するでしょうか?
祈りが苦手と言う私は、実は神様にも心を開いていないのではないか?
神の胸ぐらをつかんで祈る(抗議する)どころか、神にすら自分の心、不満を見せたくない、
隠したい、と顔をふせている自分がそこにいると思いました。
身に降りかかった不条理を前にしたら私は、顔を伏せ、心は内に内に曲がりこむに違いありません。
今日の説教は神にすら素直に謙虚に率直になれない自分を見るようで、恐ろしいものがありました。
そんな私でも、いや、そんな私だからこそ「主共にあり」の信仰にしがみついて生きて行きます。
「放蕩息子状態」の時の私だったら、内にねじ曲がってしまう自分の弱さを直視しえず、苦しくて
教会から、神から離れてしまったことでしょう。
しかし、今の私は神を離れません。
『主よ、あなたは神の子キリスト、あなたを置いて誰のところへ行きましょう。』
こんな私でも「憐れみに駆られて走り寄って首を抱いて、新しい命に与る喜びの食卓に招いてくださる」
この神を置いて私は何処に行けましょう。
春! 野イチゴの花の蜜を集める可愛い蜂が。
美竹教会のホームページです、クリックしてお訪ねください。
テキストは「創世記」4章1節~16節 「ルカによる福音書」15章11節~32節
タイトルは「エデンの東」でした。
カインの受けた不条理、ヨブの受けた不条理、サリエリの受けた不条理、左近牧師の説教は
状況を目の前にまざまざと見るように、強烈な迫力で迫ってきました。
不条理を突きつけられた時、私は、神にそのことを抗議できるでしょうか、するでしょうか?
祈りが苦手と言う私は、実は神様にも心を開いていないのではないか?
神の胸ぐらをつかんで祈る(抗議する)どころか、神にすら自分の心、不満を見せたくない、
隠したい、と顔をふせている自分がそこにいると思いました。
身に降りかかった不条理を前にしたら私は、顔を伏せ、心は内に内に曲がりこむに違いありません。
今日の説教は神にすら素直に謙虚に率直になれない自分を見るようで、恐ろしいものがありました。
そんな私でも、いや、そんな私だからこそ「主共にあり」の信仰にしがみついて生きて行きます。
「放蕩息子状態」の時の私だったら、内にねじ曲がってしまう自分の弱さを直視しえず、苦しくて
教会から、神から離れてしまったことでしょう。
しかし、今の私は神を離れません。
『主よ、あなたは神の子キリスト、あなたを置いて誰のところへ行きましょう。』
こんな私でも「憐れみに駆られて走り寄って首を抱いて、新しい命に与る喜びの食卓に招いてくださる」
この神を置いて私は何処に行けましょう。
春! 野イチゴの花の蜜を集める可愛い蜂が。
美竹教会のホームページです、クリックしてお訪ねください。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます