ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

「レストラン『ドイツ亭』」

2022-02-21 17:46:58 | 芝居
2月8日紀伊國屋サザンシアターで、アネッテ・ヘス作「レストラン『ドイツ亭』」を見た(劇団民藝+てがみ座公演、脚本:長田育恵、演出:丹野郁弓)。



1963年、ドイツのフランクフルト。通訳の仕事をしているエーファはレストランを営む両親と看護師の姉との4人で暮らしている。恋人ユルゲンを家族に
紹介する大切な日に、急な仕事が舞い込んだ。裁判での証言を控えたポーランド人の通訳だった。他のドイツ人同様、戦争のことなど知らずにいたエーファだが、
この仕事をきっかけに裁判に没頭していく。周囲の無理解、そして恋人との反目。くじけそうになるエーファの遠い記憶の中から、思いもしなかった家族の過去が
呼び覚まされていく・・・(チラシより)。

主人公エーファの仕事がポーランド語の通訳なので、ポーランド語のセリフがたくさんあり、役者は大変だ。途中から日本語に変わる。そりゃそうだ。お疲れ様。

裁判の仕事で初めてユダヤ人虐殺のことを知りショックを受けたエーファが、帰宅して家族に話しても、みな「20年も昔の話よ」と言って話したがらない。
だが20年というのは思ったほど長い期間ではない。特に生活に追われてその日その日をやっと暮らしてきた人々にとっては。
かつて拷問を受け、家族を殺された側の人々にとっては、なおさら昔の話ではなかった。

彼女はユルゲンと、互いの家族を紹介し合い婚約するが、彼は、彼女がこの仕事を続けることに反対し、裁判所までやって来て、彼女を解任してほしいと言う。
当時(1960年代)、ドイツでは妻が外で働くには夫の承諾が必要だった!
検事は「仕方ありませんな」と言うが、彼女は彼に指輪を返す。彼は出てゆく。
検事は「エーファ、追いかけろ!」と言ってくれるが、彼女は「もう無理です!私は真実を知りたい!」ときっぱり告げて正面を見据える。
彼女の心情に胸打たれる。

この芝居を見て、いろんなことを初めて知った。
ドイツでは敗戦後20年もの間、収容所での大量虐殺の事実が報道されず、したがって、子供や若い人はホロコーストのことを何も知らなかった。
エーファの姉は、ガス室のことを聞いても、そんな馬鹿らしい、と笑い出す。
大人たちはと言うと、戦時中のことはみんな早く忘れたいのだ。自分たちが生きていくことで精一杯で、他の人から見たら自分たちは加害者だったということには
考えが及ばない。
自分の国の恐ろしい過去を初めて知ったエーファは図書館に行って調べようとするが、それについて書かれた本は1冊もなかった!
当時はそうだったのだろうが、その後はもちろん違うはずだ。
1963年に開廷された、この「アウシュヴィッツ裁判」によって、ようやくドイツ人自身が自国の歴史と向き合い始めたのだ。
ホロコーストのことを馬鹿らしいと笑っていた彼女の姉も、数年後には事実を知ることになるだろう。ぜひともそうであってほしい。

この姉の恋愛観は妹とは真逆。つき合っていた医者が「妻と別れたから結婚してくれ」と言うと、体だけの関係のつもりだった、と逃げ回る。
現代ならともかく、今から60年も前にこんな女性がいたとは。日本人の評者に刷り込まれた感覚と経験からすれば、見事に男女逆転の世界です。
この姉については、さらに気味の悪いことが判明する。看護師として世話していた赤ん坊たちに、密かに大腸菌を飲ませて病気にし、発覚すると、「殺したわけ
ではない、お世話したかったの」と言う。まったく病的と言ってもいい。やはりこれも戦争のせいなのか。

登場する誰もが戦争の傷を引きずっている。
ユルゲンの父は戦後、商売で成功をおさめたが、未だに戦時中の恐ろしい記憶にさいなまれている。
ユルゲンは父の会社を継いで社長となったが、大学では神学を専攻した。それには戦時中の忌まわしい出来事が関係している。
当時、母は爆撃で死に、共産党員だった父はずっと牢に入れられていた。
13歳だった彼の目の前で、米軍の戦闘機が墜落。乗っていた兵士が助けてくれ!と言ったが、ユルゲンは彼を踏みつけ・・・。
我に返ったユルゲンは、自分が神に見放されたと感じ、自分の中の悪に気がついたのだった。
そしてエーファは、当時幼くてまったく知らなかったが、愛する家族がアウシュヴィッツと深く関わっていたことを知って苦悩する。

ラスト、エーファとユルゲンは、互いに過去を打ち明け、その重荷を背負いつつ、共に歩もうとする。
このラストに、我々観客も救われる思いがする。
原作は22か国で翻訳出版されたベストセラー小説だという。
長く複雑な小説を、世界に先駆けて初めて戯曲にした長田育恵に大いに感謝したい。
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