のんびりと冬休みを満喫していたら:なんと大晦日でした
こうゆったりのんびりしてる時の方が逆に正月用のお飾りとか買うのを忘れていたり、食材も何も準備していませんでした
まー起きたらお餅とお雑煮用の野菜とか鶏肉とかカマボコとか少しはお正月らしい食材を調達してくるかな。日本人だし。
9月頃に、友人のいい年の料理上手な独身男がヤザワんちのほんの目と鼻の先くらいに引っ越してくるかもしれない、ということがあったの。結局、実現しなかったんだけど。実現してたら次の正月はそいつんちでおせちとかお雑煮をつつこうと楽しみにしてたんだけどね。ちぇ。
ヤザワんちでパーティーとかするのに「お料理作って」というヨビダシにも快く来てくれて手早く何品も作ってくれてたので本当に残念。遠距離恋愛中の彼女が確か名古屋にいるとかいたとか。なので、ヤザワに夫とかBFがいたりする方が安心して(?)お料理に来てくれるという。
そんな下心のない義理堅い気だての良いヤツなので、実は本人の知らない所で:「ヤツは既に調理師免許を持ってるんだから、有志でカンパしてヤツにふぐの調理免許を取らせないか?ふぐ免許を取らせた暁には、1シーズン3回もフグを調理してもらって食べたら投資分は回収できるだろうし。義理堅い気だてのいいヤツだから、材料費はこっち持ちで一緒に食べるということなら、ずっと材料費だけでフグが食べられるようになるゾ♪こんないい投資はないかも」
とか密かな計画もあるんだけど。「類は友を呼ぶ」という格言通り、実はヤツもコスくて計算高い男なんでしょか。(爆)
9月にそいつがヤザワんちの目と鼻先の物件を見に来たついでに久しぶりにヤザワんちにも寄ってお茶した時:「これからご近所ネよろしくネ」とか下心いっぱいで挨拶したヤザワに:「最近オトコは?まーオレもヤザワんちの近所になるんじゃ気をつけないとなー・・」とかどうもあんまりノってなかった感じではあった。「早く契約しちゃいなよ!」と急かすヤザワに「んー・・ちょっともう1日考えるわ」とかゆってる間に他の人が決めちゃったという。
バカ。アンタのカラダなんか全っ然目当てじゃないって。「季節の食材のてんぷら、和食、そしていずれはウチの鼻先でフグ料理」(←いずれもヤザワが作れないもの)という壮大な夢が!砕け散ってしまった。アンタだってこの野望に納得すれば、フグの調理免許取れたのに。アホー!本気でヤザワに夜這いされるなんて自惚れたんだろうか。以前、お世辞で「ま、料理も上手だしこまめだし、年は食ってるけどまあそのヘンは目をつぶるかナー」と言ったのが(←ヤザワがね)よほど怖かったらしい。
マジメでウブであんまりモテない男にチャラけたお世辞は逆効果!とは学んだけれど、後の祭りでした。あ~ん。フグ~~ おせち~~
ま、でもヤザワのお雑煮というのも実はとっても美味しいのよ
どうぞみなさまも良いお年をお迎えくださいませ。あと十数時間!
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先日、久しぶりにシュトックハウゼンのことを思い出したりしてブログに書いていたら、5日に亡くられたということを10日ごろに知りました。虫の知らせだろうか。
シュトックハウゼンのHPでは最後まで一緒に暮らしていた長年の愛人2名が連名で告知をしています。→ シュトックハウゼンのHP
ヤザワがお会いした88年の時、すでにこの2人は愛人で一緒に暮らしてたわけだから・・・思い残すことは多々あったとしても、幸せな人生だったんじゃないかと思う。合掌。
ピアニストの娘とトランぺッターの息子がいるんだけど・・その母親の妻(?)とは離婚していないんだろうか?それで「愛人」なんだろうか?それとも「2人」だからどちらかを妻、というわけにはいかなくて、2人とも愛人なんだろうか。それとも1人は法律上妻だったんだろうか。
ドイツ人でありおそらくカトリック信者?でありながらイスラム教徒というかライオンのオスのような暮らしをしたシュトックハウゼン。この愛人2名の他にも涙にくれる「崇拝者」としての女性はいっぱいいるだろうなー・・と感慨に耽ったのでした。
どうなんだろう。自分がものすごく愛した男について、同じくらいその男を愛したであろう他の女性と、その彼を失った悲しみを共有するというのは。
案外、いいかもしれない。逆に1人で看取るより癒されるかもしれない。一緒に暮らしだしたり、付き合い始めはもしかしたらキツかったかもしれないけど、この2人は親友というか姉妹(汗)としてずっと仲良く暮らすかもしれない。
などと世間が訃報で騒いでいる時に、ヤザワは妙な感慨に浸っていたのでした。
クラリネット奏者の方の彼女は・・ぼんやりと覚えてるけど・・「草食」って感じのフェミニンで地味な感じで純粋そうな印象がある。「アタシとあのオンナとどっち取るのよ!?」とか怒ったり詰め寄ったりしそうになかったなー・・と当時も感心してた覚えがある。シュトックハウゼン本人は:「スター!しゅとっくはうぜん!」という風情なんだけど、ロック・スターのような女の趣味ではなかった。びっくりしたけどいやらしい感じがしなかったのは:金髪&グラマーのフェロモン女じゃなかったからか。
これだけオス度が高いと、もう男尊女卑とか超えて、そんな暮らしもいいのかもしれない。シュトックハウゼンと夫婦2人、とかだったら消耗して(汗)疲れ果ててしまうので3人でちょうどよかったのかもしれない。
何か国語も流暢に話し、ファッションにもこだわり(全身白。フリフリブラウスとか)、作曲家にしてはバイタリティに溢れたフェロモン系・・というんでしょか。ともかくエネルギーを発散!してるという感じでした。お会いした当時58歳ごろ?20代の頃のハンサムな写真を見ててお会いしたので、既に「ずいぶん年取ったんだな」とは当時思ったけれど。それからは基本、最近までは同じ路線な感じ。
なんか宗教とかじゃなくて、そんな3人での共同生活も楽しいかもしれない。ヤザワと暮らしてくれる2人の男性なら:1人はお料理が上手でもう1人はコンピュータに強くてキレイ好きの片付け上手がいいな(←世界の中心はヤザワの真下)。音楽家でなくてもいいから、体毛が薄めで美尻で美肌な白馬のような感じが望ましいかな。(←5年ほど言ってるし。前と好みが変わりました)そんでヤザワの没後は(ヤザワを看取るのでヤザワより若い)2人仲良くヤザワの墓参りをしたり思い出話をしたりして老後も兄弟として寂しくなければヤザワも安心だし。ホントの弟は寄り付かなくなるかもしれないけど。。愛人2人が喪主だなんてカッコよすぎ。
というような夢も与えてくれたカールハインツ・シュトックハウゼン。カッコイイ音楽を創ってくれてありがとう。もっとやりたいこともあっただろうけれど、仕事も私生活も総じてカッコいい、憧れる生き様でした。ベートーヴェンの系譜上に自分はいる、と仰っていたように、「雇われ音楽家」ではない本当に自立した音楽家でした。
今日は追悼に久しぶりにKlavierstuck5を弾いてみました。
シュトックハウゼンのHPでは最後まで一緒に暮らしていた長年の愛人2名が連名で告知をしています。→ シュトックハウゼンのHP
ヤザワがお会いした88年の時、すでにこの2人は愛人で一緒に暮らしてたわけだから・・・思い残すことは多々あったとしても、幸せな人生だったんじゃないかと思う。合掌。
ピアニストの娘とトランぺッターの息子がいるんだけど・・その母親の妻(?)とは離婚していないんだろうか?それで「愛人」なんだろうか?それとも「2人」だからどちらかを妻、というわけにはいかなくて、2人とも愛人なんだろうか。それとも1人は法律上妻だったんだろうか。
ドイツ人でありおそらくカトリック信者?でありながらイスラム教徒というかライオンのオスのような暮らしをしたシュトックハウゼン。この愛人2名の他にも涙にくれる「崇拝者」としての女性はいっぱいいるだろうなー・・と感慨に耽ったのでした。
どうなんだろう。自分がものすごく愛した男について、同じくらいその男を愛したであろう他の女性と、その彼を失った悲しみを共有するというのは。
案外、いいかもしれない。逆に1人で看取るより癒されるかもしれない。一緒に暮らしだしたり、付き合い始めはもしかしたらキツかったかもしれないけど、この2人は親友というか姉妹(汗)としてずっと仲良く暮らすかもしれない。
などと世間が訃報で騒いでいる時に、ヤザワは妙な感慨に浸っていたのでした。
クラリネット奏者の方の彼女は・・ぼんやりと覚えてるけど・・「草食」って感じのフェミニンで地味な感じで純粋そうな印象がある。「アタシとあのオンナとどっち取るのよ!?」とか怒ったり詰め寄ったりしそうになかったなー・・と当時も感心してた覚えがある。シュトックハウゼン本人は:「スター!しゅとっくはうぜん!」という風情なんだけど、ロック・スターのような女の趣味ではなかった。びっくりしたけどいやらしい感じがしなかったのは:金髪&グラマーのフェロモン女じゃなかったからか。
これだけオス度が高いと、もう男尊女卑とか超えて、そんな暮らしもいいのかもしれない。シュトックハウゼンと夫婦2人、とかだったら消耗して(汗)疲れ果ててしまうので3人でちょうどよかったのかもしれない。
何か国語も流暢に話し、ファッションにもこだわり(全身白。フリフリブラウスとか)、作曲家にしてはバイタリティに溢れたフェロモン系・・というんでしょか。ともかくエネルギーを発散!してるという感じでした。お会いした当時58歳ごろ?20代の頃のハンサムな写真を見ててお会いしたので、既に「ずいぶん年取ったんだな」とは当時思ったけれど。それからは基本、最近までは同じ路線な感じ。
なんか宗教とかじゃなくて、そんな3人での共同生活も楽しいかもしれない。ヤザワと暮らしてくれる2人の男性なら:1人はお料理が上手でもう1人はコンピュータに強くてキレイ好きの片付け上手がいいな(←世界の中心はヤザワの真下)。音楽家でなくてもいいから、体毛が薄めで美尻で美肌な白馬のような感じが望ましいかな。(←5年ほど言ってるし。前と好みが変わりました)そんでヤザワの没後は(ヤザワを看取るのでヤザワより若い)2人仲良くヤザワの墓参りをしたり思い出話をしたりして老後も兄弟として寂しくなければヤザワも安心だし。ホントの弟は寄り付かなくなるかもしれないけど。。愛人2人が喪主だなんてカッコよすぎ。
というような夢も与えてくれたカールハインツ・シュトックハウゼン。カッコイイ音楽を創ってくれてありがとう。もっとやりたいこともあっただろうけれど、仕事も私生活も総じてカッコいい、憧れる生き様でした。ベートーヴェンの系譜上に自分はいる、と仰っていたように、「雇われ音楽家」ではない本当に自立した音楽家でした。
今日は追悼に久しぶりにKlavierstuck5を弾いてみました。
Ichiro NODAIRA
Ludiwig van Sampling! ナミ・レコード(hhhp:// www.nami-recoreds.co.jp)
を拝聴中デス~~
ピアノに作曲に大活躍の野平一郎さんの作曲したピアノとコンピュータのための『ベートーヴェンの記憶』(2003)とピアノ・コンチェルトNo.4がご本人の演奏で収録されています。
両方ともライヴ録音で、自作の前に曲について解説したトークも入ってます
野平さんてお話も上手なんだよね。そして美声。昔からちょっと困っちゃうような質問のインタビューとかされても、この声とアタマの良さでいい感じにまとまるんだよね。卑下すること無く媚びること無く、ちゃんとプライドを持って伝えることが出来て、高感度抜群
こんなお話が出来るのはIQもEQもむちゃくちゃ高くないと無理。
あーライヴで聴きたかったなー
いつの録音だっけ?と思ったら2005年の2月12日。もうその時の予定なんて覚えてないけど、きっと日程が合わなかったんでしょう。残念。
野平さんの『ベートヴェンの記憶』は、パリのIRCAMのコンサートやブーレーズのReponsなんかを思い出して、新しい曲なのに懐かしさでジーンとしました。パリのポンピドー・センターの香りがする~~
ブーレーズのレポンを聴いた時にも思ったことだけど:この手の曲は(CDにするための)ミックスの仕方で現代音楽:クラシックのジャンルではなく、エレクトロニカの仕上がりになると思うんだよね。
ライヴ・エレクトロニクスであっても、もともとはクラシックの曲なのでCDの時にはライヴで変化させたものを再現してミックスしてもいいんじゃないかなーって。ただそんなことしたら莫大な予算と時間がかかってしまうのかも。うーん。エレクトロニカ人間にも聴いてもらいたいんだけど。
ベートーヴェンをサンプリングしてるから聴きやすいし、レポンの種明かし?と思うような構造、思考がくっきりと見えて(聞こえて)、ヘンな言い方だけど現代音楽への入門としてもすごくいいと思う。
時代順にストラヴィンスキー、シェーンベルク、ウェーベルン・・と聴いたあたりで「何だ!?この不快な音は!これでも音楽か!?」となったらヴァレーズにも進まないだろうし。現代音楽アレルギーの人は12音音楽にアレルギーということがほとんどだから。12音というのは基本、絶対音感がないと認識出来ないという点に於いて、12音音楽は確かに音楽エリート、知的階級上階層のための音楽と言える。
それでもシュトックハウゼンの電子音楽とかがポップス系の音響派にも聴かれる理由として、こだわりのミックスが挙げられると思う。それに:ピアノを勉強している絶対音感の無い人でもシュトックハウゼンのピアノ曲は「カッコイイ!」と思うらしい。それは拍(ビート)があまり感じられなくて響きを聴く時間のある構造にあると見た。「音響派」っぽいワケだ。実際に弾くとなったらメトロノームで練習するような構築された作りなんだけどね。
シュトックハウゼン、カッコいいけどドイツっぽいんだよねー(←当たり前だつーの)と、しばらく遠ざかってるな、そういえば。それに:フィリップ・マヌリとかもIRCAM臭がキツいなーと遠ざかってるし。前はあんなに好きだったのに。
自分の中で:たとえ現代音楽、クラシック音楽でも、その時の気分というか「トレンド」というのがあって、90年代中頃からだんだんと複雑系現代音楽はアウトな感じだったんだけど、野平さんの『ベートーヴェンの記憶』を聴いて、音として複雑というより、思考として、構成が複雑、というものが来るんじゃないか、という気がしました。
ヤザワのCD、Flash Pointに入ってるキャロリンのコンピュータとピアノのための曲『ザ・セイム・スカイ』も2000年に作られた曲。聴きやすいけど複雑系!で、初めて聴いた時には:「ふーん。アメリカ人が複雑系現代音楽作ると聴きやすいんだ。さすがアメリカジン!」とか感心したものだったけど、コレはクリエーターの時代の気分なのかもしれないね。2000年代の。
そういえばキャロリンも90年代アタマにはバリバリの複雑系を書いてたわ。「アンタ、ホントにアメリカ人?イギリス人でないの??」とか思ってた思ってた。「アタシは『スタイル』というものは追求しないの。その時に書くべきだ、と思った手法で音楽を創るの」とかゆってたゆってた。
最近はシューマンやらドビュッシーでのプログラムでピアノリサイタルもしてる野平さん。『ベートーヴェンの記憶』のような創作へのフィードバックももっと聴きたいと思いました
コンチェルトの演奏もブリリアントで素晴らしいです
フランスジンが弾く軟派なベートーヴェンから「ナンパさ」を抜いた、ロンドンに次ぐクラシック音楽市場、トーキョーのきらびやかさがピアノのタッチに表れている(名古屋でのライヴ録音なんだけどね)渾身の演奏です!
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Ludiwig van Sampling! ナミ・レコード(hhhp:// www.nami-recoreds.co.jp)
を拝聴中デス~~
ピアノに作曲に大活躍の野平一郎さんの作曲したピアノとコンピュータのための『ベートーヴェンの記憶』(2003)とピアノ・コンチェルトNo.4がご本人の演奏で収録されています。
両方ともライヴ録音で、自作の前に曲について解説したトークも入ってます
野平さんてお話も上手なんだよね。そして美声。昔からちょっと困っちゃうような質問のインタビューとかされても、この声とアタマの良さでいい感じにまとまるんだよね。卑下すること無く媚びること無く、ちゃんとプライドを持って伝えることが出来て、高感度抜群
こんなお話が出来るのはIQもEQもむちゃくちゃ高くないと無理。
あーライヴで聴きたかったなー
いつの録音だっけ?と思ったら2005年の2月12日。もうその時の予定なんて覚えてないけど、きっと日程が合わなかったんでしょう。残念。
野平さんの『ベートヴェンの記憶』は、パリのIRCAMのコンサートやブーレーズのReponsなんかを思い出して、新しい曲なのに懐かしさでジーンとしました。パリのポンピドー・センターの香りがする~~
ブーレーズのレポンを聴いた時にも思ったことだけど:この手の曲は(CDにするための)ミックスの仕方で現代音楽:クラシックのジャンルではなく、エレクトロニカの仕上がりになると思うんだよね。
ライヴ・エレクトロニクスであっても、もともとはクラシックの曲なのでCDの時にはライヴで変化させたものを再現してミックスしてもいいんじゃないかなーって。ただそんなことしたら莫大な予算と時間がかかってしまうのかも。うーん。エレクトロニカ人間にも聴いてもらいたいんだけど。
ベートーヴェンをサンプリングしてるから聴きやすいし、レポンの種明かし?と思うような構造、思考がくっきりと見えて(聞こえて)、ヘンな言い方だけど現代音楽への入門としてもすごくいいと思う。
時代順にストラヴィンスキー、シェーンベルク、ウェーベルン・・と聴いたあたりで「何だ!?この不快な音は!これでも音楽か!?」となったらヴァレーズにも進まないだろうし。現代音楽アレルギーの人は12音音楽にアレルギーということがほとんどだから。12音というのは基本、絶対音感がないと認識出来ないという点に於いて、12音音楽は確かに音楽エリート、知的階級上階層のための音楽と言える。
それでもシュトックハウゼンの電子音楽とかがポップス系の音響派にも聴かれる理由として、こだわりのミックスが挙げられると思う。それに:ピアノを勉強している絶対音感の無い人でもシュトックハウゼンのピアノ曲は「カッコイイ!」と思うらしい。それは拍(ビート)があまり感じられなくて響きを聴く時間のある構造にあると見た。「音響派」っぽいワケだ。実際に弾くとなったらメトロノームで練習するような構築された作りなんだけどね。
シュトックハウゼン、カッコいいけどドイツっぽいんだよねー(←当たり前だつーの)と、しばらく遠ざかってるな、そういえば。それに:フィリップ・マヌリとかもIRCAM臭がキツいなーと遠ざかってるし。前はあんなに好きだったのに。
自分の中で:たとえ現代音楽、クラシック音楽でも、その時の気分というか「トレンド」というのがあって、90年代中頃からだんだんと複雑系現代音楽はアウトな感じだったんだけど、野平さんの『ベートーヴェンの記憶』を聴いて、音として複雑というより、思考として、構成が複雑、というものが来るんじゃないか、という気がしました。
ヤザワのCD、Flash Pointに入ってるキャロリンのコンピュータとピアノのための曲『ザ・セイム・スカイ』も2000年に作られた曲。聴きやすいけど複雑系!で、初めて聴いた時には:「ふーん。アメリカ人が複雑系現代音楽作ると聴きやすいんだ。さすがアメリカジン!」とか感心したものだったけど、コレはクリエーターの時代の気分なのかもしれないね。2000年代の。
そういえばキャロリンも90年代アタマにはバリバリの複雑系を書いてたわ。「アンタ、ホントにアメリカ人?イギリス人でないの??」とか思ってた思ってた。「アタシは『スタイル』というものは追求しないの。その時に書くべきだ、と思った手法で音楽を創るの」とかゆってたゆってた。
最近はシューマンやらドビュッシーでのプログラムでピアノリサイタルもしてる野平さん。『ベートーヴェンの記憶』のような創作へのフィードバックももっと聴きたいと思いました
コンチェルトの演奏もブリリアントで素晴らしいです
フランスジンが弾く軟派なベートーヴェンから「ナンパさ」を抜いた、ロンドンに次ぐクラシック音楽市場、トーキョーのきらびやかさがピアノのタッチに表れている(名古屋でのライヴ録音なんだけどね)渾身の演奏です!
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