ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

「住所まちがい」

2022-10-03 22:32:41 | 芝居
9月26日世田谷パブリックシアターで、ルイージ・ルナーリ作「住所まちがい」を見た(上演台本・演出:白井晃)。



ネタバレあります注意!
1990年初演の作品。今回が日本初演の由。
この日はその初日。
舞台は壁も床も家具もドアもすべて白、白、白!(美術:松井るみ)。
上手と下手にそれぞれドアがあり、客席側にも一つ、見えないドアがあるという設定。正面に大きな窓、その左手にトイレ。
左側にデスクと椅子、右側にカウチ、右手奥に冷蔵庫。

最初に会社経営者・仲村(仲村トオル)が客席の通路を通って客席側のドアから入る。
彼は、ある女性と密会する約束をしていて(しかも初デート)、ここを会員制のクラブだと思っている。
次に左のドアから元警察官で警備員の渡辺(渡辺いっけい)が入って来る。
彼は仕事で、とある事務所にやって来たはずだった。
最後に大学教授・田中(田中哲司)が右手ドアから入って来る。
彼はここを出版社だと思っていて、もうすぐ出版される自分の本のゲラを受け取りに来たのだった。
三人は、それぞれ自分でない役者の名前を名乗る(!)。例えば、渡辺いっけいが「仲村です」という風に。
・・なお、面倒なので、これから彼らのことは役者の実際の名前で書くことにする。
みな、目指す住所が違う。
三人とも自分が間違ったかと思い、建物の入り口まで戻るが、そこにはやはり、ちゃんと目指す団体の名前と住所が書いてあるという。
仕方がないので、みな諦めて帰ろうとすると、今度はドアが開かない。
閉じ込められた!と慌てるが、いろいろ試してみると、それぞれ自分が入って来たドアからは出られる(つまりドアが開く)、と分かる。
一体どうなっているのか?!
田中は、いったん外に出る。
仲村が「ビールが飲みたいなあ」と言いつつ冷蔵庫を開けると、幸いビールが何本も冷えている。
渡辺が「僕はビールじゃなくてオレンジジュースがいいなあ」と言いながら開けると、あ~ら不思議、今度はビールはなくジュースがたくさん入っている!
この冷蔵庫は一体どうなっているのか?!

田中が土砂降りにあったと言って、ずぶ濡れで戻って来る。
他の二人は窓から外を見ていたが、空は晴れていて、雨など全然降っていなかった!
何なんだ一体?!
田中は何か飲むかと聞かれて、温かいココアが欲しい、と言う。
それはさすがにない、と言われながらも田中が冷蔵庫を開けると、何とココアがあった!しかも温かい!
一体どうなっているんだ?!

警戒警報が発令され、外出禁止となる。
三人で一夜を過ごすことになり、彼らは冷蔵庫の謎を理論的に説明しようとし、また雨の謎を解こうとする。
その時、電話が鳴る。
彼らは、このわけのわからない状況を誰かが説明してくれるかもと期待するが、ただの間違い電話だった。
渡辺と田中はカードを始めるが、田中はまるで下手で負け続ける。
手持ち無沙汰な仲村はデスクの上にあったリオデジャネイロの住所録を読んでいるが、突然、恐怖に陥る。
そこに自分の名前が載っていたのだ!さらに渡辺の名前も田中の名前も載っていた。
表紙をよく見ると、「リオデジャネイロ」ではなく「リオジャネーゾ」とあった・・・(笑)。
これは、これから死ぬ人間のリストだ、とおびえる三人。
渡辺がジョークを話そう、と言って長い話を始めるが、オチが仲村には全然面白くない。
田中は哲学者たちの言葉を列挙する。
話はなぜかいつも死についての話になり、次いで罪と神の問題についての議論が始まる。
悪いことをした男が「私がなぜこんなことをやったのか?それは私が私だからです」と言う。
彼は神に向かって「なぜ私をこんな風に造ったんです?」と言う。
つまり、悪事はその人間を造った神の責任なんじゃないか、という理屈だ。

突然物音がして、床が一部割れ、下から白い光が部屋の中に差し込み、床下から掃除婦(朝海ひかる)登場!
バケツとブラシと箒を持っている。
みなあっけにとられる。

掃除婦は、冷蔵庫を開け、当たり前のように洗剤(アリエール)を取り出してほほ笑む。
三人は彼女を神あるいは神の使い(聖霊)じゃないかと思い、仕事を手伝おうと申し出る。
女はみんなの親切に感謝し、「じゃあ私はちょっくら休もうかね」とカウチに横になってくつろぐ。
さらに、冷蔵庫からシェリー酒とグラスを出して来て飲み、新聞を広げて読む。

そんな彼女に向かって、三人はそれぞれ告白を始める。
実は、仲村も田中も脱税したことがあった。
仲村は、かつて20人の従業員を一度にクビにしたことがあった。
自分のこれまでの道のりを語っているうちに、そのことを思い出し、「それかあ・・」とうなだれる仲村。
女「うちの息子と同じさ。息子もクビになってね。始めはみんなちやほやしてたのに」
「十字架にかけられたのさ」(!)
女の言葉はいちいち深い意味があるようにもとれる。
そもそも彼女の最初の言葉「ここを掃除しに来ました」、この言葉には、実は深い意味があるのではないか、と一人が言い出す。
「一人息子がいてね」
一人がおずおずと質問する「息子さんは大工ですか?」
「いや」というので彼らが一瞬ほっとすると、「息子の父親が大工でね」(!)
そう、ナザレのイエスは正確には大工ではない。
彼の母(マリア)を妻に迎えたヨセフが大工なのだ。
てことは、やっぱりこの女性は聖母マリア!?
彼らの興奮と怯えは頂点に達する。
仲村は彼女の前にひざまずき、彼女に取りすがって言う。
「実は今まで教会に一度も行ったことがないんです。でもこれからは行きます!」・・・
この後も、目の覚めるようなことが起こったりするのだが・・・

舞台を日本に移して大胆に書き換えたという白井晃の上演台本が秀逸。
シェイクスピアの上演台本は断固ご免こうむるが、こういう台本は大歓迎だ。
塩野七生、佐藤愛子、上野千鶴子、宇野千代、相田みつを等々の名前が舞台を飛び交う。
どうやら元の戯曲には、日本では知られていない現代作家たちの名前が頻出するようだ。
そんなのをそのまま訳したって我々にはさっぱりわからないんだから、これでいいんです。

ただ一点、ルターの言葉として「たとえ明日世界が滅びるとしても、私はリンゴの種を蒔こう」というセリフがあったが、
正確には「リンゴの木を植えよう」だ。
そもそもリンゴは種を蒔くものではないでしょう。
ちなみに、この言葉はただの伝説であり、いかにもルターが言いそうな言葉ではあるが、彼が言ったという証拠は残っていない。

役者たちはみな好演。
キャスティングもいい。この4人の組み合わせが何とも言えずいい。
仲村トオルの舞台は初めて見たが、なかなかどうしてうまいものだ。
特に渡辺いっけいは役柄にぴったり。

白井晃と言えば、初めてその名前を知ったのは、テレビドラマ「王様のレストラン」(三谷幸喜脚本)でソムリエをやっていた時だから
もうだいぶ前のこと。
その後、彼が演出した作品も見たことがあるが、今回改めて、そのセンスと知性を見直した。
これからも期待してます。

まったく知らない作家の作品だったが、役者陣が魅力的(評者は朝海ひかるのファン)なので来てみたら、正解だった。
不条理劇ではあるが、実に面白い。





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