ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

古川健作「1911年」

2021-08-08 10:09:55 | 芝居
7月17日シアタートラムで、古川健作「1911年」を見た(劇団チョコレートケーキ公演、演出:日澤雄介)。
いわゆる大逆事件を扱った作品。2011年初演。
1909年(明治41年)2月、宮下太吉が幸徳秋水を訪ね、天皇暗殺計画を示唆。
同年11月、宮下、爆裂弾の爆発実験。
1910年5月、宮下ら逮捕。大逆事件の大検挙が始まる。
同年6月、幸徳秋水逮捕。
1911年1月、幸徳秋水ら11人死刑執行。翌日菅野須賀子死刑執行(当日配布された「関連年表」より抜粋)。

大逆事件予審判事・田原巧(西尾友樹)は調書を読んで気がつく。幸徳秋水が、この陰謀に関わりがないということ、少なくとも関わりがあるという証拠はない、
ということに。だが元老・山縣有朋(谷仲恵輔)を始め政府上層部は、この機会に危険な無政府主義者、社会主義者を日本社会から一掃しようともくろんでいた。
彼らは誰よりもまず、日本を代表する無政府主義者として高名な幸徳秋水を、この事件の首謀者に仕立て上げ、処刑しようとしていた。
田原は、このような圧力に対して、何とか事実にのみ基づいて裁判を進行させようとするが・・・。

田原は彼らに同情するあまり、彼らの計画のことを「ほんの冗談だったんだよ」とまで口走るが、いくら何でもそれはないだろう。
自分たちが危険視されマークされていることをよく承知していたはずなのに、無謀ではないか。当時の法律では、実行しなくても、ただ計画を立てただけで
起訴され、起訴されたら必ず有罪(大逆罪)となり、大逆罪には死刑しかないということは、分かっていたはずだ。
「ほんの冗談」で本物の爆薬を用意したり実験したりするだろうか。
作者は無政府主義者たちに寄り添うあまり、emotional になり過ぎているように思われる。
田原は冒頭、「私は人を殺した」と懺悔し、ひたすら悔やむが、彼ができることには限りがあった。彼は同僚たちを説得し、上司に土下座して嘆願するなど
精一杯のことをした。同僚の中には賛同者が増えていったが、それでも、とても彼らをかばいきれるものではなかった。
チラシには「得体の知れない力によって処刑された」「日本近代史にどす黒い影を落とす陰謀」とあるが、ここにも、いささか誇張があるのではないだろうか。
無政府主義者たちを危険視する政府上層部は、決して「得体の知れない力」ではないし。

そもそも彼らは天皇一人を殺すことによって、彼らの理想とする自由で平等な社会が実現すると思ったのだろうか。当時だって、天皇は独裁者ではなかった。
ヒトラーやチャウセスクの場合、その男一人を殺せば、悪夢のような社会が一変する可能性があった。だからヒトラー暗殺計画は、ついに成功しなかったとは言え、
何度も計画された(しかもその陰謀の拠点はドイツ国防軍内部にあった!)わけだし、ルーマニア革命が起きチャウセスクが処刑された時は、実際にルーマニアの
人々は独裁政権から解放されたのだ。
だが天皇は彼らとは違う。この世の神として崇められてはいたが、自力でその地位をつかみ取ったのではなく、世襲で、選択の余地なくその地位に就くことを
義務づけられていた。
そんな人を殺したって社会が変わるはずがない。

役者では、劇団チョコレートケーキのメンバーが、いつもながらの活躍を見せる。
かつて「治天の君」で明治天皇を演じた谷仲恵輔が、今回もその美声で、重厚に(憎々しげに?)山縣有朋を演じる。
菅野須賀子役の堀奈津美は、声がよく通り、好演。ただ、死を前にした恐れや不安がまったく感じられない。それが残念だ。
菅野須賀子と言えば、確かに肝のすわった女性というイメージだが、ただ明るく強くさわやかなだけでは、何か物足りない。
同志たちと強い絆で結ばれてはいるが、志半ばで一網打尽となり、運動がつぶされたわけだから、絶望、無念さ、諦め、も多少なりとも感じていたのではないだろうか。
主役の田原を演じる西尾友樹は、苦悩する役が似合う。「治天の君」で大正天皇を熱演した時のことを思い出す。

前にも書いたが、この作者は政治家など男たちの群像劇を書かせると非常に面白いが、女性を描くのが苦手のようだ。
今回も、2人の女性が登場する(堀奈津美の二役)が、他の男たちは、セリフに意外性や驚きがあるのに、彼女らのセリフにはそういったものが一切ない。
こう言うだろうな、と思っていると、本当にこちらが予想した通りのことを口にする。それがじれったくもあり、腹立たしい。
ステレオタイプから脱して欲しい。


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