ふくろたか

札幌と福岡に思いを馳せるジム一家の東京暮らし

選手往来/来る人編・上

2022年01月17日 | コンサドーレ
札幌はすでに来月5日までの沖縄キャンプに入った。
このタイミングで今季の選手往来を語る。
まずは新加入3人のうち、2年越しの求愛が実った点取り屋から
<ふじれん&檀崎の復帰2人は割愛
86年7月31日生まれ。175センチ。72キロ。宮崎県宮崎市出身。
地元の鵬翔高を経て、05年~12年に鹿島に、13年~21年に浦和に在籍。
通算17季の459戦で158得点を記録した。J1通算得点数としては史上3位。
1位の大久保嘉人(191得点)が引退したので、現役では最多となる。
12年~20年に記録した連続二ケタ得点は昨季途絶えたが、
今季は佐藤寿人(161得点)超えの単独2位浮上とその先が期待される。

ここから先は打ち明け話。国見の小嶺忠敏・元監督の訃報に際して、
「九州在住時に高校サッカーの名監督の何人かと言葉を交わす機会があった」
と話したが、鵬翔の松崎博美・元監督もその1人。
04年に鵬翔から札幌に入った上田常幸のインタビュー記事が載った
月刊コンサを持参し、プリンス九州の観戦に足を運んだ時にお話ができた。
上田の一年後輩だった興梠は当時、九州高校サッカー界ではすでに有名人。
月刊コンサをニコニコ読んでいる松崎監督に、調子に乗って
「ところで興梠君にはJリーグのクラブからオファーは来ていますか?」と尋ねた。
もはや時効と考えるから打ち明けると、「鹿島と清水から話が来ていますよ」とあっさり。
・・・あまりにあけすけに教えてくれたので、聞かなかったことにしようと考えた。
しかし一方で、「これは鹿島入りだろうなあ」とも思った。
上田の同期の増田誓志が先に鹿島に入っていたからである。

その推測は後に的中するが、鵬翔時代からパサーとして名を馳せていた増田とは異なり、
当時の興梠はボールを持ったらゴールに一直線というゴリゴリのドリブラーだった。
鹿島や浦和でもまれ、現在のような狡猾なストライカーになるとは想像できなかった。
おかげで、17年4月の浦和戦@さいスタでは痛い目に遭った<決勝PKを献上

この17年に起きたミシャ解任劇への悔恨は、先の新年会で興梠本人が激白した通り。
「身体がぶっ壊れてもミシャのためにチームのために」と並々ならぬ決意を示した。
とはいえ、年齢も年齢だし、ホントに壊れてしまわないことを願う。
ちなみに、興梠(こうろき)は宮崎では、特に高千穂の一帯ではポピュラーな姓で、
その由来には諸説あるが、神呂木(かむろぎ=神が宿る木)が変化したという話も。
不完全燃焼に終わった昨季の分まで、神宿る復活劇を祈る。

  • ベルギーリーグ
ゲンク4対1ベールスホット
伊東対武蔵の日本人対決は1得点1アシストの伊東に軍配。
武蔵も3点を追う終盤に1アシストを記録したが。
  • JRA
ともに5枠10番の馬が勝った東西重賞は、1勝1敗のトリガミに終わった。
京成杯はオニャンコポンが重賞初勝利&父子制覇。
エイシンフラッシュ産駒としても初の重賞Vとなった。
なお馬券orz そっちのハービンジャー産駒が来るか・・・という感じ。

日経新春杯はヨーホーレイクがこちらも重賞初勝利。
天国のワグネリアンの後押しがあったか。やはり競馬はこんな現象が起こる。
まあ、全損にならなかったことをワン・ツーの4歳馬に感謝するが、
2着のステラヴェローチェはリフレッシュが必要かもしれない。

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