ピアニスラー

ゴールド・フィンガー、ハイパー・ピアニスト矢沢朋子のブログ

「永遠に生きる」「永遠に若く」の課題

2019年05月20日 | 文化・芸術

「ハウスに入りたいの?」「あの、ここは元は自分のハウスなんです

 

チャボはミニ豚のように、幼少期に栄養不良だったため成長しないようです。生涯・子猫サイズ。それはそれで可愛いかもしれないんですが・・・

膀胱も子猫サイズなので、1日に10回前後シッコするわけです。ハウスから出したら2回ほど粗相されました

ごく少量だし匂いもさほどキツくはないにせよ(えひめA1を水に入れてるから)、こういう尻グセの悪い猫(なのか疾患なのかも分からない)は自由に歩かせるわけにはいかないので・・

オムツ猫になりました

ハイ。解決〜

4Sという極小サイズのオムツがあって良かった。まだ黄緑がかった鼻水を垂らしてますが、他の大人猫に取られることもなく、落ち着いてゆっくりと食べられるせいでガリガリで肋骨と腰骨が浮き出てたのが、だいぶふっくらとしてきました。鼻周りも禿げていた所にホメオパシーのクリームを塗ってたら産毛がちょっと生えてきたし。

 

チャボの今後をどうするかは思案中。外猫としてリリースするのは難しいのではないかと思います。チャボは明らかに「りゅうちぇる」の子どもなので、りゅうちぇるにゴハンをあげているボランティアさんに相談します。りゅうちぇるのテリトリーなら安心して暮らせるかもしれません。外猫もトライアルしてみないと分からないけどね。。

手術中に亡くなってしまったチャボママ

パパだとバレバレのりゅうちぇる

りゅうちぇるはけっこー子煩悩なようで、子猫におっぱいを吸わせたりして可愛がってるそう。もうタマもないことだし生涯・チャボにおっぱいをあげて下さい(←出ません。でも横たわってママの代わりをする)

 

近所の猫たちを避妊手術しまくってるわけですが、いつかは全国的なボランティア・ネットワークを形成して、頭数などを確認していかないといけないとは思ってます。野生動物はコロニー(テリトリー?)で100頭(匹)を切ると、近親交配の結果、そのエリアでは滅びてしまうそう。

 

人間を襲うから、という理由で目撃情報があった次第に殺されている熊は既に絶滅危惧種です。

「熊を殺すなんて可哀想だってじゃ、引き取ってくれ」とか、その土地に暮らす人は本当に怖いのは分かるんですが・・

「可哀想なんてことは、この本を読んでから言え」とツイッターでも盛り上がる熊の射殺問題。読みました。

羆嵐 (新潮文庫)
吉村 昭
新潮社

日本のツイッターではヴィーガン 肉食者のツイートで必ず目につくのが:「じゃ、植物には命はないとでもw」とか、「食物連鎖。野生動物の世界と同じ」とか、「感謝して肉を食べる」etc.なんですが・・

そういうことはサバンナとか熊のいる山で言え。というような迫力のある食物連鎖の本でした

 

本来は人間も捕食される動物ということを忘れているんですね。こういう山奥まで開発しようとすると熊に襲われて喰われる。それはそれで自然環境を守る大事な熊の役目のような気もしました。その熊を殺して開発するから国民総花粉症で苦しむことにもなった。熊には木の皮を剥いで森の環境を整える役目(習性)もある。そのおかげで湧き水が出るんだそうです。

ニュージーランドは国地の左側は国立公園にして人間が住まないようにして自然を守っていました。どこでも人間は入植して開発してイイだって人間だから というのは先進国っぽくないと思いませんか。

 

日本熊森協会によると、熊の90%はヴェジタリアンだそうで、本当に食糧難の時に人間を襲って食べることも過去にあった雑食性だそう。まさに人間と同じ。

日本熊森協会HP

 

人間は今や日本ではヴェジタリアンは10%以下で動物性食品の過剰摂取で病気になってるという。植物性が90%で動物性は10%が長生き食。沖縄の本来の伝統食は正にそのバランス。お肉はちょっと。伝統食の世代は本当に元気で長生きです。90歳でも耳も聞こえてボケてもなくてフツーに歩いてる。戦後世代はアメリカ文化なので、ステーキだBBQだケンチキだ、で・男性の平均寿命は60歳以下になりました。女性もさほど変わらず。ジャンクフードとトイレットペーパーの消費量は日本1だし

 

ところで沖縄在住8年目ですが:トイレットペーパーはなぜそんなに使うのでしょうか ティッシュ代わりには手は拭けないし、肉の食べ過ぎでンコが硬くて出血でもするのを拭くのでしょうか?ものすごく知りたいけど、誰も教えてくれません。よろしければコメントで教えていただけないでしょうか。非公開にして、こっそりと読みます

 

体調も復活しつつあるので、初泳ぎにも行き (←毎年繰り返される虐待まがいの愛犬との海水浴。でも付き合ってくれる)、楽しみにしてた「レプリカズ」も早速・観てきました

 

「レプリカズ」予告編

 

フツーにエンタテイメントでした

確かクローンの80%は何かしら疾患を持ち、オリジナルよりずっと虚弱で寿命も短いんじゃなかったっけ?とか色々考えながら観てました。

唯一、胸に刺さったのは:「もし(クローンが)失敗した時に、それを廃棄する覚悟はあるのか?」ということでした。

ああ、キツいなぁ〜 その判断はって。2度死ぬのを見るのかって。まあでも将来的にはそうなるんだろうけど。

 

2014年に観た「トランセンデンス」より、この分野は進化したんだなということが分かります。使われてるコンピュータもポータブルで、PCでしたよ。。

 

こっちは泣けたけど

映画『トランセンデンス』予告編

 

この手の映画は現代の「吸血鬼」映画のような趣があると思いました。

自分だけは永遠に生きる。自分だけは若い。周りの人間は老いて死んでいく。自分の家族だけ何世紀も生きて、その間に友人たちが死んでいく。

まあ家族、めっちゃ仲良ければ大丈夫なのかもしれないけど。自分はちょっとなぁ

「(ヤザワの)お母さんを蘇らせてあげる」と言われたら、弟も父親ですらも、全員・「いえ、けっこうです」ときっぱりその場で断ると思う。いや、ママに限らずお互いに。

そして、そう判断したことで呪われないように、全員で手厚く供養に(一時)励むような気がするなー

お互い、生き残った者は元気で幸せに生きて人生を謳歌して欲しい、とは思ってるけど、そのユニットで永遠に生きる・・というのは・・

どうなのよ

という、実に深〜い問題。やっぱり終わりがあるというのも大事だと思うんだけど。もう永遠に続くとなったら、殺し合いになるような家族というのもけっこーいたりして。と思うのは不幸な家庭育ちなんでしょか。

 

もちろん、不慮の事故に巻き込まれて、ある日突然に新婚の妻とか幼稚園くらいの子どもが亡くなった、というようなことなら、迷わず「レプリカズ」なんだろうけど。それでも、レプリカズは確実に寿命が短いというのは今の所は決まっている。

やっぱり健康に留意して長生きするに限る

前の前のワンコ、バニラが亡くなった時は、ものすごいペットロスで、ほぼ本気でクローンを考えたこともあったんです。確か当時、韓国で400万円でした。亡くなる前から調べだしてました。失うのが怖すぎて。

 

幸い、父親も弟一家も仲の良い友人たちで鬼籍に入った人は今のところいないんです。そして、何となく体つきが丸くなったり四角ばったりして「コイツ歳取ったな〜」と自分のことは棚に上げて思うわけです(向こうもそうに違いない。「変わらないね〜」とある時を境にお互いそれしか言わなくなったし)。

同級生で既に亡くなってしまった人もいるんですが、その人は記憶の中でいつまでも若い。思い出すから死んでる感じがしないけど。

 

だから老化というのは幸せなことなんじゃないかと、また改めて思い込むことにしました

先ほど、ふとmisonoの関連記事から「本田恭章」を画像検索で、「おお。昭和の元祖ヴィジュアル、無事に生きてるな」とほくそ笑んだのでした

 

犬も猫も死ぬまでいっぱい飼います 鳥も欲しいなぁ

でも、ある時になったらボランティアの一時預かりにしようと思ってます。

永遠には生きないからね

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